接続不動(番外) ~接続不良~







   息が、できない。胸が熱くて、重い。
   満たされない苦しさに、溺れてしまいそう。
   それなのに、同時に浮遊感?も覚えていて。
   ハマりつつ、沈みつつ、浮かれている様な…

   (もしかして、これが…)


「こ、い…?」
「確かに、コイみたいですね。」

「…ぐ、る、じ、ぃっ…???」
「でしょうね。鼻をつまんでますから。」

はいはい、起きて下さい。
リビングのソファで寝落ちするのは厳禁だと、鯉のパクパクの如く何度も言ってますよね?
俺達が帰ってくるまでのヒマつぶしに、しょーもない妄想に耽ってたんでしょうけど、
同じ脳味噌を使うなら、『うだうだてんまつ』じゃなくて『うだいてんま』の方…
シュミの創作じゃなくて、シゴトのネーム構想を練って下さい…寝る間を惜しんで。

「な、んで、『うだうだてんまつ』の方って、わかった…ですか?」
「少年誌にはとても使えそうにないネタを、寝言で呟いてましたから。」

「っ!!?お、俺、何て言ってたっ!!?」
「俺の担当編集者は本当に優秀で非の打ちどころがなくて漫画より文芸向きだと思いま…」

「そんな画数多めで句読点のない台詞を、寝言で言うわけないでしょうっ!?」
「折角、宇内さんの深層心理を代弁して差し上げたのに…あ、肉まん冷えますよ。」


ヨッコイセー。と、棒読みのお手本みたいな掛け声と共に、
俺の鳩尾付近に置いた腕に力を込め、思いっきり反動を付けて立ち上がると、
グエッ!とカエルが潰れるような俺の呻き声をカレイにスルー…お茶を入れに行った。

「息苦しさの原因は、赤葦さんか…」

で、『胸の熱さ』の原因は…肉まん×2。
手のひらにすっぽりおさまる『ちょうどいいサイズ』が…って、ココに置かないで下さいよ。
おそらく、俺と黒尾さんの分。赤葦さんはガマンできず、道中食べてしまったらしい。
お茶を持って戻ってきた赤葦さんの頬を、指先でそっと拭って、そのまま口元へ。
赤葦さんは眉ひとつ動かさず、俺の指をペロリと舐め、ジューシーなミンチを回収した。

「あー、今の…ネタに使えそうかも?」
「そう…ですね。特に、関係性に変化の見え始めた二人…ラブコメに最適でしょうね。」

ほほぅ。関係性に変化の見え始めた、ねぇ?
それに相応しいネタが、今まさに目の前に…という、俺の淡い期待には気付かぬまま、
赤葦さんはあるイミで予想外なことを、予想外の表情で呟いた。

「ド定番をおさえておくなら…『幼馴染』でしょうね。」


「『幼馴染なんて、クソ喰らえ…』って、言ってませんでしたっけ?」
「句読点含め、過不足なくその通り言いましたし、今でもその通りだと思ってますよ。」

幼馴染は本来、親の都合や居住環境によって、『ガキの頃から近くに居た』だけの存在です。
人的な流れが少なく、環境の変化も緩やかな、『選択肢』の限られた田舎は別として、
環境が固定化されにくい大都会では、幼少期の交遊関係を継続する方が困難という意味では、
まぁまぁ稀少な部類に入る、特殊な人間関係だと言えるかもしれませんけどね。

「田舎でも、中学受験したり大学で独り暮らしとかすると、地元の友達とはなかなか…」
「それに現代は、オンラインでの繋がりもありますから、余計に人間関係は流動的です。」


そんな社会的環境にありながら、地元…親元を離れ独立してからも、
ガキの頃と全く同じ『幼馴染』を延々続けているのは、どう考えたった『特別』ですよね。
環境の変化に伴って、二人の関係性も当然変わっていく…変わらざるを得ないというのに。

「確かに、帰省した時に会えば昔のままでも、普段は頻繁に連絡取ったりはしないですね。」
「『会えば昔に戻る』という点では、中高の同窓生やOB会も、似たようなものですけど…」

でも、単なる同窓生と違うのは、幼馴染は『選択肢の少ない幼少期を共に過ごした』こと。
人格形成の『根っこ』の部分を共有し、互いに刺激し合いながら成長してきた…
ただの『友達』よりも、条件的には『きょうだい』や『いとこ』に近い存在だという点です。

「だから、大人になって成長し、疎遠になったとしても、『根っこ』は繋がってる感…」
「俺は、幼馴染のそんな『切ることが不可能な縁』が、忌々しくもあり…羨ましかった。」

   だって、ズルいじゃないですか。
   環境を共にした…というだけで、
   お互いの『特別』になれる、だなんて…!
   更には、クラスメイトやチームメイト等、
   幼馴染『+α』の特別加算があるケースは、
   ズルいを通り越して、卑怯の極みでしょ!

「…と、思っていました。対談するまでは。」
「………。」


枝葉や幹は変わっても、『切ることが不可能』な『根っこ』で繋がっていることは、
良いことばかりじゃない…変化したくても、切りたくても、そう簡単にはできないんです。
親子やきょうだい、親戚や地元との縁は、たとえ腐ったとしてもなかなか切れないですよね。

「他の選択肢が増えれば増えるほど、切れない縁が逆に『枷』になることも、往々にして…」
「『絆』も、元々は家畜が逃げないよう『楔』に繋ぎ止めておく綱(縄)…ですからね。」

枷や楔ではない、新たな繋がりを構築する…
それが最も困難な、準身内的他人関係が『幼馴染』だからこそ、
人々はその関係瓦解&再構築にカタルシスを見出し…心をときめかせるんでしょうね。

「『他人事』の視点に立つことができるなら、これほど面白い文学はそうそうありません。」
「逆に言えば、『当事者』の立場だったら、こんなに苦しい関係もそうそうない…ですね。」


目に浮かぶのは、先日対談した彼の…視線。
ほんの小さなきっかけでも、関係変化の一打になれば…という、淡く微かな『期待』よりも、
瞳に満ちた大半の感情は、『諦め』や『絶望』そして『恐怖』の混ざった、空虚感だった。

   (彼?いや…『彼ら』だ。)

俺が辿った数々の『視線』を思い返し、隠し切れなかった『期待』を辿っていると、
その思考を断ち切るように、赤葦さんは強い言葉を優しい口調で零し始めた。


「俺、ずっと、月山組が…嫌いでした。」
「…えっ?」

月島君は高校時代からクソ生意気で、もし俺の部下だったら、腐った性根からへし折って、
毒しか吐けない不器用なおクチを、無駄にイケメンなツラに似合うように矯正していたはず。
他校の下級生ながら、そのくらい可愛くて仕方ないから、渋々面倒を見てあげていた…

「月島君単体は、割と好きですよ。」
「それ、ホントに好きなんですか?」

一方の山口君ですが、特に交流はなかった…月島君の調教師、程度の認識でした。
あなたがそうやって、自主練後に毎度毎度お迎えに来るとか、ベタベタに甘やかすから、
御宅様のペットがつけあがる…管理不行き届き甚だしいですが、教育は間違ってないなと。
現に、あの『烏合の衆』を束ねて全国三位に導いた手腕は、俺の部下にしたいぐらい…

「調教師としては、及第点です。」
「それ、ホントに褒めてますか?」

単体としては特に害はない。でも、二人セットになった途端、俺は目を背けていました。
互いの存在に甘え切って、それを隠そうともしない…『特別』感を晒しまくっていました。

「公然イチャイチャを見せつけんな、と。」
「あー、それは、ちょっと…わかるかも。」

   幼馴染だから、いつでも仲良しで当然?
   部活でも学校でも、セットが当たり前?
   強固に繋がり合った、不変不動の関係?

「俺、甘いモノは苦手なんです。不要不求。」
「幼馴染・仲良し・セット…これも、三蜜?」


でも、全ては俺の『思い込み』でした。

『いつでも仲良し』じゃない…本気で罵倒し、ボコボコに殴り合う幼馴染も存在すること。
その逆に、幼馴染じゃなくても『セットが当たり前』な…黙して語り合わないコンビもいる。
はたまた、ある意味幼馴染の究極系…遺伝子レベルで『セット』でも、終生ライバルなペア…

「同じ『組』と言われる二人でも、様々な関係性があるんだなと、やっとわかりました。」
「『幼馴染』という言葉で、ひとくくりにはできない…俺も、対談で痛感しました。」

勝手な思い込みで、『幼馴染』というラベリングをしていたのは、大変失礼でした。
一組として同じ夫婦が存在しないのと同様に、幼馴染も千差万別…内情は外からわからない。
甘ったるいだけの幼馴染だと思っていた月山組も、実は全然甘くない関係だった…

「甘酸っぱさよりも、苦み成分が絶妙…実に俺好みの味だったと、ようやく気付きました。」
「緑強めで時々黄色が交じる…独特の苦味がたまらない、菜の花のからし和え的カンケー?」


そう、まさに…春菊や茗荷のような存在です。
まだ子どもから抜け出せなかった高校時代よりも、お互い以外の存在と生活…社会を知る。
茄子、胡瓜、白菜といった、たくさんの選択肢を知った上で、
ようやくわかる、苦み成分の奥深さ…それが、旨味を伴う甘味を際立たせるんです。

「月山組が本当に面白くなるのは、高校時代ではなくオトナになってからです!!」
「幼馴染以外の選択肢を知る、社会人編こそ…月山組がウマウマ設定になるんですね!」

「ただ単に『幼馴染の腐れ縁からズ~ルズル』なんていう、怠惰な惰性的カンケーよりも…」
「『焼肉に野菜イラネー』時代を経ての『やっぱサンチュ巻きたい』に至る過程が…美味!」

「同じ理由で、『すき焼きに春菊なんか入れんなコノヤロー!』だったはずのカンケーが…」
「『お蕎麦屋さんのトッピングに、芋天選んじゃった☆』に、徐々に変わるとか…最高~!」


赤葦さんとガッチリと手を取り合い、ウマウマな『ネタ会議』に大フィーバー。
期待に満ち溢れたキラッキラな瞳で、うだうだてんまつセンセイ…と、流し目のオネダリ。
さすがは「初めて読んだ近代文学は『四畳半襖の下張』です。」と豪語する、文芸志望だ。

俺はその視線を真正面に受け、生唾ゴックン…を誤魔化す、大きな大きな深呼吸。
そして、二人の余興…創作活動に不可欠な『想像力養成トレーニング』こと、
妄想大暴走☆BLサークル『うだうだてんまつ』モードに切り替えた。


   醸し始めた旨味に惑い迷う…月山組。
   そして、旨味を拒み続ける…阿吽組。

   それを『他人事』として眺めたいのに、
   両方の『当事者』になってしまった!?
   ふざけんな!俺を巻き込むんじゃねぇ!


「社会人編は『この人』視点で描く物語が、最もウマウマ。タイトル…『接続不良』です。」



********************




『どどどどっ、どうしようっ、つつっツッキーがっ、ツッキーにっ…ぅわぁぁぁぁっ!!!』
「っ!!?な、なんだっ!!?」


詐欺どころか強要に近い騙し討ちで、強引に新幹線に乗せられ東京へ。
すんでのところで仙台にトンボ返りし、自宅のドアを開けた…直後。
俺を東京へ連行した張本人が、珍しく取り乱した絶叫で、電話を寄越してきた。

基本的には穏やかで、ヘラヘラ(ニコニコ)を絶やさない奴が、ここまで動転するなんて、
余程のことがあったに違いない…奴の『相方』に、まさか不測の事態が発生したか!?と、
『落ち着け』と自分自身にも言い聞かせ、急上昇する動悸を必死に抑え込んだ。

『けけけ賢太郎さんっ、ツッキーが…っ!』
「まずは、落ち着け!月島が、どうした?」

月島は無事なのか?いやむしろ、月島よりも山口の方が危機的状況じゃねぇか?等…
悶々と脳内に浮かび上がる『悪い予想』を、汗と共に掌で握りつぶしていると、
それらの予想を全て消し去る声が、電話口の向こうから響いてきた。


『…最っ低。』

いつも淡々とし、毒々しい減らず口。
だが、初めて聞いた『熱の籠った声』に、俺はあらかたのことを瞬時に理解した。

   (まさか、そっち、かよ…っ)

ブツっと切れたスマホを、そっと置いて。
大きなため息を吐きながら、俺は昨夜の名残…宅飲みの後片付けを始めた。



***



「…で?いつまでウチに居るつもりだ?」
「あ、パン焼けたよ~♪バター全面でOK?」


電話が切れた数時間後、干していた来客用布団を叩いていると、ピンポンそしてガチャリ。
家主の返事を聞く前に、たっだいま~♪の声と共に、波乱の片割れがやって来た。

いや、『やって来た』はずなのに、『戻って来た』または『帰って来た』みたいに振る舞い、
いつも通りヘラヘラを振り撒きながら、俺んちに居付くこと…今日で一週間。

「…おい。そろそろお前んちに…」
「はい、お弁当!唐揚&愛情たっぷりだよ~♪今日もお仕事&練習、頑張ってね~♪」

「話を逸らすな!弁当は、まぁ…サンキュ。」
「えへへ♪どういたしまして~♪」


漫画家・宇内先生(と、裏方二名?)との対談。
裏方のうち一人は、月島の『師匠』だという話だったし、
グデグデでダラダラな膠着状態だったコイツらが、上京でちょっとした気分転換できれば…
欲を言えば、現状打破のきっかけになればいいと、見知らぬ『師匠』に期待していた。

そんな俺の淡い期待に、東京の『師匠』はガッツリ応えてくれたようだ。
対談の後、師匠は弟子に電話…その後すぐに、弟子は師匠の叱咤激励に鼓舞され、
ようやく相方の山口に、積年の想いを言葉で伝えたのだ。

   (よくやった…頑張ったな、月島っ!!)


ここで話が終われば、ハッピーエンド。
二人の間に挟まれ、『両片想い』の仲介(恋愛相談窓口)を不本意ながら担っていた俺は、
やっと双方からの『ちょっと聞いて下さい…』から解放される!と、万々歳…のはずだった。

だが、積もり積もった想いの重さを、山口は受け止めきれなかった。
受け止めたくても、自分の中に積もり積もったもので、既にキャパオーバーだったのか、
歓喜や驚愕を通り越し、頭ん中が真っ白…パニック状態へ陥ってしまったのだ。

嬉しくて、嬉しすぎて、それが信じられず。
夢が叶ったにも関わらず、それが夢だと錯覚してしまうぐらい大混乱した結果、
月島から告白された、まさにその場で、「きききっ、聞いて下さいよぉ~~~っ!!」と、
カラダに馴染んだ『いつも通り』を無意識で実行…俺に電話してしまった、というわけだ。

   山口の気持ちも、わかる。十分わかるが…
   月島の気持ちも、痛いほどわかっちまう。

   (なんつー悲劇…喜劇っ!!)

師匠にどつかれて、やっっっっっと告白したっていうのに、
それを聞いた相方は、想いに対する返事をする前に意識をぶっ飛ばし、まさかの他人に電話。
当然ながら、月島は激怒(絶望と悲嘆)…電話中の山口を置いて、独りどこかへ立ち去った。


「もうこんな時間!?俺、今日は外回りの早出だから…お先にいってきま~っすっ♪」
「…おぅ。気ぃ付けて。」

対談の日から、山口は現実逃避するが如く、俺んちに居座り続けている。
想いが通じ合ったはずなのに、その相手とは違う奴とプチ同棲…愛妻弁当を作る日々。

   (俺じゃ、ねぇだろ…っ)

対する月島は、俺の鞄に入っていた弁当箱から全てを察し、
表面上は気味が悪いぐらい、いつも通り淡々と練習に励み…俺に釘だけを刺してきている。


「同じ家に泊まったけど、別々の部屋に寝ました。相談に乗って貰って…でしたっけ?」
「不倫芸能人の言い訳だと苦しいが、今回はそれが『文字通り』に大正解!だからな?」

「京谷さんちって、そんなに広かった印象ありませんけど?殺風景ではありますが。」
「誰よりも早く酔いつぶれる月島が、いつも寝転がってる部屋…不満でもあんのか?」

「ダメージを蓄積され、将来が不安なのは承知の上ですが…念のため毛髪を下さい。」
「念のため先に釘を刺しとくが、俺は部分ハゲじゃなくて…オシャレな剃り込みだ。」

「別に僕は、京谷さんを恨んだり呪ったりしてない…むしろ感謝の気持ちでいっぱいです。」
「わかったから…お前の菓子パンと俺の弁当、今日も交換してやる。末代まで感謝しろよ。」

「京谷さん…大好き♪ですよ?」
「月島の愛…俺には重すぎる。」

   (もう、マジで、勘弁してくれよ…っ)


   現実から逃げ惑う、山口。
   夢を追い続けない、月島。

想いを伝えた瞬間からも、以前とは違うカタチですれ違い続ける、幼馴染共。
こうなるんじゃないか?と…二人の『今までのカタチ』が壊れてしまうことを恐れて、
ずっと想いを伝えられず、悶々としつつも穏やかに過ごしていたが、
その恐怖を乗り越え、大きく一歩前へ踏み出してみたら…恐れていた通りの現実が訪れた。

   (わかっては、いたけど…)

安定しきった『幼馴染』というカンケーを、今までとは違うカタチに変えるためには、
次の『一歩』を二人で一緒に踏み出さなきゃいけないことも、痛いほどわかってるだろうが…

   (怖ぇ、よな…っ)


「幼馴染なんて…クソ喰らえっ!」

二人の想いを代弁するように、青々と生い茂る杜に向かって吐き出し、
黒々と俺を包み込む闇夜に向かい、縋るように首を垂れた。


「何とかしてやってくれ…『師匠』っ!」




- 接続不動⑥へGO! -




**************************************************


2021/04/10 

 

NOVELS