時事時勢







「東京オリンピック…延長決定だってね~」
「仕方ないでしょ。こんなご時勢だから。」
「ついに東京も、不要不急の外出自粛要請。」
「次々と変わる時事から、目が離せません。」


2020年3月下旬。
世間では新型コロナウィルスのパンデミックにより、過去に例を見ない程、世界中が大騒ぎ。
だが、黒尾法務事務所の面々は、そんな世間の風とは隔絶され…例年通りの修羅場だった。

「コロナも自粛もどこ吹く風~♪と言えば、聞こえだけはいい気がするんだがな…」
「ただ単に、この時期は年度末修羅場で缶詰を余儀なくされているだけ…ですね。」

だが、自粛なんてしなくても、『出るに出られない』という、消極的な自粛と、
『出るな!』と自粛を強要されるのとでは、心理的圧迫感は天地の差がある。

「忙しくて、朝はいつも食べないんだけど…」
「健康診診断で『食べちゃだめ!』って言われると、途端にキツいのと、似てるかもね~」


山口は自主的に給湯室へ向かい、「しっかり手洗い~♪う~が~い~♪」と鼻歌を響かせ、
その歌に誘われるように、全員がわらわらと給湯室へ…一列に並んで手洗いうがい。

「この狭い中にデカい男が集合…これぞ、本末転倒な密接交際です。」
「それを言うなら、濃厚接触だろ…終始一貫して正解だろうけどな。」
「まるで、マスクを買うために、ラッシュ時の満員電車に乗って開店前の行列に並ぶ様な…」
「ツッキー!それ以上言ったら、不謹慎とか自重しろとか、良識ある方々から目の敵に…っ」

お茶やお菓子をそれぞれが目一杯に抱え、ぞろぞろ一列に連なり、応接室へ向かう。
仕方ないとわかっていても、プロ野球もJリーグも開幕しないし…テンションが上がらない。
窓から見える青空と、咲き始めた桜の美しさにも、なんだか申し訳ない気分になってくる。


「というか、そもそも論として…僕はずっと、気になっていることがあるんです。」

それは、『自粛』という言葉です。
似た言葉に『自重』『自制』もありますが、これらとの違いも含めて、一考すべきかと。

「一番わかり易いのは自制…自分の感情や欲望を抑制し、言葉や態度を表に出さねぇこと。」
「俺は得意ですよ。感情を顔に出さないこと…黒尾さんほどソレを腹に溜め込みませんし。」
「え~、そうですかぁ~?赤葦さんって、無表情のわりに情感豊かで分かり易いですよね?」
「口いっぱいに王子様…ハッピーターンを詰め込んでるのは、自制とは真逆な腹一杯です。」


次に『自重』ですが、失敗や問題を起こさぬように、自分の軽々しい行動を慎しむこと。
自分の品位を保って、みだりに自分を卑下しないこと。
自分の身体を大切にして、健康を損なわないようにすること。自愛。

「3つ目の『自愛』って意味でなら、『どうぞご自重下さい』という要請は…アリですね。」
「でも、ネットでよく見る『自重しろwww』は『調子に乗るな!』『引っ込め!』の意味…」
「感情に任せて軽々しく使うことを慎むべき…まさに自制と自重を求められる言葉だよな。」
「自分の行動に関する『自○』という言葉…自主規制する前に自省すべきかもしれません。」


そして最後に『自粛』は、「自ら進んで行いや態度を慎む」という点では自重と同じですが、
「他人からの評価を気にして」慎むことが、大きく違います。

「なるほど~。不倫バレした芸能人が、無期限活動『自粛』…世間様の視線が痛いからだ!」
「自主的ではないものの、誰かから制限されるわけでもない…いわば消極的自制か?」
「むしろ、積極的自愛…いえ、お口を慎む表現なら、自主的謹慎かもしれませんね。」

つまり、政府が国民に『自粛』を『強制』することは不可能…『要請』が正しい表現です。
より日本的に言えば、やれとは言ってないが、やらないとどうなるか…空気読めよ?ですね。

「結局、社会全体の公衆衛生とか、防疫の視点からっていうよりは…」
「まつろわなかったら、白い目で見られるぞ…現代的意味の『自重www』に近いじゃん。」
「要するに、命令なき強制…『国技・村八分』発動で、空気発生源を誤魔化す方法ですね。」

これは余談ですが、自粛の『粛』の字は、
『両岸がせまり、間にふち(底が深く水がよどんでいる所)がある場所に、竿を差す』象形です。
なぜこれが、『厳しく取り締まる』や『恐れ慎む』『殺す』という意味になるのか…
粛々と水辺に棲む者を粛清し、静粛さを求めてきた歴史を顧みると、目を覆いたくなります。

「せまい所に圧し留めて殺す…争いが生まれるのは、目に見えていますね。」

こんなこと、Twitterだのpixivだの衆目に晒される場で、マスクもなしに言ってると(以下略)。
ここら辺で、僕は自主規制しときます…と、月島は苺味のチョコでお口と話を封印した。



「争い…か。こんなご時勢でも、俺達の仕事はなくならないんですよね~」

桜色のえびせんを口いっぱいに頬張りながら、山口は苦笑い。それに、黒尾が深々と頷いた。

「多分、これから…法律家の出番が次々激増するだろうな。」

自主的な自粛による損害を、どう補填していくのか?という、民事的な契約問題。
給付金や補助金の支給を受けるための、煩雑な手続代行および、労働・行政訴訟。

「俺達みたいな請負で動く個人事業主は、『仕事できなかった日』の証明なんて不可能…」
「この時期の臨時給付金的な存在だった、所得税の還付金も…今年は物凄~く遅いですし。」

山口と月島の嘆きに、黒尾は頭を横に振った。
それよりも、もっと深刻な法律事案が大量発生するかもしれない…と。

「一斉休校にテレワーク、外出自粛…全ての対処を『家庭』に押し付けた。これがマズい。」

家庭内で過ごす時間が多くなればなるほど、家族間で問題が起こる確率も高くなる。
普段は仕事や学校、サークル等の、家庭とは『別の社会』という『逃げ場』があったのに、
家庭以外が無くなってしまった…ストレスや言い訳の『逃げ道』が失われたんだよ。

「仕事だからと言って、大目に見て貰えてたのに、家に居ても家の事をやらないとなると…」
「家事・育児・介護・在宅仕事・旦那の世話…奥様への負担が、と〜んでもないことにっ!」
「他人には遠慮し、エェカッコつける人でも、家族には無遠慮無配慮…ケンカの種ですね。」


一年の内で、離婚相談が増加する時期がある。正月明けと年度末、そして…夏休み明けだ。
家族で過ごす時間が多く、環境が変わり易い時期の『少しあと』に、大噴出する傾向がある。

「どんなに仲が良くても、家庭にも仕事にも逃げ場がないのは、危機的状況なんだよ。」

俺達みたいな、元から家族経営の個人事業主達は、親しき仲にこそ礼儀が必要だと熟知…
下手すりゃ『家庭も仕事も共倒れ』だということを、常日頃から痛感してるんだが、
普通のサラリーマンや、子供が学校に行っている人の場合、家族と過ごす時間は割と少なく、
『一日中家族と一緒が、毎日続く生活』には、慣れているとは言い難い…完全に異常事態だ。
家庭以外の社会との関わりが深いほど、家庭しかなくなった時の不安定感は…言わずもがな。

「成田離婚や震災離婚と同じく、危機の後…冗談抜きでコロナ離婚が顕在化するかもな。」


マクロ的な視野…縁遠い経済や景気の問題ばかりが、表立って取り沙汰されているけれども、
景気悪化→給料減額→家計逼迫→家庭内紛争という身近な話に、超特急で直通してくる。

家計悪化は、精神的な余裕を易々と奪ってしまい、相手を傷付ける言葉が自制できなくなり、
普段とは違う距離感を測り損ね、取り返しのつかない大喧嘩に発展してしまったりするんだ。
家計も家族関係も、『遊び』という逃げ場や余裕は、なくてはならないものだと、俺は思う。

「夫婦でも親子でも、適度な距離感が必要。敬意や感謝、配慮、自制という名の…だよな?」

パチリ♪とウィンクをし、両腕を大きく広げて愛する家族達を全力で待機する黒尾に、
「それは名言です!」「カッコイイ!」と、思わず飛びつこうとした月島と山口…より先に、
「ご配慮ご自愛下さいませ!!」と、自らの身体を挺して濃厚接触を防いだ赤葦は、
黒尾の腿上に座って、完全なる防御態勢『おひざだっこ』を敷き、話を強引に切り換えた。



「一般的には顕在化していないけれども、生活に関わる危機…こちらにも起きています!」

赤葦は腿の下をポンポンと叩き、横の壁からカタカタ…紙を巻き取る仕種をした。
俺は『ぬくぬく便座』か!?と脱力しつつも、ウォシュレットを起動しかけた黒尾を無視し、
紙よりも、もっとなくてはならないものが…枯渇の危機なんです!と、赤葦は天を仰いだ。

「実は、ウォシュレットや暖房便座、ガス給湯器等…建築設備の入荷が止まっています。」


住宅設備の多くに、リモコンが付いている…この中の電子回路が、中国で生産されています。
そして、その工場がコロナ騒ぎで操業停止し、製品が完成できない状態に陥っているんです。

「建物ができても、設備が入らない。便座や給湯器が壊れても、修理できない…
   こちらも、目に見える形での『家庭』崩壊の危機が、見えない内に目前に迫っています。」

中小の住宅関連メーカーや、個人の設備屋、一人親方の職人さん達…建築業界は虫の息です。
下手したら、小売・飲食業よりも先に、家庭の『大枠』の方が倒れてしまうかもしれません。

「トイレットペーパーよりも、トイレが先に絶滅…絵空事ではありませんから。」
「衛生設備が上手く機能しねぇと、感染症の防止にも支障をきたす…マズいな。」


自分の知らない業界や、目の届かない場所に、思いもよらない危機が次々襲来している。
原因のウィルスも目に見えないが、それがもたらす結果の多くも、人目に触れないまま浸蝕…

「未知の病魔に対し、神頼み…先人達の気持ちが、今ならよくわかるよね~
   正直なところ、神にでも縋ってなきゃ…俺だってパニックに陥っちゃうかもしれないや。」
「素戔嗚尊や瀬織津姫に『かか呑み』…全部押し付ける前に、まずは自分達が最大限努力。
   その上で、家庭円満と夫婦和合を誓うというのが、神様との適度な距離感だろうけどね。」

というわけで、外出自粛しても達成できる、円満和合…僕達も『濃厚接触』をば!!と、
適度な距離感に腿を開き、自動で蓋を開けて待つ『ヌくヌく便座』月島を、山口はガン無視…
春だから、春らしいお祭りにイきたいね~と、『ウマい棒』を咥えてムフフ♪と微笑んだ。


しかし、そんな山口の言葉に、赤葦は顔を両手で覆い、声を涙で震わせた。

「皆さんに、悲しいお知らせがあります…っ」

毎年恒例となった、我が家の『年度末修羅場脱出おめでとうフェスティバル』こと、
『春だ!花盛りだ!盛りまくるぞ!例大祭』…川崎の『かなまら祭』が、中止になりました。
今年は、あのステキなネタが使えない…皆さんと、笑い合えないんですよ…っっっ

「う、そ…っ!俺の、エっちゃん(桃色巨大男根神輿・エリザベス)に、逢えないの…っ!?」
「花見どころか、花盛りまで自制!?この日のために、正月から花鼻薬を飲んでるのに…っ」

プロ野球よりも、オリンピックよりも、はるかに大きな衝撃を受けて泣き崩れる面々。
アレもコレも、ソレまでもガマン…ココロもカラダもアソコも、耐えられるわけがない。
月島、山口、赤葦の三人は、我らが黒鉄魔羅様…ではなく、黒尾を縋るような目で眺めた。


「今日はテレワークならぬ…『テレテレ?ワクワク♪』に変更だ。」

虚空に視線を飛ばしつつ、黒尾は腿上の赤葦を軽々と抱え、ムクムクと立ち上がった。
『おひざだっこ』から『おひめさまだっこ』への変更に、赤葦は頬をテレテレと桜色に染め…
王子様をいっぱいに頬張る予感に、ワクワク胸を躍らせ、黒尾にぴっとり身を預けた。

『いつも通り』のシメを予感させる姿に、月島と山口もデレデレ&ゾクゾクと目を輝かせ、
二人でガッチリと腕を組み、黒尾から発せられる『要請』を、きをつけ!の姿勢で待機した。


「世間様の評価に晒される場への外出は、暫く自粛…自サイトこと自宅で(※自主規制)だ。」

最も大切な『家庭』を円満に保つこと…これが目下の最優先事項だ。
従って、各家庭で『春の花盛りまつり』こと、和合的濃厚接触のために、粛々と籠るべし!!

アレコレ溜め込まず、適度に発散…自分達のココロとカラダ、伴侶を『自愛』しまくって、
この困難を、仲良く楽しく、乗ったり乗られたりしつつ乗りこなし…乗り切ってイこうぜ!!


「んでもって、明日からも…
   皆で笑い合いながら、頑張ろうな!!」




- 終 -




**************************************************

※家庭も仕事も共倒れ… →『家族計画
かなまら祭2018 →『同行四人
※かなまら祭2019 →『同行四人 forever


2020/03/25   

 

NOVELS