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「はい、山口。はちみつ…半分こね。」
「美味しそうっ♪ありがと…月島君!」
はちみつみたいなキラキラした髪と、お月様みたいに神秘的で優しい笑顔。
目の前に座り(前の席から後ろを向き)、一緒にお昼を食べている月島君は、
おばさんが作ってくれたお弁当…バターロールのサンドイッチのシメとして、
何も挟まってないパンに、使い切りタイプのはちみつを垂らした。
自分のパンにきっちり半分。残りは俺が手に構えていたパンに、トロ~リと。
オマケにトロ~~リと蕩けそうな、輝くハニ~なスマイルまで付けてくれた。
パンにはちみつが染み込むように、俺の心にもじんわり…何かが満ちていく。
「いやぁ~、ホントにイケメンだね~」
「僕は…『顔』だけ?」
「まさか!いつも俺にすっごい親切にしてくれて…優しいよね~♪
スウィ〜トなハニ~が、似合うこと似合うこと…!」
「っ!!?そ、そう…かな。甘ったるいはちみつっぽさ…褒めてる、それ?」
いくら俺が記憶喪失で、一緒に住んでる幼馴染…月島君が『お世話係』でも、
昨日今日で急に気配りができたり、優しくなんてできないはずだ。
元々月島君がそういう性格…『元の俺』にも同じようにしてくれてたから、
こうして『今の俺』も、優しく支えてくれているんだと、俺は思う。
優しい月島君の献身的介助と、先生や級友、部活仲間達の手助けもあり、
俺は特に何の不自由も感じることなく、学校生活に復帰できた。
世間の大半の人は、親切で優しい…その中でもダントツ優しいのが、月島君だ。
「周りの意見は違うでしょ?山口じゃなくて、僕の方が記憶喪失になった…
『元の僕』と『今の僕』の人格が激変したって、皆…ディスってるよね。」
傲岸不遜で天上天下唯我独尊。人を卑下して貶めるのが生き甲斐で、
口から毒しか吐かない、超イヤミな性格をしてるのが…『元の僕』かもよ?
月島君は自虐的にそう言ったけど、俺は首を横に振って即座に否定した。
もしかしたら、世間一般から見ると、月島君は『イイ性格』かもしれないけど、
俺が『感じた』月島君の姿は、そんな上っ面とは全然違う。
どんな『仮面』を被ったとしても、月島君が本当は凄く優しい人だってことを、
少なからず気付いている人がいる…だから部活でも可愛がられてるんだろうし、
月島君に好意を抱き、想いを寄せている人がたくさんいるんだろう。
「やっぱり月島君…はちみつだよ。」
「やっぱりそれは…意味不明だね。」
月島君はそう笑いながら、俺の頬に付いたはちみつを指で掬い取って舐め、
「お弁当にはちみつは…止めようね。」と言い、お昼を終えた。
そんなこんなで、右も左もわからない俺を甲斐甲斐しくお世話してくれる姿が、
人格激変だと思われ…『イイ性格』だった『仮面』が外れてしまった結果、
「最近の月島は異常にモテる!」と、周りが口を揃えて言う状態に陥っていた。
「実は優しい長身イケメンだなんて…月島君がモテるのも解るよね~」
「僕は大変迷惑してるんだけど。」
『大変迷惑』…これは大げさでも何でもない、素直な心境なんだろう。
家以外での月島君の印象と言えば、もう『ひたすらモテる』の一言に尽きる。
老若男女問わず、とにかくモテまくり…三歩進めば二人からコクられる勢い。
『外』での月島君(と、傍に居る俺)は、常に桃色熱視線に包まれている状況だ。
(『世間の目』を気にするなという両親の教えがなければ…危なかったかも。)
一方で、どんなに美人でデキる人からの求愛も、一切見向きもしない月島君は、
それが逆に『孤高の人』『高嶺の花』っぷりを増加させ…さらにモテている。
羨ましいっ!!な~んて気も起こらないぐらい…モテ過ぎて大変そうだ。
そう、この状況は…アレに似ている。
古典の授業で習った、あのお姫様だ。
「月島君って…『かぐや姫』みたい。」
「『月』だけに?発想が安直だし…僕はあんな悪女にだけは、なりたくない。」
本当に何の気なしに…実に安直な発想で言っただけだったけど、
俺の言葉に、月島君は酷く傷付いたような…苦しそうな表情をした。
その顔を見た瞬間、ほとんど条件反射的に「ゴメン、ツ…」と言いかけたが、
俺からセリフが出てくる前に、それを遮るように月島君が言葉を続けた。
「でも、山口の言う通り、僕は『かぐや姫』かもしれない。
だからこそ、この状況…これは僕の罪に対する、罰なのかもしれないね。」
広縁に並んで座り、はちみつを固めたような黄金色に輝く月を眺めながら、
月島君はポツリとそう零し…哀しそうな視線を月に向けて放った。
そして、俺とは一度もその視線を合わせないまま、
今日は兄ちゃんの部屋に寝るから…と、俺を置いて独りで上に戻ってしまった。
かぐや姫の罪と…罰?
月島君の言葉が、一体どういう意味なのか…『今の俺』にはわからない。
感情で理解できないだけじゃなくて、アタマの方も…納得できない。
月島君が優しい人だという俺の『感情』は、間違ってない。
記憶を失い、『世間の目』もわからない俺に残っているのは、自分の感情だけ。
表面上はどうあれ…『今の俺』は未だ知らない部分も含めて、
月島君が『元の俺』に対し、心から愛情を注いでくれていたことは、
絶対に間違いない…俺の『感情』が、はっきりそうだと告げている。
それだけじゃなく、かぐや姫ばりに求愛され続ける月島君の姿を見る度に、
心の奥底が「チリッ」と焼けるような、暗い炎が揺らめくのが…見えるのだ。
おそらくこれは、俺にはない『モテまくり』に対する『羨望』じゃなくて、
『自分のモノ』が奪われそうになることに対する、恐怖と焦り…『嫉妬』だ。
『かぐや姫』は、俺のもの。
絶対誰にも…渡したくない。
俺がそう確信しているのは、『今の俺』が記憶している『事実』があるからだ。
保健室で目が覚めた時に、月島君が俺にしてくれた…キス。
あの時、それを『当たり前』のことだと受け入れた…カラダに残る感覚の記憶。
思い出やエピソードは、脳がすっかり忘れていても、カラダは覚えていたのだ。
月島君のベッドに独り寝転がり、カラダが導くまま、ベッドの下に手を入れる。
自分の手が覚えているモノを掴み取って引き出し、月の光に当ててみると…
予想した通りのモノが、キラキラと黄金色をはね返していた。
『はちみつ』のボトルにしか見えない、トロ~リとした…ローション。
こんなモノがココにあること。寝ながらコレを無意識の内に取り出せること。
『はちみつ』を見た瞬間に、カラダの奥が「じん…」と疼く、熱い…感覚。
たとえ月島君との記憶を脳が失っても、俺のカラダはちゃんと覚えている…
『消せない証拠』が、俺と『かぐや姫』がどういう関係なのかを物語っている。
「俺達はキスしたり…『はちみつ』を使うような、カラダの関係…だよね?」
記憶や『世間の目』に惑わされない分、『感情』と『カラダ』で理解できる。
だからこそ、『アタマ』ではどうしても納得できないことがある。
それは…
「どうして『かぐや姫』は…『何もしない』んだろう?」
手に馴染む『はちみつ』を握り締めて、俺は独り、かぐや姫の故郷を見上げた。
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(4)へGO! -
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※『羨望』と『嫉妬』の違い →『原点回帰』
それは甘い20題 『07.はちみつ』
お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。
2017/11/08