※『他言無用』直後のクロ赤。



    諸恋確率







梟谷グループ合同合宿最終日。
様々な手違いから、烏野高校の送迎バス到着が遅れ、
今日は丸一日自由行動…それに乗じて、都内観光となった。

烏野と特に仲の良い音駒の面々…
そのほとんどが、案内役を買って出ていた。
日向達に請われた研磨や、龍と共に去る虎達に、
「ハメ外しすぎんなよ~」と、全く聞く耳持たれない注意事項を伝えると、
主将・黒尾は、梟谷の最寄駅で『解散』を宣言した。

「クロはどうするの?一緒に、翔陽達の案内…行く?」
「いや、俺は…ちょっと所用があるから、先に帰るわ。
   アイツらに、ヨロシク伝えてくれや。」

ふーん…と、全く興味なさそうに返事をした研磨は、
手を振りながら立ち去ろうとする黒尾の背に、ポソリと呟いた。

「そっちこそ…よろしくお伝え下さいませ、だね。」

ただでさえ、長い付き合い。それに加え、抜群の観察力。
ここ最近の黒尾の変化に、研磨が気付かないわけはない。


「…やっぱ、『幼馴染』って、怖ぇ存在だな。」

黒尾は苦笑いを溢しながら、足早に元の場所…梟谷へと戻った。




「行っちまったな…」
「そう…です、ね。」

月島・山口と共に、井の頭公園を巡った黒尾と赤葦は、
集合場所まで彼らを送り届け、別れを告げた。

時期的に、4人で集まって『酒屋談義』をするのも、今回が最後だろう。
去りゆくバスのテールランプを見つめながら、
二人は『夕暮れ』以上に、黄昏そうになった。

「それじゃ、オツカレさん。」と挨拶してしまえば、
「お疲れさまでした。では。」と返答し…それまでだろう。
夏合宿の間にあった様々な出来事も、文字通り『ひと夏の思い出』として、
高校時代に頑張った『部活の一部』となり、記憶の片隅に残るだけだ。

    凝った肩腰を回す振りをしながら。
    カバンを持ち直す振りをしながら。
    そっと真横の相手を、チラ見する。

だが、そのタイミングが完全に一致してしまい、結局視線が合ってしまった。
そして同時に歎息し、肩の力を抜いた。

「一緒に…飯でも、食うか。」
「えぇ…お腹空きましたね。」

もうちょっとだけ、『ひと夏の思い出』を作っていいのではないか…?
今日一日、二人で行動することはほとんどなかったから、
そう思っても、別にそんなに不可解なことではない…と、
自分に言い訳しつつ、やや歩幅を狭めながら、ゆっくりと校門を出た。


「飯食うとなると…駅に戻った方がいいよな?」

当然のように繁華街へと向かおうとする黒尾を、慌てて赤葦は引き留めた。

「待ってください。今、駅周辺には、あまり…」

長期合宿が終わった開放感で、梟谷の面々は『打ち上げ』を敢行…
ちょうど今頃、駅前に集合しているはずだった。
大人数が入って大騒ぎしても大丈夫な場所(カラオケのパーティールーム)を、
いつものように確保したのは、他でもない赤葦自身であるが、
その赤葦は『所用のため遠慮させて頂きます』と、参加を断っていたのだ。

このまま黒尾と二人連れで居るところを見られると…
実際のところは、特に何か問題があるわけではない。
むしろ、木兎辺りは大喜びで、黒尾もカラオケに引き摺り込むだけだ。

それでも赤葦は、何となく…回避したかった。
梟谷カラオケ大会強制参加の可能性を黒尾に伝えると、
赤葦の希望…予想通り、黒尾は首を横に振った。

「ま、俺もカラオケはあんま得意じゃねぇし…」
やっぱり、静かな場所で…お前と『酒屋談義』してぇ、かな。

黒尾の言葉に、赤葦は微かに頬を緩め、駅とは反対方向へ足を向けた。

「それなら…ウチに、いらっしゃいませんか?」



赤葦家に向かう道すがら、黒尾は『今日の出来事』について、赤葦に尋ねた。

「井の頭公園…ツッキーとのデートは、どうだったんだ?」
「輝くイケメンとデートなんて…実に貴重な体験でした。」

こんな機会でもなければ、あんなイケメンと二人で連れ立って歩くなど、
きっと赤葦の人生でも、あと数回あるかないかだろう。
黙っていれば、本当に美形…ということを、赤葦は改めて痛感したのだが、
やっぱり喋っている月島の方が断然魅力的だということも、再確認した。


「俺の方も、おぼこい山口に…とことん癒されたぜ。」

「7」言っても「3」程度…過少な反応しか寄越さない研磨。
「7」言ったら「9」以上確実…過多に言い返してくる月島。
「7.5」ならば「7.5」…過不足なくかけ引きしてくる赤葦。

それに対し山口は、「7」に対して「5」という絶妙な加減で、
しかもそれがほとんど称賛と同意…見事な『聞き上手』だった。
さらに『褒め上手』とくれば、山口が…モテないはずはない。
月島が山口をその内に隠し続ける理由が、よくわかった。

「月島君も、山口君も…二人ともが羨ましいですね。」

二人とも、本当に面白くて、可愛い…イイ奴らだ。
できることなら、あの二人とまたいつの日か、
楽しい時間を共有する機会が得られれば…
ただの『ひと夏の思い出』に止めるには、惜しい仲間だった。


「ところで赤葦。お前は『付き合ってる』って…どういう状態だと思う?」

黒尾の質問は、赤葦にとっては突然でも何でもなかった。
きっと黒尾達の『流刑コース』でも、そういう話題になっただろうことは、
自分達『禁固刑コース』の流れからしても、当然予測できたからだ。

「『付き合う』や『交際』の定義…実は非常に難しい問題なんですよね。」

辞書的な意味で言うと、『付き合う』は人と親しい関係をつくること。
行動を共にすること、そして、恋人として交際することだ。
だが、「付き合って下さい」「いいですよ」という告白及び合意のみで、
『付き合っている』という状態が成立するとも言い難いのだ。

「告白して両想いだったら、付き合うのが当たり前…とも、言えないよな。」
「いざ付き合っても、友達時代と関係がほぼ変わらないことも…あります。」

「某T氏とY氏の如く、相思相愛でも『告白&合意』がない場合もあるし…」
「本人達にはその気がなくとも、周囲から『公認』とみなされてる場合も…」

一体ナニをすれば、『付き合っている』状態と言えるのか。
特に『告白&合意』が存在していないようなケースでは、
客観的な基準は、それこそ千差万別…人それぞれになってしまう。

「俺らから見れば、ツッキーと山口は『付き合ってる』と言って差し支えないよな。」
「見る人が見れば、俺と黒尾さんだって、『付き合ってる』ように見えるかもです。」

それこそ、ピュアな心の持ち主からすれば、
アレもコレもまだヤってなくても、 共に連れ立って歩いていたり、
片方の自宅へ遊びに行ったり、二人きりで半密室カラオケに籠ったり、
ちょっとオトナ向けの『ごっこ』をしていたら…きっと『交際中』認定を下すだろう。

「結局、『付き合っている』に最低限必要な要素は…『両想い』ぐらいか。」
「ただの主観ではなく、客観又は確定的に…『両想い』な場合でしょうね。」

とするならば、次に考察すべきは…『両想い』についてだ。


赤葦が歩みを止めると、すぐ脇の玄関灯が、センサーで燈った。
どうやら、自宅に到着したらしい。

財布から鍵を取り出す赤葦に、黒尾はわざとらしい咳払いをして問い掛けた。


「念のために聞くが、『今日、親…居ないんです。』とかじゃねぇよな?」
「ご安心ください。ちゃんと母が…黒尾さんの晩御飯も用意してますよ。」




***************






「大変…御見逸れ致しました。」
「いや…そこまで褒めずとも。」


久々に帰宅した息子、しかも珍しく友人を連れてくるということで、
赤葦母は、そわそわと玄関先で待ち構えていた。

そんな母に、『余所行きモード全開』で対応した黒尾…
そのあまりに『完璧』な姿に、母の黒尾に対する印象は『最高値』を叩き出した。
噂には聞いていたが、黒尾の『余所行きモード』を目の当たりにした赤葦は、
ただただ呆然と、二人のやりとりを眺めていることしかできなかった。

「ウチの母親…黒尾さんのこと、大変『お気に入り』のようですね。」
「そりゃあ良かった。いきなり親御さんに『ご挨拶』…緊張したぜ?」

緊張など微塵も感じさせない素振りで、黒尾は片目を瞑ってみせた。
恐るべき『人タラシ』っぷり…俺も気を付けねばと、赤葦は独り言ちた。


晩御飯まではあと小一時間かかる…とのことで、
黒尾はそれまで、赤葦の部屋でのんびりさせてもらうことにした。

部屋に入るや否や、黒尾は「おおっ!!」と感嘆の声を上げた。
カバンも降ろさず、そのまま…本棚に張り付き、唸り始めた。

「俺の予想通りに、想像以上…スゲェよ…」
「そんなに見られると…恥ずかしいです…」

蔵書は、持ち主の『人となり』を表す。
本棚を見れば、赤葦がどんな『思考』や『嗜好』を持っているのか、
まさに『一目瞭然』なのだ。

ネットの検索・閲覧履歴を見られているのと、ほぼ変わらない…
アタマの中を、じっくり覗き込まれているのと同じである。
むしろ、ハダカを見られるよりも…ある意味恥ずかしいかもしれない。

「お願いですから…そこまで熟覧しないで下さい。」
「安心しろ…俺にとっちゃ『至高』のオタカラだ。」

大事に大事に、一冊ずつ…指先で本の背をなぞる黒尾。
恍惚とした表情で、没我で瞠視し、小声で囁き、指を這わせる…
その妙に卑猥な仕草とセリフに、赤葦は羞恥に染まってしまった。

「赤葦…お前、本当に最高だぜ…」
「それ以上…何も、言わないで…」


黒尾を部屋に招いたのは、失敗だったかもしれない。
恥ずかしさに耐えかねた赤葦は、黒尾を本棚から引き剥がし、
黒尾と本棚の間…狭い隙間に入り込み、全身で本棚を覆った。

「今度、俺も…黒尾さんのトコへ、見に行かせてくださいよ…っ!」
「勿論歓迎だが…きっとビビるぜ?結構な確率で…同じ本がある。」

腕を広げて隠そうとするが、そんな赤葦に構うことなく、
黒尾は更に距離を縮め…本棚に赤葦自身を押し付けるような体勢で、
好奇心を刺激してやまない書籍達に、手を伸ばしていく。

「ちょっと黒尾さん…ち、近すぎ、です…」

自分から入り込んだとは言え、本棚と黒尾に挟まれてしまった赤葦は、
間近に迫る黒尾の顔から目を逸らし、小声でストップを掛けた。
その声でようやく、黒尾は我に返り…その『近さ』に驚愕した。

「!!?わ、悪ぃ…つい、夢中になって…」

慌てて本棚と赤葦から手を離し、距離を取って座り込んだ。
赤葦はそのまま本棚を背にし、その場にへたりと腰を落とした。

片方の自室で、思いがけず『密接距離』に。
カラオケ帰りの時とは違い、『自室』というプライベート空間での接近に、
何だか妙にお互いを意識してしまい…二人は目を逸らし、暫く沈黙していた。


「か、確率と言えば…『両想い』になる確率は、400分の1だそうですよ。」

帰路に考察途中だった話題を戻し、赤葦は何とか『場の雰囲気』の転換を図った。
黒尾も一瞬で表情を『通常モード』に戻し、その話に乗った。

「400分の1か…多いのか少ないのか、その根拠と共に判断が難しいよな。」

男女がそれぞれ20人ずつ、計40人のクラスがあったとしよう。
その場合、クラス内で、自分が好きになる相手は20分の1、
その人が自分を好きでいてくれる確率も、同じ20分の1であり、
お互いが『両想い』となるには、1/20×1/20…400分の1という確率になる。

一クラスという限られた中でも、この程度の確率しかないのだ。
ただ待っているだけでは、『両想い』になれる可能性は更に下がり、
クラスや学校を飛び出すと、分母はぐんと上がり…その分確率は下がる。

「ツッキーと山口みたいな、超レアケースを除外すると…」
「『両想い』になれる人と出会えるのは、奇跡的ですね…」

国土交通省が出した数値では、一年間に交通事故に遭う確率が1000分の9…
『両想い』確率よりも、3.6倍も多いことになる。


こうして具体的な数値にして計算してみると、人と人との出会いが、
いかに神秘的な偶然に縁っているのか、よくわかってくる。

たまたま同じ合宿グループだから、今まで何度も顔を合わせていたが、
東京だけで440校、埼玉の201校と神奈川の238校を合わせると、
実に879校もの高校が存在する。
そのうちのたった4(+1)校が集まり、同じ趣味を持つ者と出会う確率は…?
自分達が今、同じ空間に居ることなど、とんでもない奇跡である。

「実際に計算してみて、はじめて実感したが…」
「人と人の縁…大事にしないといけませんね。」


だとすると、自分が『いいな』と思う相手と運よく出会い、
更にその相手が少しでも『脈アリ』だと感じた場合には、
ウカウカしてはいられないのではないか…?という命題にぶち当たる。

「『両想い』を成功させるには、『脈アリ』のサインをいかに見逃さないか…」
「どんな場合に、『脈アリ』と判断しても良いのか…明確にするべきですね。」

脈アリ・脈ナシの『脈』とは、可能性や見込みのことである。
なぜ『脈』なのかについては、『脈拍がある=助かる見込みがある』という説や、
『気脈を通じる』という言葉から、『考えや気持ちが繋がる』…という説がある。

では実際に、どういったものを『サイン』と感じるかを、具体的に考えてみると…

「黒尾さん…お疲れ気味じゃないですか?顔色が優れませんよ。」
「そんな風に、ちょっとした体調変化に気付づく…サインだな。」

「赤葦、お前…今は『フリー』だって聞いたけど、マジか?」
「相手がいないと知って嬉しそう…これも、サインですね。」

「どんなタイプの方が、黒尾さんの『好み』なのか…教えて下さい。」
「そうだな…泰然自若で博覧強記、狡猾参謀かつ閨房上手だと最高。」
「実に曖昧漠然とした、抽象的な表現ですね。」
「至って明々白々な、具体的な特定名詞だろ。」

「ちなみに、赤葦の『好きなタイプ』は…?参考までに聞かせてくれ。」
「そうですね…笑面夜叉で知勇兼備、腹黒主将かつ精力絶倫な方です。」
「そりゃあまた…とんでもねぇ逸材だな。」
「意外と近くに…いるかもしれませんよ?」

「こないだ、木兎に言われたんだ…『最近お前、赤葦と超~仲良しだな!』って。」
「実は俺も、『幼馴染さん』からメール…『クロのこと、頼むね。』だそうです。」

「ところで、来月の3連休なんですが、最終日は部活休みで…」
「奇遇だな。ウチもそうだから…2人でどっか遊びに行くか?」


好みを訊くと自分にドンピシャ。
周りから「お前ら、良いカンジじゃん!」と言われる。
休日の予定を尋ねたり、2人きりでの行動を提案される。

思いつくままに『サイン』とおぼしきものを列挙してみたが、
これが単なる『例示』ではなく、もし『事実』だとしたら…


互いに気付かれないように、表情を窺う。
だが、『ごっこ』なのかも、『アリ』か『ナシ』かも…全く読めなかった。


「これはなかなか…難しいな。」
「とんでもない難問…ですね。」

苦笑いとともにため息をつくと、階下から晩御飯を知らせる声がした。





***************





実に和やかな晩御飯…だったと思う。
部活で忙しく、自宅で食事をするのも、大抵いつも一人。
長期合宿があったせいか、家族と食卓を共にし、会話するのも…久しぶりだった。

とは言え、俺はほとんど口を挿むスキがないくらい、
母と黒尾さんが二人で勝手に盛り上がっただけなのだが。


「お前…家族からも『感情読めない』扱いされてたんだな。」
「家族と会話する時間的余裕がない…高校男児の平均です。」

食後に再び部屋へと戻ってきた二人は、
破裂しそうなほどの満腹を落ち着けようと、脚を伸ばして寛いだ。

「っつーか、赤葦母…お前に艶っぽさを足して『人妻』にしたカンジだな。」
「…どうして普通に『お前、母親とソックリだな』って言わないんですか。」

「『息子を宜しくお願いします…』って言われた視線とか表情が、激似だな。」
「俺は今まで一度も、『ムスコをヨロシク…』と言った覚えはありませんが?」

さっきまでの『絵に描いたような好青年』は、一体どこへ行ったのか…
黒尾の『オンとオフ』の差の激しさに、赤葦は呆れ果てる反面、
二人の時には、『素』でリラックスしてくれていることに、
何だかちょっとだけ…頬が緩むような気がした。


妙な想像を惹起するモノを振り払おうと、
赤葦は膨満感をなだめるために大きく息を吐き、食事前の話に戻した。

「先程までは、『脈アリ』のサインについて考察しましたが…」
「そのサインに気付いた後、どうやって『両想い』になるか…」

幸運なことに、相手が自分に『脈アリ』だと判明したならば、
それを成就させる…『いかにして両想いになるか』が、
次に考察すべきテーマとなる。

「ただ待っているだけじゃあ…両想い確率は上昇しねぇよな。」
「ただの『好意』を、特別な『好き』に変える方法…ですね。」


初めのうちは、大して興味がなかったものに、次第に好印象を持つ…
繰り返し接すると、好意度や好印象が高まる効果を、
心理学で『単純接触効果』または、『熟知性の原則』という。

何度も耳にする音楽が好きになったり、CMでよく目にする商品を、
『いいもの』だと感じてしまい、購買意欲が高まるのも、この効果である。

「単純接触効果は、恋愛にも有効な手段として、有名だよな。」
「会う回数が多い相手ほど好意を抱きやすいのは、道理です。」

だが、この方法は、相手が既にある程度の好意を抱いている場合…
即ち、本当に『脈アリ』だった場合に限られる。

「大して好きでもない相手から、マメに連絡されると…逆効果ですね。」
「ちょっと重いし若干迷惑…一歩間違えば、ただのストーカーだよな。」

たとえ『両想い』の相手であっても、接触しすぎは問題だ。
延々と切れ目なく続くメッセージ…それだけでも、かなり負担となる。
適度なところで上手に切り上げ、相手を労わる気遣いの方が、好感度は高い。


ならば、結局のところ、『相手に好かれるような自分になる』という、
人間関係の『基本中の基本』が、最も重要だということになる。

「まず最低限…身だしなみには気を付ける、か。」
「相手への気遣いを見せることも…大切ですね。」

「相手の好みや、自分との共通点を把握…会話のネタも必要です。」
「会話の際には、聞き上手・褒め上手に…『癒し』にならねぇと。」

こうやって何とか好意度を上げつつ、単純接触効果を得るために、
マメに連絡を取ったり、時間を作って顔を合わせたり…
弛まぬ努力の結果、『両想い』の確率が徐々に上がっていくのだ。


「何か俺…すっげぇ腹立ってきた。」
「同じく…非常に面白くないです。」

共に思い浮かべたのは、よく見知った顔…
気付いた時には、常に自分を慕う『両想い確定』な相手が傍におり、
その恵まれた環境に甘え、漫然としているアイツだった。

「たまたま傍にいたのが、あんな可愛い『癒しの存在』なんて…」
「『両想い』だってすっげぇ大変なのに…幸運にも程があるぜ。」

自分に好意を抱いてもらうだけでも、相当な努力がいる。
そこから更に、自分を好きになってもらうのも、努力の連続。

こうした膨大な『恋愛の初期投資』を一切免除された上で、
その先の『甘い果実』だけはキッチリと美味しく頂きつつ、
それなのに、激レアな相手には『確定的』な言葉を与えず宙ぶらりん…

「才能あるイケメンはナニしても赦される…そんなのは、乙女ゲームだけです。」
「いや、乙女ゲームだって厳しいぞ。天はツッキーに…イロイロ与えすぎだろ。」

いかに『両想い』が奇跡的で、
その成就や維持に莫大なエネルギーが必要であるか。
そして、自分がどれほど恵まれており、
超レアな『大切な相手』を、ないがしろにしているか…

「あの甘ったれツッキーには…説教だな。」
「えぇ…ミッチリとやっちゃって下さい。」


全く、何を暢気に弁才天に『神頼み』していたことやら。
神様にすがりたいのは、むしろこっちの方だ。

「縁結びの神様が大人気なのも、恋愛のおまじないに頼るのも…納得です。」
「だな。今度一緒に、五色不動と、縁結びにご利益のあるとこ…巡ろうぜ。」

ガッチリと拳を組み、黒尾と赤葦は深々と同意し合った。


「両想いのおまじないと言えば…『両想い切符』をご存知ですか?」
握り合った手をパっと離し、赤葦は指先で小さな切符の形を作った。

「恋ヶ窪とか、恋ヶ浜、恋山形…『恋』の文字が付く駅の切符か?」
黒尾は首を捻りながら答えたが、違います、と赤葦は首を横に振った。

「切符の端には、4桁の通し番号が印字されてるんですが…」

この4桁のうち、左端と右端の数字が同じ切符が、『両想い切符』というらしい。
そして、その間の2桁の数字が、『両想い確率』を表すそうだ。

「例えば『1651』だったとすると…両想い確率65%だな。」

1651…色恋の成功確率が、過半数以上か。例題としては…まあまあだ。
ちなみに、間が『00』の場合は、『100%』の最高とみなすそうだ。

この『両想い切符』が券売機から出てくる確率は、わかりやすい。
左端の数字は0~9の10種類、それと同じ数字が右端にあればいいため、
その確率は10分の1ということになる。

「実際に『両想い』になることを考えれば…チョロい数値ですよね。」
「間の2桁をなかなかの数値…『90~00』とすると、100分の11か?」

以上から、『相性の良い両想い切符』の確率は、
1/10×11/100=11/1000…1.1%、つまり100枚に1枚入手できるはずだ。

「たとえ『01』でも…現実の『両想い確率』よりは、ずっと高いな。」
「400分の1は、0.25%ですからね…それより4倍も『期待大』です。」

ICカードで改札を抜ける時代、それを忘れた『不運な時』にしか切符を買わないが、
こういう『可愛い楽しみ』があるならば…不運とは感じなくなるかもしれない。



「ちょうど駅の話が出たとこだし…俺はそろそろお暇しようかな。」
「もうこんな時間でしたか…散歩がてら、駅までお送りしますね。」

よっこいしょ、と気合を入れて立ち上がった黒尾は、
部屋を出ようと扉に手を掛けると、くるりと振り返った。

「あのさ、もしよかったら…一冊だけ貸してくんねぇか?」

予め目を付けていたのだろう。
本棚からスっと一冊引き抜くと、手を合わせて拝む振りをした。

「構いませんよ。当然…返却しに来てくれるんですよね?」

赤葦は微笑むと、もう一冊引き抜いて黒尾に手渡した。


「こちらもぜひ…お勧めですよ。」
「第1巻…『次』も楽しみだな。」





***************





赤葦母に丁重に見送られながら玄関を出ると、外は既に真っ暗…
だが、東京の住宅街は街灯も多いし、夜道で困ることは全くない。
ないのだが…

「今日は、月…まだ出てねぇのか?」

最近、月の話題が立て続けにあったせいか、
夜空を見上げる度に、その姿を探し、色や形を楽しむようになっていた。

「今朝、井の頭公園で…見ました。」

満月から数日経ち、半分近く欠けた月。
午前中、青空の中に浮かぶ『白い月』が、薄く淡く…西の空にあった。
ということは、今宵の月が頭上に輝くには、まだまだ時間が掛かるだろう。


「月は元々、白い星…『白い月』が基本なんですよね。」
「昼間の月が白いのは、空が青いのと同じ理由…だな。」

白い光は、赤・緑・青…3色の光が混ざった色だ。
夜の月は、大気を通過する間に青い光が散乱してしまい、
白から青が抜けることで、赤+緑=黄色っぽく見える。

だが、昼間の月は、同じように青が抜けて黄色く見えるはずなのだが、
別方向から差し込む太陽光…そこから抜けた青と黄色が重なることで、
結果として『白い月』に見えているのだ。


「昼間の月だけじゃなくて、かつては夜の月も…『白』が基本だよな。」
「赤い月と逆…現代より空気が澄んでいて、空高い位置にある時です。」

それだけではない。日本人の美意識が、月を『白』く見せているのだ。

「雪月花…冬の雪、天空の月、春の山桜。」
「日本人が至高とする、白色3点セット…」

白楽天の漢詩の一句『雪月花時最憶君(雪月花の時 最も君を憶ふ)』
…そこから取られた、自然の美しい景物を指す言葉である。
『最も君を憶ふ(おもう)』という語からも、和歌の題材として好まれてきた。

『雪の上に 照れる月夜に 梅の花 折りて贈らむ 愛しき子もがも』
雪の上に照り輝く月夜。こんな夜に、梅の枝を手折って贈るような、
そんな愛しい人がいればいいのですが…万葉集・大伴家持の歌だ。

「『照れる月夜に』、ねぇ…どっかで聞いたことあるフレーズだぜ。」
「月島君が、照れ隠しに証拠隠滅した…あの『暗号表』でしたよね。」

こんなところにも、小さな繋がりを見つけた。
月は見えていなくとも、黒尾と赤葦は何だか嬉しくなった。


「白楽天の漢詩、その一つ前の句は…『琴詩酒友皆抛我』ですね。」
「『琴や詩や酒の上での友は、皆、私から離れてしまった』…か。」

美しい雪や月、花を見る度に、あの楽しかった『酒屋談義』を…
愛しいあの人のことを、思い出してしまう。
…まさに、そういった状況を歌った漢詩なのだ。

「月を見るたびに、そんな気持ちになるなんて…」

歩みを止め、俯いた足元に、赤葦は静かに言葉を落とした。


『ひと夏の思い出』を作ることは、そんなに難しいことではない。
だがそれを『思い出』ではなく、ずっと続けていくことが、難しいのだ。
特に『酒屋談義』の場は、今後の赤葦のことを案じて、
黒尾が作ってくれた場かもしれないのだ。どうしても…失いたくなかった。

また、『ひと夏の思い出』同様に、一時のあやまち…禁忌に堕ちるのも、簡単だ。
流れに身を任せることなく、確固たる人間関係を築く方が、ずっとずっと難しい。
『長続きの秘訣は、色ではなく癒し』…色恋以外の部分での繋がりが必要なのだ。

    青空に消えゆく、昼間の『白い月』には、したくない…

そんな赤葦の本心を読んだのだろうか。
黒尾はそっと腕を伸ばすと、傾いだ赤葦の頭を、静かに撫でた。


「それなら古人に倣って…和歌でも贈り合うか?」

ほら、ツッキー達も時々、『歌合戦』…言葉遊びをしてるらしいしな。
アタマも使うし、リフレッシュにもなるし…面白そうじゃねぇ?

黒尾の提案に、赤葦は驚いたように顔を上げ、柔らかく頬を綻ばせた。

「上等です…会心の力作、首を洗って待ってて下さいね。」
「いい度胸じゃねぇか…こっちも全力で迎え撃ってやる。」

本の貸し借りと、歌合戦。会う口実と、連絡を取る理由ができた。
これが続いている間は、『酒屋談義』の小さな繋がりが、
昼間の『白い月』のように消えることは…防げるかもしれない。

何とか繋ぎ止めた『小さな繋がり』に、
二人はお互いに見えないよう…安堵の表情を溢した。



「それでは、どうか気を付けて…」
「あぁ、お前も…あ、そうだっ!」

駅に到着し、改札を抜けようとした黒尾は、
財布から取り出したICカードをしまうと、券売機へ向かった。

せっかくだから、挑戦してみるか…と、頭上の路線図で金額を確認する。
小銭を入れて、その金額ボタンをタッチ…
黒尾と赤葦は、わくわくしながら切符が出てくるのを待った。

「番号は…『7716』か。惜しいっ!!」
「『7716』ということは…その次っ!」

切符に付けられる番号は、『通し番号』である。
赤葦は急いで1000円札を突っ込むと、最低料金のボタンをタッチした。

「やった…!『7717』ですよ!」
「『両想い切符』…ゲットだな!」

二人は力を込めて、ハイタッチし合った。

「確率71%…悪くない数値ですね。」
「ハズレの方も…悪くない語呂だ。」

『7716』…七色。
最近話した話題の中に、その文言が出て来た。
二人の趣味を繋いだ本…『虚無』に出てくるシャンソンの、
ヒナゲシの花言葉が、『七色の恋』だった。

偶然と言うべきか、奇跡と言うべきか…
二人は黙って見つめ合い、暫しその場に立ち竦んだ。


沈黙を破ったのは、黒尾だった。

「なぁ(7)なぁ(7)、俺に言(1)いたいこと…あるんだろ(6)?」

赤葦に向かい、差し出された黒尾の手。
その手にそっと、赤葦は切符を乗せた。

「何(7)と言いますか…な(7)い(1)こともな(7)い、ですね。」


受け取った『両想い切符』を、借りた本に『しおり』として挿むと、
黒尾は満足そうに微笑み、改札を抜けて行った。



- 完 -



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※諸恋(もろごい)→両想いのこと。
※笑面夜叉→見た目は笑顔だが、心の底では…な、人のこと。

※宮城県の高校数98(分校は除く)を含めると、977校。
   これらの中から、梟谷グループ5校が集まる確率は、
   1/440×1/439×1/201×1/238×1/98=1/905558031840。
   音駒と梟谷の2校に絞っても、1/440×1/439=1/193160…約0.000005%です。
※夏合宿参加者を、監督・コーチ・マネージャーを含めて58名
   (名前の判明している者のみ計上)とすると、自分の『相手』は58-1(自分)=57人。
   その内の一人と『両想い』になる確率は、
   1/57×1/57=1/3249…約0.030%となります。

※閨房(けいぼう)→寝室のこと。閨房上手≒床上手。(造語)
  
※微妙な距離のふたりに5題『4.慌てて離した手』

2016/07/01(P)  :  2016/09/13 加筆修正

 

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