恋慕夢中①







「断固拒否です。」
「キョヒケンなんて、あるわけねぇだろ。」


やっと今週の合宿が終わった…

あとはこのミーティングのシメの言葉…『寄り道せず帰宅&手洗いうがい云々』を垂れ流し、
皆様を気持ち良く部室から追い出し、鍵を閉めて…あぁ、冷たい出汁巻き卵が食べたい。

脳内にとりとめなく『ひんやりお出汁のキいた晩餐シリーズ』を思い描きながら、
最後の力を振り絞り、「質問がなければ、今日はこの辺で…」と言い掛けた時、
室温を2℃上げる大音量と共に、天井を突き破らんばかりの「ハイハイハーーイ!」な挙手…
議長の俺が許可する前に、質問ではない発言が一方的に降り注いできた。

「再来週…海、行くぞ!!!」
「質問はないようですね。それでは、解散…皆様お疲れ様でした。」

「あかぁーしっ!フツーにスルーしてんじゃねぇよっ!再来週、海っつってんだろ!!」
「そうですか。いってらっしゃいませ。お土産はイカの一夜干しでお願いします。」


なぜイカは、たった一夜を越えただけで、あんなにも美味しくなるのだろうか。
一晩で劇的に雰囲気も味わいも激変してしまうだなんて、まるでひと夏の…(イカ略)

「ちなみに俺は、イカは耳派…むしろ、耳だけ持って来て欲しイカもというレベルです。」
「お前は、いイカげん…聞く耳を持てよっ!」

「木兎さんも、そろそろ俺の『拒絶』を察してはイカがですか?では、お先に失礼します。」
「イカせねぇよっ!レッツ…エギングっ!!」

俺の逃走を阻むべく、木兎さんが作戦名を絶叫すると、目の前にイカ墨…ではなく、
どこからともなく、巨大な『エビ型』抱き枕がビュンっ!!と俺に向かって飛んで来た。
ほとんど条件反射で、エビ枕にムギュっ!!と抱き着いてしまった俺は、
あっという間に四方八方先輩方から飛び掛かられ…バレーのネットで捕縛されてしまった。

「古代人のコトワザでは、エビでタイを釣ってたらしいけど、今やエビでイカを釣る時代!」
「エビ型のルアー…餌木(えぎ)を使ったイカ釣りは、古代人にも大流行してたそうですよ。」

しゅこしゅこしゅこっ!ぎゅんぎゅんぎゅん!と、竿を激しく上下して、びゅっ!と…って、
エギング動作を文字にすると、何だかイカがわしい響きだなと、諦めの境地で考えていると、
お前も黙ってろ!と、木兎さんも鷲尾さんに挟まれ、大きな手で『お口チャック』…
静かになったところで、猿杙さん&小見さん&木葉さんが、キャッチボールの仕種をみせた。


「実はコレ、木葉んちの親父さんからのSOSなんだよ。」
「再来週の週末、野球の紅白戦ができるぐらいの人数を連れて来いって…」

木葉家は代々、器用貧乏…じゃなくて、多角経営ってやつ?
夏は夏らしく、海と別荘をいろんな団体様に貸し出してんだよな~儲からねぇらしいけど。
んで、再来週はどこぞの社会人野球チーム同士が合同合宿&練習試合って予約入ってたのに、
同業他社の宿敵のはずが、幹部同士の『やんごとなき不祥事』により、双方が活動自粛…

「要するに、ボールをミットにおさめ…じゃなくて、バットを突っ込…んんっ」
「コラァ、赤葦ぃ!!デッドボールしか投げられねぇお前のおクチも、自粛しとけよっ!」

金銭的には、解約金ガッポリ貰ったから全然痛くねぇんだが、問題は発注済の大量の食材だ。
体育会系の量は、体育会系にしかさばけねぇってことで、木葉家から闇路監督にオファー。
希望者を募り、ビーチで足腰を鍛えつつ『ひと夏のアバンチュ~ル』合宿しねぇかって話に…

「『ひと夏のアバンチュ~ル』を漢字変換すると、『不祥事』になりますよね?
   ビーチ『バレー』で足腰…と言ってないあたり、ナニで足腰を酷使するつもりなんだか。」
「そんなもん、バットをぶんぶん振り回し…」
「待て!それ…『素振り』の音じゃねぇか?」
「先走りのおツユ…涙が止まんねぇよ。」


なるほど。
だから木兎さんは海に『行こうぜ!』ではなく『行くぞ!』と、決定事項を告げたのか。
だとすると、俺の答えも決定している。というか、さっき言ったじゃないか。

「そうですか。いってらっしゃいませ。俺は合宿ではなく、お土産のイカを希望します。」
「赤葦は強制参加!お前がイカなきゃ、誰が俺らを守る…引率するんだよ?」

「申し訳ありません。再来週は…排卵日なんです。片腹痛いんでお守なんて無理です。」
「イイワケならもっとマシなやつにしろよ!」
「監督も、『赤葦が行くならOK』って…アバンチュ~ルを許可してくれたんだからな!」
「ちなみに監督は、イカいよう?で、ハラワタ痛いから、ついてイカれん…だってさ。」


なぁ、赤葦。よく考えてもみろよ。
俺ら、夏はバレーバレーバレー…全っっっ然、バカンスしてねぇんだぜっ!?
バレー馬鹿の俺らからバレーをとったら、馬並のアレ以外、ナニも残らねぇ…
きらめく『ひと夏の…』がないまま、卒業しろっていうのか!?あんまりだろ、それは!!

「偉大なる先輩のアバンチュ~ルに、後輩は協力する義務があると…古代人も言ってたぜ。」
「俺達を気持ちヨく、ビーチでイカせろ…あ、ビーチにイカせろ、だった!」
「ウチで足りねぇ人数は、同業他社の宿敵…アッチのイカす引率にも、話はつけてあるぜ~」

どっ…同業他社?宿敵?アッチの…引率!?
それってもしかして…もしかしなくとも、ウチのムチャ振りに合わせてくれそうなのって…
俺ですらドン引きの、貧乏くじの引き率がやたら強いイカす奴なんて、心当たりが1人しか…

「ま、まさか、そのイカれぽんちは…っ」
「イカっつーより、色的にはユデダコか?」
「茹でていいなら、カニでもよくねぇか?」
「ブラックタイガーだって、茹でたら赤い。」

タコでもカニでも、カサゴでもメバルでもいいけど、『おさかなだいすき♪』な奴らだから、
シーラカンスの塩焼きが食えるぞ~って言ったら、カンタンに釣れた…さすがネコだよな!
っつーわけで、来週の合同合宿の時に、引率コンビで事前打合&しおり作成しとけってさ。

「『赤葦と黒尾が引率するなら安心だ。お土産は黒&赤ムツの開きで頼む。』…だってよ!」
「そんじゃ、ミーティング終わり!解散っ!」
「黒赤ムッツリ同士、仲良くヤれよ〜!」

「は?えっ、ちょっ、待っ…っ!!」

俺が反論する前に、偉大なる先輩方は脱兎…
網に捕らわれ藻掻く俺を置いて、あっという間に飛び去って行った。


「バレーとったら馬鹿しか残らないだとか、とんだイカさまじゃないですかっ!」

俺に言うより先に、監督をはじめとする関係者全員の了解を得ているだなんて…
絶対に逃げられない罠を仕掛けてから釣りを開始するとは、釣師どころか凄腕ハンターだ。

網で捕縛→有無を言わせず引き摺り込むという流れだと、今までの経験からわかっていた。
罠だとわかっていても、正々堂々と釣られてやったのは、古代から続く後輩の宿命だから…
たまには先輩風に吹かれてあげて、一緒に戯れに興じるのも良イカと思ったからだったのに、
食うか喰われるかの駆け引きを楽しむ前に、俺は既に『まな板の上の鯉』だったとは…!

   (悔しすぎる!…って、鯉は川魚ですよっ!)

…いやいやいや、悔しがって(ツッコミして)いる場合なんかじゃない。
今の俺は、文字通りに『まな板の上の鯉』、イカんともしがたい危機に瀕している。
アバンチュ~ルにイく以前の問題…来週の事前打合こそが、この夏一番のピンチじゃなイカ!


「どんな顔して、『黒ムッツリ』に…っ」




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※ルアー →釣の時に使う、餌に似た釣具。擬似餌。
※エギング →和製英語『餌木ing』
※網で捕縛~の流れ →『天網快解②


小悪魔なきみに恋をする7題
『01.わかっていたのに虜になった』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。



2020/07/16

 

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