奥嫉窺測(4)  ~王姫側室②







「俺は一体、どうすれば…」


俺は今、究極の選択を迫られている。
しかも、選択肢は1つや2つじゃない…差しあたって目の前には、5つある。
贅沢を言えば、5つ全部手に入れて、じっくり吟味した上で1つ選びたいが、
心情的にも道徳的にも、何よりも懐的な諸事情からそれは不可能である。

   ①安定したお馴染みのモノ
   ②刺激も魅力も過剰なモノ
   ③刺激はないが安心なモノ
   ④満足感だけはくれるモノ
   ⑤欲しいが高嶺の花なモノ

際立った特長のないド定番か、エネルギー補給に優れるが糖質多めのものか、
水とミネラル吸収が早い塩分多めのものか、しっかり腹に溜まるだけのものか。
そして機能性は高いが『高値』の花を、背伸びして手に入れるてみるか…

『目的』に合致したもので、かつ自分に相応なものを、無理しない範囲で選ぶ。
このバランスを取ることが、スポーツドリンク選びでは重要になる。

そんなことは、十分わかっているはずなんだけど…なかなか上手くいかない。
コッチを取ればアッチが立たず、合理性では受け入れ難い感情の部分もあるし、
高校生のお小遣いという、受け入れざるを得ないリアルな『現実』もある。


「本当は、アレがイイんだけど…」

スポーツドリンクに関する研究は、新製品が次々登場することもあり、
なかなか『コレだ!』という結論が出ない…体育会系の永遠のテーマだろう。
俺も毎度こんなに悩むわけではなく、選ぶ時間もないことの方が圧倒的に多い。
現時点における『とりあえずの結論』があり、いつもそれを選択していた。

だが、極めて非合理な部分…感情でそれを選択できない状況に陥っている。
アレがイイ…アレが欲しくてたまらないが、どうしても選べない事情があった。


「選択肢⑥…理由はないが好きなモノ。これでいいじゃん。」
「あ…っ!!?」

真剣に考察に浸っていたのに、真後ろから刺さった声に邪魔された…どころか、
選択肢から断腸の思いで除外していたものを、強制的に選ばれてしまった。

「何を勝手に…っ!!」
「邪魔。っていうか、悩み過ぎ。」

たかがジュース選ぶぐらいで、何をそんな難しい顔してブツブツ言ってんの。
別に、一生を共にする結婚相手を選ぶわけでもないのに…

「イケメンで金持ちな王子様じゃなきゃダメ…そうやって選り好みしまくって、
   最後に都合よくハッピーエンドが来るなんて、『親指姫』ぐらいじゃん。」


邪魔だからどいてよね。
そう言うと、俺を邪魔した張本人…孤爪は無遠慮に自販機の前に割り込み、
とてもスポーツ中の人間が選ぶとは思えない、緑色の激甘炭酸飲料を購入した。

「そんなの就寝前に飲んだら虫歯になるし、しかも晩御飯は焼魚だったのに…」
「あーはいはい、ウルサイ小姑2号。ウチの1号と全く同じこと言ってるし。」

「こっ小姑!?それに、2号って…」
「愛人か…側室とか妾っぽい?どれでもいいけど、どれもこれも赤葦っぽい。」

この野郎…失礼にも程があるだろっ!
何だよそれ、まるで自分が正妻だかお妃だかお姫様みたいな言い方…
どうやっても『2号』の俺には勝ち目がないとでも言いたいのかっ!?

   (そんなこと…わかってる!)

特に理由はないが嫌いなモノ…それがコイツ、孤爪研磨だ。
小姑だの愛人顔だのナンバー2だの、そんな罵詈雑言は聞き慣れているのに、
孤爪にそれ言われると、猛烈に腹が立ってしまう…イラついて仕方ない。
腸が煮えくり返るのを必死に抑えつつ、俺は『邪魔者』に掌を差し出した。


「さっきのお金…返せ。俺は今、このドリンクを飲むつもりは…ない。」
「…あっそ。」

文句を返してくると思っていたのに、孤爪はポケットからアッサリ小銭を出し…
なぜか購入金額よりも多い200円を、俺の掌に落としてきやがった。
コイツに借りを作ることだけは、絶対に避けたい…嫌で嫌で堪らないから、
俺は慌てて財布を出し、『おつり』を返すべく孤爪の手首を掴もうとした。
だが、一瞬早くその手をポケットに隠され、『受取拒否』を示されてしまった。

「それ、俺の金じゃない…俺はただ、赤葦宛の『おつかい』を頼まれただけ。
   どうしても『おつり』を返したいんだったら、持主に直接渡しに行けば?」
「はぁ?」

孤爪が誰かの『おつかい』を素直に受けるなんて…信じられるわけがない。
とは言え、コイツが俺にジュースを奢るなんてことは、もっと考えられない。
可能性があるとすれば、『おつかい』は嘘ではなく、本当に誰かから頼まれた…
孤爪は『やむなく』それを引き受けざるを得ない状況、というケースだ。

   (それって、まさか…っ!?)


脳内に浮かんだある『可能性』を裏付けるかのように、
今度はポケットから折られた数枚の紙を出し、黙ったまま俺に突き付けてきた。
渡されたのは、来週末開催予定の梟谷グループ合同合宿の日程表(案)だった。

次回は音駒での開催で、仙台から烏野の連中も上京してくる『拡大版』のはず。
こんな『重要書類』を、責任者である音駒の『トップ』が持って来ないなんて…

「黒尾さん…まだ調子、悪いのか?」

先週の合宿には、休みを適宜取りながらではあったが、一応参加していた。
漏れ聞こえてくる声が少し掠れていた…夏風邪だと誰かが言っていたが、
今週はもうすっかり元通り…試合中も随分顔色も調子も良さそうに見えたから、
大事に至らず本当に良かったと、内心こっそり安堵していたのに…

「よりによって孤爪に『おつかい』頼んで、それをお前が受けるなんて…
   誰がどう考えたっておかしい。『異常事態』が発生したとしか思えない。」
「…赤葦の失礼さも、大概だよね。」

俺の正当な意見に、すこぶる気分を害したのか(してやったりだ)、
孤爪は思いっきり顔を顰めながら、俺に大文句を言い返してきた。


「クロの調子?そんなの、俺が知るわけないし、知ってても絶対教えない。」

そもそも、赤葦がクロを避けてるから、俺が面倒臭いことさせられてんだけど。
「俺は何か会えねぇから…書類渡して、ジュース奢ってやってくれ」…って。
しかも、わざわざ銘柄指定だし、最近何か悶々と悩んでて、凄い鬱陶しいし。
当然クロにはそれ相応の『見返り』を貰うけど…迷惑なのは迷惑だから。

「クロのことが気になるなら、自分で訊けば?」

先々週、アンタらに何があったか…全っ然興味もないし、どーでもいいけど、
さっさとケリつけてくれないと、マジで皆に迷惑。いい加減にして…

「お前に、何がわかるって言うんだ!?孤爪にだけは…っ!!」

言いたい放題な孤爪の胸倉を、俺は思わず掴み上げ…セリフをぶった切った。
俺の行動と怒号に、孤爪は全く動じなかったのに、俺自身が驚いてしまった。
こんな陳腐な『煽り』に、簡単に乗ってしまった自分が…信じられなかった。


とにかくコイツが気に入らない。理由はわからないが、気になって仕方ないし、
孤爪に対してそんなドス黒い感情を持ってしまうこと自体が、気に喰わない。
そして、抑えきれない激情のままに行動してしまった、自分自身も…

「ふ~ん。赤葦でもそんな顔する…感情任せに動くことも、あるんだ。」
「う…うるさいっ!俺だって…俺だって我慢できないことぐらい、ある!」

大抵のことは我慢できる。
監督や部員達から仕事を押し付けられたり、上級生の無茶に振り回されたり…
貧乏くじだとわかっていても、『仕事』だと割り切れば、何とか耐えられる。
欲しくて堪らなくても、手に入らないような高嶺の花は…諦めがつく。
俺には不釣り合い…分不相応だと納得して、ずっと耐えてきたんじゃないか。

そんなことは、ちゃんとわかっている。
わかっているからこそ、孤爪にそれを言われることが、我慢ならなかった。
『何もしていない』くせに、 俺が欲しくて堪らないものを無条件に与えられ、
何もしないで『ずっと傍に居られる』だなんて…


「お前は、何もしてないのに…っ!!」
「何もしてないのは…赤葦もじゃん。」

孤爪は淡々と俺の手を跳ね除けると、ドス黒い内心を全て見透かすような目で、
俺を鋭い視線で射貫き…赤桃色のドリンクを俺の手に押し付けた。
そのひんやりした感触に、滾っていた炎が、ヒュ…っと鎮まる音がした。

絶対に負けてなるものか…と、視線を逸らさずに睨み付けるが、
俺のそんな闘争心すらヒラリと躱され、さらに熱を奪われてしまう。
一方的に煽られた熱を、一方的に冷やされ…ダメだ、完全に孤爪のペースだ。

明らかに形勢不利…立て直しを図ろうとしたが、孤爪がそれを許すはずもなく、
追い打ちをかけるように、容赦なく更なる攻撃を仕掛けてきた。


「欲しがるだけ欲しがって、自分からは何もアクションを起こさない…
   密かに想い続けてたら、いつか王子様が迎えに来るとでも思ってんの?」

選り好みばっかりして、待ってるだけ…それで許されるのは『親指姫』だけ。
どうしても欲しいモノなら、俺はどんな手を使っても…奪ってでも手に入れる。
理由はわからないけど、とにかく欲しくて堪らないようなモノなら…尚更ね。

「抑えきれない程の感情…それをちゃんと行動に移してもないくせに、
   勝手に『ないものねだり』して妬んだりだり嫉んだり…迷惑甚だしいね。」

合理的な理由は特になくても、ただ単に『好きだから選ぶ』でいいじゃん。
赤だか桃色だか、はたまた『黒』だか…そんなの俺には、超どうでもいいけど。

「俺に当たるヒマがあるなら、砕ける覚悟で当たりに行けば?
   考察してばっかりで、踏み出せない…2号赤葦も、とんだヘタレだよね。」


あぁ、コイツは全部…わかってる。

一番触れられたくないことを、一番知られたくない奴に思いっきり曝され、
それが悔しくて堪らないのに…何故か俺は、冷静さを取り戻していた。

孤爪の言葉はまるで、激甘でキツい炭酸まで入っているくせに、
何故かスーっと中に浸透していく…高品質のスポーツドリンクのようだ。
ここまで完膚なきまで曝されると、清々しく感じる程…スッキリしてしまった。

俺は孤爪の手から赤桃色のドリンク…俺の『超お気に入り』をひったくると、
力いっぱい蓋を開け、一気に半分ほど飲み干し、腹の中のモノを吐き出した。


「孤爪なんか…大っ嫌いだから。」
「奇遇じゃん。俺も…同じだし。」

「ちゃんと…歯磨きして寝ろよ。」
「うっわ、ウザっ…ヘタレ2号。」

「あとは、その…お、おやすみ。」
「っ!?あ、うん…お、やすみ。」

俺の挨拶に本気でたじろいだ孤爪(よっしゃ!)は、慌てて立ち上がると、
とんでもない言葉を残し、早足で去って行った。


「烏野の仲良し幼馴染…その片割れだか両方だかが、『記憶喪失』らしいよ。」

ウチの超お節介1号が、来週の合宿でそいつらの手助けしてやるって…
「俺にも役に立ちそうだから、話を聞きたい」って、勝手に意気込んでた。

「ホント…迷惑な話だよね。」




********************




「本当に…とんでもなく迷惑だよっ!」

孤爪が去り、静寂が戻った自販機前で、俺は頭を抱えて盛大にため息を吐いた。


烏野の仲良し幼馴染と言えば、賢さと可愛げのなさが正比例している月島君と、
月島君の分の謙虚さと純粋さも全部受け持っている、山口君…だろうか。

大人しくて素直そうに見えるが、あの月島君相手でもへこたれないどころか、
むしろ極めて巧みに操縦している…底知れぬ才能と強さを持っている山口君。
彼の強靭かつ柔軟な精神力は、ぜひ見習いたいし…正直、羨ましく思っている。

山口君ぐらい強くて素直だったら、俺もこんなに苦労はしてないかもしれない。
烏野じゃなくて、梟谷に…俺の同僚か部下に、是非とも欲しい人材だ。


…というのは、今はどうでもいい話だ。
その月島君か山口君のいずれか(もしくは両方?)が、『記憶喪失』だなんて…
あまり二人と親しいわけでもないが、俺にできることがあれば、協力したい。

問題は、この二人を黒尾さんも手助けしようとしているらしいこと…
こんなの、『迷惑』以外の何物でもないじゃないか。


勿論これは、黒尾さんらしい優しさの現れ…本来なら俺も感心するところだ。
だが、今回ばかりはそのお節介…俺にとって『迷惑』でしかない。

黒尾さんはきっと、月島君達のために力を貸す…これが7割。
残りの3割は黒尾さん自身のために、首を突っ込もうとしているのだ。

詳細はわからないが、彼らの記憶喪失のことを調べ、話を聞いているうちに、
先々週の記憶を取り戻す契機になれば…と、淡い期待を抱いているのだろうが、
そんなことをされてしまえば、俺は…全てを失ってしまいかねないじゃないか。

   (これ以上、迷い惑わせないで…!)


半分残ったボトルの飲み口を噛み締め…慌ててそこから唇を離す。
しっかり蓋を閉め直し、ボトルが見えないように、シャツの中に隠した。

「冷たっ!!」

素肌に触れたボトルの雫に、腰を浮かせて跳び上がる。
間抜けな失態に、情けなくなり…俺はボトルを腹から出して握り締めた。

超お気に入りだったドリンクを、先々週から飲まないようにしていたのは、
これを見る度に、あの日のことを…唇に残る記憶を、思い出してしまうからだ。
熱に浮かされて火照り、艶を含んで潤んでいた、あの柔らかい感触が…

   (欲しくて、堪らなくなるから…っ)

目を閉じて、ボトルに唇をつけないようにして、残りを全部飲み干したのに、
口の端から零れた滴を舌で舐め…同じことをしたと逆に思い出してしまい、
せっかく落ち着いていたのに、またドクンと心臓が跳ね上がってしまった。
全く、俺は…つくづく間抜けだ。


「思い出させるわけには…いかない。」

月島君達の手助けをしつつ、黒尾さんには余計なことを思い出させない…
そのためには、俺も一緒に話を聞き、場の流れをコントロールするしかない。

孤爪相手に、些細なヤキモチ(仮称)を妬いているどころの騒ぎではない。
あの超絶お節介1号を制御するという、超高難度プロジェクト…
『記憶喪失(きおくそうしつ)』ならぬ、新たな『記憶阻止2』計画発動だ。


こうしちゃいられない。
黒尾さんを出し抜く計画立案…今すぐ開始しなければ。

気合を入れて立ち上がり、手にしていたボトルを強く握り潰した。
キャップとラベルを『もえないゴミ』の方へそっと入れた後で、
再び一歩下がって、『ペットボトル』のゴミ箱の正面に直立…
踏ん切りをつけるように、潰したボトルを全力で振りかぶって投げた。

「いっ…痛ーーーっ!!」

投げ捨てたはずのボトルは、ゴミ箱の縁に当たって跳ね返り、
思いっきり自分の腿に直撃…赤く腫れてしまった。


痛いやら恥かしいやら情けないやら…
俺は涙を堪えながら、戻ってきたボトルを拾い、静かにゴミ箱に入れ直した。


「理由はないけど、好き…なんだよっ」




- (5)へGO! -




**************************************************

それは甘い20題 『12.奪いたい』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。


2017/11/13   

 

NOVELS