相合最愛







「雨…?」
「傘、持って来てないよ~」

梅雨入りしたとは言え、朝は青空が見えていたし、
降水確率も20%止まり…しかも、夜以降だったはずだ。
30%以上あれば、打率3割の強打者とみなし、打たれる前提で準備するが、
今日はあいにく、僕も山口も持って来ていなかった。

「走って帰るには…ちょっと降りすぎだよね。」
「タクシーも…大行列だし。」

終電間際というわけでもないのに、タクシー乗り場は既に長蛇の列。
駅から徒歩10分かからない自分達が、その列に加わるのも申し訳ないし、
お財布にも大変優しくない…とは言え、傘を買うのも、金額的に大差ない。

雨宿りがてら、落ち着くまで駅ビルをプラプラして、晩御飯を外食…
というプランも、同じことを考えた人々の山に、却下せざるを得なかった。

こうなると、何もかもが億劫に感じてしまう…どのプランも『イマイチ』だ。
貸店舗の軒先に、何をするともなく茫然と佇み、疲労だけを蓄積していた。


「お、お前らも今帰りか?」
「黒尾さん!お疲れ様です~」

僕達はそれぞれ学校帰り。黒尾さんは確か、都庁…だったかな。
同じ家に住み、同じ仕事をしているが、別行動の日に外で出会うのは稀だ。
待ち合わせしていないのに、集まってしまうとは…これもまた、縁だろうか。

少し電車の冷房が効き過ぎていたのか、ホットコーヒーを飲みながら、
黒尾さんも山口の隣に、並んで立った。

「…で、何やってんだ?」
「雨宿り…かな?」

そうか、なら…俺も一緒に。
そう言うと、今度は3人並んでボケ~っと軒先に突っ立った。


そのまま暫く、黙って雨が降るのを眺めた。何だろう、この…無駄な時間。
3人なら、タクシー(と、黒尾さんの財布を)使って帰ればいいじゃないか。
どうせ待つなら、タクシー乗り場の列に並べばいいのに。

有意義な提案をしようと横を向いたら、黒尾さんは誰かに手を振っていた。
カフェ?レースクイーン?…そのぐらい大きな傘を差した、赤葦さんだった。


「お疲れさまです…遠くから見ると、なかなか壮観な眺めですね。」

身長180を超す大男共が、3人も並んでシャッター前を占拠…
駅前放置自転車並の邪魔さ?圧迫感がケタ違いですよね。
雨で憂鬱なのはわかりますが、その不愛想で無気力な顔は、凶悪そのものです。
シャッターのスラット(横線)が、身長計に見えて…まるで逮捕写真ですね。

「身長もスラッと、その他の素材も、『中の上』ぐらいなんですから… 
   笑顔とかキメ顔で、『モデル風』を目指してみてはいかがでしょうか?」

  はーい、こっち、スマイル下さい♪
  いいですね~、イケメンですね~♪

スマホを構え、モデルさん達に声を掛ける、カメラマン赤葦。
背中をすっぽり覆う大きな傘が、撮影用の反射傘に見えてきた。
何だかんだ言ってノリやすい面々は、乙女ゲームのパッケージのように、
思い思いのポーズを取り、イケメンスマイル?的なものを作り上げた。

「間口3000、高さ2500ですね♪」

撮り終えたカメラマンの呟きに、モデル達は脱力…自分達の方が『おまけ』で、
シャッターのサイズを計る『身長計』にされていたことに、ようやく気付いた。
シャッターを押すのではなく、シャッターを撮るのが目的…さすが赤葦だ。


「ところで、お三方はこんなとこで…何ヤってるんですか?」

ちなみに、俺は夕飯のお買い物です。
おそらく黒尾さんが帰ってくる頃だろうなぁ…とは予測していましたが、
『カエルコール』をまだ頂いていませんから、ここでお会いしたのは偶然です。

更に言えば、大柄な野郎共が余裕でゆったり二人入れる大型傘なのに、
ミニ折り畳み傘を、1本だけ持って来ていることも…偶然でしょうか。

「偶然じゃねぇ。俺とお前の運命が、惹き合った…必然だろ?」
「こんな優秀な参謀が居るなんて…僕達は本当に幸せ者です。」
「俺が大好きな『相合傘』…粋な計らいに、涙が出そうです!」

3人からの絶賛に、赤葦は満面の笑み。
褒め過ぎ…?いや、そんなことはない。本当にデキる参謀に、感謝感激だった。


それじゃあ、帰るとするか。
黒尾は軒先からひょいと、赤葦の隣に移り、傘を持った。
赤葦は尻ポケットに差していた、小さな折り畳み傘を月島に手渡すと、
月島はそれを頭上に広げ…困惑の表情を見せた。

「これ…かなりコンパクトですね。」
「相合傘には…キツそう、かな?」

折り畳み傘としては、やや小さめなぐらいだが、
赤葦の傘を見てしまうと、物凄く小さく、頼りなく感じてしまう。

…いや違う。やはり赤葦の傘が、通常のものよりかなり大きいだけだ。
黒尾と並んで入っても、まだ両サイドに余裕があるのだから。


「その傘、めちゃくちゃ大きいですよね?ビーチパラソルみたいです。」
「これは、『ドアマンズアンブレラ』…お出迎え専用の大型傘ですよ。」

傘のサイズには、当然ながら規格が存在する。
よく『50cm傘』『60cm傘』等と表記されているが、それは傘の親骨の長さ…
ビニールが貼ってある、骨の部分の長さを表している。



傘サイズ(親骨)『55cm傘』は学童用で、直径が90cmであり、
収納時が20cm程の折り畳み傘のサイズが、ほぼこれに等しい。
そして、一般的なサイズは『60cm傘』…その直径は100cmになる。

傘が大きくなればなるほど、濡れにくさは抜群だが、その分重くなるし、
風に煽られたり、小回りが利かなかったり…周りの人の邪魔になることもある。
自分の体型と荷物の過多、利用場面等を考慮して、傘を選択すると良いそうだ。


「平均的な成人の体型は、8等身…その肩幅は2等身分になるそうです。」
つまり、身長160cmの人なら40cmぐらいで、180cmだと45cmにもなる。
平均サイズの人同士でも、普通の折り畳み傘での相合傘は、
密着しても10cm程度しか余裕がない…大抵は濡れてしまうことになる。

「ってことは、このコンパクトなミニ折り畳み傘は…」
「収納時20cm弱、直径45cm程度しかないから…山口の肩幅ギリギリだね。」
これではさすがに、『相合傘』にはキツすぎる…一人でも窮屈である。

「まぁ、俺ら全員、世間様から見れば、結構デカい方なんだよな。」
「いつも4人でいると、俺と山口君が小さい方だと思ってました。」

コンパクトタイプでなくても、折り畳み傘で『相合傘』は、俺達には不向き…
かなりの無理難題とも言える。


*****


「ほら、山口。」
「お…お邪魔しますっ!」

部活後、突然の雨。
たまたま部室に折り畳み傘を『置き傘』していたツッキーは、
当たり前のように、俺をその中に入れてくれた。
ぶっきらぼうな態度だけど、本当は優しい…皆はそれを、知らないだけ。

遠慮がちに、ツッキーの真横に並ぶ。
いつも一緒に帰るけど、こんなに近づくことなんてない…
思わず触れた肩同士。俺が驚いて距離を取ろうとすると、腕を取られた。

「もっと寄らなきゃ、濡れるでしょ。」
「うっ、うん…ごめんツッキー。」

何で謝ってんの。
ツッキーは呆れたような声…でも、ふと見上げた顔は、柔らかく微笑んでいた。

全く予想してなかった…俺だってあんまり知らないその表情に、ドキリ。
跳ねた心臓の動きが触れた肩に伝わり、それが傘を揺らし…外側の肩を濡らす。

ホントに…何やってんの。
さっきよりも、呆れ返ったセリフ。
だけどその声は、傘に当たって跳ね返る雨粒よりも、軽やかに聞こえた。
きっと今、ツッキーは、俺が全く知らないような、優しい顔…かもしれない。
凄く見たいけど…恥かしくて、今は顔を上げられない。


「ごめん、ツッキー…」
「謝るぐらいなら、もっと…こっち。」

ぐい、っと寄せられる体。
その拍子に、向こう側のツッキーの肩と鞄が、びしょ濡れなのに気付いた。

本当に、ツッキーは優しい。
みんなには…知ってほしくないかも。


*****


「…な~んて、情緒あふれる『相合傘』ミニシアターは、夢のまた夢だね~」
「僕は今、生まれて初めて…自分のデカさを恨みたくなってきたよ。」

心から残念がる月島と山口に、黒尾達は声を上げて笑った。
平均以上のデカさが、情緒をブチ壊すなんて…もうギャグでしかない。

「ちなみに、こちらのお出迎え専用傘は、直径が138cmもあるんですよ。」
「俺と赤葦の身長平均を185cmとすると、肩幅は二人分で92.5cmだな。」
二人で並んで入っても、42.5cmも余裕があるため、
165cmぐらいまでの人であれば、あともう一人、並んで入れることになる。


「あ、それなら…前後2人×2列に並べば、俺達4人でも十分入れますよ!」
それに、『傘』って漢字…人が4人キッチリ並んで入ってますから、
象形文字的に言えば、4人で『相合傘』してもOKってコトですよね?

山口の提案には、月島が笑いながら反論した。

「確かに『傘』は象形文字だけど、その中の『人』は、『ヒト』じゃないよ。」
『傘』は『傘』全体で『傘』の象形文字…『人』は入ってないんだ。
『人』に見えるけど、あれは雨粒が傘に当たって跳ねている様子だよ。

「それに、2人×2列で入ったら…4人で『せーのっ!』って掛声必須だ。」
「歩幅を合わせて行進…情緒どころか、かなりな『おマヌケ』な姿ですね。」

平均185cmの超体育会系4人が、一つの傘の下、イチ・ニ・イチ・ニ!と、
肩を寄せ合って行進する姿を想像し、4人は同時に吹き出した。
世の中には、数字や合理性よりも、重視すべきものがある…
それは、『情緒』といった美しいものでなく、『羞恥』という現実である。


「というわけで、合理性と羞恥心のバランスを取るなら…」
「黒尾さん、俺、山口君の3人が…こちらになりますね。」

赤葦に手を引かれた山口は、仲良く腕組みして笑い合った。
一人で折り畳み傘を独占できたはずの月島は、猛然と頬を膨らませて抗議した。

「ここは、最年長の黒尾さんに…『独り占め』をお譲りします!」
「その心意気は立派だが…無理だな。」
この傘、結構重たいからな。10分程これを持ち続けるのは、しんどいぞ?
しかも、皆が濡れないように、気をつかいながら…小声で行進だ。

実に筋の通った黒尾の説明に、月島は黙るしかなかった。
それでも、楽しそうにする赤葦と山口…羨ましくて仕方ない。

「じゃあ、僕と山口がそちらで、黒尾さんが持つ…これなら問題ありません。」
「問題大アリですよ。傘を持って来たのは俺…『相合傘』は譲りませんから。」
これでもか!というぐらい、赤葦は黒尾にベッタリ引っ付き、山口がドン引き…

「こっちだと、雨には当たらなくても、クロ赤に当てられちゃうコースだよ…」
それでもいいなら、ツッキー…俺と交代する?
ある意味、世間様の目よりも、目に毒…羞恥心との戦いだけどね。


自分は一人ぼっちで、楽しそうな3人をながめているか。
間近でクロ赤のデレデレ集中豪雨の直撃を喰らい、一人で羞恥に耐えるか。
はたまた、山口と無理矢理『相合傘』して、結局揃って濡れてしまうか。

究極の選択を迫られた月島は、折り畳み傘をカバンに突っ込み、
自身は大きな傘の中に、強引に突っ込んで行った。

「ぼ…僕もこっちで!」
4人全員で恥ずかしい思いをする…これが一番フェアですよね!

できるだけ世間様に顔を見られないように、深々と傘に隠れ、小声で掛声行進…
足元だけを凝視し、笑いを必死に堪えながら、4人は帰路に着いた。


雨はとっくに上がり、世間様は誰も傘をさしていなかったことに気付いたのは、
自宅に到着…傘を閉じた時だった。




- 終 -




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※最合傘  →相合傘の別名


2017/06/27    (2017/06/16分 MEMO小咄より移設)

 

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