愛玩同盟







「みぃ~ちゃった♪」
「うぉっ!!?」


今日は黒尾さんと二人で外回り。
大抵の場合は、赤葦さんが一緒についていく(譲ろうとしない)けど、
仕事内容によっては、士業者じゃないとダメなこともあるから、
その時は僭越ながら(本当は当然ながら)俺が補助者として同行する。

全く、仕事だっていうのに…『補助者』はただの事務サポート係で、
別に先生の『助手』とか『懐刀』とかじゃないって、何度も説明してんのに、
未だに「…いってらっしゃい。」を言う時に、『タメ』と『ためらい』がある。
黒尾さん好き過ぎにも限度がある…仕事に支障を来す私情はダメでしょ。

…って、何も言わずに当然の如くついて来ようとするツッキーに、
「今回ツッキーは役立たずだから!」と言い聞かせるのも、もはや恒例行事…
こっそりほっぺをぷっくりさせるのは、かなり卑怯なレベルの可愛さで、困る。

そんなこんなで、修羅場も脱してかなり余裕があるから(特にメンタル面)、
俺と黒尾さんは、業務後にファッションビルでのんびりお茶&お買い物中だ。


「修羅場で引き籠ってたから、お買い物って超~久しぶりですよね!」
「だな!人混みでさえ、なんか『娑婆の空気!』な感じで…悪くねぇよな。」

ここ、デカい古本屋が入ってるだろ?赤葦に『おつかい』頼まれてんだ。
何冊かあるから、山口も一緒に探すの手伝ってくれねぇか?

もちろん!お安い御用ですよ~
…と、特に何も考えないまま、定型文で快諾した直後、
それが文字通りに『安請け合い』だったことを、俺は思い知った。

黒尾さんについて行った先は、オトナの女性向けコミックのコーナー…
赤葦さんが(黒尾さんの)私財を投じ、鋭意研究続行中の、BL漫画の棚だった。


「わぁ…こんなにたくさん、あるんですねっ!?」
「それだけ人気ってコトだろうな。実際に、グっとクるのも結構あるぞ。」

平日の昼下がりで、広い店内は閑散…同じコーナーにも俺達以外は誰もいない。
それでも何故か、コソコソ小声で背を丸めてしまうのは…しょうがないよね。

だけど、俺の慎ましい恥じらいには、これっぽっちも気付く様子もなく、
黒尾さんは無駄に堂々と…ピシッとした姿勢とハリのある声で話し掛けてきた。

「五十音順…著者名ごとに並んでるな。赤葦のリストもそうなってるから…」

よし、俺が著者名とタイトルを読み上げるから、山口は本を探してくれるか?
じゃあ、まずは3冊ほど…
『ドSな上司が寝かせてくれません』
『ムカつく同僚とセフレになってみた』
『ビッチな幼馴染のエッチなヒミツ♪』
ってタイトルみてぇだな…って、

「お~い山口!どこ行くんだっ!?」
「俺は山口じゃなくて…月島です!」


   クロとはもう絶対に、本屋とゲーム屋には行かないからね。
   黒尾さんの『大物っぷり』を、心から恨みたくなりますよ。

かつて研磨先生と赤葦さんがしみじみ語っていた理由は…コレに違いない。
店中に響く聞き取りやすい声で、ステキなタイトルを朗々と読み上げられて、
しかも俺の名前まで晒されてしまうなんて…皆様からの視線が痛すぎる。

っていうか、何そのラインナップ…誰かを想像しそうになる、絶妙なタイトル。
コレ絶対、赤葦さんが今日は同行できなかったから、ただイジケてるだけ…
黒尾さんへの当てつけ(兼、俺への可愛いイタズラ)に決まってんじゃん!
しかも、黒尾さん本人には全っ然キいてなくて…何か俺まで悔しいし。

とりあえず「イロイロと出そうなんで、トイレ行って来ます!」と叫びながら、
俺はその場から、脱兎の如く走り去った(あとツッキーも名前晒してごめん。)


ため息やらやり場のないアレやら、すっかり出し切ってから、トイレを出た。
古本屋フロアに戻った方がいいのか…?と躊躇っていると、
トイレから一番近いテナントの入口付近で、縮こまっているデカい姿が見えた。

そんなトコで、何してるんですか~?
…と、声を掛けようとして、俺は黒尾さんが手にしているものに気付き、
息と気配を殺して棚に隠れ、黒尾さんの様子を注意深く観察した。


その店は、コミック(こっちは新品)とかグッズとかをたくさん扱っている、
わくわくホビーショップ…日向と影山のポスター?的なのがぶら下がっている。
(あとでツッキーグッズを探そっと♪)

アニメも漫画もあんまり詳しくない…ほとんど何のグッズかわからないけど、
入口付近のワゴンセールにあった『とある逸品』に、黒尾さんは釘付けだった。

仕事中も試合中も、こんなに悩んでいる顔なんて、ほとんど見たことない…
悩むどころか、生きるか死ぬか!?ぐらいの、超~真剣な葛藤ぶりだった。

そうしてしばらく独りで悶々とし…やっと踏ん切りを付けて立ち上がり、
キョロキョロと周りを見渡してから、レジの方へ一歩踏み出した。
その瞬間を待ち構えていた俺は、棚から飛び出して黒尾さんの背中を…ポン♪


「みぃ~ちゃった♪」
「うぉっ!!?」

黒尾さんは文字通り跳び上がり、手にしていた箱を落としかけ…
わたわたしながらもしっかりとそれをキャッチし、俺に見えないように隠した。

「やややややっ、やまぐちっ!!?おおおっお前もやっぱり…山口家だな!」

夏はお前のご両親から『ポン♪』をヤられて、常世にイきかけたが…
今も胃と十二指腸あたりが、ボン♪っと飛び出しそうになっちまったぞ!!
そう言いながら、後ろ手に隠した『とある逸品』を、棚に戻そうとしていた。
俺は優しく微笑みながら黒尾さんに近づき、今度は正面から『ポン♪』した。


「それ…買わないんですか?」
「っ!!!?あっ、これはっ、その…」

物凄い勢いで顔を赤らめ、タジタジと音を立てて動揺しまくる黒尾さん。
プレミアがつきそうなステキな表情に、俺の『イタズラ心』に火が付いた。
ツッキー直伝の『ニタァ~』という笑顔に怯んだ隙を突き、『逸品』を奪った。

「へぇ~!こんな可愛いオモチャがあるんですかっ!?
   うっわぁ~これマジで可愛いですよ!買う以外の選択肢ないですよっ!」

その『逸品』は、小さな人形…フィギュアのセットだった。
デフォルメされた本体プラス、表情や格好を変えられるパーツが入っていた。

さっき遠目に見てはいたが、手に取ってみると…めちゃくちゃ可愛い。
俺は『イタズラ』そっちのけで、本心から『可愛いっ♪』を連発しまくった。





『ねんどろいど』という、塗装済可動フィギュアのシリーズの一つらしく、
体長10cmほどの『梟谷の司令塔系アクションフィギュア!赤葦京治』だった。

司令塔『系』って何?とか、顔パーツの表情にほとんど変化がない!とか、
対象年齢が15歳以上な理由とか、ツッコミ所が満載だけど、とりあえず…

「ひたすら可愛いっ!!むぎゅ~~~ってしたくなっちゃいますね!」

俺が箱ごとむぎゅ~~~っとしかけたところ、黒尾さんは慌てて引ったくり、
背中に隠し…自分の『咄嗟の行動』に、自分で勝手に動揺しまくっていた。
俺はむしろ、そんな黒尾さんをむぎゅりたくなったけど…それは置いといて。


「BL漫画を買ったり、タイトルをお店で朗読するのは平気なのに、
   フツーのフィギュア買うのを、何でそんなに恥かしがるんですか?」
「当たり前だろうが!BL漫画は…俺らには無関係だ。
   でもコレは…赤葦だぞっ!?リアルに小っこい、赤葦そのものだぞっ!?」

「リアルさで言えば、例の『イヤラシ系大判タオル』の方がアウトなんじゃ…」
「馬鹿っ!X軸とY軸ならまだしも、Z軸が加わるのは…次元が違うだろっ!」

「二次元はOKで三次元はNG!?立体フィギュアだって、今までも…」
「ガチャの景品と、モロにフィギュアを買うのは…何かイロイロ違うだろっ!」

何がセーフで、何がアウトか。何が恥かしくて、何が平気なのか。
その線引きや基準は人それぞれだけど、黒尾さんの狼狽振りは…無性に可愛い。


何はともかく、今はこの『レアな可愛い逸品』を愛でて…楽しむべし!!
俺は黒尾さんの肩口に顎を乗せながら、秘技『悪魔(参謀)の囁き』を敢行した。

「先月の修羅場…黒尾さん、凄い頑張りましたよね?その『ご褒美』に…ね?」

ゴクリ…と唾を飲み込む音。
だがこのカタブツは、なかなか『買う』とは言わず、頭を横に振る。
そして、棚からもう一つ箱を取り出し、俺の面前に突き出した。

「これ見てお前は…どう思う?これをツッキーが愛でていたとしたら…?」
「それはっ!正直…ビミョーですね。」

黒尾さんが取り出したのは、『ピンチサーバー系!山口忠』のフィギュア。
多分お世辞だろうけど、「これも可愛くて…俺は欲しい。」と、褒めてくれた。
でも、自分で自分のフィギュアは何とも言い難いし、これを愛でるツッキーも…
嬉しいような、フクザツなキモチ…本当に『ビミョー』としか言いようがない。

激可愛い確定な『ツンデレメガネ系』フィギュア…欲しくてたまらないけど、
それを愛でまくる俺を見られるのも嫌だし、妬かれるのも…かなり面倒臭い。
赤葦さんの妬き具合は火炎放射器級だから、黒尾さんが躊躇うのも…わかる。


俺は『山口忠』の箱を棚の奥に押し込みながら、もう一度黒尾さんに囁いた。

「『赤葦京治』を買ったこと…内緒にしといてあげますよ?」

だってこの可愛い子…ココに置いて帰るなんて、できませんよね?
でも、赤葦さんには知られたくないってキモチ…俺にもよ~っくわかります。
だから、黙っておいてあげる代わりに、俺にも何かヒミツのグッズを…ね?

残念だけど、ココにはツッキーフィギュアの在庫はないみたいだから、
別のツッキーグッズを『口止め料』として、俺にプレゼントして貰えませんか?

「…交渉成立だ。」


黒尾さんは、悪魔の囁きに…屈した。
『赤葦京治』の箱を小脇にコッソリ抱えながらレジへ向かい、
店員さんの後ろにぶら下がっていた、見覚えのある紙を指差した。

「この店には、まだ『大収穫!』バージョンの『一番くじ』が残ってる。」

これは研磨との…『一番くじ愛好会』の約束を破る、言わば禁じ手だ。
俺らは協約違反を犯した『共犯者』…俺と山口だけのヒミツにしよう。
これを1回ずつ楽しんで、皆にバレない小さなグッズを当てる…それでいいな?

「『いいな?』って…まさか黒尾さん、コレでツッキーを当てる気じゃ…」
「任せろ。今なら多分…イケる。」

何、その…気味悪い自信。
実績は十分すぎるぐらいあるけど、公言して狙うとか…さすがにムリだよね?
理性では確率計算…でも、過去の『幸運無駄遣い』を目の当たりにしている分、
もしかして…?という期待と好奇心が勝り、俺は首を縦に振っていた。


まず俺が引いたのは、3年生ラバーストラップ。中身は…菅原さんだった。
黒尾さんはごくごくアッサリと、ツッキー枠の1年生ラバーストラップ…

チラリと中を確認すると、黒尾さんは淡々とさっきのセリフをもう一度言った。


「無事に…交渉成立だな。」








- 終 -




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※夏の『ポン♪』 →『夜想愛夢⑧
※イヤラシ系大判タオル →『大失策!研磨先生③
※一番くじ『大収穫!』バージョン →『大収穫!研磨先生
※ツッキーフィギュアは『クレバーブロッカー系』でした。

2017/11/09    (2017/11/07分 MEMO小咄より移設)

 

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