※『桃色片恋』『天使優先』後日談



    乙夜之婪







   これは、罠だ。
   十分わかっている。
   だからこそ…嵌りたい。


いつものように雑務(宿題含む)を終え、就寝前の読書をしていた…午後十時。
どんなに多忙で眠くても、寝る前には何かしらの書物や活字に触れ(宿題除く)、
大抵の場合はそのまま寝落ち…これが、幼い頃からの日課だ。

別に、大して高尚な趣味というわけではなく、ただの精神安定剤的なもので、
できるだけ頭を使わないもの…漫画やスポーツ新聞の記事を眺める程度である。

昨夜は、毎月購読している雑誌…の、特集ではなく最終頁『次号予告』を開き、
「新技術!○○のしくみ」「ゼロからの▽▽と▲▲」「~な二つの理由」等、
「来月もまた…!」と、知的好奇心をくすぐる言葉たちにワクワク…しながら、
もうほとんど夢の世界に足を踏み入れていると、枕元でスマホが小さく震えた。


痛恨の『おやすみモード』にし忘れ…危うく睡魔が逃げてしまうところだった。
メッセージの送信者は、今月号の特集の一つに取り上げられていた人物だ。

   (もし、月が無かったら…?)

月が大好きな幼馴染君なら、そのタイトルを見ただけで泣いてしまいそうだが、
俺が思ったのは…寝落ちの邪魔はされなかったな、という程度の逆恨みだった。
明日朝4時半キッカリに、『おはようございます』と、返事をしてやろう。
そのために、目覚ましの設定を30分早めようした指が…空中で止まった。

   『コード296 2960 0106 1830』

これは、OSKの秘密コード…もとい、昔懐かし(来年絶滅の)ポケベル暗号だ。
地域や時代の違う言語や文字は、それだけで暗号となりうる…
『ツータッチダイヤル』という文字入力方式は、今もスマホで使えるそうだが、
たった20年前の『共通語』が、いまや暗号に変わってしまったのが面白くて、
いつの間にか俺達4人のやりとりに、必ず入れるようになっていた。

ちなみに、この方式採用を提案したイエロー&グリーンの二人は、
「1112…背番号『月山』は、ツータッチで『あい』…愛なんですよ~♪」と、
実に嬉しそうに、デレデレを一方的に送信してきた(ポケベルは受信専用)。


「俺はもう、脱退したのに…」

そう言いつつも、退職届も出していないし、届出が受理されるかどうかも不明。
ポケベルの如く、一方的に脱退宣言をした後、全く音沙汰がなかったから、
メンバーからのメッセージに、心の中で「ホッ。」という音がしていた。

「…えーっと、夜分恐れ入ります。明日は下記の通り宜しくお願いします…?」
 
『296 2960 0106 1830』の『296』はブクロ…池袋。
『2960』はふくろう…池袋駅東口にある『いけふくろう』という像のことだ。
『0106 1830』は、『待ってる』『18時30分』のことだろう。

明日の18時30分、池袋駅の待ち合わせスポット『いけふくろう』に来い…
つまり、OSKレッドへの『出動要請』が送られてきたのだ。


明日は水曜…ノー残業デー。
そうでなくとも、明日は全ての雑務が免除されることになっていたから、
18時過ぎには指定の場所へ行けるが、俺は…どうすべきだろうか。

   (これは、明らかに…罠。)

明日、俺がノー残業ノー雑務ノー飼育委員デーであることは、きっと確認済み。
年に一度のスペシャル休養日を、のんびり読書して過ごそうとしていたことも、
多分「ムズカシそうなカガクの雑誌を買い込んでたぜ~」的な証言から推測。
(「昨日、可愛い弟子のツッキーから電話が来た!」と、今日自慢していた。)


   (さて、どうしたものか…?)

あからさまに証拠を残す方法で、稚拙な『罠』を放り投げてくるイエローに、
警戒心よりも好奇心…いや、「ノー雑務ノー飼育委員ありがとう!」の謝意。
おそらくこれは、『月山オトナ化計画』で助力した俺への『お返し』だろう。

多忙な俺の『お手伝い』をする代わり、『お手伝い』の元を絶ってしまう…
一体誰の入れ知恵か知らないが、『お休み』というプレゼントは、心底有難い。
だったら、夕方ラッシュの池袋なんかに呼び出すなよ…と思いながらも、
『コード3036 194(OK 行くよ)』と送信…すぐに返事が戻って来た。

『Xmasプレゼント候補の調査をお願いします。予算は3000円(税込)。』


相変わらず、いい度胸をしている。
『お休み』を贈っておきながら、結局は自分(と山口君)がラブラブするために、
俺を体よく使ってしまおうとは…親の顔が見てみたい図々しさだ。

次に会った時には、盛大に御礼&お説教してやろうと心に決めつつも、
俺は蓋然性の高い予感…『罠』に仕掛けられた餌に、どうしても抗えなかった。


   (多分…逢える、はず。)

一方的に脱退宣言をしてから、音信不通になっている…OSKの相方。
忘れよう、諦めよう…そう思えば思うほど、余計に脳内が桃色に侵食され、
「最近、お前…疲れてねぇか?」と、木兎さんにまで心配される始末だった。

   好きで 好きで 好きで。
   仕方のない恋だと、諦めきれない…


自分から『サヨナラ』と告げておきながら、そのメッセージを送った直後から、
こっちに振り向いて欲しいという想いが募り続け…『桃色病』は悪化の一途。

   叶わぬ願いだとわかっている。
   わかってはいるけれど…

   (逢いたくて、堪らない…っ)

きっとこれが、最初で最後の…あの人との『おデート』のチャンス。
『お休み』と共に貴重な時間をくれた月山コンビ…ホントに、ありがとう。

   (誰に似たんだか…お節介さんです。)


『999 0833 (サンキュー おやすみ)』
『0833 5110 (おやすみ ファイト!)』




*******************




   (やっぱ…ダメっぽい、な。)


準オトナとなった18歳の誕生日は、初恋即失恋…人生最悪の日だった。
だが、「そりゃザンネン。」と割り切れるかと言えば、そんなことは到底無理…
無自覚の内にアイツに抱いていた様々な感情に、遅ればせながら納得。
二人での出来事を反芻…余計にドップリとハマり、桃色が日々濃くなっていた。

   ただの遊び(仕事)仲間だった人が、
   たった数分で…『運命の相手』へ。
   もう『好き』を、止められない…

そのことに気付いたのが、脱退宣言を受け取った瞬間というのが笑えないが、
離れて初めて『寂しい』というキモチを自覚するのは、よくある(情けない)話。


   だっ、大丈夫です!まだ…遅くない!
   脱退届の理由も…聞いてないですし!


絶望の淵で呆然と佇む俺に、遠くの天使達から悪魔のような囁きが降り注ぐ。
やめてくれ!そんな甘い言葉…傷が深くなるだけだと、冷静な自分が居る一方、
頼む俺のキューピッド!と、一縷の望みに賭けたい自分も、隅に居座っていた。

   まだチャンスはある…諦めないでっ!
   特別サービスで…天使を再召喚可能!


そんなことを喚きながら、可愛い天使達は俺の手から桃色紙をひったくると、
「イエロー&グリーン、出動!!」と叫びながら、どこかへ消えて行った。


激動の11月17日から…2週間ちょい。
木枯らし一号も吹かないまま、いつの間にか世間は師走に突入していた。
我ながら本当に情けないが、この期間のことはほとんど記憶にない。
あの研磨にまで、「しっかりしなよ…」と背中を叩かれる体たらくだった。

そして昨日、突然の追加雑務命令。
次の合同合宿でクリスマス会をすることになったから、必要なものを準備しろ…
ただでさえ忙しいのに、俺はそんな話を聞いてないぞ!?と抗議するものの、
「水曜は早上がり&買い出し!」と聞く耳を持って貰えなかった(いつも通り)。

当然、荷物持ちやらに最低一人は同行するかと思いきや、ウチは俺だけ。
「俺が烏野の担当になりました~」と連絡を寄越したグリーンこと山口は、
『池袋駅のいけふくろうに18時30分』という暗号を寄越した直後に、
「すみません、俺は所用で行けそうにありませんゴメンナサイ!!」と追記。

…所用っつーか、距離的に無理じゃねぇか。お前は来なくてよろしいっ!!
俺がツッコミを入れる前に、グリーンからさらにメッセージが届いた。


   『コード55 5989』

Go Go!こくはく…か。
つまりこれは、天使達が仕組んだ罠…いや、まさかこれが例の『お手伝い』か?
間違いなく、梟谷の担当者としてアイツが来る…そういう罠なんだろう。

「馬鹿野郎…アイツの仕事を増やして、何が『お手伝い』だよっ!」

俺はグリーンに『4714(しないよ)』と返信し、直後『999(サンキュー)』…
失恋の傷を広げることはしないが、最初で最後の『おデート』のつもりで、
アイツとの買い出しを…心ゆくまで楽しませて貰おう。


   (とりあえず…精神統一、だな。)

ダメだとわかっていても、どうしても逸るキモチを抑えるために、
俺は日課となっている就寝前の読書に、四字熟語辞典をペラペラ捲った。

一番最初に止まったページにあった言葉は『乙夜之覧(いつやのらん)』だった。
『乙夜』は午後十時ぐらい、『覧』は読書すること…
多忙な天子は夜遅くになって、ようやく読書する時間ができる、という意味だ。

   (俺の『てんし』は、何を読んで…)

アイツのことを少しでも考えると、どうしても『桃色』が漂ってきてしまう。
精神統一とは逆の結果になり、俺は辞書と瞼を閉じて『桃色』を振り払った。



翌日、いけふくろう前、18時15分。
予想通り、待ち合わせ場所には(かなり早めに)アイツの姿があった。
夕方ラッシュ、待ち合わせピーク時間…いけふくろう前は電車内以上に大混雑。
その中でも、ひときわ目を惹く『桃色』の空気に、ドキリと心臓が跳ね上がる。
久々に見たナマの姿に、どうしても頬が緩みそうになり…慌てて引き締める。

ギュっと眉間に皺を寄せ、口を固く結んだ瞬間に、アイツと目が合い…
一瞬明るくなったアイツの表情が、俺の険しい顔に息を飲み…目を逸らした。

   (違っ、タイミング…悪っ!)

きっと、俺が物凄く不機嫌に見えたんだろう。
「待たせて悪かった」と詫びても、下を向いたまま「いえ、全然…」だけ。
お互いに二の句が継げず、しばらくの間その場に立ちつくしていたが、
人波に押されるように、地上へ出る階段方向へ…自然と外へ足を向けた。


「あの、お疲れさまです、く…っ、
   …雲行きが、怪しいです、ね?」
「そうか?もう暗いから、あ…っ、
   …明日は、晴れるといい、な?」

「えーっと、その、く…、っ…
   …靴紐、解けちゃいましたっ!」
「わ、脇に避けて、あ…、っ…
   …足元、紐に気を付けろ、よ?」

どうやら俺の名前すら、口にしたくないらしい。
『く』と言いかけて、何度もそれを飲み込んでは、別の言葉に言い換えている。
それに気付いた俺も、アイツの名前を気安く呼べなくなってしまった。

無言で駅前の大きな交差点を渡り、人の流れから外れた所で…
同時にぷっ!っと噴き出した。

「お前なぁ…もっとマシなのはなかったのか?く…首元にタグが、とか!」
「足元気を付けろって…そっちこそ!今日は俺、『革靴』履いてました!」

妙な緊張ゆえか、マヌケなことを言ってしまった自分達に、逆に緊張が解けた。
相変わらず俺と目を合わせようとしないし、名前も口にしてくれないけれど、
それが「やっぱりダメなんだな。」ということを、はっきり悟らせてくれた。


   スッ…と、凪いだ心。
   これが…諦めの境地。

   (コード35374…見込みナシ。)

これ以上傷付くのは、嫌だ。
それなら、全ての感情を封印し…『今』を楽しむだけの話。

俺は再度「足元気を付けろよ~」と、明るい声を掛けながら、
まだ戸惑いの残るアイツの腕を引き、人波をかき分けて奥の方へ進んだ。



*******************




「さ…寒~っ!!?」
「そこ…入るぞっ!」


あんなに人がたくさん居た、待ち合わせラッシュのいけふくろう前でも、
これから遊びや飲みに行く人や、観光客で賑わうサンシャイン通りでも、
俺の『待ち人』は、そこにだけ天から後光が降り注いでいるかのように輝き…
こんなにカッコ良い人でしたっけ?と、ぽんわり眺めてしまっていた。

あまりに眩し過ぎて、とても直視できない…自分の心臓の音しか聞こえない。
まともに顔を見れず、目が合った瞬間に思いっきり逸らすという失礼を…っ!
今あの人の名前を口に出したら、そのまま想いも一緒に飛び出して逝きそうで、
俺は必死に押し留め…本当に失礼極まりない失態を続けてしまっている。

それにも関わらず、あの人はそんな俺にいつも通り優しく笑い掛けてくれて、
半ばネタとは言え、残り半分は本心から『足元気を付けろ』と労わり、
俺の腕を引きながら、膨大な人々の間を颯爽とエスコートしてくれた。

   (ダメだ…ホント、堕ちそう…っ)


少し前を行く、その大きな背中に、もっと近づければいいのに…と、
やや歩幅を広めて歩いていると、急に止まった背中に危うくぶつかりそうに。
どうやら、サンシャイン手前の交差点…東急ハンズ付近で何やら大混雑?で、
立ち止まる人と、先に進めない人がごちゃごちゃに混ざり合って固まっていた。

ハンズの横を抜け、地下を通ってサンシャインへ向かうエスカレータも大行列、
地上ルートで信号待ちをしている人も、すぐ傍で事故?らしく、詰まっていた。
ハンズかサンシャインのどちらかに行きたかったが、これでは両方難しそうだ。

「参ったな…どっちも動かねぇな。」
「様子を見ながら…待ちましょう。」

どちらかの波が引くまで、少し待とう…待つしかないほんの数分の間に、
さっき俺が言った通り、雲行きが怪しくなり、冷たく強い風が吹き始めた。


「風向きが変わった…冷えてきたな。」
「はい…これ、冗談抜きで危険です。」

いくら人ごみとは言え、ビルとビルの谷間に、大きな幹線道路…風の通り道。
昨日は季節外れの夏日、今日もさっきまでは温かい空気に包まれていたから、
制服の上に羽織れるようなものも、鞄の中に入れて来ていなかった。

   (この人に風邪を引かせるわけには…)

どこか、温かい場所へ避難しましょう。
そう提案する前に、今度はキンキンに冷え切った手を、ギュっと強く握られた。

驚いて顔を上げると、走るぞ!の声…
すみませんと周囲の人に謝罪しながら、点滅し始めていた信号を渡り切った。

   (え、な、何…足、速っ!?)

そして、すぐ傍の大きなスポーツショップの中へ飛び込み…暖房にホッと一息。
ほんの少ししか走っていないのに、心臓はバクバク、呼吸はゼェゼェ。
それもそのはず。だって、だって…!!


   (手…繋いじゃった…っ!)

驚きと緊張と喜びがごちゃ混ぜになり、ぶわっ!!と体中に熱が駆け巡る。
さっきまであんなに寒かったのに、今は熱くてたまらない。
繋いだままの部分が、じんわりシットリしてくるのが、物凄く恥かしくて、
俺は「とととトイレ、行って来ます!」と、猛ダッシュで店内を突っ切った。

   (北風さんめ…グッジョブ!)

『北風と太陽』という童話があったが、実は北風さんだってヤりますから!と、
心の中で『北風さんの名誉挽回』を、全世界に向けて大絶叫しながら、
北風さんがいらっしゃる『次の機会』のために、石鹸でしっかり手を洗った。


トイレから出て店内を見渡すと、商品棚の上にツンツンと起つ髪が見えた。
長身&独自路線ヘアは、大混雑や遠くからでも探しやすくて、本当に助かる。

お待たせ致しました、と傍へ戻ると、ワゴンセールの中の何かを手にしていた。
黒地に赤いマンモスのマーク…アウトドアメーカーのネックウォーマーだった。

「そのメーカー…いいですよね。」
「あぁ。品質も…色も、最高だ。」

本来はその品質に相応しいお値段だが、ワゴンセールで…えっ!半額っ!!?
筒状のネックウォーマーは、ロードワークの時にも使えて非常に便利だし、
今すぐ手持ちの資金で買える、最高レベルの防寒具…迷っているヒマはない。

「これ、リバーシブル…黒&赤だぞ!」
「残り二つ…レジへ急ぎましょうっ!」

   (あ…そうだっ!)

ワゴンの中には、青&オレンジ、そして黄色&緑の色違いもあった。
会計待ちをしている間に、俺は黄色&緑を写真に撮らせてもらい…送信。
これで、イエローからの依頼も完了。あとはご自分でお買い求めくださいませ。


スポーツショップを出て、隣のコンビニで肉まん&緑茶&ホッカイロを購入。
そのまま道路向かいへ移動…サンシャインの横、東池袋中央公園へ。
大きな木々に囲まれた公園内には、冷たい北風さんは入って来れないみたいで、
日中の太陽さんの温もりが残ったベンチに座ると、全く寒さは感じなかった。

「冬のおやつ、肉まんに限りますね~」
「腰カイロも、コートより温いよな~」

体の芯からほわほわ温まってきたが、油断は禁物だ。
購入したばかりのネックウォーマーを、すぐに着用した方が良いだろう。

袋を開け、中身を取り出そうとすると、「ちょっと待った」の声。
顔を上げると、俺が手にしているのと全く同じ袋が、目の前に差し出された。


「あー、その、これ…」

今日の買い出し業務は、クリスマス会の準備だって言われてたんだが…
買い物リストを見たら、必要なのは『単三乾電池10本』だけだったんだ。
買い出しはただの口実…本当の任務内容は、俺の『お休み』だったらしいんだ。

「誕生日&クリスマスおめでとうって…遅ぇし早ぇし、中途半端な時期だが、
   まぁ、物凄ぇ嬉しいのは間違いない…全く、可愛いことしてくれるよな!」

きっと、これで好きなもん買うなり美味いもん食うなりしろって意味だろうが、
俺はもう、このクソ忙しい時期にこうやって『お休み』を貰えただけで充分…
だから、これは『今日』受け取るに相応しい奴に、贈りてぇなって。
俺…音駒一同と、イエロー&グリーンから、いつも世話になってるお前に…


「誕生日…おめでとさん。」
「はぁっ!?何を言って…」

あーあー、わかってるよ!
同じものを買った奴に、同じものを渡すなんて、馬鹿の極みに見えるだろうが…
これなら確実に、お前が気に入ったモノだし、替えがあっても問題ないだろ?

…と言うよりは、こうやって俺が買った方をお前に渡したら、
お前なら必ず「それでは、こちらを…」って、お前が買った方を返してくれる。
きっと「俺からも、遅ればせながらお誕生日とクリスマスで。」と言いつつ、
合理的かつ効率的な理由付けをして…俺もお気に入りをプレゼントして貰える!

「我ながら…完璧な策っ!」
「…そう、ですね、はい。」


確かに、あまり一般的な方法とはいえないけれど(完璧とも多分言わない)、
一緒に買いに行き、二人共が気に入った同じものを買い、互いに贈り合うのは、
サプライズではないものの、深く悩むこともなく確実に喜ばれる方法ではある。
ただし、唯一のポイントさえクリアすれば…という、大きな『条件付』だが。

「勢いで同じのを買っちまった後で、こういうのは卑怯なんだか…
   俺と『お揃い』が嫌じゃなければ、プレゼント交換して貰えると…助かる。」
「………。」

この人、本当に…卑怯だ。
音駒さん&イエロー&グリーンからの好意を、こんなカタチで横流しされて、
受取拒否なんてできるわけもないし…同じのは二つもなくていい(むしろ困る)。

それに、交換して貰えると『助かる』という言い方にも、ノーとは返せない。
余程『お揃い』が嫌だ!という強い理由でもなければ、断れないじゃないか。
本当に狡くて、賢くて…俺にとって『完璧』な策としか言いようがなかった。

   (やった…お、お揃いっ!!!)


「さすが、く…っ、苦し紛れにしては、見事な策ですね。
   では、遅い誕生日&早いクリスマス…おめでとう、ございます。」

そそそ…と、互いに顔を見ないよう、頭を深々と下げて贈呈し合うと、
我先にと袋から出して頭からスッポリ被り、鼻の上まで持ち上げて止めた。
口元…顔の下半分をシッカリ覆い、ニヤつき緩む頬をキッチリ隠してから、
全く『お揃い』のことをした自分達に、再びぷぷっっ!!っと吹き出した。

「おい、それだとまるっきり…悪役の黒マスクにしか見えねぇぞ〜!」
「そっちこそ、妖しさ満点の赤マスク…驚くほどお似合いですよ〜!」

あぁ、でも、これだと…
『OSKブラック』の俺が『赤マスク』で、お前はその逆…迷っちまうな!

そう言って朗らかに笑っていたが、その途中で俺の脱退宣言を思い出したのか、
不自然なまでに俺から視線を外らせ、話も遠くへ放り投げた。


「えーと、その…あっ!?何だあそこ…えらい人だかりができてるなっ!?」
「えっ!?あ…道路向かい、ですね!何かのイベント…女性ばかりですか?」

鬱蒼とした木々の向こう側に、多くの女性達が楽しそうに歩いていた。
何やらお店の前…ライトアップされた看板を見て、ようやく合点がいった。

「知りませんでした。ここが…」
「『乙女ロード』だったのか…」

『乙女ロード』とは、アニメやゲームのグッズや、同人誌を扱うお店…
特に『女性向け(腐向け)』と言われるものの専門店が集合した一角だ。
二次創作が好きな女性にとっては、ここは『聖地』と呼べる場所らしい。

道路を挟んで、更に公園の木々越しに眺めていても、その熱気が伝わってくる…
大好きなものに出会えたのか、心底幸せそうな女性達の笑い声が聞こえてきた。


「乙女だから恋をするのか、恋をするから乙女なのか…そんな歌があったな。」
「『乙』は、ジグザグなものの象形…物事が上手く進まないという意味です。」

恋に悩み、右往左往するのが…乙女。
また、種から出た芽が、地上へ出ようと曲がりくねった様子でもあるそうで、
まさに『萌え』…ジャンルやカプが紆余曲折する、『乙女』そのものの姿だ。

「ってことは、『乙夜之覧』は…乙女が夜中にコッソリ二次創作を読む姿か。」
「それなら、覧は『婪』…『むさぼる』の方が、より乙女感が増大しますね。」

遠くからでも、好きなものに出会えて喜ぶ乙女達は、キラキラ輝いて見える。
誰かが楽しそうにしている姿は、こちらも明るい気持ちにさせてくれる。
『好き』を全身全霊で語る姿…本当に眩しくて、幸せいっぱいじゃないか!
今後もぜひ、『好き』のためにずっとキラキラしていて欲しい…が。


「そう言えば、あそこに見えるお店が、同人誌の委託販売をおやめになると…」
「あぁ、俺もネットニュースで見たよ。全国の乙女達は…ショックだろうな。」

地方在住や家事育児仕事で、コミケ等のイベントにはなかなか参加できない…
そんな大多数の乙女達にとって、同人誌の通販は必要不可欠な存在だ。

10年程前までは、サークルさんや作家さんは大抵自サイトを運営しており、
そこで自家通販を受け付けてくれたり、様々な既刊や新刊の入手方法があった。

だが、委託販売する程の大手ではなくても、代金授受や発送等の手間がかかり、
学業や仕事のかたわらそれらの業務を行うのは、結構大変なものだった。
大手さんになると、委託料を支払ってでも業者に頼むしかない、膨大な事務量…
窓口となる業者がなくなってしまうのは、作り手にとって痛恨の極みである。

「もしお前が作家だったとしたら…?」
「これを機に…引退を考えますよね。」


今は、pixivやTwitter等に気軽に作品を投稿できる時代…
サイト運営の手間や、オフラインで活動しなくても、十分楽しむことができる。
『同人誌を買う』という習慣が、そもそもない人達にとっては、
萌えはSNSで補充…委託販売終了は、大して痛手ではないように見える。

しかしこれは、二次創作業界全体を縮小させる可能性がある重大な事態で、
作り手のモチベーション低下…ヤる気ややりがいを失わせる恐れがあるものだ。

「これだけSNSが便利なのに、なぜ未だにサイトやオフ活動を続けるのか…?」
「SNSにはないものが、それらにはあるから…それが、『やりがい』ですね。」


創作活動も、『趣味』のひとつだ。
『趣味』と言い張れるぐらいになるまでには、それ相応の努力と辛抱が必要…
ほとんど『仕事』っぽい地味な作業が大半で、苦しい時間の方が圧倒的に多い。
しかも、仕事ではないため、収入といった明確な目的や評価があるわけもなく、
仕事以上に、自分で『やりがい』を見出せなければ、続けられないものだ。

「オフは、同志と交流ができる場で…」
「喜びを得られる…数少ない機会だ。」

SNSにも『いいね!』や『ブクマ』があり、一定のモチベにはなっている。
しかしながら、ブクマは本来、読み手の利便性のために設置された機能のため、
作り手へのヤる気に直結するとは、少々言い難い部分もある。
(その割に、ブクマ数が多い作品しか閲覧して貰えない…仕方ないことだが。)

「勿論、SNSで『ぽちり』して頂けるのだって、物凄く嬉しいでしょうけど…」
「わざわざ自サイトやイベントのブースにまで来て下さるのとは…違うよな。」

気軽に検索をかけて、チラっと覗き見…(見て貰えるだけでもありがたい)
それに比べて、手間暇かけて作り手の居る場所まで出向いて頂いた上で、
直接『ぽちり』や作品を手に取って貰える喜びは、種類も桁も全然違うのだ。

「直接『好き』だと言って貰える…こんなに嬉しいことって、ないよな。」
「楽しかった。次も期待してます。新刊お疲れ様…涙が出ちゃいますね。」


そうした『特別な喜び』があったから、オフ活動を続けていた作家さん達が、
委託販売終了により、物理的に活動の継続が困難になってしまったとすると…

「断腸の思いで…これを機にオフ活動も終了されるかもしれませんよね。」
「SNSだけではモチベは保てない。創作活動自体を終える可能性も…な。」

SNSで気軽に創作活動ができるようになった結果、業界全体の規模縮小…
委託販売終了は、その流れが止められないことを示す顕著な例なのではないか?
近い将来、乙女ロードからも楽しそうな笑い声が聞こえなくなるかもしれない…

「そんなの…寂しすぎます。何とか創作活動を続けて欲しいですよね。」
「その想いも…作家さんに直接言わねぇと、きっと伝わらねぇと思う。」

「直接…伝える?」
「『好き』ってキモチは、直接言わないと、なかなか相手に伝わらねぇから…」


確かに…そうかもしれない。
あんなに常にベッタリで、お互いが大好きだというキモチが溢れている…
遠目に見ても過剰なぐらい、『好き』が態度で伝わってくる、月山コンビ。
そんな二人でも、お互いの口から直接『好き』だと言って貰えたことを、
心の底から喜び…歓喜の涙を流していたじゃないか。

   (すぐ傍に居たって、伝わらない…)

しかも、月島君の方は精一杯『好き』を態度で表しているつもりでも、
そのツンデレ具合も相まって、山口君には全然伝わっていない…どころか、
逆に迷惑がられていると、落ち込んでいることも、多々多々多々あるようだ。

「こっちは内心、好意を持っていても…相手は逆に受け取ることもあります。」
「恥かしくて目を逸らしたのか、嫌われているのか…態度じゃわかんねぇし。」

「月島君は、ちゃんと山口君に言葉で言ってあげるべきなんですよね。」
「だな。山口の方も、言わなくてもわかるよね的な、甘えがあるよな。」


『好き』は、ちゃんと言葉にしないと伝わらない。
それは、わかってはいるけれど…

「大好きな作家さんに、『好き』を伝える言葉…上手く出てきませんよね。
   拙い文章しか書けませんし、物凄い勇気がいる…チキンには無理な話です。」
「物凄い勇気を出しているのは…むしろ作家さんの方なんじゃねぇのかな。
   作品を酷評されたり、全く評価されない恐怖を乗り越え…公開するんだぞ?」

苦労して創作し、わくわく&ビビりながら、何とかアップロード(発行)…
それでも、評価されることはごく稀で、フツーにスルーされるのが大半だ。
評価されればされる程、悪し様に罵られる危険性も増す…恐ろしくて堪らない。

「膨大な努力をして、更にそんな恐怖を抱えてまで、作品を公開する理由は…」
「誰かと『好き』なものを共有したいから…全力で『好き』を叫んでるんだ。」

「途轍もない…勇気。」
「俺も…そう思うよ。」

まずは『作品』という言葉のカタチで、『好き』を伝えてくれる…作家さん。
もしその作家さんの『好き』と、自分の『好き』が奇跡的に合致した場合には、
こちらも『好き』をお返しする勇気を、振り絞ってもいいんじゃないだろうか。
いや…そうしないと手遅れな状況に、間違いなくなってきているのだ。

「進退を迷っている作家さんに、こちらから言葉で『好き』を伝えないと…」
「伝わらないなら『無い』と同じ…やりがいを失い、撤退の方に傾きます。」


これは、二次創作の場面だけに限った話ではない。
普段の生活…家事育児仕事に関しても、本質は変わらないんじゃないだろうか?

「『好き』じゃなくても…隠れた努力を労わってくれるだけで、嬉しいよな。」
「それは、仕事も同じですね。隠れた努力を、誰かに理解して貰えるだけで…」

しんどいだけだった、膨大な業務。
それに『やりがい』を見出し、更には楽しみと喜びまでくれたのは、
理解者からの『今日もおつかれさん』の一言…それがどんなに、嬉しかったか。

   (だから俺は、この人のことを…)

この人に、俺の『好き』を伝えることはできない…迷惑をかけてしまうだけ。
ならばせめて、頂いた喜びに対する『感謝』のキモチだけは、言葉で伝えたい…

   (今、伝えなきゃ…)

震える声と手を必死に抑え、真横に向き直るべく顔を上げようとした瞬間、
先にあちらが動く気配…そして、微かに震える静かな声が聞こえてきた。


「今まで…ありがとな。」

お前のおかげで、『仕事』に対する考え方が大きく変わった…
面倒臭いだけだった業務が、楽しみを生む時間に激変したんだ。
一緒に『OSK』をやった経験から、この先どんな辛い仕事にぶちあたっても、
そこそこの『やりがい』を自分なりに見出す楽しみを、俺は持てると思うんだ。
人生の早い段階で、お前と一緒に仕事ができて、本当に良かったよ。

勿論、仕事に対するスタンスだけじゃなくて、小さな努力を認めてくれたこと…
これが一番、俺にとっては嬉しくて堪らなかったんだ。
お前さえ見てくれていれば、それでいいとすら…思うぐらいにはな。

年上のくせにお前に頼ってばっかりで、鬱陶しいだけのお節介野郎…
そんな奴の顔なんか見たくねぇし、名前すら呼ぶのも嫌かもしれないが、
もうすぐ俺は否が応でも引退…お前を煩わせることも、もうないはずだ。

でも、梟谷の連中だけじゃなく、ツッキーや山口にとっては、
お前は絶対に、なくてはならない存在…アイツらを助けてやって欲しいんだ。
だから、どうか…

「『OSK』を…やめないでくれ。」


それじゃぁ、寒いし…そろそろ帰るか。
今日は忙しい中、わざわざありがとな。

そう言って立ち上がりかけた大きく広い背中に、思わず手を伸ばしていた。
驚いてバランスを崩す体をベンチに引き戻しながら、俺はその背にしがみ付き…

「おぃ、一体どうした?危ねぇだろ…」
「そのまま、こっち向かないで…っ!」

この人の顔を見なければ…背中になら、素直な気持ちを伝えられる。
なけなしの勇気を振り絞るように、ギュっと目を瞑り…上擦る声を必死に出す。


「さっきの言葉…全部そのまま、お返し致します。」

あなたと一緒に仕事ができて、救われていたのは…俺の方です。
不愛想で可愛げも面白味もない俺のことを認め、努力を言葉で褒めて下さった…
そのことがどれだけ嬉しかったか、言葉では到底表し切れません。

そんなあなたに対し、いつしか感謝だけじゃない想いを抱くように…
あなたにご迷惑がかからないようにと、距離を取るつもりで脱退宣言したのに、
それが逆に、あなたに不快感を与えていたなんて…本当に申し訳ありません。

俺の態度から、俺があなたのことを嫌っていると思ってしまわれたようですが、
実際は…その『真逆』のキモチが大き過ぎて、制御できなくなっていたんです。
目が合えば急性不整脈、名前を口にするだけで眩暈及び局部発汗…重症でした。

あなたを惑わし、悩ませた俺…怒られ嫌われても当然のこととは思います。
でも、俺もイエロー&グリーンが可愛くて仕方ない…彼らのために尽くしたい。
ですから、お願いします…

「もうピンクでも何色でもいいです。
   俺に『OSK』を続けさせて…あなたの傍に、居させて下さい!」


伝えるべき『感謝』と『謝罪』、そして脱退取消は…言葉でちゃんと言えた。
あと一つ、本当は一番伝えたい言葉を、嗚咽と共に必死に抑えていると、
しがみ付いていた背中がフっと離れ…今度は温かく震える腕に包まれていた。

「…っ!!?」
「…っ。。。」

俺と同じように、何かを必死に堪えようとする、深い呼吸。
そして、大きく息を吸込む音と共に、俺を包む腕にギュっと力が入った。

   腕から伝わってくる、大きな恐怖。
   そして、勇気のこもった、か細い声…

「OSK…お前が、好きだよ…京治。」


届いた言葉に、歓喜の涙が溢れ出す。
信じられないけれど、信じたい…貰えた『好き』の一言に、全身が沸騰する。

   (嬉しい…嬉しいっ!!)

ちゃんとした言葉や台詞なんて、どうやっても出てきそうになかったけれど、
嗚咽で引き攣る喉を何とか抑え、俺も精一杯の言葉を絞り出した。

「OSK…俺も、好きです…心から!」

驚愕と安堵と、それ以上の悦びで…呼吸が止まる音がする。
俺は自分の言葉に嘘がないことを示すように、瞳を閉じて顔を上げ…

   …ふわり。
   柔らかい温もりが、唇を掠めた。


「OSK…おい、初っ端が…コレかよ。」
「OSK…おや、衝撃的な…間接キス。」

お互いにプレゼントし合った、お揃いのネックウォーマー。
顔の下半分をすっぽりとそれで覆ったままだったことを…すっかり忘れていた。

とことん不器用でマヌケな自分達に、顔を見合わせて…三度目のぷぷぷ!!!
声を上げてひとしきり笑い合ってから、お互いの顔を覆い隠す黒&赤マスク…
その首元にピロリと飛び出すモノを摘みながら、同時に引き下げた。


「くっ…首元に、タグが…鉄朗さん?」
「あっ…改めまして…キス、するぜ?」




- 終 -




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※BGM 倖田來未『好きで、好きで、好きで。』


山:OSK…お手伝い、最高に完璧だったね♪
月:OSK…お幸せに、末永く恋して下さい♪


2018/12/05 赤葦誕生日

 

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