αβΩ!研磨先生⑥







釜飯が届きました、という連絡が入ったのは、約一時間半後。
注文後に炊飯開始かつ、大変混み合っていたため…とのことだった。

2階の月島宅へ黒尾達が降りてきた時には、随分『サッパリ』した様子…
『休憩』の間に、どうやら入浴等を済ませたらしい。

サッパリというか、スッキリだよね。
休憩じゃなくて、『ご休憩』ですね。
クロは、風呂以外にも入ったんだね。

2階で楽しく過ごしていた月島・山口・研磨の3人は、
心の中でガッツリとツッコミを入れた。
(熱々の釜飯を前に、『頂きます』ではなく『ご馳走様』を言いかけた。)

釜飯をあらかた食べ終え、食後のデザートや晩酌にそのまま突入…
話は緩やかに『食後』っぽい話になっていった。


「αの発情を促すのは、発情したΩが発する特殊フェロモン…だったよね?」
「そうだよ。フェロモンは生理活性物質の一種…」
体内や周りで起こった情報に対し、ある器官で生成・分泌された物質が、
血液等を通って別の器官へ行き…そこで様々な効果を発揮する。
体内でその情報伝達を担うのが、『ホルモン』で、
体外…すなわち、同種の別個体にも作用するものが『フェロモン』だ。

ホルモン(hormone)の語源は『刺激する(hormao)』で、
それを『運ぶ(pherein)』フェロモン(pheromone)は、
『刺激を運ぶ』物質ということになる。

「Ωの体内で生成・分泌されたフェロモンが、αに到達…神経に作用、かな?」
「到達したフェロモンを受け取るのが、『受容体』だよ。」

細胞膜等にある受容体が、運ばれてきた情報を受け取って細胞内へ伝達し、
その結果、様々な変化が発生する。
このシステムを利用するのが、『薬』である。

例えばヒスタミンは、アレルギー症状を引き起こす神経伝達物質だが、
ヒスタミンを受容体が受け取って結合し、アレルギー反応を起こす前に、
ヒスタミンに似た薬で受容体を塞いでしまい、結合を邪魔…
アレルギー反応を起こさせないようにするのだ。

「僕の予想だけど、Ωのフェロモンを抑える『抗Ω剤』の仕組みは…」
Ωはαと『つがい』になると、フェロモン発生が止まるという設定だった。
『つがい』とは『結合』を意味するならば…このように考えられるだろう。

Ωから分泌されるフェロモンを『凹』(仮称・オメガミン)とすると、
それを受け取るαには、『凸』という受容体が存在し、
逆にΩには、αのフェロモン(仮称・アルファミン)を受け取る『凹』受容体が、
凸との結合を、今や遅しと待ち構えている…



「抗Ω剤とは、αの発する『凸』に似た成分の薬なんじゃないかな?」
「Ωにα風成分のアルファミンを投与することで、『αと結合した』と錯覚させ…」
「特殊フェロモンの発生を抑制する…というわけですか。」
「抗α剤は逆に、Ω風成分のオメガミンで…αの衝動を落ち着かせる。」

薬剤を用いて、擬似的に『つがい』状況を作り出し、鎮静・安定させる…
実に合理的で、間違いなく『オメガバース』の世界でも実用可能な技術だろう。

それにしても、だ。


「凄ぇわかりやすい説明なんだが、凹凸って仮称は…何とかならねぇか?」
あまりにも『そのまんま』過ぎ…薬飲むのを、躊躇っちまいそうなんだが。

黒尾の要望に対し、月島は苦笑い…仕方ないんですよ、と言い訳した。
「僕だって本当は、ストレートに『α受容体』にしたかったんです。」

ただ、『α受容体』はアドレナリンの受容体として、実在するんです。
発情なんで『H受容体』でもイイかな、とも思ったんですが、
こちらはヒスタミン受容体が存在したんですよ。
それに、神経伝達物質と受容体の仕組みを図解したものは、
大抵『凸』と『凹』で描かれている…これしか思い浮かばなかったんです。

「αの『凸』と、Ωの『凹』が、分子レベルでズッポリ!と結合…」
「両者がいかにミッチリ!合うか…その相性こそが、『つがい』確定の要素?」

だとすると、『運命の相手』だという設定も…なるほど納得である。


「じゃあ、具体的にその『抗α剤』…Ωフェロモンの成分は?」

本日赤葦が用意した酒は、『阿吽の人』という、完璧ピッタリ!な銘柄だった。
山口は相変わらずのハイペースで、ほぼ原液の焼酎をグイグイ呑みながら、
発情抑制剤の詳細について、意見を求めた。

山口の杯にお代わりを注ぎ、赤葦は資料を再び捲って答えた。
「候補になるのは、これらの物質が入ったもの…ではないでしょうか?」

・コルチゾール(愛情を高める)
・エストロン(気分を高める)
・プロラクチン(天然の抗鬱薬)
・オキシトシン(愛情ホルモン)
・メラトニン(催眠物質)
・セロトニン(抗鬱作用)

「オキシトシンは、キスでも分泌されるリラックスホルモンだったよね?」
「『裸のお付き合い』…一緒に入浴した時にも出るよ。」

互いの興奮を高めたり、リラックスしたり…総じて『気持ちイイ』物質達だ。
これを摂取したαやΩは、完全とまではいかないものの、
普通の日常生活が送れる程度には、平静を取り戻せるだろう。



「それに、この抗α・Ω剤は、別の用途にも使えそうですよね。」
「抗鬱薬もしくは向精神薬…だな。」
「色んな人が使う『普通の薬』なら、αもΩも服用時に精神的負担が減るね!」

余りにも『特別な薬』であれば、αもΩも「やっぱり自分は普通じゃない」と、
不必要な負い目を感じてしまうかもしれない。
だが、汎用性が高ければ、単なる『解熱鎮痛剤』程度のお手軽な薬に…
薬価も低く抑えられ、保険適用も可能だろう。


薬も実現できそうで、ホッとしたよ〜
山口は嬉しそうにグラスを飲み干し、柔らかく微笑んだ。

「『オメガバース』の世界じゃあ、βに比べてαΩは凄い大変そうで…」
その辛い症状を緩和できるような薬があって、ホントに良かったよね。

他人事ながら…いや、他人事どころか、未だ『想像』の域を出ない話なのに、
心からαΩを案じる山口…研磨は思わず『イイ子イイ子』と頭を撫でた。


ほんわかとした場…その様子を笑顔で眺めていた黒尾が、
「待てよ…」と真剣な表情になり、そして直ぐに、ニヤリと不敵に微笑んだ。

「この薬、むしろβにとって『最高!』かもしれねぇぞ?」
特に山口、お前の長年の夢と…ツッキーの儚い望みも、叶うかもしれない。

そう言うと、黒尾は目を閉じ…『ミニシアター』を開始した。


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《超未来酒屋談義・その2》


お隣の晩御飯は、予想通り焼魚だった。
予想と違ったのは、真鯛でも黒鯛でもなく、金目鯛だったこと…
美味な高級魚かつ『奇数』で、僕としては大満足だ。
(風呂から出たら、当初の予定通り、後背位を提案しよう。)

今宵の酒屋談義でも、山口は浸かる程飲んだけど、相変わらずの大蛇ぶり。
本人は「一度でいいから、酔ってみたいよ〜」と、贅沢な悩みを口にするが、
一度でいいから、酔った山口を見てみたいという僕の淡い夢の方は、切実だ。
泥酔は論外だが、気持ち良く酩酊…箍が外れ、『乱れた』姿を、見てみたい。

こんな時だけ、山口がΩならいいなと…
発情して欲に溺れる姿を、見てみたかったなぁと思ってしまう。

特に、お隣のイチャイチャっぷりを見せ付けられた日には…強くそう思う。
正直なところ、αΩの『つがい』が、羨ましくて仕方ない。
他人事で申し訳ないが、本能に身を任せた、発情期の激しいプレイなんて…
βの僕達からすると、羨ましい以外の何物でもない。

お酒の酩酊も、αΩの発情も叶わない…
今の山口に不満があるわけじゃないけど、何かやっぱり…βは損な気がする。
辛い時には、αΩは薬を飲めばいいし、飲まなければ…発情を楽しめるのだ。

発情期の辛さを知らないから、お気楽にこんな事が言える…という、
『隣の芝生は青い』的な無責任さは、充分自覚しているが、
羨ましいものは羨ましい…無い物ねだりというやつだ。

優秀なαの皆さん。
どうか山口が酔っ払うもしくはΩっぽくなる薬を、開発して下さい!

そう願いながら風呂から上がると…その願いが叶っていた。
頬を染め、瞳を潤ませた山口が、はぁはぁと喘ぎ…
トロンとこちらを見上げながら、ソファに四肢を投げ出していたのだ。


「ツッキー、遅いよ…」
もう、俺…待てない、から…早くっ

願い続けた夢が叶ったはずなのに、僕はこれは『夢』だと思った。
それぐらい、現実離れした状況…こんな妖艶な山口は、見たことなかった。

熱に浮かされ、早くきて…と懇願する山口と対照的に、僕は冷静になった。
そして、テーブルの上に見慣れない薬を発見し、慌てて山口に駆け寄った。

「山口!一体、何飲んだ…っ!?」
言い終わらない内に抱き着かれ、息も付けない程の激しい…キス。
その間にも、山口は僕のズボンから、シャツと『熱』を引き摺り出そうとする。

「待っ…」
「待てない。すぐ…頂戴。」

蕩けそうな顔で僕の上に跨り、ぷちぷちとボタンを外していく。
テーブルに手を伸ばし、置いてあった赤い薬を取ると…『抗α剤』だった。

「な、何で、これを…?」
「黒尾さんから…貰ったんだ。」

抗α剤・オメガミンの成分は、簡単に言うと『Ω』…
Ωが分泌する物質に近いものを摂取することで、
擬似的に『つがい』になったと錯覚させるものだ。

もしこれを、α以外が服用したら?
特に、山口のような『βΩ』…隠れたΩ因子を持つ者が、摂取したら?

答えは、山口の姿を見れば…一目瞭然。
元々あったΩの素養に、薬のΩ成分が加算され、血中Ω濃度が上昇…
『まるで本当にΩのような』状態になってしまうのではないだろうか?

つまり、山口は今…『発情期』なのだ。


「もう1つの、黒い方の薬…」
赤葦さんから貰った、抗Ω剤…飲んで。

山口の懇願に、僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
抗Ω剤・アルファミンの成分は、勿論『α』だ。
もしこれを、『βα』の僕が飲んだら…?

僕が躊躇っていると、山口は僕の頬を両手で包み、
キスと共にその薬を僕の中に入れた。

どうやら、かなり即効性があるらしい。
飲み込んで程なく…ドクン!と身体が脈打ち、猛烈な熱が駆け巡った。

「う…んっ!!」
「あっ…ツッキーの、凄っ…!」


どうやら今夜は、僕と山口、両方の予定と箍が外れ…
後背位及び対面座位(最低限)になりそうだ。


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「成程!抗Ω・α剤は、いわばα・Ωそのもの…」
「βが服用することで、一時的にα・Ωを体験できる…!」
「催淫剤…『セックスドラッグ』として利用できるんですね!」
「これなら、山口も…素晴らしいっ!」

目から鱗の提案に、全員が黒尾にスタンディング・オベーション。
クソ真面目に薬の仕組みを考察したおかげで、まさかの可能性を見出した。
面倒でも、じっくり考察することの大切さを、全員が喜びと共に痛感した。


「大蛇の俺でも、酩酊できるなんて…夢いっぱいの話です!」
「さすが腹黒尾!悪知恵…アイデアが出る速さは、ずば抜けてますね。」
「クロ…お世辞抜きで、見直した。」
「黒尾さんの策士っぷり…冗談抜きで、惚れ直しましたよ♪」


褒められているのかどうか、若干あやしい部分はあるが、
オメガバースに新たな可能性を提示できたことに、黒尾は大満足した。



- ⑦へGO! -



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※オキシトシン→ 『家族計画

<研磨先生メモ>
※まさか発情を抑える薬の話が、こんなに盛り上がるとは…予想外。
※薬の仕組みには、抗ヒスタミン薬のように、反応を阻害する拮抗薬と、
   逆に反応を活性化させる作動薬がある。
※アドレナリン受容体には、αとβがあるそうだ。(Ωも欲しかった。)

2017/05/09    (2017/05/02分 MEMO小咄より移設)

 

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