春宵一刻







『物理の問題集、日向に貸しっぱなしだったよ~Σ(゚д゚lll)
   明日提出のページ、写メで送って貰えると助かります~(>人<;)』


夕食後に部屋へ戻ると、山口からメッセージが入っていた。
そう言えば、今日の昼休憩時に、忘れたから貸してくれ!と来ていたような。
(僕は当たり前のように、気付かない振りをした。)

本当に、山口はお人好しだ。
「午前中の授業で、試験にココが出るって言ってたよ!」と、
日向にアドバイスまでして貸し出し…自分は『宿題忘れ』の危機なんて。

問題集を鞄から出し(宿題は授業中に終わらせた)、写メを撮ろうとスマホを構え…
何となく気が変わり、メッセージを送り返した。

『今から公園に持って行こうか?』

ウチからも山口家からも徒歩5分の場所にある、僕達の秘密基地。
数時間前も、学校帰りにそこで別れたばかり…『いつもの場所』だ。
何故だか僕は、問題集の写真を撮って送るよりも、
夕食後の散歩がてら、公園へ出向いて直接渡す方が、効率的だと思った。

すぐに山口から返信…飛び跳ねて喜ぶ姿が伝わってくる顔文字だった。
僕はコートと問題集を手にし、ゆっくりと家を出た。


公園に着くと、いつものベンチに山口の姿はなかった。
まだ来ていないのか…と、ベンチに腰を下ろすと、
樹々の生い茂る植栽の奥…公衆トイレ脇に佇む山口が見えた。
僕は立ち上がり、山口の方へ数歩進み、声を掛けようとして…息を飲み込んだ。

トイレから漏れる、蛍光灯の朧な明かりを背にした山口は、
ただただ静かに…一本の樹を眺めていた。

暗い夜空に、明かりを受けて浮かび上がる、白い花。
澄んだ瞳で静かに眺める、山口の横顔。
まだ冬の冷たさを残す夜の空気が、静謐な雰囲気を感じさせ、
神々しささえ漂うその光景に、僕は息を飲んで立ち竦んでしまった。


「あ…ツッキー、来てたんだ。」
ゴメン、気付かなくて。

山口はこちらにチラリと顔を向けると、すぐに視線を花に戻した。
僕はこの空気を壊さないように、息も足音も殺して、山口の隣に立った。
そして、同じように、白い花を眺めた。

「これは、白木蓮…俺が一番、好きな花なんだ。」

冷たい夜の公園に、山口の白い息。
緩やかに紡がれる言葉を、僕は黙って聞く。

「春の訪れを告げる梅。芳醇な薫りを振り撒く桃…」
早春を彩る木花はたくさんある。あと数週間で、桜も咲く。
鮮やかな色をした草花も、咲き乱れる季節がやってきたけれど…
そんな中でも、俺は一番…白木蓮が好きなんだ。



「美しい花だとは思うけど…これが『一番』なのは、珍しいね。」
それに、山口がこの花の名前を知っていることにも、驚いた。
確か、ウチの庭にもあったような気がするけど…
よく似た花の、辛夷(こぶし)かもしれない。その違いも…よくわからない。

「いつだったか忘れたけど、部活帰りにここで…この花を見たんだ。」
小さい頃から、この公園で何度か見た覚えはあった。
青空に高く高く手を伸ばすような、白い花…勿論それも、綺麗なんだ。
でも、その時初めて、月の光を浴び、ほんのり薄黄色に光りながら、
夜空に浮かぶ白木蓮を見て…俺はその美しさに、息を飲んで見とれてしまった。
花の美しさに言葉を失うなんて、人生で初めての経験だったんだ。

「届かない場所で、孤高の美しさを湛える…まるで、月の光みたい。」
まるで…ツッキーみたいな、花だよね。

山口は少し手を上に伸ばしながら、花だけを見てそう言った。
見たことのなかった山口の一面に、僕は驚きで言葉が出てこなかった。
ただ、白木蓮の花と、それを眺める山口の横顔が…美しいな、と思った。


「僕が一番好きな花も…ここに咲いてるんだ。」
ぼんやりと白木蓮を眺めていたら、ツッキーはそう呟き、足元へ身を屈めた。

ツッキーが手を伸ばした先に視線を下ろすと、白木蓮の根元に、小さな白い花…
上ばかり見ていたから、俺は今まで、あまり気に留めていなかった。

「これは、鈴蘭水仙…英名はスノーフレーク、だったかな。」



葉の形等は水仙に似ているけど、白い花が垂れ下がる様子は、鈴蘭みたい…
なかなか上手いネーミングだと思う。

「花びらの端に、ぽちぽちと緑色の模様…おしゃれだよね。」
春の草花としては、水仙ほど華美じゃないし、鈴蘭ほど可憐じゃない。
でも、その繊細さと清楚な雰囲気が…僕は大好きなんだ。

「決して強くは主張しない、慎ましさが…山口に似てるよね。」
そう言うと、ツッキーは優しく微笑みながら、指先で花をそっと揺らした。


俺はツッキーから目を逸らし、もう一度上を見上げた。
「やっぱり俺、白木蓮が…一番好きだよ。」
「僕もやっぱり、鈴蘭水仙が…一番だね。」

俺は上を見上げたまま。ツッキーは下を向いたまま。
隣で揺れるお互いの手を、静かに指先で掴んだ。




- 終 -


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<研磨先生開発メモ>
恋愛ゲージ『★★★★★☆☆☆』到達後に発生
(『写メを送る』ではなく『直接渡す』選択時)

イベント名→『山の端(は)に、上弦の月』

水仙↓


鈴蘭↓



2017/03/15    (2017/03/06分 MEMO小咄より移設)

 

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