同床!?研磨先生④







「…はい、こっち。」
「おじゃましま~す!」


月島に変わって、研磨先生の待つ布団にやってきた山口は、
「おいで。」という先生の仕種に促されるまま、素直に布団へ潜り込んだ。
布団の両端ギリギリから、向かい合わせに横向き寝…身長差より多めに下がり、
山口は研磨先生よりも、少し『目下』になるよう、自然に位置取った。

「俺、もし本当にソフレしろって言われたら…パートナーには山口を選ぶ。」

わしゃわしゃと山口の髪を掻き回しながら、真顔で断言した研磨先生。
光栄です…と言いながらも、不思議そうに首を傾げる山口に、
先生は頭を撫でる手はそのままに、淡々とその理由を説明した。

「この狭い空間の中でも、ごく自然と『適正距離』を保てること…
   この難題をいとも簡単にクリアする、その観察力とバランス感覚は、見事。」

あからさまに拒絶するわけでもなく、逆に馴れ馴れしくベッタリするでもない。
手が届く範囲に居ながらも、決して近づきすぎない距離…
ちゃんと顔を見て、焦点を合わせて話せる絶妙な位置取りができている。


それだけじゃなくて、話の腰を折らず、黙って先を促しつつ聞く姿勢は、
まさに『聞き上手』の極致…法律相談が天職なんだろうなって思うよ。

「長年、クソ面倒臭い月島の相手をし続けてきた賜物…かな。」
「アレに慣れてたら、酔っ払いのグデグデも可愛く見えますからね~」

多分、俺に似てる月島も、山口のそんなバランス感覚と柔軟性が心地良くて、
実は『語りたがり』っていうオタク気質を、山口の前では曝してしまう…

「見るからに人畜無害な俺相手だと、無駄なガードが緩んじゃう…?」
「それもあるけど…その軽妙な切り返しが、一番ツボにクるんだよ。」

ただ黙って聞くだけじゃない。
適度にスルーしつつも、重要なポイントでちゃんと的を射た相槌を打ち、
場を和ませつつ結構厳しいツッコミを入れるなんて…かなり高度なテクだよ。


「月島が、山口を手放さなかった理由…俺にはよく分かる。
   山口みたいな妹…俺も欲しいかも。」
「俺も、研磨先生なら…お姉ちゃんに欲しいですね~」

この度、リアルな兄が2人もできましたし、兄貴分には黒尾さんがいますし…
あ、赤葦さんはむしろ『姐さん』ってカンジですからね。
研磨先生とは、「つかず離れず、必要な時だけ助け合う」っていう、
超理想的な『親密すぎない姉妹関係』を築けそうですよね!

何の力みも気負いもなく、自然と笑みが零れてくる。
研磨先生から、明るい笑い声が途切れるタイミングを見計らって、
山口はやや苦笑い…話をスムースに本題へと誘った。

「つかず離れず…これ、ソフレの問題点とも繋がると思うんですよね。」


添寝は、本来的な意味では、乳幼児に対して母等が行うものだった。
この時期にできるだけ母子がスキンシップを行うことで、
精神的に安定した子に育つ…という、最新の研究結果もあるそうだ。

この添寝の時期を過ぎると、次に重要となる育児テーマは、『独り寝』だ。
いつ頃から一人で寝させるべきなのかについては、国によっても考え方が違い、
なかなか親離れできない子を、どうやって独り寝させるかという難題と共に、
小さなお子さんを持つ親の間では、共通の育児テーマだそうだ。

「親子のスキンシップも、勿論重要だと思います。
   ですが、親離れ子離れが上手く出来ないことの方が、はるかに大問題…」

法律の仕事をしていると、これが出来てない親子がいかに危険か、痛感します。
   全て親に頼り、言いなりになる子。
   子の全てに口を出し、従わせる親。

「結婚式も、新居も、夫婦生活も…親が口と金を出しまくり、
   その結果、夫婦間がギクシャクして離婚…それすらも、親発信です。」

新居購入の頭金ならまだわかるけど、結婚式の費用や、結納金まで…
親が相手の親に対して、返還請求をしたりするんですよ。
極端な例で言えば、嫁憎さ孫可愛さのあまり、じじばばが孫を連れて逃亡…
息子はそれに何も言えず、警察&裁判沙汰ってのも、実際にありましたから。

「親子の適切な距離感を育むためにも、子どもの独り寝は…重要です。」

きちんと独り寝をしてないと、思春期のビミョーなアレ等を、自己処理できず、
『自我の確立』という超大事なテーマ…『オトナの階段』を上れなくなります。

「色んなイミで…オトナになれないってことだね。」
「身近な身内だけに向けられていた愛情が、他人に向けられる成長過程…
   これこそが、初恋の心理学的な定義であり、恋愛感情のスタートですよね。」

山口は、研磨先生が初めてこの事務所を訪れた時の考察テーマを引き出し、
それを受けた研磨先生は、ソフレの前提となるポイントを示した。


「つまり、ソフレ関係の大前提は…『独り寝』が基本の者達が行うこと。」

幼少期の、身内等との添寝を経て、独り寝で思春期を過ごし、
他人への恋愛感情を持って成長した者達が、その感情を封じて添寝を行う…
それが、ソフレ関係構築の、前提となる条件だろう。

この『当たり前』のような前提には、実は大きな問題点が潜んでいる。
『身内』と『他人』の境界線上に居る存在…『幼馴染』という関係である。

「赤の他人よりは、添寝…ソフレ関係のスタートを切り易い相手ですが…」
「その距離感によっては、『他人』になり得ない…恋愛感情に繋がりにくい。」


ここに、2組の幼馴染がいる。
1組は、本当に幼い頃からずっと一緒…『兄弟』のように過ごしてきた。
もう1組は、自我が芽生えつつある、小学校中学年辺りからの縁。

「俺はクロとほぼ身内…どうやっても『兄弟』の枠から出られない。」
「俺とツッキーには、上に『兄貴』が居た…ツッキーとは『同等』だった。」
2組の違いは、保護・被保護の関係にあるかないか、という点である。

「自我が芽生える前から、クロは俺の兄貴…『他人』じゃないんだ。」
「ツッキーと俺は違う…それを理解した上で、ツッキーは最も近い『他人』…」

同じ『幼馴染』でも、環境や経過時間の長短により、『他人度合』は全く違う。
身内に近すぎた黒尾と研磨が、ソフレやそれ以上の関係になるのは、
心理的なハードルを越えるプロセスとしては、困難を極めるだろう。

それに対し、月島と山口の間には、まだ『他人』としての距離が残っている…
恋愛感情を抱く余地があり、そのハードルも黒尾達より低くすむのだ。

「『月山』は、ほのぼの幼馴染モノのド定番コースだけど…」
「『黒研』は、ドロドロな近親モノ…ハード系になるだろうね。」

どっちも『創作ネタ』としては、オイシイ…味のタイプが少々違うだけ。
二人は顔を見合わせて、他人事のように小さく吹き出し…話を元に戻した。


他人としては近すぎるが、それ以上になるには、『ひと山』越える必要がある…
『幼馴染』と『ソフレ』は、この点が実に似ているのではないだろうか。

自我が確立した後に出会ったこと。そして『添寝』という特別な距離感から、
愛着を抱きやすい…それが、恋愛感情にもつながり易いとも考えられる。

「俺とツッキーは、黒尾・研磨組程ではないにしても、世間一般の幼馴染より、
  ずっと親密な関係…まさにソフレっぽい至近距離の他人だった。」
「だからこそ、特別な感情を抱いてしまったら、変化せざるを得ない…」

つまり、山口が提示する問題点とは、
恋愛御法度なソフレは、『長続き』し得ない関係ではないか?というものだ。


変化を自覚するには…変化を自身が認めるには、時間がかかるかもしれない。
だが、認めたら最後、もう元には戻れないという、ジレンマに陥ってしまう。

「もしかしたら、俺達も通ったかもしれない道…」
「ミニシアターにしたら、こんなカンジになるかもね。」


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不特定多数が一定期間集まる場合、何となく『初日のポジション』がズルズル…
そのまま固定してしまい、『定位置』となることが多々ある。

結局いつも同じ場所・同じメンツで自主練をしていたり、
食堂で座る席や入浴順、後片付けを押し付けられる人間が決まったり…
特に『寝る場所』なんてのは、その最たるものである。

ギリギリまで格技場に入ろうとしない、月島と山口。
二人と同じぐらいギリギリ組だが、一歩だけ早く入り、布団を確保する研磨。
そして、雑務が増える一方で、最後まで寝床に付けない、黒尾と赤葦…
いつも同じメンツが、同じ場所・同じ状況で寝ざるを得なくなっていた。

今日で三夜目。
三夜連続の…添寝×2組(+α)だ。


「研磨、今日はお前も含めて、2組の布団に3人ってのは…」
「却下。何でかわかんないけど、KとAに挟まれたら、危ない気がする。」
「あ!それ…俺にはよくわかりますよ!
   単体だとそうでもないのに、挟まれるとホントに面倒臭さ5倍で…」
「山口、そのKとAって…黒尾さんと赤葦さんのことだよね?」
「何だツッキー…他にもKとAの組み合わせに心当たりがあんのか?」
「山口君が添寝経験のある、KとA…月島君の名前、何でしたっけ?」

いつの間にか同床組は、こうした軽口を叩き合うぐらいの仲になっていた。
やはり、同じ布団を共にするという特殊な経験は、同じ釜の飯を食うよりも、
もしかすると、お風呂でハダカのお付き合いをするよりも、
ずっと親密度が上がりやすい状況なのかもしれない。

ある意味、このカオスな危機的状況下で生き残りをかける、運命共同体…
吊り橋効果のようなもので、それぞれ特別な愛着を抱きつつある…かも?


「それにしても、アンタらそんな密着寝を3夜連続…よくガマンできるよね。
   っつーか、クロなんかむしろ、いつもより調子イイぐらいじゃない?」
「確かに…赤葦と寝ると、凄ぇ熟睡できるんだよな。」
「右に同じ。適度な重さと圧迫感が…心地良いです。」

黒尾はともかく、赤葦のトンデモ発言に、研磨・月島・山口の3人は唖然…
あの黒尾の寝相を気にしないどころか、心地良いとまで断言する赤葦に、
尊敬通り越して畏怖…すらも越え、一周回って尊崇の念を抱いてしまった。

3人が呆れ返っている内に、KAソフレ組はあっという間に床に入り…
その『目に毒』な寝相から目を逸らすように、研磨は布団を頭から被り、
月島と山口の幼馴染ソフレ組も、そそくさと布団に潜り込んだ。


「おやすみ、山口。」
「おやすみ、ツッキー。」

初日はあんなに渋ったのに、2日目は諦めモードで、そして今日は何も言わず…
むしろ率先して布団に入り、ツッキーは俺に腕枕をしてくれた。

いつもより心地良い熟睡ができ、凄く調子が良い…
これは、俺とツッキーにも当てはまっていた。
目覚めた時、アタマもココロも『快晴』な、澄み切ったクリアな気分。
ハード極まりない合宿の練習にも、バテることなく付いていっているし、
自分の中で、何かがスクスクと萌芽…成長している実感すらある。

激しい運動をこなす体力と精神力。
個人的なバレーの技術だけでなく、チームメイトとの連携向上や、
大人数での集団生活への耐性…合宿中に自分達が『育っている』のがわかる。

そして、共に過ごす人達との繋がりも、より強固な幹に成長しつつある。
風に吹かれて擦れ合う程度だった、隣の葉っぱ同士が、
枝や幹でしっかりと繋がり合っていく…そんなイメージである。

それだけではない。
今まで芽吹きに気付かなかったものが、葉を広げ、根を下ろし始めていた。


そっと目を開けると、月明りに照らされた、ツッキーの顔。
普段の険が抜け、穏やかなその寝顔に、ほわっと頬が緩んでしまう。

  (凄い、綺麗…)

あまり意識したことはなかったけど、ツッキーは本当に美形だ。
月光を受けて煌めく、艶やかな睫毛に、白磁のような透き通った肌。
やや潤った呼吸を繰り返す、薄い唇。

樹々は夜、成長すると言うけれど、ツッキーも月の光を浴びて、
美しく成長している…そんな気にさえなってくる。


寝ている間に、育っていくもの…
新芽が光を求め、上へと手を伸ばし、潤いを求めて呼吸するかのように。

ごく自然な気持ち…意識すらしないうちに、
俺は少しだけ体を伸ばし、その潤いに口付けていた。


「もう、『幼馴染』には戻れない…成長するしかない、のかな。」


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「幼馴染とソフレの共通点は、感情の変化に気付き難いこと…」
「そして、心地良い関係であればあるほど、余計に変化に抵抗してしまう。」

ずっと一緒だった幼馴染。恋愛御法度なソフレ。
『それ以上』の関係になるには、現状の関係を変えなければならず、
それには、関係断絶やソフレ解消といったリスクと恐怖から逃れられないのだ。


「この関係が壊れるかもしれない…ホントに怖かった。
  ずっと『現状維持』できるなら、それでもよかった…」

俺達の場合は、現状維持を望んでも、周りの勢いに巻き込まれて、
変わらざるを得なかった…実は有難いことに、悩むヒマがほとんどなかった。

でも、もし今とほんの少しだけ条件が違ったなら…
きっと関係変化に抵抗し続け、ツラい思いをしたと思います。
それこそ、黒魔術にでも頼りたくなるような…厳しい心理状態に陥ってたかも。

「それでも、山口はその恐怖に打ち勝った…だから『今』がある、でしょ?」

   山口は、やっぱり…強いよね。
   俺にはそんな勇気…なかった。


「じゃあ、次はその『ツラいターン』…起承転結の『転』だね。」

零れ落ちた囁きを掻き消すかのように、研磨先生は、ポンポンと布団を叩き、
山口とのソフレ体験会終了と、チェンジを促した。

山口はひょこりと起き上がり、そっと布団を捲り上げた…が、
最後に一つだけ、聞いてもいいですか?と言うと、
今一度布団に戻り、研磨先生の返事を待たず、口を開いた。

「もし黒尾さんが超鈍感じゃなくて、研磨先生が超素直だった場合には、
   今と違う結末…『月山的幼馴染』になっていた可能性は、ありました…か?」


真っ直ぐ、ど真ん中に。
同じ『幼馴染』でも、違う結末に至った研磨先生に、山口は真正面から尋ねた。

普段なら速攻で「馬鹿馬鹿しい。」と斬って捨てる質問…
だが、研磨は瞳を閉じると、隠し立てすることなく、静かに答えた。

「もしクロが、『誰かさん』に一目惚れした瞬間に、立ち会っていなければ…
   俺は未だに、『兄離れ』できてなかったかもしれない…かな?」

何もかも、わかりすぎる…近すぎる距離って、ホントに厄介だよね。


答えを聞いた山口は、黙ったまま一度だけ研磨をギュっと抱きしめると、
ありがとうございました!と笑顔で挨拶し、布団から出て行った。




- ⑤へGO! -





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※初恋の定義 →『撚線伝線
※黒魔術に頼って… →黒魔術シリーズ


ギャグちっく20題
『04.妹に欲しいな』
お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。


2017/07/13    (2017/07/11分 MEMO小咄より移設)

 

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