奏愛草子⑧ (クロ赤編)







    ((どう考えたら…いいんだ?))


黒尾さんとのシェア&ソフレ同居をしているマンションは、あらゆる数値がやけに好条件だ。
冗談抜きでパパ活を視野に入れていた俺は、契約書もよく読まずソッコーでサインし、
数件の候補の中から、建築・設備的な面に主眼を置き、俺自身がこのマンションを選択した。

だが、ここにきて当該マンションが法的に特殊なファミリー『限定』物件だったことが発覚。
そこに俺達は、さらなる特殊事情を抱えて極秘に入居していることも同時に判明し、
その上、お隣さんがまさかの旧知の人達だったという、『寝耳に水』ジョッキ三杯コースだ。

物件に関することはともかく、お隣さんについてはさすがの黒尾さんも知るはずがなく、
徹底回避を基本にしつつ、職場のボス殿に事情説明&詳細確認&今後の指示を仰いで貰った。

「それらしく振る舞え…とのお達しだ。」
「絶対バレるなよ…という意味ですね。」

顧問先(競売絡み云々?)や大家さんとの関係、そして税法上の問題を加味した結果、
俺達が『特殊事情』で入居していることは、他の入居者達には知られない方が得策とのこと。
もしお隣さんと『バッタリ』した時の整合性も考慮し、今すぐ『それらしく』を実行せよ…
即ち、俺達も他の世帯と同様に、普通の『ファミリー』の態を装って暮すことになったのだ。


「よし、今日から俺とお前は『家族』だな。」
「はい、万事了解です。俺の『パパ』さん。」

「その呼び方…『愛人臭』しかしねぇよな。」
「パパ呼称…父親『じゃない感』満載です。」

「親子は無理があるし、兄弟も…何か違う。」
「一番無難なのは…パートナーでしょうか。」

「なら、手堅く…新婚さん設定にしとくか?」
「それが最も…演技難易度が低そうですね。」

「今日の議題は…『新婚さん』についてだ。」
「では、議場へ…『ねむルーム』にどうぞ。」


家庭内で何か決め事や相談等がある場合、いつしか『寝る直前』に行うようになっていた。
これは赤葦家の伝統でもあるが、身も心も晒し合っているリラックスタイムに話すことで、
ムカっ!とか、イラっ!となりにくい…相手を受け入れる余地を広めに保てる利点がある。

それ以前に、仕事と大学で多忙な俺達が共に過ごせる時間は、ソフレ中しかないのが現状で、
『ねむルーム』こと寝室に入ってから寝落ちするまでのごく短い間にお喋りを楽しんでいる。
ちなみに、『ねむルーム』は見たまんま『眠る+部屋』の意…勿論、それだけじゃない。

「合歓(ねむ)の木…夜になると葉が合わさって閉じる、マメ科の木。夫婦円満の象徴だな。」
「合歓(ごうかん)…喜びを共にすること。共寝すること。ソフレより新婚向きな名称です。」

「つまり俺達は、ソフレ中というだけで…形式的には新婚さんっぽいことをしてるんだな。」
「厳密には、ソフレは『共寝』が内包する性交渉が御法度…実質的には新婚の対極ですが。」

「そもそも、『新婚さんとは何か?』っていう定義…凄ぇ難しくないか?」
「特に俺達の場合、ソフレとの違いを確定する必要もあり…難題ですよ。」


黒尾さんの方は仕事の経験上から、俺の方は仲睦まじい両親の姿を間近に見て育ったことで、
単に『○ヶ月』という数値だけで『新婚さん』を言い表せないことを、熟知している。
統計的には、婚姻後半年~1年が新婚期間だと答える人が最も多いらしいが、
1年未満に離婚する夫婦も全離婚のうち7%程いるし、世界最速は婚姻3時間後だそうだ。

「結婚なんて…新婚なんて、数学みてぇに美しい理論じゃぁ、ほぼ何も語れねぇんだよな。」
「数学は全理論体系中、最もロマンに溢れる学問…結婚に抱く理想より遥かに幻想的です。」

「スウィ~トに見える新婚生活より、数学の方が…夢と希望とドキドキに満ち溢れてるぜ!」
「完全同意です!計算だけが数学じゃない…理論と構造の美を追求するドリ~ムですよね!」

「俺は絶対、結婚相手に理想を重ねてみたり、結婚生活に夢を見ない…合理性を重視する。」
「そういう価値観や美意識の一致があったからこそ…シェア&ソフレ契約が成立しました。」


よしよし…なかなか悪くない。
こうして改めて理路整然と現状把握を行うだけで、自分自身にとって非常に心地良い。

数年振りにバッタリ再会した部活絡みの先輩&後輩が、合歓なカンケーを築いているなんて、
パッと見としては、非常識でぶっ飛んだ『トンデモ設定』に感じるかもしれないけれど、
数学的理論もへったくれもない、熱情や勢いなんかで結婚生活に至るより、はるかにマシだ。

…まぁ、そういった『価値観』が、万人受けするとも思えないし、常識的だとも言えない。
だからこそ、奇跡的にそれが合致する相手と共寝できる天文学的幸運は、素直に合歓したい。

「今更っつーか、今頃やっと気付いたが…俺ら現在進行形で、最高の新婚生活を満喫中だ。」
「確かに、黒尾さん以上の相手と今後出逢える確率なんて、数学的にほぼゼロでしょうね。」

   結論。
   俺達は、互いにとって最高の伴侶を得た。
   互い以外の相手など存在しないと、確信。
   よって俺達は、円満な新婚夫婦と言える。

「…よし、納得したぞ。これで俺は、疑問も憂いもなく『新婚さんごっこ』を演じられる。」
「こちらの方も、準備完了です。共に楽しく…『ねむルーム』にて合歓していきましょう。」

『新婚さん』の定義付けが難しいのであれば、自分達に実行可能かどうかをまず確定させる。
その『前提(総論)』さえ整えば、あとは各論…実際にどう行動すべきかを考えればいい。

   (ホントに、黒尾さんで…よかった。)


「会議はこれにて終了…お疲れ様でした。」
「今日も有意義だったな。さて…寝るか!」

ポンポンと、互いの健闘を讃え合うように、抱き合う背中を優しく撫でる。
そう、俺達は『寝る直前』に会議を行う…当然ながら、ガッチリとソフレスタイルだ。
俺は黒尾さんに組み敷かれ、真っ暗な天井を眺めつつ、触れ合う頬から会話の振動を体感し、
互いに唇で耳朶を擽り、温かい吐息で眠気を送り合いながらの…眠気を誘う会議である。

耳元でぽそぽそ囁くしかない体勢…ギャンギャン喚く喧嘩になる可能性は、限りなく低い。
それに、美しい論理はそれだけで心地よく、ウットリしたまま寝落ちできるという特典付。
経験がないから確証は持てないが、きっと愛を囁かれるよりも数学ネタを語って貰える方が、
俺の脳はより快楽を感じる…気持ちヨく寝させて貰えるんじゃないかと推測している。

   (いつか、経験する日が…来る、のか?)

そんな不確定要素の多すぎる推測など、今は必要ない。
もっと優先順位の高い考察点が、特に『各論』の部分で沢山あるじゃないか。


「形式的に『新婚さんごっこ』を演じる、具体的手法…黒尾さんには何か策がありますか?」
「今パっと思い付いたのは、位相を少しばかり変化させること…『YからX』への変更だ。」

そう言うと、黒尾さんは俺をギュっと腕の中に抱き込み、そのまま90度…コテン。
『俺の上に黒尾さん』という体勢から、『俺の横に黒尾さん』へと、座標軸を変えた。

「『抱き枕』から『腕枕』へ。ちょっとだけ新婚さんっぽく、ねぇ…か、っ!?」
「なるほど!これはなかなか新鮮な光景です。お互いの顔を見な、がら…っ!?」


   (いやいや、これは…どういうコトだよ!?)
   (ちょっとどころか…とんでもなく激変!?)



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一緒に暮らし始めて、3カ月ほど。
毎晩このベッドの上で抱き合い、ソフレをし続けてきたというのに。

   (顔が見えるほど離れたのは、初めて…か?)
   (俺達いつも、これよりずっと密着して…?)

数値にすると、黒赤間のソフレ距離は今までで一番遠いはずなのに、過去最高に近く感じる。
しかも、上から横へ『距離』が増えた分の数値と、減った『重さ』の数値が乗算されて、
全身への『熱量』として現れるなんて…数学的に全く理解できない事象が起きているのだ。

   (あっ、熱…っ?)
   (火が…出そう?)

灯りを消した真っ暗な部屋の中で、さらに布団に籠もっているというのに、
目の前の顔が、戸惑いと羞恥でみるみるうちに紅く染まっていく様が、はっきりと見えた。
瞬きも、深い呼吸も、唾を飲み込む喉の動きも全部…『速度』をやけにスローに感じる。


「な、なんか、その…想定外、だったよな。」
「は、はい。何か妙に、そわそわ…します。」

いつも通りのぽそぽそ声で囁いたのに、音量も音質も、吐息の温度も風量も…全然違う。
鼻先にかかった熱風が、さらに頬を焼いて喉を詰まらせ、背筋を大きく波打たせていく。

「上から横へ、移動しただけなのに…?」
「スイッチが、切り替わりましたね…?」

この『激変』を俺達の脳が『理解』…なんて、まだ到底できそうにない。
だけど、理屈ではわからないままなのに、心の方はストンとそれを『納得』していた。

   (ソフレから、『新婚さん』へ…!)
   (ホントの意味で、『共寝』に…!)

納得すると同時に、脳がボン!!と発火した。
新婚さんっぽい共寝で互いの顔を見つめ合うなんて、俺達にはまだハードルが高すぎるっ!!

   (ムリムリムリ!恥かし過ぎるだろっ!)
   (ぅわー!うわ~!うわぁぁぁぁぁっ!)


「とっ、とりあえず…っ」
「おっ、落ち着こう…っ」

おそるおそる腕を背中に回し、再び『いつもぐらいの距離』へ近付いていく。
だが、一度離れた距離を目視した後となると、その『縮まった感』を余計に意識してしまい、
カラダに馴染んだ温もりに包まれホッとする反面、いつもより高い体温に心拍数が爆上がり。

「おっかしいなぁ~?お前ってこんなに…抱き心地が良かったかなぁ~?」
「不思議ですよね~?包容力が三割増…今だけお得なカンジですよね~?」

動揺と困惑で、明らかに声が上擦っている。
それなのに、今まで感じたことのない昂りが、じわじわカラダの奥底からせり上がってきて…
そのナニかに急かされるように、互いの背中にギュッとしがみ付き、腕を動かし続けていた。

   はじめは、いつもの慰め…優しくポンポン。
   それから、労わりの強めマッサージに変化。
   いつしかそれが、熱を煽り立てる動きへと…

「こういう『抱き合う』も、あるんですね…」
「全く別種の気持ちヨさ、止めらんねぇな…」


落ち着かせようとした『よしよし』だったはずなのに、真逆の結果が現れてきた。
『上から横』に変わっても、ずっと密着したままだった、腰から下…
横になったことで、上下の時よりも絡み合った脚が、互いを締め付ける動きを自然と始め、
温かさと柔らかさから圧迫され、擦り上げられる反動で、腰が跳ね上がってしまうのだ。

「こっちの方も、止められ、ませ…んっ」
「抱き方、変えただけで、こんなに…っ」

囁き合う吐息が、全身をビクビクと震わせる。
寒気に似たゾクゾクなのに、ドクドク熱を発生させる…未知の感覚。

   (多分、これが…)
   (合歓の、快感…)

全身から発せられた熱は、否応なく1カ所に集まってくる。
ずっと腰が触れ合っていたのだから、その『熱変成』だって当然…互いに感じ合っていた。

上へ下へと、大きく強く背を煽り続けていた手を、ズボンのゴムに引っ掛けて止める。
骨盤を掌で捏ねるように擦り、後ろからゴムの縁をずらしながら…熱を集めて昂る方へ。


「この先は、ソフレでは御法度なんですが…」
「新婚さんっぽいこと…一緒にしてみるか?」




- ⑨へGO! -




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※ソフレと共寝の違い →『同床!?研磨先生②


ドリーマーへ30題 『25.数学』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。



2020/05/29

 

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