奏愛草子⑨







ツッキーが俺に、隠し事をしている。
バレないとでも思ってるんだろうか?だとしたら、認識が甘すぎる…
自他ともに認める『ツッキーマニア』の俺を、甘く見過ぎていると思う。

   (舐めるのは、クリームだけにしてよね。)


ツッキーの異変に気付いたのは、『ある習慣』の変化からだった。
ここに住むようになってそんなに経ってないから、習慣という程でもないかもしれないけど、
自分のルーティンを大事にする人間は、余程のことがない限り、日常動作を変えたりしない。

特にツッキーは、ちょっと足元フラついて右足から靴を履いてしまっただけでも、
ご丁寧に一旦それを脱いで、いつも通り左足から入れ直すぐらい面倒くさ…律儀そのもの。
ジンクスとかじゃなくて、自分の心地の良さを最優先する行動を、本能的に取り続けている。

だから突然、惑いのある足運びで、マンションから敷地外に出る時のルート(出口)を、
正面エントランスではなく、裏のゴミ捨て場経由に変えたのは、明らかに不自然。
試しに俺が先にエントランスから出ようとしてみたら、裏口の草花の写真を撮りたい~とか、
表にはツバメがパパ…じゃなくて巣に帰ってくる時間だから~とか、理由を付けて表を回避。

「エントランス…通りたくないの?」
「っ!?い、いや、別にそういうわけじゃ…」

「ま、俺はどっちでもいいんだけどね~特に気にならないし。」
「山口は、気にする必要…ないよ。」

   そうだね、ただ単に…
   僕の『上』に乗ってたイチゴが、『横』に?
   その程度の…気まぐれってだけだから。


「ツッキーあるある、だね?たまにショートケーキを横倒しにして、上のイチゴを横へ…♪」
「そう!スポンジとクリームの地層から、イチゴという化石を発掘…今まさにそのターン。」

「より地層感をUPさせるには…チョコレートのショートケーキだよね~」
「よし、買いに行こう。今すぐに。」

俺はツッキーの『はぐらかし』に気付かないフリをして、大好物の話へのすり替えに乗り、
ついでに『気まぐれ』にも乗じて、ケーキを御馳走になり…以降、俺は率先して裏口を利用。
そして、『山口忠は裏口から外へ出る』という習慣を確立した(とみなした)頃を見計らって、
俺はツッキーの居ない隙に、エントランスから外へ出て周りを隈なく捜索…しかし難航。
諦めかけて天を仰いだ一週間後、『上のイチゴが横へ』が意味するものを『発見』したのだ。

「………は?」


眩しい夕方の太陽をキラキラ反射する、マンション外壁の白タイル。
それに目を細めつつ、そろそろ洗濯物入れなきゃな~と、ウチのベランダを見上げたら、
ほんのちょっと横…『お隣さん』に、見覚えのある色が風に揺れていた。

   (赤と白…一部に、黒?)

夕陽の輝きが高い天井と目映い水銀灯をフラッシュバックさせ、その色と記憶を結び付ける。
ずっと目標にし続けた、俺達よりも『上』の…赤と白を基調とするチーム。

   (音駒と、梟谷…みたいな?)

みたいな?…ではなかった。
一瞬強く吹いた風に煽られ、並んだ二着の背中に書かれた文字が、はっきり見えた。
間違いなく、あれは…音駒と梟谷のジャージ。でも、何でそんなものがお隣さんに???
ともかく、ツッキーが俺に隠しているモノは、『お隣さん』に関することなのは間違いない。

   (もしかすると…音駒&梟谷の、関係者?)



*****



「ま、そんなカンジで…ジャージ発見から三日と経たないうちに、お二人を見つけました♪」

体育会系にありがちな話ですけど、あまりにも体に馴染み過ぎたジャージやユニフォームを、
引退後は『普段着』としてフツーに着続けちゃう…我が家も全く同じですからね~

練習用の黒Tシャツでその『洗濯物』を取り込む、髪の立った長身男性を目撃した直後、
最近お気に入りのスーパー内にある、薬局のテナント…そこのレジで、
「領収証お願いします。名前は『黒尾』で。」と言う赤葦さんを…棚の影から観察しました。

「上のイチゴが横へ…ツッキーの上でお世話を焼いて下さってた、背番号イチゴ(1&5)が、
   今は俺達の横に…『お隣さん』になってるんだなぁ~って、わかっちゃいました♪」


俺の話を聞き終えた黒尾さんと赤葦さんは、視線を上と横に反らして同時にため息。
あー、えーっと、これは、その、つまりだな…と、黒尾さんが言葉を探し始めると、
赤葦さんはそっと席を立ち、ぬるくなったお茶をキッチンで入れ直してくれた。

   (驚きよりも…惑い、だね。)

30分程前、エレベータ脇の非常階段で『バッタリ』と再会した、俺とお隣さん。
バッタリを演出した俺はともかく、その時の二人の表情は『しまった!』というもの…
アチラは俺達の存在を既に知っていて、極力バッタリしないようにしていたとわかった。

だから俺は、わざとらしく「あーーーっ!?」と大声で叫び出す予備動作のフリを見せて、
大人しく二人に抑え込まれ、強引にお隣さん宅へ連れ込まれることに成功したのだ。

   (今なら、俺がイチゴの上に…!)

俺は山口だけど、性格的にマウントを取るクチじゃない。
でも今回に限っては、まだ迷いの見えるお二人に先んじ、俺が主導権を握らせて貰わなきゃ。
特に、何らかの理由でアチラ様の方が俺達を徹底回避して下さってる今こそ…チャンスだ!


「あのっ、何と申し上げたら良いのか、上手い言葉が見つからないんですけど…」

くるり…と、失礼のない程度に室内を見回してみる。
モノはそんなに多くない分、スッキリと片付いていて、ごちゃごちゃしていないけれど、
水切りカゴに伏せた食器や、干されたタオルなんかを見ると、ちゃんと『生活感』はある。

   (ウチと同じ…二人暮らしのお部屋。)

さっき赤葦さんがお茶を入れ直してくれた時、整頓された食器棚の中がチラリと見え、
そこには『これでもか!』というぐらい、同じ食器が二色ずつ…黒赤のセットものばかり。
目の前に置かれたグラスも、赤いラインの入った江戸切子で(棚の中に黒も絶対あるはず!)、
お二人が使っている陶器製ペアマグカップも、取っ手の所に赤と黒のワンポイント付き。

   (すごい…メオト感満載っ!!!)


勿論、こうした『モノ』ばかりが、メオトっぽさを漂わせているわけじゃない。
お二人が醸す空気感が、俺の記憶している『音駒と梟谷の凄い人達』とは、全然違う…
この部屋を包み込む、穏やかでマッタリした温もりと、同じ柔らかさを放っているのだ。

   (めっちゃ…お幸せそうっ!!!)

俺はツッキーみたいに、第三体育館で直接お世話になったわけじゃないから、
お二人とはそれほどお喋りしたり、長い時間を共に過ごしたことはないけれど、
それでも、遠目に眺めているだけで、「キツそうだなぁ~」と(胃痛を感じつつ)思っていた。
そんなお二人が、お互いに心の拠り所を見つけられて、こんなにもほんわかしているなんて…

   (何か、俺の方が…泣きそうっ!)


「本当に、良かったですね…おめでとうございますっ!!!」
「っ!?おっ、おぅ。さんきゅ…っ」
「あ、ありがとう…ござい、ますっ」

じんわりクるものを必死に抑え、俺は精一杯の笑顔でお二人に祝福を贈った。
若干たどたどしく…ちょっぴり照れ臭そう?に答えるとこも、初々しいことこの上ない!

「いやぁ~、新婚さんって…イイですね~♪」
「…俺ら、新婚さんに…見える、のか?」

「真新しい調度品、恥じらう仕種…新婚さん以外のナニモノでもありませんよね?」
「っ!?え、あ、そ…そう、ですか…っ」

チラリとお互いに目配せし合い、頬を染めながら困ったように目を逸らす…うん、最高。
きっとお二人は、可愛がっていたツッキーにバレて、逆に可愛がられるのを避けたかった…
(こんな超絶美味しいネタ、ツッキーは全力で面白がって遊び倒すに決まってるじゃん♪)
だから、俺達に極力見つからないように、コソコソ隠れ回ってたに違いないよね~♪

俺ですら、このお二人がもっとワタワタしてポポポっ!!!なトコとか、もっと見たいもん。
大切な人ができて、まぁるくなって、さらに魅力的になったお二人を、ずっと見ていたい…

   (羨ましくて…たまらないよ~っ!!!)


このじんわりなキモチは、俺よりもツッキーの方が強く強く感じたはずだ。
反抗期真っ只中の高校1年生時点でも、ツッキーはお二人のことだけは一目置いていた…
「僕の『上』に乗ってたイチゴ」だと、素直に敬意をバラしちゃってたし、
何よりも、大好きなショートケーキの、しかも最愛のイチゴに喩えて表現するだなんてっ!

   (ツッキーにとって、特別な…お二人。)

ストロベリーじゃなくて、ブラックベリー&ラズベリーのペアも悪くないと気付いたんだ…
そう言いつつ、ツッキーは昨日、黒赤ベリーが上に乗ったケーキを『横』にして食べていた。
明らかにこれはもう、お二人のことが気になって気になって…心奪われてる状態じゃんか。

   ツッキーマニアの俺が、堂々断言しよう。
   ツッキーは今、俺なんかよりもず~っと…
   羨ましくて堪らないターンの、真っ只中!

梟谷グループにおけるカタブツランキングの、ぶっちぎりワンツーフィニッシュペアでさえ、
恋に落ちて愛を知り、けけけっ結婚すると…こんなにも柔らかく、ほわっほわ~に激変した。
だったら、黒赤よりもはるかに(特にメンタル面が)ソフトな僕なら、もっともっと…と、
師事した人達の姿から大いに学び、次は僕も…と、(意外と素直かつ短絡的に)思ってるはず。

   (それは…マズすぎでしょっ!!!)

   ツッキーマニアの俺が、再度断言する。
   ツッキーは今…大絶賛フリー真っ只中。
   そして、新婚さんに羨望を抱いている…


友人の結婚式に出た帰りに、何となくその幸せオーラにあてられてしまったのか、
向こう側の友人として出席していた人と、イイ雰囲気を共有した勢いでお付き合いしちゃう…
そんな「次は僕が幸せに…」なキモチに、なっちゃってるに違いないのだ!(俺もそうだし!)

   もしツッキーの前に、ステキな誰かが…
   悪くないと思える人と、出遭ったら…?

   (俺にとって…最悪の結末だ。)

失恋を経て、片想いに逆戻りした俺にとって、新婚さんのイチャイチャは目に毒すぎる。
その上さらに、ツッキーが今以上に触発され、誰かと…だなんて、絶対に耐えられない。

   (だから、どうか…お願いしますっ!!)


「今後とも、どうか俺達を…
   ツッキーを、徹底回避し続けて下さいっ!」




- ⑩へGO! -




**************************************************




(クリックで拡大)


ドリーマーへ30題 『26.ショートケーキ』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。



2020/06/04   

 

NOVELS