奥嫉窺測(3)  ~月王子息②







『山口忠』は、どういう人間だったんだろう?
どんな人格…性格をしていて、どんな考えを持っていて、
どんな人とどんな関係を築き、どんな感情を共有していたんだろう。

俺はそれを、全く思い出せない。


『性格』と『人格』は、本来は違うものらしい。
『性格』は人に限らず、モノ(者)の『性質』を表す言葉で、
人間や哺乳類等の集団が先天的に持っている行動特性…『気質』に由来する、
「こういう時にはどんな反応をし、どんな感情を持つのか?」という傾向だ。

『性格』を広げた概念が『人格』で、こちらには社会的な面が含まれる。
英語でパーソナリティ(personality)…語源はラテン語で『仮面』を意味する、
『ペルソナ(persona)』…つまり、『他人からどう見られているのか』を表す。
『性格』が個人の内面…感情に主眼を置いているとすれば、
『人格』の方は知的な部分も含めた、外から見た行動様式全般を表す言葉だ。


…という話を、大学教授だという俺の母親が、『初対面』で語り始めた。
こんなガッチガチのおカタい人が、俺の母さん!?と、最初は面喰ったけど、
もっと驚いたのは、俺にソックリで迷いなく『お兄ちゃん』だと思った人が、
実は俺の父さんだったという、世間一般常識では到底理解できない事実だった。

「母さん…まさか自分の『教え子』に手ぇ出しちゃったの?」
と、思わず聞いてみたら、淡々とその認識を訂正された…

「教育者は人格者たるべき。そんな不道徳な真似が赦されるわけなかろう。」
「僕が取引先…『お客様』を食っちゃっただけ。アフターサービスも完璧~♪」

実の息子相手に、何を堂々と暴露して…ホントに人格が問われる教育者っ!?
息子が記憶喪失だってのに、心配するどころか聞取り調査…研究始めちゃうし、
父さんは父さんで、「僕と先生の馴れ初め話」とか、不必要な情報ばっかり。
それ…きっと『元の俺』も知らないようなネタでしょ!?とツッコミしといた。

どうやら俺は、深刻さや緊張感とは無縁な『山口家』の子だというのは確定だ。
俺が持つ『世間一般』の常識とは、かけ離れているかもしれないけれど、
内面からホッと緩み、芯がリラックスしている…間違いなく俺の『家族』だ。


「自分がどんな人間だったのか…対人関係の記憶を失った忠には、
   誰に対しどんな仮面…『外面』を見せた人格なのかは、わからないだろう。」
「だから、『自分が周りからどう見られてたか』は、今は気にしないでね。
   そんなものに惑わされず…『自分がどう感じるか』だけに、目を向けて。」

『世界』から自分が、どういう『人格』として『見られていたか』ではなく、
『世界』を自分がどう見て、どう感じるかを、素直に受け止めろ…
そうすれば『山口忠』がどんな『性格』をした人間か、自ずとわかってくる。

「世間の目ではなく、己の感情に目を向け、それを信じるんだ。」
「そしてその感情から、目を…背けないこと。」

俺にそれだけを教え込むと、父さんと母さんは再び荷物をまとめ、
「明日から海外出張。10日後に帰宅予定だ。」と言い残し、
俺を近所の月島家に預け、ソッコーで飛び立ってしまった。

息子の一大事に、10日も他所様のお宅へ預けて海外っ!?と思ったけど、
驚くべきことに、預ける側も、預かる側も、それが『当然』な雰囲気だった。
早速両親の教えに従い、「この家なら大丈夫。」という自分の感情を重視…
自宅と同じぐらいの居心地の良さを感じる月島家に、遠慮なくお世話になった。


月島家は『凄い』の一言…元々は大きな木造平家建(古民家?)だったものを、
一部2階建に大増築…部屋も廊下も天井も、全てがやたら広々としている。
おばさん以外は(俺も含めて)平均以上の長身なのに、全く窮屈さを感じない。
庭師が入っているらしい、手入れの行き届いた広いお庭には、バスケのゴール。
そのお庭に面した広縁もあるし、敷地を囲む塀も高さ2m以上あったりする。
まるで物語に出てくる『長者の家』…俺は勝手に『月の宮殿』と命名した。

こういった『余裕』や『ゆとり』といった環境が、
月島家の人々の『性格』を作りだしているんだろうか…

大木の幹のようにどっしりと構え、根底から皆を支えているおじさん。
そんな皆を風雨から守る枝葉のように、ふんわりと包み込んでいるおばさん。
その樹に軽やかな風を当て、光と爽やかな空気を届けるお兄さん。
温かい樹に包まれ、守られながら、樹の洞で共に寄り添って育つ…俺達。

家族同士の会話や行動には、しょーもないオヤジギャグや寒気のする毒舌、
軽薄で中身のない笑いなんかが満載で、『裕福な上流家庭』っぽくない…
世間一般的な『外面』には、似つかわしくない『型破り一家』に見える。

でも、一般的な『外面』以上に、この家には心に『ゆとり』がある。
口も行動も『好き放題』だけど、深い部分でお互いへの愛情に満ち溢れている…
まさに『大きな樹』のイメージ通りの、温かさと心地良さを俺は感じた。
そして、俺もこの樹の一部…樹に守られてきたんだろうなと、本能で理解した。

記憶を失った日、「月島家の人間は俺を絶対傷付けない」とお兄さんが断言…
それは間違えようのない事実で、月島家は安心できる場所だとわかった。


でも、本能で…俺の『感情』はそうだとわかっていたとしても、
『アタマ』ではなかなか納得できない部分が、どうしても残ってしまう。

それが…俺と同い年の幼馴染だという、月島蛍君のことだ。




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「はい、山口。はちみつ…半分こね。」
「美味しそうっ♪ありがと…月島君!」


はちみつみたいなキラキラした髪と、お月様みたいに神秘的で優しい笑顔。
目の前に座り(前の席から後ろを向き)、一緒にお昼を食べている月島君は、
おばさんが作ってくれたお弁当…バターロールのサンドイッチのシメとして、
何も挟まってないパンに、使い切りタイプのはちみつを垂らした。

自分のパンにきっちり半分。残りは俺が手に構えていたパンに、トロ~リと。
オマケにトロ~~リと蕩けそうな、輝くハニ~なスマイルまで付けてくれた。
パンにはちみつが染み込むように、俺の心にもじんわり…何かが満ちていく。

「いやぁ~、ホントにイケメンだね~」
「僕は…『顔』だけ?」

「まさか!いつも俺にすっごい親切にしてくれて…優しいよね~♪
   スウィ〜トなハニ~が、似合うこと似合うこと…!」
「っ!!?そ、そう…かな。甘ったるいはちみつっぽさ…褒めてる、それ?」

いくら俺が記憶喪失で、一緒に住んでる幼馴染…月島君が『お世話係』でも、
昨日今日で急に気配りができたり、優しくなんてできないはずだ。
元々月島君がそういう性格…『元の俺』にも同じようにしてくれてたから、
こうして『今の俺』も、優しく支えてくれているんだと、俺は思う。

優しい月島君の献身的介助と、先生や級友、部活仲間達の手助けもあり、
俺は特に何の不自由も感じることなく、学校生活に復帰できた。
世間の大半の人は、親切で優しい…その中でもダントツ優しいのが、月島君だ。


「周りの意見は違うでしょ?山口じゃなくて、僕の方が記憶喪失になった…
  『元の僕』と『今の僕』の人格が激変したって、皆…ディスってるよね。」

傲岸不遜で天上天下唯我独尊。人を卑下して貶めるのが生き甲斐で、
口から毒しか吐かない、超イヤミな性格をしてるのが…『元の僕』かもよ?

月島君は自虐的にそう言ったけど、俺は首を横に振って即座に否定した。
もしかしたら、世間一般から見ると、月島君は『イイ性格』かもしれないけど、
俺が『感じた』月島君の姿は、そんな上っ面とは全然違う。

どんな『仮面』を被ったとしても、月島君が本当は凄く優しい人だってことを、
少なからず気付いている人がいる…だから部活でも可愛がられてるんだろうし、
月島君に好意を抱き、想いを寄せている人がたくさんいるんだろう。

「やっぱり月島君…はちみつだよ。」
「やっぱりそれは…意味不明だね。」

月島君はそう笑いながら、俺の頬に付いたはちみつを指で掬い取って舐め、
「お弁当にはちみつは…止めようね。」と言い、お昼を終えた。



そんなこんなで、右も左もわからない俺を甲斐甲斐しくお世話してくれる姿が、
人格激変だと思われ…『イイ性格』だった『仮面』が外れてしまった結果、
「最近の月島は異常にモテる!」と、周りが口を揃えて言う状態に陥っていた。

「実は優しい長身イケメンだなんて…月島君がモテるのも解るよね~」
「僕は大変迷惑してるんだけど。」

『大変迷惑』…これは大げさでも何でもない、素直な心境なんだろう。
家以外での月島君の印象と言えば、もう『ひたすらモテる』の一言に尽きる。
老若男女問わず、とにかくモテまくり…三歩進めば二人からコクられる勢い。
『外』での月島君(と、傍に居る俺)は、常に桃色熱視線に包まれている状況だ。
(『世間の目』を気にするなという両親の教えがなければ…危なかったかも。)

一方で、どんなに美人でデキる人からの求愛も、一切見向きもしない月島君は、
それが逆に『孤高の人』『高嶺の花』っぷりを増加させ…さらにモテている。
羨ましいっ!!な~んて気も起こらないぐらい…モテ過ぎて大変そうだ。

   そう、この状況は…アレに似ている。
   古典の授業で習った、あのお姫様だ。


「月島君って…『かぐや姫』みたい。」
「『月』だけに?発想が安直だし…僕はあんな悪女にだけは、なりたくない。」

本当に何の気なしに…実に安直な発想で言っただけだったけど、
俺の言葉に、月島君は酷く傷付いたような…苦しそうな表情をした。

その顔を見た瞬間、ほとんど条件反射的に「ゴメン、ツ…」と言いかけたが、
俺からセリフが出てくる前に、それを遮るように月島君が言葉を続けた。

「でも、山口の言う通り、僕は『かぐや姫』かもしれない。
   だからこそ、この状況…これは僕の罪に対する、罰なのかもしれないね。」

広縁に並んで座り、はちみつを固めたような黄金色に輝く月を眺めながら、
月島君はポツリとそう零し…哀しそうな視線を月に向けて放った。

そして、俺とは一度もその視線を合わせないまま、
今日は兄ちゃんの部屋に寝るから…と、俺を置いて独りで上に戻ってしまった。


かぐや姫の罪と…罰?
月島君の言葉が、一体どういう意味なのか…『今の俺』にはわからない。
感情で理解できないだけじゃなくて、アタマの方も…納得できない。

月島君が優しい人だという俺の『感情』は、間違ってない。
記憶を失い、『世間の目』もわからない俺に残っているのは、自分の感情だけ。

表面上はどうあれ…『今の俺』は未だ知らない部分も含めて、
月島君が『元の俺』に対し、心から愛情を注いでくれていたことは、
絶対に間違いない…俺の『感情』が、はっきりそうだと告げている。

それだけじゃなく、かぐや姫ばりに求愛され続ける月島君の姿を見る度に、
心の奥底が「チリッ」と焼けるような、暗い炎が揺らめくのが…見えるのだ。
おそらくこれは、俺にはない『モテまくり』に対する『羨望』じゃなくて、
『自分のモノ』が奪われそうになることに対する、恐怖と焦り…『嫉妬』だ。

   『かぐや姫』は、俺のもの。
   絶対誰にも…渡したくない。

俺がそう確信しているのは、『今の俺』が記憶している『事実』があるからだ。
保健室で目が覚めた時に、月島君が俺にしてくれた…キス。
あの時、それを『当たり前』のことだと受け入れた…カラダに残る感覚の記憶。
思い出やエピソードは、脳がすっかり忘れていても、カラダは覚えていたのだ。


月島君のベッドに独り寝転がり、カラダが導くまま、ベッドの下に手を入れる。
自分の手が覚えているモノを掴み取って引き出し、月の光に当ててみると…
予想した通りのモノが、キラキラと黄金色をはね返していた。

『はちみつ』のボトルにしか見えない、トロ~リとした…ローション。
こんなモノがココにあること。寝ながらコレを無意識の内に取り出せること。
『はちみつ』を見た瞬間に、カラダの奥が「じん…」と疼く、熱い…感覚。

たとえ月島君との記憶を脳が失っても、俺のカラダはちゃんと覚えている…
『消せない証拠』が、俺と『かぐや姫』がどういう関係なのかを物語っている。

「俺達はキスしたり…『はちみつ』を使うような、カラダの関係…だよね?」


記憶や『世間の目』に惑わされない分、『感情』と『カラダ』で理解できる。
だからこそ、『アタマ』ではどうしても納得できないことがある。
それは…

「どうして『かぐや姫』は…『何もしない』んだろう?」


手に馴染む『はちみつ』を握り締めて、俺は独り、かぐや姫の故郷を見上げた。




- (4)へGO! -




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※『羨望』と『嫉妬』の違い →『原点回帰


それは甘い20題 『07.はちみつ』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。


2017/11/08   

 

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