夜想愛夢⑦







「あっ…青い、ね。」
「青いでしょ~♪」


久々…とは全く言えないぐらい、つい最近ぶりの帰省。
前回戻った時は、引越作業中で荒れ果てた姿に、意識が遠くなりかけたけど、
今回は別の意味で、目の前が真っ青になってしまった。


月島のおばさんに連れられて、おばさん専用の別宅…旧山口家へ。
元々は住み慣れた我が家のはずが、見慣れたモノはもう何も残っていないから、
自分ちに帰ったのに、『玄関入ったら知らない場所』な…夢みたいな感じだ。

玄関扉が異空間とリンクし、俺は別世界に迷い込んでしまった!?
無邪気月島&無愛想山口と、不干渉黒尾&不感症赤葦が織り成す、
『異次元酒屋談義~真夏の夜の夢~』…まもなく怪演です!!


「…とかだったら、冗談抜きで怪談だよね~!想像力の『アッチ側』だよ。」
「あらぁ~、私、ちょっとだけ観てみたいわ…『怖いものみたさ』だけどね♪」

お節介じゃない黒尾さんとか、エロくない赤葦さんなんて、完全にホラーだわ。
それに、無愛想な忠ちゃんなんて、私はイヤだから、そうねぇ…

『ピュアな蛍&ビッチな忠』とかなら、月島家の総力を挙げて創作に協力よ?
忠ちゃんが望むなら、蛍に一服盛って…大人し~くさせてあげるわよ♪

「『かかあ天下』が月島家の伝統。忠ちゃんは正統なる後継者…でしょう?」
「その期待には、おそらく…バッチリお応えできそうだよ~♪」

『ピュアな~』は、『夢物語』じゃないかも…一服盛る必要はないかもよ?
…そう茶化して言うと、おばさんは背筋が凍るほど眩しい笑顔で頷いた。

「さぁ、ここが月島家を統べる者の城…『青の部屋』へようこそ。」


玄関脇の客間を開くと、そこは文字通りの『青い部屋』になっていた。
旧山口家としては最後の大イベント・蛍&忠の結納…その会場だった客間が、
まるで本当に『異空間』のような、青一色に染まっていた。

砂浜から深い海へ…をイメージした、白から濃紺のグラデーション絨毯。
夜の水族館か、海の中を思わせる、ウルトラマリン…群青色の壁。
そして、澄んだ真夏の夜空…黒に近い闇を示す、ダークブルーの天井。
壁に掛かった真珠…丸い間接照明の淡い光が、ぼんやりと水面を揺らしている。

「海の中…竜宮城に居るみたい…」
「そうね~♪元々は山口家…『大蛇』の城だったんだもの。間違いないわ。」

あまりに現実離れした、幻想的な空間…夢見心地で茫然と立ち尽くしていると、
『黄色い部屋の秘密』ならぬ、『青い部屋のヒミツ』を、おばさんは語った。


「この部屋は、忠ちゃんのお母さん…山口先生が発案したのよ。」

スウェーデンでの新婚旅行から帰国直後に、お父さんと喧嘩しちゃったの。
イライラが暴発した私は、勢い余ってココに籠城し、先生に電話で愚痴三昧…
そしたら、「青い色は鎮静色。海や空の映像を見ると良い。」とか、
「部屋に青いモノを置くか、青い服を着るのもアリ。」って教えてくれたわ。
早速私は先生のアドバイスに従って、お布団カバーをブルーにしたり、
青い小物を置いてるうちに…部屋中を青くしちゃえ♪って話になったのよ~

「お父さんと明光の3人で、クロスを貼り替えたり、絨毯敷いたり…
  『竜宮城』の大改装、本当に楽しかったわよ…途中まではね。」

ヤるならば徹底的に…私は照明も青くしようとしたんだけど、そこで大喧嘩よ。


「あのさ、母さん…いくら青が鎮静色だからって、照明の青は逆効果だよ。」
「青い光…ブルーライトは覚醒をもたらす。そんなことも知らないのか?」

我々は、目で見たモノを、視神経等を通し『光の情報』として感知するが、
この情報は同時に生物時計にも送られ、そこから昼夜の別を判断しているんだ。
そして、視神経の一部は、波長の短い青色の光に対し、特異的に反応するため、
我々の生物時計は、『目で見た情報』に『青い光』を加算して受け取っている。

青い光は、昼間の光…これを夜に受けると、生物時計が『昼』と錯覚し、
夜更かしを強力に増長…良質な睡眠を妨げる結果となるのだ。

「昼白色の蛍光灯や、省エネ効率が高いLED電球には、青い光が多いんだよ。」

特にLED電球は、青色発光ダイオードが使われ、特に青が強い光を含むから、
スマホやPC、TVや携帯ゲーム機を夜に見過ぎちゃうと、寝られなくなる…
だから、『ブルーライトカット』のシールを貼って、青い光を遮断してるんだ。

「いくら目に優しい肌色…ベージュを基調としたデザインのサイトでも、
   夜中に布団の中で、スマホを抱えてエロ小説を読むのは…程々にすべきだ。」
「『桃色』で寝られないなら、幸せだけど…実際は青色で睡眠障害だからね~
   しかも、エロと見せかけて実はおカタい内容だったら…睡眠妨害じゃん。」

エロ小説は、堂々と明るい所で読むべし…何なら私に朗読してくれたまえ。
それか、某宿泊施設みたいに、やや薄暗い電球色が…ムーディでオススメ!


「…って、二人して怒涛の蘊蓄攻撃よ!お父さんなんて、超~上から目線で…」

ホント、黙ってればダンディな紳士風なのに、口を開いたら『残念』なのよね~
お父さんのこういうトコを、蛍がきっちり継いじゃってないか…心配だわ。

というわけで、これが第2回竜宮城籠城事件の概要なんだけど…
こうして冷静に話してみたら、しょーもない痴話喧嘩ねぇ~♪イヤだわ~♪

一人楽しそうに笑う、月島のおばさん。
冗談抜きで、救いようがない程のしょーもなさ…ちょっと耳が痛い気もする。


日常的な夫婦喧嘩の大半が、本来はこうした可愛らしいモノなのだ。
それを長年溜め込まず、その都度発散していれば、『笑い話』で終わるだけ。

おばさんに随時発散…喧嘩時の別居を提案したのは、離婚のプロ・黒尾さんだ。
実態はデレデレ新婚さんだが、夫婦喧嘩のカタをつける、プロ中のプロである。
そこに、常時(気味が悪い程)冷静な、山口母のアドバイスが上乗せされ、
この『青い部屋』…竜宮城が出来上がったということだろう。

「見た目以上に…すっごい役に立つ、ステキな部屋なんだね~♪」
「そうなのよ~♪冷静になって、仲直りの策を練る…大切な部屋よ。」

おばさんはそう言うと、押入から長方形の灯り…灯籠?行灯?を取り出した。
蝋燭のような燈色の光に照らされ、部屋は更に幻惑的な雰囲気を醸し出した。


行灯を挟んで向かい合わせに座ると、おばさんはゆったりと話し始めた。

「喧嘩って、始めるのは凄くカンタンだけど、終わらせるのは大変よね。」

怒らせた方は謝って、怒った方は怒りを納める必要がある…これが難しいの。
時間が経てば経つほど、なかなか振り上げた拳を下ろせなくなっちゃうし、
自分の中の怒りをどう抑え込み、納得するか…謝るよりもず~っと難しいわ。

「いかに迅速に、いかに適切に喧嘩を終わらせるか…これこそが『鍵』よ。」

お父さんや明光、それに黒尾さんは、そういう『喧嘩を終わらせる』プロ…
閉じた心を開く鍵を見つけ、外から抉じ開けるのも、法律家の仕事の一つなの。
ま、お父さんの場合…仕事上のスキルを全く実生活に生かせてないんだけどね。
少しくらい黒尾さんを…喧嘩徹底回避の姿勢(デレデレ)を見習って欲しいわ~


いつもいつも、プロに円満調停を頼むわけにもいかない…
そこに至る前に、『内側』から扉を開ける方法を、籠城した側も考えなきゃね?

「どうすれば『喧嘩終結』できるのか…その条件を考えるのは、コチラ側よ。」
「怒った方…喧嘩を始めた方が、終結のために努力しなきゃだめ、ってこと?」

何が籠城を解く『鍵』なのか。それを提示すべきなのは、閉じ籠った側…
相手を赦し、『仲直り♪』を宣言するのは、自分達の方なのだ。

「つ、つまり、『仲直り♪』のきっかけを作らなきゃいけないのは…」
「私と忠ちゃん、ってことになるのよ。これってホントに…難問なのよね~」

   『謝るよりも、赦す方が難しい』

夫婦喧嘩の『真の姿』を知った俺は、おばさんと顔を見合わせ…苦笑いした。



「ねぇおばさん、青い光は目に毒かもしれないけど、この行灯ぐらいなら、
   周りを青い紙とかで巻いちゃって、青く飾っても…いいんじゃない?」

『仲直り♪』の策を全く思いつけなかった俺は、場を保たせるように、
冗談めかして『青い照明』を提案してみたら…おばさんは目を見開いた。
そして、予想外に真面目な表情を見せ、きっぱりと答えた。

「それだと、本当にこの部屋が…『異世界』と繋がっちゃうわよ。」

行灯に青い紙…『青行灯』は、夏に相応しいイベントの必須アイテムで、
かつ、その名を持つ妖怪もいる…魔を引き寄せるモノじゃないの。

「怪談話を語る会…『百物語』をする時に、『青行灯』を置くのよ。」
「え…そうなのっ!?」


『百物語』の伝統的な方法は、簡単にまとめると以下のようなものだ。

・新月の夜に行う
・L字になった3部屋を使用
・参加者が集まる部屋と隣室は無灯
・一番奥の部屋に、100本の灯心がある行灯と、鏡を置く
・行灯には『青い紙』を貼る
・参加者は『青い衣』を纏う
・一話語る毎に、語り手は手探りで奥の部屋へ行き、灯心を1本抜いて消す
・鏡で自分の姿を見てから部屋に戻る

「100話全て語り終えると、怪異が起こるから、99話で止め…朝を待つ。」
「全部聞くと、妖怪『青行灯』が現れる…又は怪異の総称を示すのかな?」

鳥山石燕の『今昔百鬼拾遺』には、長い黒髪に角を持つ鬼女の『青行灯』…
行灯の前には、裁縫道具と櫛、別の女から夫に送られた恋文が描かれている。
この妖怪は、『女の嫉妬心』を暗示しているとも言われているそうだ。


「灯に、長い黒髪の女性。裁縫…機織と櫛に関係している、嫉妬の象徴…?」

本当は『愛し姫』だったのに、嫉妬の鬼とされた、丑の刻参りの女性…
『宇治の橋姫』に、非常に似ているように感じるのは、気のせいだろうか?

妙な寒気を覚え、何となく両手を合わせて拝む仕種…
念仏ぐらいは唱えとこうかな、と思ったところで、おばさんの声がした。

「念仏で怪異が去るかしら…?」

日本を代表する怪談に、百物語にも関係する…『青衣の女人』があるんだけど、
この物語の舞台は、念仏の嵐の中…東大寺の修ニ会(しゅうにえ)の最中よ。


「東大寺の修ニ会って…有名な『お水取り』をやる行事だよね?」

東大寺最大の法要『修二会』は、十一面悔過(じゅういちめんけか)…
過去に犯してきた罪過を、ご本尊の十一面観世音菩薩に懺悔する行事である。
この期間中に、奈良時代から現代に至るまで、歴史上東大寺に関わった人々の、
冥福を祈る…それらの人々の名前が記された『過去帳』が読み上げられる。

鎌倉時代の修二会の最中、集慶という僧侶が過去帳を読み上げていると、
青い衣の女性があらわれ、「何故私を読み上げないのか?」…と問うた。
僧侶が慌てて低い声で『青衣(しょうえ)の女人』と読み上げると、
その女性は幻のように消えていった…という、歴史ある怪談話である。

「今でも、修二会の過去帳読み上げの際には、そこだけごく低く小さな声で、
   『青衣の女人』と…名前を読まれ続けているそうなのよ。」


東大寺のような、歴史と威厳あるお寺の法事の最中でさえ、
修業僧も震え、未だに懺悔と供養をし続けている『怪異』が現れるなんて…

「その『青衣の女人』が誰なのか…物凄く気になるね。」
「おそらく、『国家プロジェクト』として、供養すべきレベルの人…ね。」

『青行灯』と『青衣の女人』…その本質として『同じモノ』を、感じてしまう。
『青』に関係する、『女性の怪異』というだけではない、もっと深いモノを…


「この考察は、俺とおばさんだけじゃ勿体無い…皆の知恵が必要だよ。
   真夏の夜に『酒屋談義』すべきは、きっとこの話…そんな予感がするんだ。」

低く重々しくなった俺の言葉に、おばさんは明るく軽やかな声で答えた。

「じゃあ、こうしましょう!明日の晩、皆をここに集めて『百物語』…
  『青い女性』に関する考察を、この『青い部屋』で楽しみましょうよ♪」

舞台設定も完璧だし、『真夏の夜の夢』に相応しい考察ネタだし、
そして何よりも、肝試しとか怪談話は…『仲直り♪』にモッテコイでしょう?


うふふふふ…と、青い部屋に浮かぶ、おばさんの微笑み。
いつもの優しい笑顔のはずなのに、何かが背筋を駆け抜けた。

俺はゾクリと身を震わせながら、おばさんと同じ笑顔で微笑み返した。


「おばさん、それ…最高の案だよ。俺も明日が、すっごい…楽しみ♪」





- ⑧へGO! -





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※『黄色い部屋の秘密』 →ガストン・ルルー作の推理小説。密室モノの傑作。
※『宇治の橋姫』について →『予定調和



2017/08/01

 

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