再配希望⑫







盗聴犯は、実に呆気なく捕獲された。

罠を張った翌日から、容疑者3名を一人ずつラストまで特別に『お接待』し、
おケイさんがわざと席を外した隙に、端の席に手を伸ばした奴を…ガッチリと。

バックヤードで気配を殺していた黒尾さん(ポリス風)が、店に姿を見せた瞬間、
犯人は自ら洗いざらい犯行を自供…データを消去し、示談を申し出た。
頂けるモノはキッチリ頂いた後で、今度は山口が後ろからコッソリ近付き…
『ちょん♪』と軽〜く小突いて(山口の自己申告)、記憶もキレイに抹消した。


「いや〜、まさかツッキーの変態ポリスコスが、こんなトコで役立つとはね!」
「俺はただ衣装着て立ってたら、犯人が勝手に勘違いして、自白しただけだ。」
「さすがは黒尾さん!惚れ惚れするような策士っぷりです。お見事でしたね。」
「元々は僕の策ですから!黒尾さんはパクっただけ…褒めるなら僕の方です!」

そんなこんなで、レッドムーン盗聴事件は無事に解決し、
記憶を失った盗聴犯(白雪姫衣装&健康器具贈主)も、元の太客に戻った。

我らがレッドムーンも平穏さを取り戻したし、黒猫魔女さんも修羅場脱出。
忘年会のピークも過ぎ、仕事納めも済んだ年の瀬の静かな歌舞伎町で、
僕達4人は黒猫魔女さんの事務所で、真昼間からコタツでの~んびりしていた。



「え〜っ!今日のお昼もお赤飯?さすがにもう飽きたんだけど…」
「しょうがないでしょ。『おケイさん脱処女祝』で、皆様が持って来るから…」

「なっなんで、バレた…あっ、いや、えーと、その…ななな、何の話だっ?」
「みみみっ、皆さん、かっ、勝手な…思い込みが、激しいです…よねっ!?」

これ以上にないぐらい動揺し、わたわたとコタツを揺らす上司達。
三十路前と三百路前のいいオトナが、生娘のような反応…こっちが恥ずかしい。

僕は『わたわた』で転げ落ちてきたミカンをキャッチし、視線を彷徨わせたが、
それが赤葦さんの頸筋に残る『ナニかに吸われた痕』もキャッチしてしまい…
僕も一緒に、『コタツわたわた』に参加してしまった。

そんな僕達に、全く動じない山口はゲンナリとため息をつき…
「はいはいそれじゃあ、合同会議を始めま〜す!」と、投げやりに宣言した。


「今日の議題は…配置転換と人事異動についてだ。」
「業務提携に伴う辞令交付式…ということですね。」

上司達の言葉は、意外でも何でもなかった。
今回の『ハメハメ作戦』の中で、お互いの仕事を急遽手伝うことになったが、
それが『現職』よりも自分の適正に合っていることを、各々が自覚していた。


「まずは『黒猫魔女の宅Q便』山口忠。血液急配はそのまま専属担当だ。
   これはウチの基幹業務…お前にしかできない仕事だからな。宜しく頼む。」

今までこなしていた『昼過ぎ〜夕方』の事務所内雑務は、御役御免とする。
その代わりに、『レッドムーン』にて掃除等の開店準備に配置転換だ。
夜間は今まで通りに、魔女として宅配業務に戻ってくれ。

「了解致しました。これからも精一杯頑張ります!」


山口の辞令交付が終わると、赤葦さんに「次は月島蛍君です。」と指名された。
長い付き合いだけど、フルネームで改めて呼ばれると、何だか身が引き締まる。

「月島君がいなければ、我らが『レッドムーン』は回らない…
   これからも開店前の裏方全般及び経理関係を、宜しくお願いしますね。」

開店準備後は黒服業務ではなく、黒猫魔女さんにて現場管理に当たって下さい。
この配置転換は、あちらからの強いご要望によるもの…
月島君の類稀な観察力と立案能力を、遺憾なく発揮して下さいね。

「拝命致します。高く評価して頂き、ありがとうございます。」

身や心は引き締まるのに、頬と口元がどうしても緩んでしまう。
僕を認め、必要としてくれることが、こんなにも嬉しいなんて…
コタツの中で拳をぎゅっとしながら、僕は弛みそうな涙腺を止めていた。


「山口が抜けた昼間の黒猫魔女だが…新設する事務統括部長に、赤葦京治を。」

参謀として所長の俺をバックアップし、事業全般をコントロールして貰いたい。
また、俺が献血ルーム出勤時は、事務所の運営を全て任せたいと思う。
ウチの裏方として、赤葦の力を貸して欲しい。

「謹んで…お受け致します。」


赤葦さんの辞令に、僕の方が声を上げて喜んでしまいそうになった。
ウエに振り回されたくないからと、独立開業してはいるけど、
本来赤葦さんは、誰かの下で輝きを放つタイプ…表よりも裏が似合うのだ。
赤葦さんが尽くすに相応しいウエが、今までは存在しなかっただけ…
ようやく『赤葦京治』を生かせるウエが見つかり、僕は嬉しくて堪らなかった。

…自分で言っておいてアレだが、
誰かの『下』で輝きを放つ、『裏』が似合う存在…実に赤葦さんっぽい響きだ。
どうしてウチの上司はこんなに卑猥なのか?について考察しかけていると、
そのステキな上司は、『ウエにクる(ノる)人』に、チラリと視線を流した。


「月島君の後任…ウチの新しい『黒服』を、黒尾鉄朗さんにお願いします。」

あの作戦以降、『三丁目の王子様』目当てのお客様が激増…指名も頂いてます。
どうして王子様出勤情報が流れたのか謎なんですが、実に有り難いお話です。
おケイ一人ではこなしきれない接客を、『キャスト』として対応して下さいね。
その『人タラシ』は、水商売にとって垂涎のスキル…天賦の才ですからね。

「万事了解だ。お前のために尽くす。」

そうそう、それが肝心ですから!
どれだけ人をタラシたとしても、ウチの姫様第一主義だけは崩さないで下さい。
あくまでも黒尾さんは姫様の下僕…黒服であることを、お忘れなきように。

   (赤葦さんのこと…頼みます。)


「…以上で、辞令交付式は終了だ。」
「えーっと、今の辞令をまとめると…」

   《昼過ぎ〜夕方》
   ・黒尾&赤葦→黒猫魔女で事務処理
   ・月島&山口→レッドムーンで準備

   《夕方〜翌未明》
   ・黒尾&赤葦→レッドムーンで営業
   ・月島&山口→黒猫魔女で宅配業務

「あくまでもこれは基本的な配置で、状況に応じて柔軟に対応していきます。」
「寝起きの昼ごはんや、夕方の晩ごはんの時に、4人集まって食事兼会合だ。」

つまり今後は、4人で一緒に二つの事業を協力して運営するということになる。
これは業務提携というよりは、むしろ共同経営に近い密着ぶりだけど、
全員が「さもありなん」といった表情…この決定を当然のものと捉えていた。

本当は、出逢ってそんなに時間が経っていないはずなのに、
何だかずっと昔から一緒に居るような…凄く不思議な感覚だ。


『4人』の居心地の良さにほんのり浸っていると、
正面の黒尾さんが僕にグッと拳を突き付けてきた。

「ツッキーに、これを渡しておく。」
「これは…鍵?」

両掌で受け止めたそれは、黒猫のキーホルダーが付いた鍵束だった。
掌の上で転がすと、チリンという鈴の音と、鍵についての説明が部屋に響いた。

「ウチの…合鍵だよ。」

大きい方がこの部屋の鍵、小さい方が新車の…電動アシスト自転車の鍵だ。
仕事に疲れたら泊まってもいい。部屋も自転車も、いつでも自由に使ってくれ。

「あ、わざわざどうも…っ痛っっ!?」


特に何も考えず、業務上必要なモノを渡されるがまま受け取っただけなのに、
またしてもコタツの中…両サイドから、猛烈なケリ×2を頂戴してしまった。

「あー、良かったねー、ツッキー。」
「合鍵ゲットおめでとうございます。」

セリフがそのまま突き刺さりそうな程の棒読み…トゲトゲ100%だ。
な、何か僕は二人を怒らせるようなことを、しでかしただろうか…???

正面の黒尾さんを見ても、二人の様子に全く気付いていない(鈍感めっ!)
赤葦さんを見ると…えっ!?ちょっと涙目で、頬を膨らせてる…(何でっ!?)
助けを求めて山口に視線を送ると、山口は冷た~い目をしたまま、
大きい方の鍵→赤葦さん→黒尾さんの順にその視線を流して行った。

   (…あっ!そういうコトかっ!!)


自転車の鍵はともかく、黒尾さんちの合鍵を一番最初に貰うべき人は…
もう一度山口を見ると、「ツッキーが何とかして」と全責任を押し付けられた。

   (何とかって…無茶言わないでよっ!)

とは言え、このまま赤葦さんに焼き殺されるわけにはいかない。
僕は鈴の音を極力立てずに、そっとコタツの上(赤葦さん寄り)に鍵を置くと、
慎重に言葉を選びながら、黒尾さんにそれとな~く進言してみた。

「くくく、黒尾さんっ!自転車の方は有り難く頂戴しますけど、部屋の方は…」
「持ってた方が何かと便利だろ?ツッキーならいつでも大歓迎だぞ?」

「そっ、それは嬉しい…じゃなかった、ぶ、不用心じゃないですかっ!?」

僕と黒尾さんは、まだそんなに親しいカンケーじゃないですから、
『特別な』合鍵を頂くには、まだ早いかなぁ~と、思うわけでして…

「ぼっ、僕は、初対面の山口に…ぬ、脱げ!って言ったケダモノですよ!?
   変態ポリスに合鍵なんかカンタンに渡しちゃ、アブナイですっ!!」


何で自分で自分を『ケダモノ』『変態』って、ディスらなきゃいけないんだ…
僕がここまでヤったんだから、どうかその合鍵を、僕より先に…ほらっ!!

…という僕の切実な願いは、これっぽっちも伝わらなかった。
黒尾さんはニカっと笑いながら、「ツッキーはそんな奴じゃねぇだろ?」と、
実に嬉しい…けど、今は大迷惑なフォローを入れてくれた。

「山口に『脱げ』って言ったのは、魔女衣装が『裏表』だったから…だろ?」

あれ、裏表も前後も分かりにくいみたいで、時々間違って着てるんだよな。
あの日も忙しかったし、山口も慌ててスポっ!!と被って飛び出してたからな。
ベランダから帰って来た時に、襟元でぴろぴろ~と白いタグが見えてたんだ。

「几帳面なツッキーはそのことを指摘して、着直せと言いたかっただけだよ。」
「そう言えば、スカートが捲れる度に、月島君は逐一直してあげてましたね。」

突然の侵入者だったのに、服装の乱れまで気に掛ける…優しい奴だ。
ツッキーになら、ここの鍵を…山口を安心して預けられるよ。


「えっ、そうだったのっ!?それならそうと、早く言ってくれれば…えへへ♪」
「言う間もなく、いきなり『ガツン♪』ってヤられちゃったから…」

あははっ、ごめんね~♪と、全く悪いと思ってない笑顔で言葉を濁す山口。
僕は『ガツン♪』の痛みを思い出し、無意識に後頭部に手を当て…

   (…あれ?)

   ふと過ぎった疑問。
   それを僕は、口に出していた。

「どうして山口は、僕の記憶を…消さなかったの?」


箒で歌舞伎町の夜空を飛ぶ魔女の姿を見ることは、かなり難しいけれど、
それでも何かしらのアクシデントによって、見られてしまうこともある。
そういう時には、箒の先で『ガツン♪』とどついて、記憶をデリートする…
実際にハメハメ作戦の時も、盗聴犯にそれを実力行使していた。

だとしたら、一番最初に僕が山口を捕獲した際も、示談だとか取引なんてせず、
いきなり『ガツン♪』とヤって、僕の記憶を消してしまえばよかったはずだ。

山口が僕の記憶を残した…その理由は…
一人で悶々と考察を続けていると、黒尾さんがそれを途中で遮った。


「それこそ、俺がツッキーを信頼してる理由、だよ。」
「おや、山口君のことなら、よ~くわかるんですね。」

ニヤニヤほくそ笑む黒尾さんと、呆れつつも頬を緩める赤葦さん…意味不明だ。
再度助けを求めるべく、山口の方を向いて視線を送ろうとしたら、
側頭部に『ツンツン♪』と箒の柄を突き付けられ…僕はそのままフリーズした。

山口がどんな顔をしているか…見たいけど、見たらソッコーで消されてしまう。
本能でそれを察した僕は、ギュっと目を瞑って両手を頭上へ掲げた。


「無駄に考察しまくらない方がいいよ~って言ったこと…覚えてるよね?」

もしそれ以上考え続けるなら、そんな考察をする必要がなくなるまで…
俺達が出逢う前の、『月島ほたるさん』の記憶にまで、戻してあげるから。
無駄な考察をやめるか、それとも…ツッキーの好きな方を選んでいいよ?

さぁ、どうする?と、危険な銃口を突き付けて選択を迫る山口。
僕は両手を上げたまま、大きく深呼吸して…クルリと山口に向き直った。


「もし『ガツン♪』だった時は…
   もう一度あの荷物を、僕のところに配達しに来てくれる?」


閉じていた目を開けると、そこに山口の姿はなく…
真っ赤なリボンだけが、コタツの上に残されていた。




- 完 -




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2018/01/03 (2017/12/28分 MEMO小咄より移設)

 

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