接続不動⑥







「おい、ブラック。大丈夫か?」
「んあ?あ…悪ぃ。ボ〜っとしてた。」
「全っっ然、大丈夫やなさそうやな。」


ホントは『大丈夫やない』のは、コッチの方。
この俺にも!遂に!光が当たる日が来たで〜!と、漫画家先生との対談を心待ちにし、
昨夜は御挨拶の予行演習…遠足前日の小学生かいな!ってぐらいのテンションで、寝不足や。

せやけど、俺に当たった光は、スポットライトでもキラキラ朝日でもなく、
お日さんが昇る前に、お月さんから飛び降りてきた、ギラッギラな光…木兎光太郎やった。

「アーラーンーーーっ!あっそぼーぜっ!」
「はぁ!?なんや突然!何時やと思うて…」

「ラジオ体操の時間まで…あと1時間しかない!急いで遊ぶぞ!」
「ウチには『出席スタンプ』、あらへんで!」

「えっ!?んじゃ…ボインちゃん、押して!」
「俺の母印ちゃん、勝手に揉むなやっ!」


夜明け前から眩しい光に当てられた俺は、朝飯やらラジオ体操やらに、おおわらわ。
隙を見て駆け込んだトイレで、ブラックに緊急通報…『ふ』って、めっちゃ遠いやんけ!
アドレス帳の一番手『あらん』の真下におった『いーぐる』に、救難信号を送った。

イーグルこと鷲尾は、木兎の元同僚。
よう考えたら、ブラックは大仕事(対談)があるし、助けを求めるにはイーグルが最適や。
俺達『ラブリー・テイルズ♪』は、日本バレー界の危機を食い止めた、ヒーローになる…
自ら光に当たるんやなくて、自らを犠牲に光を抑えた、影の立役者。それが俺、ホワイトや!

そう自分を慰めながら、対談に穴を開けたことを、心の中でブラック達に全力で謝罪しつつ、
イーグルと共に一日中、木兎の子守…三人で狩猟ゲームに明け暮れた。
ブラックと連絡が取れたんは、日もとっくに暮れた後。飲み会の開始時間直前やった。

「どうやら、ホワイトんとこの…双子が主犯らしいぞ。」
「そうやないかと、薄々…木兎は?」

「やっと寝た。それじゃあ、行こうか。」
「せやな。ブラックに癒して貰おうや。」


なんやかんや悪し様に言われとるけど、ホンマはめっちゃ優しい、ブラック黒尾。
超癒し系トリオ『ラブリー・テイルズ♪』で、疲れ切ったお互いの尻尾を慰め合おうや!
そう思うて集合したのに、ツムサムに揉まれたブラックは、憔悴…とは、ちゃうやんなぁ?

「さっきからずーっと、上の空…随分と『らしくない』な。」
「ウチのツムサムに、何か言われたんか?」
「…っ。いや、そういう、わけじゃ…」

一旦は否定したが、しばらく割箸の袋を指先で玩びながら逡巡…
そして、ごくごく小さな声で、俺にポソポソと尋ねてきた。

「ツムサムは…ツムはともかく、サムの方は、『北さん』とやら以外に、興味…ねぇのか?」
「は?サムのアマタん中は『北さん>>>>>>>(越えられない壁)>>>>>おにぎり』やで。」

そんなこと、ほんのちょっと対談しただけで、絶対にわかるやろうに。
それどころか、双子からステレオで「北さんは永久不可侵や!」って耳タコで言われたやろ。

全く以ってブラックらしゅうない、まるで質問になってへん質問に、ポカーン。
そんな俺の口にタコ天を優しく入れながら、今度はイーグルが質問を寄越した。


「『北さん』って、真面目の権化みたいな『ちゃんと』した人だと、角名が言ってたが…」
「せや。俺の身近におる人間の中で、北信介ほど『ちゃんと』した奴…心当たりあらへん。」

世間様が言うには、難関国家資格でさえ、合格確定ラインは『模試の7割』らしい。
普段通りの力を発揮したら満点取れる奴でも、本番は7割出せたらエェ方や。
いかに『普段』の成功率を上げるか、つまり、『いつもちゃんと』をやり続けることで、
『本番』もそれをやり切れる可能性が、徐々に上がってくるっちゅうのが、一般的な話。
せやけど、世の中には本番でも普段通りをきちんとやれる、統計度外視のド変態もおったり…

「それが、くだんの『北さん』…か。」
「理屈ではわかっとるけど…若干キモいぐらいの『きちんと』ぶりや。常人には無理やろ。」
「『三日坊主・100回やれば・年8割』が、俺の座右の銘…これでも努力の極限値だな。」

『猫の皮算用』を披露したブラックは、はぁ…と深々ため息を吐き、ビールを飲み干した。
イーグルは空いたグラスを下げ、手際よくボトルから焼酎の水割を三人分作ると、
珍しく口数多めに、ゆったりと話し始めた。


「若干キモいぐらいに『きちんと』した、常人外れのド変態…俺の後輩に心当たりがある。」
「セッターの…赤葦か?今はブラックと一緒に仕事やろ?漫画家編集者もドMな商売やな~」

本番でも普段通りができることが、誰でもできる『当たり前のこと』だと思っている。
たとえそこまで意識してなくても、普段通りをやればいいと、本番の真っ最中に自制できて、
それをきちんと、100%やってしまう…そのための努力を、常に惜しまない奴なんだ。

「うっわ、それ…北信介二号やん!?」
「怖くてたまらない…後輩だったよ。」

そういう奴に限って、自己評価が異常に低い。謙虚という言い方もできるんだが…
『スター』の輝きを間近で見続けたせいで、自分も光っていることに全く気付けてなかった。
気の毒というか、何というか…その鈍感さこそが、常人の枠を完全に逸脱してるんだろうな。

「ギラッギラな宮兄弟の奥に控える、北信介。キラッキラな木兎の脇に構える、赤葦京治。」
「『眩い光を平然と見続けられる』こと自体、既に常人離れやのに…自覚できへんのやな。」

ホワイト。目を閉じて、想像してみてくれ。
あの木兎の「もっと!もっともっと!!もーーーっと!!!」という、際限ない要求に対し、
普段も本番も、100どころか120%きちんと応え続けてみせる奴が、この世に存在するんだ。

「バ…バケモンや!赤葦、怖っ!キモっ!!」
「あぁ。木兎より赤葦の方が…バケモンだ。」


「おい!お前ら、そこまで言わなくても…っ」

北二号こと、赤葦に心からのリスペクト(という名の…何やろ?)を贈っていると、
しばらく黙って聞いていたブラックが、珍しく口調を荒げて俺達を遮った。
だが、それに一番驚いたのは、当のブラック。悪ぃ…と呟いて、テーブルに伏せた。

「酔ってる…みたいだな。」
「俺のだけ、濃く作ってねぇか?」

「…あぁ、そうだ。」
「イーグル、お前ホント…優しいよな。」

   はぁ~?何言うてんねん。
   ブラックのだけ、ほとんど水やんけ。

…と、喉元まで出かかったツッコミを、イーグルは視線だけで制した。
そして、伏せるブラックの頭を、羽で撫でるように柔らかくヨシヨシし、静かに話を続けた。


「さっきの、ブラックの質問。その真意は…
   宮ツインズは、ゲテモノ好きか?特にサムの方は、ちゃんとした奴が好みなのか?…だ。」
「は?そんなん聞いて、どないなんねん?
   サムは『ちゃんとした奴』が好きなんやなくて、ちゃんとした『北信介』が好きなだけ…」

「『北信介』本人は、サム自身も含めて『永久不可侵』なんだろ。それなら…
   北信介に似た『ちゃんとした奴』は、むしろ侵略可能…『どストライク』じゃないのか?」
「なっ、なるほど!その発想は、まるっきしなかったでっ!!
   北信介じゃない、北信介っぽい『ちゃんとした奴』に、ツムなりサムなりが…???」

   …アカン、ひとっつも、想像できへん。
   いやでも、これだけはハッキリ言える。
   これは言うたらな、絶対アカンやつや。


俺は真横に突っ伏すブラックの肩を、力一杯ガッチリと抱き、ドンドン叩いてやった。

「安心せぇ、ブラック!サムもツムもアホやけど…愛だけは『ちゃんと』真っ直ぐや!」

ツムサムにとって、北信介は神に等しい存在。
永久不可侵かつ絶対領域万歳…ヒゲの先も届かんとこにおる、憧れのスターみたいなもんや。
確かに、好きで堪らん北信介チックな奴は、間違いなく『どストライク』やと思うけど、
そいつを北信介『二号』扱い…北信介の『代わり』には、絶っっっっっっ対にせぇへんで。

「アイツらの『好き』に、嘘はあらへん。」

もし万が一、イーグルとブラックが可愛がっとる赤葦と、サムが…ってなったら、
サムは最愛のおにぎりと同じぐらい、ムギュ~っと握り締めて、そいつを離さんはずや。
赤葦は『ちゃんと』愛してもらえる。たとえゲテモノでも、アイツは残さず食う。せやから…

「心配せんでエェ。大丈夫や♪」

「それを一番、心配してんだろうがっ!」


ぶほわっ!!!
チーンと伏せっとったはずのブラックから、痛恨の一撃。鼻から枝豆出たやんけ!
盛大に咽る俺…よりも、ツッコミ入れたブラックの方が、何故か撃沈???

「…ナイスボケ、ホワイト。」

キョトンな俺に、イーグルは真顔で拍手。
そして、やられた…と呻くブラックの頭を、もう一度ナデナデし、ししゃもを咥えた。


「…いつ、自覚できたんだ?」


*****



「イーグル。スマホの連絡帳…『一番最初』の奴の、番号下4ケタを教えてくれ。」

イーグルの質問には答えず、ブラックは意味不明な要求をした。
そんなん、『あらん』のに決まっ…あ、違う。もっと前…『あかあし』がおるんか。

イーグルが黙って差し出した画面を見たブラックは、「やっぱり…」と呟き、天を仰いだ。
しばらくそうして虚空を見つめ…イーグルが手渡したグラスを脇に寄せ、再び突っ伏した。

「俺が教わった番号と…違う。」
「…っ!?お前ら、まさか…っ!!!?」

ブラックの言葉を聞いたイーグルは、心底驚いた顔をして大声を上げた。
こないな『吃驚仰天!』なイーグルを初めて見た俺も、つられてビックリ。
イーグルが落した焼鳥を拾い、零れたタレを拭き拭き…
シミ抜きが終わった頃、イーグルの沈黙圧に観念したブラックが、口を割った。


「自覚したのは、番号の違いに気付いた時…」

ツムサムのひとつ前のゲスト、伊達の鉄壁コンビが来た時だ。
意気投合した二口から、連絡先教えろと言われた赤葦が、その場で伝えた番号が、
俺がいつも連絡を取り合っているものと、全然違うじゃねぇか!?…ってな。

「お前…赤葦の番号、暗記してんのか!?」
「た、たまたま…語呂が面白かっただけだ!」

二口の番号を登録するため、ポケットから出したスマホも、
いつも俺との打合せ時に使っているやつとは、違う色のケースに入っていた…
あぁ、そうか。俺が知ってんのは、赤葦の『仕事用』スマホの番号だけだったんだな、と。

「…以上、だ。。。」


以上って…わけわからん。
酔ったフリ&寝たフリして、ちゃんと説明しようとせぇへん、ブラック。
それなら…と、「寝落ちしたな。」とイーグルはあえてはっきりと『確認』を宣言して、
「起こさないように…な?」と、片目パチクリして「シーっ」のポーズ…可愛ぇやないかい!


「赤葦の番号…高校時代から変わってない。」

ホワイトも知っての通り、ウチの梟谷とブラックの音駒は、伝統的に物凄く仲が良く、
事ある毎に合同練習し、夏場は毎週のように合同合宿をしてたんだ。

「猫頭鳥vs猫被り…夏は暑苦しい毛玉共や。」
「せめて、モフモフ可愛い…と言ってくれ。」

そんな梟と猫の蜜月関係を維持するには、頻繁な連絡や調整が必要不可欠。
だから、『二つのチームのまとめ役』が協力して、膨大な雑務をこなしていたんだが…

「猫側は主将のブラックで、梟側は…アカン、木兎は論外やっ!」
「そうなると当然、それは副主将・赤葦の仕事になるわけだ。」

「な~んや。ほんなら、『今』の仕事とほとんど変わらんようなことを、高校時代から…」
「ブラックと赤葦は、一緒にやっていた…だから『今』も、上手く連携できるんだろうな。」


…って、ちょい待ったぁぁぁぁっ!
全国でも名の知れた、強豪校互助会『梟谷グループ』のまとめ役…ホウレンソウが必須やん?
前から『ラブリー・テイルズ♪』の飲み会中、何度も中座して業務連絡しまくっとったけど、
そんなカンジで、高校ん時も、ドM苦労人コンビは常々ネタ会議…協力し合いよったんやろ?

それなのに、何で…
何でブラックは、高校時代から変わっとらん赤葦の番号を、知らんのや???
そんなん、おかしいやん。仕事にならへん…って、まさかっ!!?

「ブラック、もしかして…赤葦と直接繋がらんまま、業務こなしとったんかっ!?」
「っ………。。。」

寝返りうったフリして誤魔化したけど、ビクって跳ねた尻尾の先…見逃さへんで。
俺はすぐさまイーグルに視線で確認。立派な鷲羽を立てて、正解のサイン…ウソやろ。

「『あ、悪ぃイーグル。ついでと言っちゃあ何だが、赤葦に…って、伝えてくれねぇか?』
   ブラックとのやりとりの、シメの『定型句』がコレだった理由…俺にもやっとわかった。」

何で赤葦に直接、言わないんだろうか?
時折そう思ってはいたが…まさか、互いに連絡先を教え合ってないなんて、想像の枠外だろ。
そう言えば、赤葦の方から連絡がある時は、木兎&ブラックの電話中に、割り込んでたな。
『木兎さんすみません。黒尾さんに伝えて…やっぱり3分だけ、代わって下さい。』風に。

「この苦労人共は、相互接続しないまま、動き回っていた…信じられないことに、な。」
「はぁ~!?一体、何時代の人間やねん!?むしろ宇宙人レベルのエスパーやんけ!」


ピッチやらポケベルやらが出始めた頃の、昭和生まれの中学生かっ!?
クラスの連絡網に書いてある、おウチの電話に掛けて、あーそーぼ!的な時代の人間かっ!?
そうやないのに…業務上、山盛りホウレンソウが必要やったはずなのに…何でやねん!?
俺にだって、ほぼ初対面で「『テイルズ♪』に入ってくれ!」って、連絡先交換したやん。

「何で赤葦に、番号聞かへんかっ…あっ!?」

   その『何で?』に、気付いたんは…
   理由をブラックに気付かせたんが、
   伊達の鉄壁…っちゅうことかいな!

「個人的な連絡先を、アッサリ教わる二口を見て…鉄面皮にヒビが入ったんだな。」
「自分がアッサリ聞かれへんかった事実から、自分のキモチを自覚アーンド…ヤキモチや!」

「今は、仕事用で業務連絡は取れている。だからこそ余計に今更、個人用を聞けない…
   高校時代は無意識の照れ臭さで済んだが、今は『特別な理由と説明』が必要だからな。」
「その悶々の最中、ツムサム弾直撃。ヤキモチに焦りトッピングで、マシマシ大盛。
   自覚した途端、ピュアピュアやった高校時代の自分に、恥ずか死にそう…ing形か!」

つまり、今回の『ラブリー・テイルズ♪』ネタ会議の、結論は…
ネタ会議?いや、これはちゃう。今回のは、ブラックが生まれて初めて挑戦した、ただの…

「…恋バナかっ!?」
「今頃気付いたんか、ボケェ!」


イーグルから猛禽類バリに鋭いツッコミを貰ったのは、俺のはずやのに。
ネタをふって寝たフリし続けるブラックが、耳まで真っ赤に染めて爆死した。

   (ちょ、おま、か…可愛いが過ぎるやろっ!)


「あ~、もうこんな時間や。ブラックも起きへんし…今日はお開き、やな。」
「そうだな。木兎が起きてグズる前に、俺達も帰ろう…またな、ブラック。」

今は何も言わんと、そっとしとく方がエェ。
尻尾の代わりに、手のひらでブラックの頭と背中を優しくナデナデして慰め、
俺とイーグルは静かに立ち上がり、居酒屋をあとにした。


   (頑張れ、ブラック…俺達がついている。)
   (何かあったら、すぐ…テイルズ集合や。)
   (さんきゅー。お前らがいて…よかった。)




********************




   (…ん?いま、なんじ…)


微かな物音を聞いたような気がして、重い瞼を片方だけ持ち上げる。
ここは…あ、宇内さんちの、リビング。

そうだ。宮ブラザーズとの対談を終え、近場の公園から角名さんの無事を電話で確認。
コンビニで肉まん他を買って、ここに戻って来て…

   (そこで、俺は…っ)


*****


一時外出した俺達が帰って来るのを待つ間、宇内さんは暇つぶしにウダウダ妄想。
何度も「やめて下さい。」と言っているのに、妄想が夢へ繋がり…そのままソファで寝落ち。

はい、お説教確定。
最高に気持ちヨさそうなとこで、眠りをぶち破って差し上げようと手を伸ばした…その時。
ふにゃぁ~と頬を緩め、ほんのちょっと眉間にしわを寄せて、『登場人物』の名を呼んだ。

「く、ろお…さん。」
「っっっ…!!!?」


こんなの、よくあること…
毎度お馴染みの『うだうだてんまつ』に、妖怪世代関係者を出演させることなんて、
この対談をやりはじめてからは特に、当たり前のようにやっていたはず、じゃないか。

   それなのに、どうして…
   どうしてこんなにも、息が苦しいんだろう?

咄嗟に幸せそうな寝顔から目を逸らせると、綺麗に洗われた5つセットの湯呑が見えた。
俺専用の赤の上に、対談時等の来客者にお出ししている、緑と青…三段重ね。
その横に、宇内さん専用の橙色に…黒尾さん専用の黒が、二つ重ねて伏せてあった。

   (俺は、『来客者』側…っ)

   だから、どうした?たまたま、だ。
   湯呑の重ね方に、イミなんてあるわけない。

   だけど、もしも…、もしかすると…


「く、ろ……んっ、…おれを、みて…」
「っ…!!」

今のは一体、『誰の』セリフだ?
宇内さんは夢の中で、『誰視点』の物語を描いているのだろうか?
その『誰か』はなぜ、そんなにも切ない声で、黒尾さんを呼んで…っ!?

   (知りたいけど、絶対…知りたくない。)

だって、どう考えても。
俺はそんな風に、黒尾さんを求めたりしない…求めることなんて、できやしない。
俺以外の誰かと、『こんい…』な黒尾さんの姿なんて、ウダウダ妄想だとしても見たくない。

   (この苦しさのイミって、つまり…っ)


視界の隅で、チカチカと淡い光が点滅した。
とにかく思考を切り替えたい一心で、その光を追うと…宇内さんのスマホ。
目を逸らせる前に、目に飛び込んできたポップアップは、夢の中で呼んでいた人からだった。

   『テイルズ♪と、ちょい飲んで来る。
      今日も泊めて貰ってもいいよな?』

こ、これだって、よくよくあること、だ。
宇内さんちには、緊急アシスタントさんや俺、毎週金曜の打ち合わせ後の黒尾さん等が、
仮眠を取ったり惰眠を貪ったりするための部屋が、一室確保されている。
交通の便が良く職場にも近いため、俺は週2~3日ほど使っているし、
金曜にほぼ毎週泊る黒尾さんに至っては、かなり前から(俺の提言で)合鍵を所有している。

   でも、もしかすると、金曜以外も…
   既に『御客様』ってカンジじゃない人は、
   俺が知らない日にも、頻繁に来ているかも?

   (まさか、黒尾さんは…っ)


重なり合う、橙色と黒の湯呑。
『5つセットのうちの2つ』が、ある可能性を俺に気付かせた。

   (『2つペアのセット』が、嫌だった…?)

この家に元々あった食器類は、『漫画家&編集者』用…俺が用意した、ペアのお買い得品。
そこに、対談プロジェクト等のバレー協会絡みの打ち合わせで、度々来るようになった、
黒尾さんが次々…『引越祝』を口実に、ありとあらゆる『3つ以上のセット』を持ち込んだ。

最初の頃は、スポーツ界とヲタク界をコネクトし、コラボイベントで共に盛り上がろう!と、
『3人で仲良く頑張ろう!』とか、『創作者御一行』という連帯感を醸造する小道具として、
無意識の内に『3つ以上』を用意したのかもしれない(もしくは、並外れた親切心から)。

でも、間を置かずに何度も顔を合わせ、共に過ごす時間が徐々に増えてくるうちに、
パッと見ではわからない魅力に気付き、どんどん『そういうイミ』で惹かれていって…
『漫画家&編集者』というペアを、見たくなくなってきたんじゃないだろうか。

   (それを『自覚』したのは…つい最近。)


思い返せば、今日の黒尾さん…ごくごく僅かだったけど、何だか様子がおかしかった。
上手く言えないが、宮兄弟の真っ直ぐな話が、心に『刺さった』みたいに見えた。
おそらく、今日より少し前に、ご自分のキモチに気付いたものの、半信半疑。
それを確信に変えたのが、宮兄弟と宇内さんの『お戯れ』だったんじゃないだろうか。

自分の想い人が、自分以外の誰かと密着し、イチャイチャする姿を見て、深く動揺。
それこそが『変化の兆しアリ♪だよね~っ☆』のサイン…二口(及川)さんの言う通りだった。
更に、お稲荷さん改め『天満宮』ネタに、ついツッコミを入れてしまった、俺と黒尾さん。
俺自身は自己嫌悪ゆえだったが、黒尾さんが天満宮から目を逸らした理由は、俺とは違った…

   (宮兄弟と仲良しな姿を、見たくなかった…)


きっと今頃、『ラブリー・テイルズ♪』とかいうお笑いトリオで、ネタ会議…と見せかけて、
お優しい鷲尾さん&アランさんを相手に、不慣れな『恋バナ』をぶちかましているのだろう。
バレー界を共に盛り上げる…『仕事』でコラボした相手と、それ以上の繋がりを持てるのか?
そもそも、今を輝く漫画界のスターとは、対等にはなれないだろ…云々。

   (高校時代と、変わらない…っ)

俺から見れば、黒尾さんだって同じくらい…だったというのに。
自己評価が異常に低すぎるせいで、自分は対等でもないし勝ち目もないと勝手に思い込み、
木兎さんにも宮兄弟にも、宇内さん本人に対しても、一歩引いてしまう…惹かれるあまりに。

   (信じられない程に不器用で…純真な人。)

   自分のキモチを、ようやく自覚して。
   同時に、その想いは実らないものと、
   気付いて(思い込んで)しまうなんて。

苦しくて、切なくて…堪らない。
こんなことなら、キモチになんて気付かなきゃよかったのに。
黒尾さんも、そう思っている…多分、きっと。ずっと『見て』いた俺には、わかる。

   (こんなカタチで、自覚したくなかった…っ)

黒尾さんが恋に落ちたと気付いたことが、自分の心に深々と接続し、
自分も恋に落ちていたと、間接的に解って…動けなくなってしまった。

   (俺、黒尾さんのことが…っ)


「にたもの、どうし…」

宇内さんの『寝言』を、それ以上聞きたくなくて。
何故か楽しそうに微笑みながら爆睡する宇内さんの鼻を、俺は思いっきり摘み上げた。


*****


それから、現実と自分のキモチから目を逸らせるため、二人で『他人事』に大フィーバー。
俺には全く関わりのない『幼馴染』ネタで盛り上がるうちに、二人揃って…スッカリ寝落ち。

これは、担当編集者として痛恨の極み。
宇内さんにお説教する機会が…じゃなくて、大切な漫画家に風邪を引かせたりでもしたら、
とんでもない大失態…というより、俺のせいでツラい思いをさせるのは、心苦しすぎる。

   (今の、俺の『スター』は…宇内さん。)

ただでさえ、出版社とバレー協会が持ち込んだ膨大な仕事で、あぁ見えて疲れ切ってるのに、
俺の『気分転換』に付き合わせ、元々稀少な想像力を無駄遣いさせてしまったなんて…
あぁ、次号のネームが遅れても、思いっきりお説教できなくなってしまうじゃないか。

「宇内さん、申し訳ありませんでした。さっさと起きて、自室のベッドに…っ!!?」


ソファに寝転がったまま、ローテーブルを挟んで向こう側のソファでスヤスヤな宇内さんに、
自分の部屋へ行って(俺が金曜にココで寝る時用の枕と毛布を取って来て)下さいと言う直前、
洗面所からゴロゴロガラガラ音…どうやら、いつの間にか黒尾さんが戻って来ていたようだ。
もうあと数秒後には、うがいを終えてココに入って来るはず…イロイロと間に合わない。

   (とりあえず…寝たフリっ!!)


抱き枕(クッション)を抱え、ギュっと瞼を閉じると同時に、居間のドアが開いた。
ごくごく小さな声で「ただいま~」と囁き、すぐに「ふわっ」と頬を緩める音がした。

「こんなとこで寝ちまって…相変わらず『仲良し』だな。」

   ほら先生、さっさと起きろ。
   編集者様が起きる前に、部屋へ行かねぇと、
   後で盛大にお説教喰らうぞ?…じゃなくて。
   赤葦が責任感じて、ツラい想いをするだろ?


何ですか、その…的外れな優しさはっ!!?
こちらに背を向けながら、宇内さんにポソポソ話しかけているのに、
目の前の宇内さんだけでなく、目には映らないはずの俺まで気遣って下さるなんて…っ

   (その優しさが、今は一番…ツラいです。)

嬉しさが全部、苦しさに変わっていく。
破裂しそうなほどクッションを抱き締め、胸に籠った息を必死に押し殺す。


「ヤだ…ココで、いい…だって、ココ…」
「いいわけねぇし、言い訳もダメだ。ったく、しょうがねぇな…」

寝呆けながらワガママ…グズる宇内さん。
もうホント、ウチの子がスミマセンっ!!と、心の中でゴメンナサイを連呼していると、
「ちゃんと俺に捕まって…よっこいせ!」の掛声と共に、重い足音が居間を横切って行った。

   (えっ、まさか、宇内さんを運んで…っ!?)

目を開けなくても、どんな状況かは…わかる。
向かいのソファから人の気配が消え、少し開いたままのドアから、微かに声が聞こえてくる。

   (何を、喋って…いや、聞きたくないっ!!)


自分の帰りを待ちながら、ソファで寝落ちしていた、(寝顔だけは特別に)可愛い想い人。
密かな恋心と共に、愛しい人をその胸に抱き、寝室のベッドにそっと…横たえる。

   (すっごい、オイシイ設定っ!採用ですっ!)

編集者としても、読者としても、このシチュでナニも起こらないなんて、怒りまくり必至。
それに、いくらクソ鈍感な鉄面皮野郎でも、お酒にも恋にも酔った状態では、
自制心なんて、うすうす0.02ミリ以下…人生を変える!衝動に突き動かされて、当然だ。

だとしたら、いずれ間を置かず、ドアの隙間から漏れ聞こえてくるのは、
甘い甘い…成人向けコーナーな音声、ということになるじゃないか。

   (お願いですから、ドア…ちゃんと閉めて!)


宇内さんも、黒尾さんも、俺にとって本当に大切な人。二人の幸せを、心から祈っている。
でも、今の俺には…恋に落ち、恋に破れた直後のココロは、その衝撃に耐えられそうにない。

この場所から逃げたい。でも、ドアの隙間でアッチとコッチが繋がった状態では、動けない。
まだ半分寝呆けて足元が覚束無いし、眼鏡もない。もし音を立てて水を差してしまったら、
読者が求める『ハッピーエンド(もしくはR-18)』が、遠のいてしまうじゃないか…っ

   (誰か、助けて…)

ありとあらゆる神仏と、編集長に祈りを捧げていると、ぱたん…と、小さくドアが閉まる音。

とりあえず、助かった〜っ!
抱き締めたクッションの中に安堵の息を吹き込もうとして、その息を飲み込んだ。

   (え?何、で…コッチ!!?)


寝室と居間の接続が解除され、アッチとコッチは断絶…別世界になったはずじゃないか。
それなのに、何故、アッチにいるはずの人が、コッチに歩いてくる気配が…っ!?

目と歯を食いしばり、必死に『寝たフリ』していると、ふわり…
ガチガチに冷たく固まっていた身体の上に、柔らかいものが静かに掛けられた。

   (これは…毛布?)

驚いて力が少し抜けたのを見計らうように、頸の下にスっと挿し込まれた、あったかい…手?
その感触に驚く間もなく頭が浮き、今度はふわふわもっちりの中に着地していた。

どうやら、宇内さんの寝室から、俺のお泊まり用毛布と枕を持って来てくれたのだろう。
毛布をお腹に掛けるぐらいなら、宇内さんでも最低限やるだろうけど(希望的観測)、
枕まで設置してくれるだなんて、余程のお節介じゃない限り、やるはずがない(確定的観察)。

   (黒尾さん…ホンットーに、お優しいっ!)

   どうだ、参ったか!
   これが、俺の惚れ込んだ人…じゃ、なくて!

   (喜んじゃ、ダメ、だ…っ)


沸き上がる熱いものを抑え込もうと、奥歯にグっと力を入れる。
だが、力加減を僅かに誤り、眉間を動かしてしまった。

マズい!と思ったのも、束の間。
おでこに触れた温かい指が、深く刻まれた眉間のしわを伸ばすように、上下にさわさわ。
驚きのあまり、ストンと全身の力が抜けてしまったところに、
眉間を滑っていた指がおでこに戻り、今度は手のひら全体で、髪をゆるゆると撫で始めた。

   (あ…っ、気持ち、いい…)

そう言えば、少し前までは…
寝癖?で跳ねた髪を直しがてら、こうして頭をヨシヨシしてくれていたっけ。
この大きな手の感触と温もり、撫でるペースと絶妙な力加減…間違いなく、黒尾さんだ。

きっと、ご自分のキモチを自覚されてから、こんな風に触れることを、無意識で避けていた…
『意中の人』と『それ以外の人』に、自分の想いを悟られたり、誤解されないように。
だって、こんなに優しく撫でられてしまうと、何もかも全部、ほだされてしまいそうになる…

   (もっと、触れて欲しく、なる…っ)


本当に、なんという拷問だ、これは。
…って、ちょっと待て。さすがに、おかしい。
いくら俺が色事に疎く、イロイロな経験がごくごく浅いとは言っても、
この手から伝わってくる熱が、どういうイミと想いを含んでいるかぐらい、痛いほどわかる。
黒尾さんレベルの超絶お節介でも、『それ以外の人』に対し、こんなことは絶対に…しない。

   (まるっきり…『宝物』扱い、だ。)

ここから導かれる結論は、ただひとつ。
黒尾さんが今、優しく撫で続けている相手は、『それ以外の人』ではなく『意中の人』…
と、黒尾さん自身が『認識している』人、ということになる。

   (この…酔っ払いっ!!!)


おそらく、ガチガチにガードの固い黒尾さんから、アレやコレを引き出すため、
梟谷で一番『優しそうに見えて実は厳しい』先輩だった、尊敬してやまない鷲尾さんが、
普段よりも濃いめに作った焼酎を、ガッツリ飲ませたに違いない。

加えて、あの宮兄弟がトリオにしたがっていたほどの、愛あるキツめのツッコミを、
アランさんから容赦なく頂戴し…「頑張れ!」と過激に檄を飛ばされてきたのだろう。

その結果、グデグデに酔った上に珍しく意気高揚した黒尾さんは、
さっきアッチに『意中の人』をベッドに寝かせたことを、ドアを閉めるうちに忘れてしまい、
コッチで寝転がっている『それ以外の人』を、『意中の人』と勘違いしてしまっている…

   (俺は、宇内さんじゃ、ない…っ!)


   早く、起き上がって…
   起こして、差し上げないと…っ

どうすべきか、アタマではわかっている。わかっているのに…
ゆっくり頬に下りてきた指先が顎に添えられ、鼻先に熱い吐息を感じても、
柔らかく温かい『何か』で、呼吸を全て塞がれても…俺のカラダは動こうとしなかった。

   (ゴメン、なさい…ごめんなさいっ)


何度も繋がり、唇に降り注ぐ…熱烈な想い。
それにココロが『応えて』しまわないよう、息も何もかも殺しながら、
現実が夢に繋がり落ちるまでずっと、俺はその熱を受け止め続けた。




- 接続不動・終 -




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2021/05/24(05/16、22分MEMO小咄移設) 

 

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