年年一章






「黒尾さ…っ」


熱いお茶でもいかがですか?と、居間から和室へ顔を覗かせると、
食後の読書中だった黒尾さんは、畳んだままの布団に背を預け、仰向けに転がっていた。
本気で寝る時は、うつ伏せ状態。お腹の上に文庫…珍しくうたた寝をしているようだ。

   (今日も一日、お疲れ様です。)

一緒に暮らし始めてから、もう何年も経つ。
入浴→夕食→片付けという『本日の業務』を終えて、就寝するまでの間は、
読書をしたり、ゲームをしたり、各々が好きなようにのんびり過ごす生活スタイルが確立。
たった30分だけでも、『自分だけの時間』を確保することが、家庭円満の秘訣…だそうだ。

   (パートナーといえど、自分とは別人。)

   夫婦でも親子でも、自分以外は全て他人。
   自分ルールは、自分にしか適用されない。
   最も親しき仲にこそ、礼儀が必要不可欠。

同じ家に居るのに、別の部屋で、別々のことをするのは、別に仲が悪いわけじゃねぇからな?
むしろ、その真逆…お前とは、一生仲良くしてぇから、お互いの時間を大事にしていこうぜ!

   (そう言って一笑した顔…一生忘れません。)

同じ家、同じ部屋で、同じ読書をしていても、別の本を読んでいれば、『自分の時間』だ。
今日俺は、科学系雑誌を読むため、居間の座卓を占拠しているが、昨日は和室でごろ寝新書。
黒尾さんの方は、座卓で立体パズル…してたような?あれ、一昨日の晩だったかも?
細かいことはどうあれ、今日も昨日も一昨日もきっと明日も、我が家は平穏無事確定だ。

   (一生確定…だと良いですね。)


…じゃなくて。
とりあえず、足元だけにでも肌掛けをと、一どころか二も三も笑みで緩む頬を引き締め、
自分の布団を横から引き出そうとしたら、はらり…小さな紙片が、手元に落ちてきた。
どうやら、黒尾さんの文庫本に挟んであった、しおり?代わりのものらしいが…

「ぁ…っ!!!」

その『しおり』を手にした俺は、黒尾さんに掛けようとしていた布団を頭から被り、
漏れ出そうな声やら息やら何やらを必死に抑え込み…よかった、起きなかったみたい?だ。

布団の中で、おそるおそる手を開く。
少しくたびれ紙。掠れた印字。そこには、ウチの実家の最寄駅名と…『7717』の数字。

   (両想い、切符っ!!!)


高校時代の、梟谷グループ合同合宿。
手違いで迎えが遅くなったため、半日ぽっかり自由行動となった烏野の面々。
ひょんなことからダベるようになった、月島&山口組を、俺達二人で井の頭公園へご案内…
その後、我が家へ初めて黒尾さんをお招きし、駅までお見送りした時に追加購入したものだ。

切符には、4桁の通し番号が印字されている。
このうち、左端と右端の数字が同じ切符を『両想い切符』といい、
真ん中の2桁の数字が、『両想い確率』を表すらしいという雑学を、その日二人で話した。
帰り際にそれを思い出した黒尾さんが、ICカードを使わず切符を買ったら『7716』で、
直後に俺が購入…通し番号で次番『7717』の両想い切符を無事に入手できたのだ。

黒尾さんはその切符を、俺が貸した文庫本に挟んで『しおり』にして…
あれ?たしかその本は、一緒に暮らし始める引越の時に、
「遅くなって悪かったな~」と、照れ笑いしながら返してもらったはず。

   (…いや、違う。)

俺が貸したのは、第5版。でも、返ってきたのは新品の第15版だった。
わざわざ新しいのを買って返して下さるのが、黒尾さんっぽいなぁと思っていたけれど。

   (もしかして…)


そろり、そろり。
布団から腕だけを伸ばし、黒尾さんのお腹の上の文庫本を引き摺り込む。
愛用の皮製文庫カバー(表面が黒、内側が赤)を開き、タイトルと版数をチラリ…
やっぱり、これは俺があの日お貸しした本と、『両想い切符』に間違いない。

この本としおりを、今も(俺に内緒で)大切に持っていてくれたことが、嬉しくてたまらない。
もう、これだけで感極まりそうなのに…ぱらりとめくったページで、嗚咽が止まった。

   (目次に、日付…?)

第一章の下に書かれているのは、数年前…俺が高2の年。おそらく、お貸しした直後だ。
第二章にはその一年後の日付、第三章はさらに一年後…年号が一年ずつ増えている。
どうやら、一年に一度、一章ずつ読み進めているようだった。

   (どおりで、返すのが遅くなったわけ…ん?)

俺はあることに気付き、握り締めたままだった指をどうにか開き、切符を確認。
目次に書かれている日付は、切符に印字されている日付と、全く同じ日だった。

   (想い出の日に、年年、一章…っ!!)

よく見ると、最終章の下には日付がない。
その代わり、第一章に戻って…また年を重ねているのだ。
絶対にこの本を読み終えてしまわないように…俺達の縁が切れてしまわないように。
黒尾さんがそんな願掛けをしているみたいに、俺の眩む目には映って見えた。

   (本当に、そうだとしたら…っ)


「一生…隠し通すつもりだったんだけどな。」
「意外と、ロマンチストなことを…ですか?」

「お前が、実は物凄ぇ涙脆いことを…だな。」
「それも一生…気付かないフリして下さい。」

布団の中に入ってきた温かい手に、『しおり』を挟んだ文庫をそっと乗せる。
その手が出ていく前に、俺は腕ごと絡めて熱い身体を引き寄せた。


「俺達の両想い切符…願い、叶いましたね。」
「来年も、再来年も、一生…叶え続けるよ。」




- 終 -




**************************************************

※井の頭公園にて →『他言無用
※その後の二人(両想い切符)→『諸恋確率


2023/05/15   

 

NOVELS