桂冠詩人








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「キレイな…月。」


夜更け過ぎ。
明日のお弁当の下ごしらえを終え、執事学科の課題を片付けてから、書類仕事。
盃九学園の生徒である以前に、俺は家業『月山HD』の執行役員でもあるから、
そっちもおろそかにはできない…役員報酬に見合った分(お小遣い程度)は、頑張らなきゃね。

俺の仕事は、財務部門の次期TOPが内定している、月島蛍氏の補助(要するにお目付け役)だ。
「ウチの蛍がちゃんと仕事をするように、忠君がビシっと監督してやってくれたまえ!」と、
現月山HD会長こと月島のおじさんからの勅命…要するに『蛍観察日記』を付けるだけ。

   今日は、おやつにイチゴを持たせました。
   でも、その中に一つだけプチトマトを入れ、
   果糖減量&リコピン追加にしてみました。

   そしたら、赤葦さんがたまたまつまみ食い…
   12分の1の確率でまさかのトマトに当たり、
   赤葦さんを泣かすという、大暴挙を達成。
   黒尾さんが祝詞?呪詛??を唱えてたんで、
   おじさんも夜道には気を付けて下さいね。

   ちなみに、今日の月は…



「俺の一番、好きな月…かな。」

部屋(執務室)の窓の中心に見える山は、周りの山々に比べると、ちょっと閑散として見える。
鬱蒼と樹々が生い茂るというよりは、頂上部にひょろ長い木がちょろちょろ伸びていて、
逆に疎らな印象になっている…何となく、物足りなさを感じる、さみしげな山だ。
この感想をポロリと零したら、赤葦さんが『忠(の触覚)山』と勝手に命名…言い得て妙かも?

夜半過ぎ、この忠山の肩に、月が掛かる。
まんまるのお月様よりも、今日みたいな『欠けている月』が掛かる姿が、俺は一番好きだ。
まるで、あの有名な漢詩のような風景が目の前に現れ…俺は時を忘れ、魅入ってしまう。


「我は愛す 山中の月…」

   炯然(けいぜん)として 疎林に掛かるを
   幽獨(ゆうどく)の人を 憐れむが爲に
   流光 衣襟(いきん)に散ず

   我が心は 本(もと) 月の如く
   月も亦 我が心の如し
   心と月と 兩つ(ふたつ)ながら相照らし
   清夜 長え(とこしえ)に相尋ぬ

南宋の詩人・眞山民(名は桂芳)の、『山中月(さんちゅうのつき)』という漢詩だ。
もう、タイトルからして、俺とツッキー用!みたいな、ドンピシャな組み合わせでしょ?

人里離れた静かな場所(盃九学園?)で暮らす、俺の襟元に優しい光を注いでくれる。
そんな、まばらな山を照らしてくれる月が、俺は好きだ~っていうのが、前段部分。後段は…

俺の心は、もともと月のように澄み切っていて、月もまた、俺の心と同じようだ。
俺の心と月がお互いに照らし合い、共に求め合いながら、清らかな夜をいつまでも楽しもう…

「俺の理想の…月と山の関係。」


及川さんと岩泉さんのように、何世代も輪廻を一緒に繰り返し続ける、阿吽的完成度もない。
黒尾さんと赤葦さんみたいな、知略を尽くし運命をも捻じ曲げる、完璧なイロモノでもない。
主人&執事としても、人間的にも、未だまばらで欠けてばっかりなのが、俺とツッキーだ。

「だからこそ…『相照』で、『相尋』だ。」

満月には、『桂男』という歴史的なスーパーイケメン様が棲んでいるらしい。
確かにツッキーは目映いイケメンには違いないけど、妖怪扱いされるほどの完璧さは皆無…
謙虚さと口数が見事な反比例だし、性格も難ありまくりだし、不機嫌でイケメン台無しだし、
とてもじゃないけど満月には程遠い、欠けまくりな月…まばらな山と、お似合いだよね~

特に、山中の月…俺のナカにいる時のツッキーは、襟元にやたらキスの雨を注いでくるし、
澄み切った目で「まだ足らないよね?」と、欠けっぷりを当然の如く尋ねてくる清々しさ。
(そうするように、俺は手やアレをまばらに抜いて、手の中で月を転がす…執事の基本テクだ。)
優美かつ流麗な月夜を詠った詩をこんな風に解釈して…桂男さん!ホントにゴメンなさ~い♪

   <追伸>
   『山中の月』って、
   『俺の手の中のツッキー』みたいで、
   理想的な執事&主人のパワーバランス!!
   月島のおじさんも、そう思わない?
   だから、安心してツッキーは俺に任せ…




「あーあ、こんな所でまた…風邪引くよ?」

お勤め御苦労さま…と、小声で囁きながら山口の執務室に入ると、案の定、寝落ちしていた。
それがわかっていたから、僕はいつも通り、ノックもせずに忍び足で入室したんだけどね。

ホットミルクをデスクの脇に置き、部屋の灯りを落とす。
半分開けられたカーテンから、傾きかけた月の光が真っ直ぐ差し込んできて、
顔を伏せて寝息を立てる、山口の襟元…黒髪の隙間から覗く白いうなじを仄かに照らした。

「…っ!」

しっかりと髪で全て覆われるわけでもなく、まばらに髪束が垂れているだけだというのに、
その場所はお日様には当たらず、日焼けしていない…されど月光に照らされ、輝きを放つ。

   (月だけが、照らす…山。)

名状しがたい光景に心を奪われ、頬が朱に照らされた僕は、
何かに急かされるように窓へと向かい、隙間なく遮光カーテンを閉じた。

   (…ダメ、だよ。)

外の月明りを山から遠ざけて、僕は羽織っていたカーディガン脱いで山口の肩に掛け、
そのまましっかり腕の中に山口を抱え上げ…見えなくなったお月様に、清々と宣言した。


「月中山…これは、僕と相照らす山だから。」




- 月山編・完 -




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※月に棲む桂男について →『奥嫉窺測(12)


2020/03/20
(2018/06/26分 Twitter投稿)

 

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