夜想愛夢⑤







「か…金縛りっ!?」
「ま…まさかっ!?」

月島の口から出てきた言葉に、黒尾と赤葦は目と口をあんぐり開き…
その『わくわくワード』に慌てて口を閉じ、「早く聞かせろ!」と目で訴えた。

他人事だと思って、好奇心を隠そうともしない二人に、月島は苦笑い。
話を始める前に、まずは確認したいことがあります…と前置きをした。

「昨夜、お二人のうちいずれか、又は一人ずつが間を置いて、
   僕と『ソフレ』した…そういう事実はありませんか?」


ソフレとは、先日研磨先生も加えた5人で研究した『添寝フレンド』である。
恋愛も性交も御法度でありながら、人肌に癒しを求めるステキ関係…らしいが、
現実的には、かなりハードルが高い(反面、創作的にはオイシイ)関係だった。

5人での研究の結果、対黒尾及び対赤葦のソフレは、一般人には到底不可能…
過重な肉体的負荷と、過剰な精神的負担のかかるモノになると推測された。

ソフレ研究では、それぞれが違う意味で『少々面白くない』思いをしたせいか、
月島から出た『げんなりワード』に、黒尾と赤葦は目と口を同時に顰めた。


「黒尾さん…僕とソフレしましたか?」
月島は黒尾に尋ねたのだが、赤葦が頬を膨らませながら答えた。

「いくら俺が心が広くても、そんなサービスまで…赦すわけないでしょう?」
黒尾さんと月島君の間には、俺が寝てましたし、万が一のことも考えて、
俺と月島君の間に、数多のクッションを挟んで、壁を作っておきましたよね?

それに、昨夜黒尾さんは月島君とソフレしなかったと…断言できます。
黒尾さんはこの世でたった一人…同時に二人とソフレは不可能ですからね。

「月島君は、何らヤマシイことはしていない…俺が山口君に証言しますよ?」

赤葦は得意満面…指を揃えて掌をピンと開き、『宣誓』のポーズを取ったが、
黒尾は視線をアサッテに泳がせ、月島は深く追究することなくスルーした。


「はいはいわかりました。では念のために…赤葦さんの方は?」
今度は最初から黒尾に対して尋ね、黒尾も素直にそれに応じた。

「俺は心が狭いからな。そんな危険なサービス…お前のために提供しない。」
赤葦の『卑猥オーラ』の直撃を喰らった者が、正気を保てるとは思えない。
慣れている俺でさえ、『一夜に3回連続で出す』よりも、
『1回出すのを耐える』方が…精神的に物凄ぇ辛い。修業もしくは拷問だぞ。

万が一のことを考え、昨夜は一晩中、俺が身を挺して壁になっていた。
このビンビンに起った前…髪が、『ナニかを覆い隠す系うつ伏せ寝』の証拠だ。

「ツッキーは、山口に後ろめたさを感じる必要はねぇ…俺が断言してやる。」

隠し立てを一切せず、誠実に回答する黒尾に、月島は遠~~~い目をした。
正直で誠実なことが、有難迷惑になる場合もあるという、これ以上にない例だ。


二人の貴重な証言を聞いた月島は、「必要以上によくわかりました。」と頷き、
お茶で喉を潤し、『前置き』から判断できることを纏めた。

「今のお話からわかることは、僕が『金縛り』風の状況に陥った原因が、
   リアル『金(鉄)縛り』ではない…黒尾さんとのソフレではないことです。」

黒尾さんの重過失により、不運にも僕がソフレ被害に遭ってしまい、
それが『金縛り』風の夢として現れた…という可能性が、除外されました。
それから、苦しい『金縛り』の前に見た『ステキな夢』も、
赤葦さんという『夢魔』に乗られたことによる淫夢ではない…これも確定です。

「夢魔…その誘惑を拒否できねぇっていう点で、赤葦にピッタリだな!」
「俺はインキュバスなのか、サキュバスなのか…実に気になる所です。」

夢の中に現れて性交する…夢魔。
男性型のインキュバスは、『のしかかる(incubo)』というラテン語が語源で、
『下に寝る(succubo)』を意味しているのが、女性型のサキュバスだ。
夢魔は、襲う人間の『好みに応じた姿』で現れる…なかなか嬉しいサービスだ。

「赤葦さんに新たな称号『夢魔』が冠されたことは、とりあえず置いといて…」


僕の推測では、優しいお二人は危険防止のため、緊急避難的措置を講じた…
即ち、 やむを得ず赤葦さんの『ソフレミニシアター』を実践…でしょうか。

まぁ、布団等では到底隠し切れない『淫靡な空気』を、僕は無意識の内に感じ…
その結果、昨夜前半は『ぜひ実現したい夢』を、見ることができました。

「この、『ステキな夢』を見せてくれたという『特殊サービス』については、
   心から御礼申し上げます…ご馳走様でした。ぜひお代わりお願いします。」


そして、何らかの音声もしくはクッション等の落下衝撃により、
僕の睡眠は『一時的に中断』されてしまった…ここが最重要ポイントです。

ちなみにですが、これがもう3秒早かったら、僕は浮かばれなかった…
お二人の枕元に毎夜毎夜立って、延々恨み言の雨あられコースでしたね。

ご飯の方も、お代わりお願いします…と月島は赤葦に茶碗を差し出しながら、
お茶のお代わりを入れてくれていた黒尾に、『本題』を振った。

「以上により、僕は本当に『金縛り』に遭った可能性が高いと考えられます。
   では黒尾さん。『金縛り』とは、実際にどういう状態か…ご存知ですよね?」


赤葦が戻って来るのを確認してから、黒尾は「勿論だ。」と首肯した。
「ここでは、本来的な意味での金縛り…不動明王の『不動金縛りの術』や、
   金銭の力で相手の自由を束縛する『金(かね)縛り』は除外するとして…」

不動明王の『金縛り』は、青・赤・白・黒・黄の五色の糸で編まれた、
元々は鳥獣捕獲用である、縄状の仏具…羂索(けんさく)を使い、
まるで金鎖で縛ったかのように、人を動けなくする、修験道の秘術である。
(『金(かね)縛り』は…むしろ術者の方を、不動明王に懲らしめて欲しい。)

そして、これらを語源とするかどうかは定かではないが、
一般的な『金縛り』の特徴としては、
   ①身体が動かない
   ②あるはずのないものが見える
…という、大きく二つが挙げられる。

「他には、『息ができない』『胸や腹に重いものが乗っている感覚』等だな。」
「『その後はそのまま眠ってしまい、起床後鮮明に思い出す』等でしょうか。」
強いて言うなら、『金縛りに遭うと、とてつもない恐怖を感じる』ことも、
『金縛り』の特徴の一つと言えるかもしれない。


『金縛り』の二大特徴(動けない・存在しないものが見える)は、
学術的には、 『睡眠麻痺』及び『入眠時幻覚』と呼ばれるものである。
睡眠麻痺は、覚醒時から睡眠時への移行期に起こる、一時的な全身麻痺状態だ。

また入眠時幻覚とは、入眠期(寝入りばな)に、
自分としては「起きている」という自覚がある時に体験する、幻覚症状である。
例えば、「TVをつけっぱなしで寝ているわ…」と、家族が消した瞬間に、
「見てたのに!」と怒り出す…この時、寝ていた本人が『見て』いたのは、
『起きてTVを見続けている自分』という、現実感のある鮮明な幻覚である。


「つまり、『金縛り』は睡眠時に起こる現象…『夢の一種』です。」

この仕組みは、1960年代に行われたナルコプレシー(過眠症)の研究により、
ある『特殊なレム睡眠時』に発生することが、既に解明されている。

「詳細な説明は割愛しますが、睡眠障害のない健康な人であっても、
   『睡眠がたった1回中断される』だけで、睡眠麻痺&入眠時幻覚は起こる…」
「割と簡単かつ頻繁に、『金縛り』状態に陥る可能性がある…ってことか。」

宗教観や歴史等により、呼称には様々なバリエーションがあるものの、
『金縛り』の出現率は、人種や民族に関わらず、約40%とのことだ。

また、『金縛り』は『仰向けに寝ている時』に起こり易いことも判明している。
仰向け時には、舌の根元が気道に落ち、呼吸を邪魔したり、一時的に停止する…
この呼吸困難や無呼吸状態を、自分自身の脳が辻褄を合わせて解釈し、
『息ができない』『重いものが乗っている』と感じたり、
『誰かが乗っているのを見た』という幻覚に、繋がっていると思われる。

「キリスト教国では、これを『夢魔に乗られた』と…言っているんですね。」


そして、『金縛り』に遭うと、とてつもない恐怖を感じる理由は…

 「『理由もわからず』身体が動かないから、恐怖を感じてしまうと、
   一般的には説明されていますが…それは間違いだと僕は思います。」
「ツッキーは、『金縛り』のメカニズムについて、以前から『知って』いた…」
「『知って』いてもなお恐怖を感じたのは…『感じざるを得なかった』から?」

月島は人差し指でトントンと頭を軽く突きながら、『ココです。』と示した。
「夢を見るレム睡眠中に起こる、偏桃体の『自動興奮』が原因です。
   ここは、恐怖や不安を感じる脳領域…『悪夢』こそが、夢の基本なんです。」
「『金縛り』が夢の一部なら、とてつもない恐怖を感じて…当たり前だ。」
「気持ちイイだけなら、『夢魔』が悪魔の一種とは…言われませんよね。」


これらの考察を僕のケースに当てはめると、次のようになるかと思います。

僕は昨夜、何らかの原因により、睡眠が一時中断されてしまったことで、
睡眠麻痺&入眠時幻覚を誘発する『特殊なレム睡眠』に陥った…

「それについては、俺らに原因の一端が全くないとは…言い切れないな。」
「そして月島君は、一夜を通して『良い寝相』…『仰向け寝』でしたよ。」

更に僕は昨夜、普段とは少し違った精神状態に置かれていた…
『恐怖』を感じやすい状況にあったことも、間違いありません。

「山口君の家出…自分から失われてしまう恐怖ですね。」
「これに関しては…自業自得以外の何物でもねぇよな。」

ついでに付け加えるなら、どこからともなく放射された『猥褻なナニか』で、
本能的に脳が『興奮しやすい』状態に曝されていたことや、
ラブソングを聴いて反省しろだの、夢の中で謝罪の練習をしとけだの、
ぐうの音も出ないウンチク&お説教に曝された…過度なストレスもありました。

「これらの要因が重なったことで、僕は真夏の夜に相応しい夢…
   怪談話にピッタリな『金縛り』を体験することになった、というわけです。」


以上、証明終了です。
好奇心を刺激する実体験で、『金縛り』についての考察が進みましたが、
わかっていても、あんな怖い思いをするのは…二度と御免ですね。

「アタマで理解することと、本能で恐怖を感じることは…全く別物でした。」
「非常に科学的かつ、理路整然とした論理…大変素晴らしい考察でしたね。」
「真夏に相応しい『怪談話』ではなかったが…興味深い『夢考察』だった。」

月島の『金縛りに関する夢考察』を、黒尾と赤葦は万雷の拍手で称賛した。
課題図書(読書感想文)に引き続き、自由研究の『宿題』も、無事完了だ。

3人は満足気にお茶を飲み干し…同時に苦笑いを零した。
「証明…科学的研究は完了しても、実は何も解決してないんですよね。」


『わからないこと』について考察し、それを『説明』する際には、
こうした科学的なアプローチは、絶対に避けて通れないプロセスである。
なぜなら『説明』とは、既に認められている『事実』を積み上げて行うもの…
誰にでも証明可能な『科学的事実』でしか、物事を『説明』できないのだ。

逆に言うと、『事実』とは未だ認められていない『存在が不確か』なもの…
『考え方』で『説明』することは、ただのラベルの付け替えにしかならない。

「『金縛り』の原因を、『心霊現象』と『説明』することはできません。」
「それは『説明』ではない…『心霊現象』は、一つの『考え方』だからな。」
「『金縛り』という不思議現象を、『心霊のせい』と言い換えているだけ…」

例えば、『なぜ赤葦京治はこんなにエロいのか』という不思議現象に対し、
『放射性猥褻物だから』と『説明』するのは、
それがどんなに『事実』っぽく見えたとしても…『説明』にはならない。
ただし、『赤葦とソフレした100人中85人が、劣情を催し射精に至った』等、
統計的に優位な『科学的事実』が存在すれば、『赤葦京治はエロい』と言える。


だが、科学的事実によって『説明』できないからといって、
それが『存在しない』とは言えない…不存在の証明は、悪魔でも不可能である。
『事実』は科学技術の進歩等で、ごくアッサリ変わってしまうもの…
近い将来『赤葦京治のΩ係数=98』と、エロ具合が計測できるかもしれない。

「『金縛り』を科学的に説明できるようになったのも…つい最近です。」
「脳波モニタリングで、『どんな夢を見ているか』すら、わかる時代だ。」
「『どんな夢魔とヤったのか』が、映像化できる時代も、すぐそこです。」

こうした『科学的事実』が未だ存在してない時に、次の手として必要なのが、
『考え方』…宗教や歴史といった、民俗学的なアプローチである。
この『民俗学的考察』でしか解決できないものも、世の中にはたくさん存在し、
人間関係の多くが、実はこちらのケースに当てはまるのではないだろうか。

「科学的事実では、『なぜ月島君の夢に山口君が出てきたのか?』について、
   現段階でははっきり『説明』できません…が、『考察』は可能です。」
「『愛する人が出てくる夢』に関する考察は、古代から延々続けられている。
   数値化とは相性が悪い『感情』の問題は…民俗学的考察こそ有効だ。」


目の前にあるモノや現象について、まずは定義を確定…科学的説明を試みる。
その上で、それらが何を意味するのか、歴史や民俗学的な考察を行う。
最終的に、そこから得られたものを自分達なりに解釈し…愉しむのだ。

これが、自分達が確立してきた『酒屋談義』のスタイルであり、
興味を持ったモノを、あらゆる方向性でとことん楽しみ尽くす…知的遊戯だ。

当然ながら、その方向には『↑』…神々や霊魂、『極楽』の話も含まれるし、
見えない『↓』…歴史に隠された闇に触れたり、アレに隠されたソレも…然り。


「というわけですので、『愛する人が出てくる夢』に関する考察は…」
「実際に『愛する人』が居ない時にヤっても…全然面白くねぇよな?」

この続きは、無事にツッキーが山口と仲直りし、4人が勢揃いしてからだな。
その時改めて…『金縛りに関する夢考察~民俗学的見地から』をヤろうぜ!

黒尾と赤葦は、柔らかい笑顔を湛えながら、月島の背をポンポンと叩いた。
楽しい『夏のバカンス』のために、ちゃんと仲直りして来いという…激励だ。


「宿題にはなりませんが、真夏の夜の夢に相応しい怪談話…楽しみですね。」

月島は両手を合わせて『ご馳走さまでした。』と頭を下げると、
今度はその手を広げて軽く振り、『行って来ます。』と微笑んだ。





- ⑥へGO! -





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※赤葦のソフレミニシアター →『同床!?研磨先生⑤



2017/07/27

 

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