記憶喪失 ~山口のケース~







「ん…ここ、は…?」
「保健室だよ。」


保健室…?
ぼんやりと薄暗い天井、白く波打つカーテン…確かに、保健室っぽい。
どうやら俺は、何かしらの理由で保健室のベッドに…寝ているみたいだ。


「頭、大丈夫?」
「どういう、意味…?」

「そのまんまの意味。痛くない?」
「えっと…多分?」

やっと部活が(延長込みで)終わって、さっさと片付けろって言ってんのに、
あのド下手が、入口付近でサーブ練習なんかするから…迷惑な話だよ。
山口も山口だよ。僕を庇って自分の後頭部に当てちゃうなんて…馬鹿でしょ。

「ごっ、ごめん…」
「何で謝るの。ま、山口らしいけど…」

山口が余計なことしなかったら、僕の顔にボールが掠る程度で済んだのに。
でも、まぁ、僕なんかのために、身を挺してくれたのは…嬉しかった、かな。

「…アリガト。」
「いやいや、そんな…っ!!?」


ふわり…と、前髪を掻き上げられる。
ひんやりして…気持ちいい。身体から緊張が抜けた俺は、声がする方を向き、
そこで…今度は頭の中がフリーズしてしまった。

   (うっわ、すっごい…イケメン!!)

何が起こったか、いまいちよくわかってないんだけど、
とりあえずこの超~綺麗な顔に、ボールが当たらなくて…ホントによかった~!
この顔を守ろうとした俺…超ナイス!咄嗟に庇いたくなる顔だよね~♪

…じゃなくて。そもそも論だけど。

   (どっ、どちら…さま??)


さっきの話の内容から、多分俺と同じ部活?の人…なんだろう。
そして、運悪くボールが後頭部直撃し、保健室に運び込まれた俺…
自分の責任で俺が負傷し、意識を失ったと思ったらしいイケメン殿は、
俺が目覚めるまで、ここで看病なり付き添いなりをしてくれてたんだろう。

おそらく俺が勝手に庇っただけなのに、はにかみながらお礼を言ってくれたり、
ずっと頭を撫でてくれてたり…とんでもなく優しいイケメン殿だ。

こんなキラキラした人と俺が知り合いだなんて…ちょっと信じられない。
同じ部活だっていう偶然でもなければ、絶対に近づけないタイプだ。


「起きられそう?もう少し…休む?」
「だ、いじょう、ぶ…っ」

無理しなくてもいいから。今、保健の先生に連絡と…兄ちゃんに電話してくる。
山口が起きたら、車で迎えに来てって頼んどいたから。
今日明日はおじさん達も出張だし、ウチに連れて帰るって言っといたよ。
だから安心して、兄ちゃんが来るまで、ここでゆっくり休んでなよ。
それじゃあ…

スっと立ち上がり、どこかへ行こうとするイケメン殿。
俺はその手を…咄嗟に掴んでいた。


「うわぁっ、ご、ゴメンっ!!」

自分がしたことに驚き、俺は手を慌てて離し、冷や汗を垂らしながら謝罪した。
そんな俺の無礼に、イケメン殿は怒るどころか…蕩けそうな甘い顔で微笑んだ。

「大丈夫。すぐ戻って来るから。」

直視できないぐらい、眩しくて優しい顔が間近に迫って、それから…

   (え…、えっ!!?)


唇に触れる、柔らかくあったかい感触。

その正体に気付く前に、両手で頬を包まれ、思考を完全に止められた。

   それなのに。
   それなのに、俺は…

息が止まってしまわないようにと、無意識のうちに口を開き、
布団から出した左手で、鼻に当たる眼鏡を引っ掛けてずらし、右手を首に回し…
顔の角度を変えながら唇を合わせ、深く舌を絡ませ…俺はキスに応えていた。

   (あ…気持ち、イイ…)

もうちょっと…と言わんばかりに、左腕も首にかけようとしていたところで、
その左手をほんわり包まれ、握ったままだった眼鏡を、そっと引き上げられた。

「続きは…ウチに帰ってから、だね。」

そう言って太めの黒縁眼鏡を掛け直すと、少し崩れた襟元を整えた指で、
俺の濡れた唇の端を、微笑みながら拭い…カーテンの向こうに消えて行った。



「な…なっ、なななっ!!!?」

いっ、今のって…アレ、だよねっ!?
何でっ、俺が、あんな、イケメン殿と…キキキっ、キスしてんのっ!!?

何かの間違い…ってレベルじゃない。
そりゃぁもう、ファーストキスの記憶すらない俺がするようなモンじゃなくて、
呼吸の方法どころか、眼鏡取ったり顔をずらしたり、それはそれは…熟練の技。
こうするのがさも『当たり前。』みたいな、自然で無意識の動作だった。

イケメン殿がどちら様なのか、頭の方は全っ然わかってないというのに、
俺のカラダの方は、どう見ても『慣れてますから。』と…落ち着き払っている。


しかもしかもっ!
どうやら家族ぐるみのお付き合い…?
イケメン殿のお兄様まで、わざわざ俺をお迎えに来てくれるみたいだし、
俺の親も、息子が倒れたというのに、イケメン殿のご家族に…任せっきりっ!?

俺達は一体、どんな『お付き合い(家族含む)』をしているのか…
どんなに軽く見積もっても、ただの部活仲間とか…幼馴染?ではあり得ない。

あんなスペシャルキラキラ超絶優しいイケメン殿と、知り合いってことが、
キスしたって事実云々よりも…まずそのスタート時点が、全く信じられない。


あのイケメン殿は、一体誰なのか。
そんなキラキラな人と、タダゴトではないカンケーな俺(多分『山口』)って…


「俺って…ナニモノ???」




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億劫組織③』より抜粋


 

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