引越見積①







「おい!起きろツッキー!大至急『レッドムーン』へ行ってやってくれ!」
「っ!!?は、はぃっ!!!」


『黒猫魔女』で下積修業を始めてから、そろそろ3ヶ月が過ぎようとしている。
仕事にも慣れてきたし、何よりも事業改革が奏功し大幅な時短…合理化に成功。
通常時では、終電に間に合うぐらいの時間には、終業できるようになっていた。

だがこれはあくまでも『通常時』の話。
特に緊急を要する血液急配は、突発的な依頼が飛び込んでくることもあり、
その際、山口(と僕)は早朝深夜問わず、即刻飛び立たなければいけない…
実はついさっき帰還し、宿直室に『バタンキュ~』したところだった。

そして、年末年始に次ぐ宅配業界の修羅場…『年度末』という地獄に突入した。
そう、恐怖の『引越シーズン』である。


一般の宅配業者では扱えないモノ…いわくやら何やらが『憑いた』品々等、
『特殊物品』配送には、(同類たる)人外の力が必要不可欠なため、
黒尾さんと山口の二人は、冗談抜きで寝る間もないぐらい飛び回っている。
特に黒尾さんは、吸血鬼のくせに貧血でぶっ倒れかけた程の激務の連続だ。

「最近の俺…文字通りに『地に足が着いてない』カンジだよね~
   その辺の浮遊霊より、絶対俺の方が飛行時間が長いと思うんだけど。」
「黒猫指名で配送依頼された、ハムスター用のゲージ…中は『旧鼠』だったぞ。
   この鼠だけは、猫の方が噛まれる…俺が一番危ねぇだろうがってな。」

…と、さすがの二人も満身創痍。
僕と赤葦さんも、わずかな時間でも『黒猫魔女』に駆けつけて手伝っていたが、
そういう僕達の方…飲食業界もこの時期はド修羅場なのだ。


まずは確定申告。バーを含む風俗店に対するチェックは非常に厳しく、
しかも2件分(4人分)に倍増した膨大な経理に、圧死寸前…
魔女管制塔をする傍ら、自転車に跨って領収書の整理をしていたぐらいだ。

本体業務の『レッドムーン』も、年度末すなわち歓送迎会シーズンに突入。
貸切予約が増える分、開店前の仕込みも営業中の業務もお片付けも増大し、
貸切のない日には、常連客や予約客以外が押し寄せる…連日満員御礼だ。
開店中はともかく、準備等は赤葦さんだけが担うことも多くなり、
更に3月末には、棚卸まで迫っている…おケイさんは延々立ちっぱなしだ。

「延々たちっぱなしのせいか…たたせる起力なんて、到底湧いてきませんね。
   別に俺はたたなくてもいい説もありますから、とりあえず寝たいですね。」
「僕は逆に、自転車と椅子に座りっぱなし…痔になってしまいそうですよ。
   僕の方も、痔でも問題ない説が有力ですから、やっぱり寝たいですよね。」

…と、僕達の方も満身創痍ならぬ、満身相違だった。
『満たされぬ身』を持て余したおケイさんから漏れ出す『卑猥オーラ』こそが、
『レッドムーン』の客足を加速させる主たる要因とは…まさに悪循環?である。


今年初め…共同経営開始時には、適材適所に配置転換…という名目で、
黒尾さんと赤葦さんが一日中ベッタリできる『ラブラブシフト』になっていた。
(お陰様で、僕の方も実にオイシイ蜜月期間を…色ボケ上司達に心から感謝!)

だがそれも、あくまでも『通常時』のみに可能な『のんびり自営業』スタイル…
年度末修羅場ともなれば、とにかく業務をこなすことが最優先となる。
ちょっとした時間を見つけ、意識を失うように倒れ込み、その場でうたた寝…
それを誰かに叩き起こされ、アッチコッチに全力疾走する日々が続いている。


「悪ぃツッキー、チャリ借りてくぞ!」
「了解です…いってらっしゃい!」

『黒猫魔女』と『レッドムーン』は、徒歩10分の距離…そんなに遠くない。
だがこの『徒歩10分』を、一日に何往復もするとなると、かなりのロスだ。
僕の愛車・流星号(電動アシスト自転車)も、緊急時は山口以外の3人が共用し、
使えなかった側は「箒…羨ましい!」と絶叫しながら、地上を激走している。

昨年までは各々『自宅兼職場』で修羅場だったため、こんなことはなかったが、
今年は2か所で2つの事業…『アッチコッチ』問題が深刻な様相を呈してきた。


「あーもう、俺にも電動アシスト箒か…それが駄目なら、自転車もう2台!」
「無茶言うな!8~15万×2台なんて…家賃払えなくなっちまうだろうが!」
「電動じゃなくても、魔女箒は軽自動車ぐらいの値段…俺の新車も買って!」
「みんな、自分の確定申告書類見た!?そんな余裕…どこにもないでしょ!」

蓄積し続け、発散できない疲労やらアレやらで、さすがの僕達もイライラ。
物理的・時間的なすれ違いに加え、攻撃的なおクチが心理的な食い違いを生み…
ラブラブとは対極の、ドス黒い空気が4人の中に滞留し始めていた。

   (このままじゃ…共倒れだ。)


それぞれの部門の責任者…代えの効かない存在である、3人の上司達。
この状況下では、彼らは自分の仕事をこなすだけで手一杯であり、
それ以外のことを考える余裕など、どこにも残ってない…当然のことだ。

でも、僕だけは違う。
僕は全ての部門において『下積』の身…責任も仕事量も比較にならない。
確定申告という修羅場を抜けた今、僕が一番身軽…動くべきなのは、僕だ。

更に、皆は全く気付いていない大問題にも、経理担当の僕だけはバッチリ把握…
その分、来るべき『地獄』の到来を、誰よりも先に予見してしまっている。

   (僕が動くしかない…今回も。)

何だか、ウチの騒動の発端はいつも僕…みたいなカタチになっているのは、
実に納得いかないというか、損な役回りな気もしてくるけど…致し方ない。
不器用で我儘な上司達をサポートできるのは、繊細で謙虚な僕しかいないのだ。

   (本当に…手が掛かるんだから。)


一日のうち、唯一4人で顔を合わせる時間…会議を兼ねた『お昼ご飯』タイム。
必要最低限の業務連絡後は、黙々と栄養摂取のみに口を動かす、ギスギス感…

僕は全員のお茶を入れ直し、八朔をキレイに4等分にして配ってから、
なけなしの勇気を振り絞り…超絶不機嫌な上司達に『御提案』を奏上した。


「引越…しませんか?」




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※旧鼠(きゅうそ) →猫をも喰らうらしい鼠の妖怪。窮鼠猫を噛む、の鼠。

※ラブラブシフト →『再配希望⑫
 《昼過ぎ〜夕方》
 ・黒尾&赤葦→黒猫魔女で事務処理
 ・月島&山口→レッドムーンで準備
 《夕方〜翌未明》
 ・黒尾&赤葦→レッドムーンで営業
 ・月島&山口→黒猫魔女で宅配業務


2018/03/23    (2018/03/21分 MEMO小咄より移設)

 

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