※月島作『ミニシアター(抜粋)』の続き。



    奥嫉窺測(2)  ~王姫側室①







「この味、どこかで…」


すっかり秋も深まり、色付いた街路樹の葉が青空に映える季節になったが、
晴れれば夏日近くまで気温が上がり、夜は月が澄んで見える冷え込み。
雨が降れば、一日を通して手足が冷たくなるが、部活中の体育館内は蒸し暑い…

そんな暑い寒いを繰り返し、夏の余韻と冬の支度を同時進行しながら、
学校行事とバレー、大学進学準備及びその他の膨大な雑務も、同じく並行作業。

体力には自信がある方だが、さすがにカラダは悲鳴を上げていたらしく、
先週の梟谷グループ合同練習では、少々バテてしまったようだ。


自分のことなのに、曖昧な『ようだ。』という表現しかできないのは、
練習途中からの記憶が、曖昧で朧げ…あまりよく覚えていないからだ。
情けない話だが、どうやら寒暖差と蓄積疲労にオーバーヒート…
熱中症に近い症状でダウンし、気付いたら自宅のベッドの上だった。

母親によると、梟谷&音駒の両監督に担がれて病院→検査→問題ナシ…
多大なご迷惑とご心配をお掛けし、3日間は絶対安静を厳命されてしまった。

学校にも部活にも、3日間は出席禁止。
若干風邪っぽい症状も出ていたし、カラダが本調子じゃないのも事実。
お言葉に甘え自宅でのんびり…その間に溜まった雑務を片付けることができた。
お陰様で、心身共に疲れも重荷も軽くなり、実に有意義な休暇を過ごせた。


俺が熱中症でダウンしたことは、学校側や部員達には極秘にされた。
ただの風邪…『腹を出して寝冷えした間抜け野郎』扱いとなっていた(酷ぇな)。
それもあながち間違ってはない…熱中症だった割に体は冷え切っていたそうで、
自宅療養の間中ずっと、ほんのり甘いカリン味のど飴に、随分お世話になった。

元々あまり甘いものは得意じゃない。缶コーヒーも『微糖』で精一杯。
飴なんていつ以来だ?というぐらい、久しぶりに食べたはずなのに、
のど飴をコロコロする度に、甘酸っぱい香り?味?を、つい最近口にした…
そんな不思議な既視感を覚えていた。

   (レモンじゃなくて…何だろう?)


…いや、そんなことはどうでもいい。
すっかり復活した俺は、週半ばから通常運行…梟谷との合同合宿に参加中だ。
念のためにコレな?と、部員達からは腹巻を渡され…厳しい激励を貰ったが。

この合宿の運営について、先週梟谷の赤葦と打合せする予定だったのだが、
俺がダウンしてしまったせいで、多忙極める赤葦に全部丸投げしていた。
自己管理不足のせいで、よりによって赤葦に負担を掛けてしまった…
それが何よりも心苦しく、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

アイツは俺なんかよりずっと優秀な分、回ってくる仕事量はケタ違い…
それをキッチリこなし、なおかつ上級生達のお守までやってのけている。
あんなに優秀な参謀を、飼育係だか猛獣使いだかに使う余裕があるのなら、
もっとその才能を生かしたり、逆に年相応な休息時間を取ってやって欲しい。

いくらデキる奴だとは言え、赤葦だって人間だし、まだ高校生(しかも2年)…
心身共に未成熟な部分があるのだから、アイツをフォローする人間も必要だ。
何でもかんでも背負い込み過ぎ、いつか爆発してしまわないか…本当に心配だ。
適度に息抜きをしている俺ですら、条件が重なればぶっ倒れてしまうんだから。


合宿や合同練習でもなければ、なかなか会う機会もない相手だが、
もし俺にできることであれば何でも、赤葦を手助けしてやりたい。
そこまで大げさでなくても、打合せがてらホっと一息つく『共犯』ぐらいには…

そう思いながら、『打合せ』を口実に、俺の方がのんびりさせて貰っていた。
淡々としているが、裏表も嘘もない…そんな赤葦との時間が心地良かった。

だからこそ、内心楽しみにしていた打合せが『おじゃん』になったことが…
…ん?何言ってんだ俺は。そうじゃねぇだろ。
ともかく、赤葦一人に面倒を押し付けてしまい、心から申し訳なく思っている。


そんなこんなで、俺がダウンしたことを知っているのは、両監督と赤葦だけ。
先週のお礼とお詫びに、梟谷の監督には(母親から預かった)菓子折りを渡した。
赤葦に大仰なお礼をすると、恐縮しまくって『お返しのお返し』ループ突入…
それが目に見えていたから、軽くジュースを奢ることにしていた。

アイツなら、お返しループでも『しりとり』とか仕組んできて、楽しめそうだ…
そんなことを考えながら、夕食後に赤葦を探し歩いていたら、大声で呼ばれた。



「おーーーいっ!!くーろーおーっ!」
「聞こえてるって。声デケェよ。」

30m先から俺の名前を絶叫しながら、全力で飛び掛かって来る…木兎。
その勢いのまま突っ込んでくるのを、何とか両腕で受け止め踏みとどまった。

俺に抱き着いたまま、黒尾はっけ~ん!とはしゃぐ木兎をなだめて引き剥がし、
バタバタ騒ぐのを落ち着かせるため、自販機の前に座らせ…
木兎の大好物である『バナナオレ』を与えて、とりあえず黙らせた。

「さっすが黒尾!コレが超~~~美味いのなんのって!!」
「………。」

木兎が一息で飲み終わる数秒間、いつも俺は息と鼻を止めて待つ。
甘いモノが苦手な人間にしてみれば、この『~オレ』的なものは天敵…
においを嗅いだだけで、結構なダメージを喰らってしまう。
酸味のない甘さなど、デレ甘いだけ。ツンがないデレなんて…いいのかそれで?
酸いも甘いもとは言うが、ツンもデレもコミコミな『甘酸っぱい』こそ最高!!
…って、俺はホントに何を言ってんだ。こんなの、超どうでもいい話だよな。


「黒尾~ゴチソウサマ!『バナナオレ』をくれる優しいお前…大好きだぞ~!」
「あー、わかったわかった。『バナナオレ』の匂いが移るから…離れてくれ。」

「それ…俺がすっげぇイイにおいってコトだな!お礼にチューしてヤろうか?」
「いらねぇよっ!『~オレ』味のキスなんかしたら…それだけでイっちまう。」

「それでイくのは…ゴクラクだな。」
「逆だ。ソッコーで地獄逝きだよ。」

「『バナナオレ』のジュースと、『オレのバナナ』のジュース…
   どっちか飲まねぇと殺す!って、誰かに言われたら…黒尾はどうする?」
「『誰か』にもよるが、7割方『バナナオレ』じゃない方だと…
   …って、何だよその、意味不明な状況は。しょーもない話はヤメロよ。」

あやうく木兎のペースに巻き込まれかけたが、何とか本題に戻させた。
俺を探していたんじゃないのか?と聞くと、そうだった!とポケットを探り…

「黒尾に渡せって『おつかい』頼まれたんだよ。ほら、コレ…赤葦から!」


木兎の言葉を聞いて一番に思ったのは、「それも逆じゃねぇ?」だった。
木兎からの『おつかい』を赤葦が持ってくることは、非常によくあることだが、
その逆は全く記憶にない…そんなことがあり得るだろうか?

「赤葦が木兎に『おつかい』を頼むなんて…アイツ、どっか悪いのか?
   そんな危険を犯すなんて…全くもって赤葦らしくないだろ。」
「シツレイなっ!俺だって『おつかい』ぐらいデキる!!
   持って行けば『大好物』を御馳走して下さいますよ?って言ってたし!」

俺が木兎に『おだちん』がてらバナナオレを与えることは予測済…
ということは、赤葦は特にどこかが悪いとか、判断ミスではなさそうだ。

手渡されたのは、明日の予定表…いつもなら赤葦自身が持って来るものだ。
大事な伝達事項が音駒さんに伝わらなかったら、大変ですからね…と、
これの受け渡しが、合宿中の恒例行事…アイツと会う数少ないチャンスなのに。


「おい黒尾、何かすっげぇ…怖い顔になってんぞ?どうかしたか?」
「っ!!?い、いや、何でもねぇ…なぁ木兎、赤葦は忙しいのか?」

全く自覚してなかったが、かなり険しい表情をしていたらしい。
それを木兎に指摘された俺は、何故か焦ってしまい、馬鹿馬鹿しい質問をした。
赤葦が忙しいか?だなんて、当たり前…とんでもない愚問じゃないか。

俺の内心の焦りは、幸いなことに木兎には伝わらなかったようで、
「しらね~!」と無責任な答え…いや、そこは知っとけよ!とツッコミを入れ、
話題も気分も強引に切り替えようと、自販機に視線を走らせた。


「あっ、そうだ…!おい木兎。赤葦が好きなスポーツドリンクって…どれだ?」

咄嗟に思い付いた割には、なかなかナイスな質問だ。
これを聞けば、赤葦へのお礼&お詫びに何を渡せばいいかも判る…一石二鳥だ。
だが、木兎から返って来た答えは、期待したものとは若干違っていた。

「アイツ、お前の『~オレ』嫌いといい勝負…好みが超メンドクセェんだよ。」

スポーツドリンクは甘すぎます。必要以上に糖分も入ってますし…とか言って、
フツーの透明っぽいやつじゃなくて、赤だかピンクだかの色してるやつ…
すっげぇ酸っぱいのを、計量カップでキッチリ量って、水で割ってんだよな~
それはカクテルじゃねぇよっ!って、いつも言ってやってんだけど…

「な?とにかく自分の好みにウルサイ…メンドクセェだろ?」
「そうか?実に理に適った方法…さすがは赤葦じゃねぇか?」

あ~そうだった!黒尾も赤葦と同じ、メンドクセェことが大~好きな、小姑組…
自分の好みにドンピシャ!じゃねぇと、なかなかGO!しねぇタイプだよな~!
『そこそこ』でもダキョーして、ヨシとしねぇと…世の中、苦しいばっかだろ。

「黒尾も赤葦も…イき遅れるぞ?」
「余計なお世話だっ!」


的を外しているようで、真髄を突いた木兎の言葉に、俺は内心冷や汗をかいた。
損な性格をしていることは、百も承知…その結果、ぶっ倒れてしまったのだ。
幸せを掴んでイく前に、地獄へ逝ってしまいそうな…自覚も危機感もある。


現実と自分の(やや薄暗い)未来から目を背け、再び自販機に目をやると、
端にあった赤だかピンクだかの液体が入ったボトルに、視線がストップした。

「もしかして…あの濃いピンクのか?」
「おう!あれだよ、あれ!『あかあし』っつーより…『ももあし』なやつ!」

おぉっ?『ももあし』って…『腿脚』とか、『桃尻の赤葦』の略みたいで、
何かミョ~にヤらしい響きだよな?…という木兎の発言は、完全スルー。
俺は自販機に硬貨を入れ、『ももあし』ドリンクを試しに購入してみた。

疲労回復に有効なアミノ酸サポート系…赤葦が選択しそうな配合じゃねぇか。
色にはちょっと抵抗があるが、レモンとアセロラ果汁入り…甘酸っぱそうだ。
俺はいつも同じものしか買わない…こんなのが出てたなんて、知らなかった。

蓋を開けて一口…あ、この爽やかな酸味だと、普通のより甘くなくて良いな。
見た目以上にスッキリして飲みやすく、かなり…俺好みの味だ。
スポーツドリンクは甘すぎだと、常々思っていたから、今度から俺もこれに…

自分一人では絶対に選べない、美味いモノを教えて貰えたのはラッキーだ。
ベタ甘くない分、これならしっかり水分補給もできそうだ…と思いつつ、
半分程飲んで一息入れたところで、甘酸っぱい呼気が、どこかに引っかかった。

   (…ん?この香りと、味は…)

そう…のど飴を舐めていた時に思い出していた、甘酸っぱい味。
薄い記憶の中にある、あの味を少し濃くしたら、まさにこんな感じだ。

   いや、薄いのは記憶の方…じゃない。
   もしこのドリンクを水で薄めたら…?


この桃赤色ドリンクの存在を、俺はたった今、初めて知ったのに。
でも、この味を俺は…知っている。つい最近、間違いなく口にしたはずだ。

じゃーなーっ!と走り去る木兎に、適当に手を振りながら、
俺は手にしたボトルを握り締め…唇に残る確かな記憶に戸惑っていた。


「どういうこと…だ?」




- (3)へGO! -




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それは甘い20題 『11.微糖』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。


2017/11/05   

 

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