接続不覚③・前編







「ちーす。久しぶり、だな。」
「ちっす。元気そうじゃん。」


仕事を終えて、練習を終えて。
さっさと帰って、昨日届いた定期購読中の雑誌(幼稚園児の頃から愛読)に、脳髄まで浸ろう。
そう思って、誰にも絡まれないよう、気配と息を殺していたというのに。

今日に限って、ガラの悪いヤンキーに目をつけられてしまい…有無を言わせず連行された。
有無を言って余計にインネンつけられるのも非効率だし、一応これでも体育会系出身。
上級生の呼び出しには、とりあえず従ったフリをしとくのが得策だと、熟知している。

それに、『この人』には今、逆らえない状況にあるし、他にも気になることもあった。
だから、精一杯の抵抗として、表情筋フル動員で『嫌そうな顔』をしながらついて行くと、
辿り着いた場所は、繁華街の裏側…ではなく、思いっきり表通り沿いにある店だった。

「…ゲーセン?僕にカツアゲですか?生憎、僕は現金を持ち歩かない主義なんです。」
「んあぁ?んなわけねぇだろ。黙ってついて来い。」

「体育館より、こっちの方が…『ホーム』な雰囲気を、醸してますよね。」
「いちいちウルセェな…あ、どうも。ちす。」


僕をゲーセンに連れ込んだ同僚・京谷さんは、古くからここの常連らしく、
すれ違う顔馴染みの店員さんひとりひとりに、会釈して御挨拶…やっぱりホームでしょ。

店の一番奥、薄暗い非常階段前。
隅っこに鎮座していた、ネオン眩しい筐体…クレーンゲームの前に到着すると、
京谷さんと同レベルでこの場に馴染んでいる、チンピラ系ホスト風の人が、
その雰囲気に全くそぐわない、ふわっふわのぬいぐるみを、UFOで連れ去っていた。

   (おっ…御見事っ!)

心の中で拍手を送っていると、京谷さんは同じ筐体の開いていた右側に立ち、
交通系ICカードをパネルにタッチ…え、電子マネー、使えるんですか!?
ゲーセンに来たのは、高校時代以来。たった数年でゲーセンもここまで進化していたのか。

…と、ちょっとしたカルチャーショックを受けていた僕をよそに、
京谷さんは真剣な表情でUFOを操りながら、隣のホスト?とも親しげに挨拶を交わした。


「ちーす。久しぶりだな。」
「ちっす。元気そうじゃん。」

「相変わらず、巧ぇな。」
「重心は頭…割とチョロいぜ。」

チンピラ?は捕獲したぬいぐるみを下から引っ張り出すと、ほらよっと僕に投げて寄越した。
思わずふわふわをキャッチし…ようやく見えたホスト?の顔に、つい声を上げてしまった。

「えっ!?だっ、伊達の…二口、さん?何で、こんなところに…っ?」
「こんなとこって、失礼な奴だな。『兄弟』にしちゃぁ、珍しく後輩の躾がなってねぇぞ。」
「おい、月島。挨拶は社会人の基本だろうが。俺の『兄弟』に…最大限の礼を尽くせ。」

うっわ。めんどくさっ。
仁義だとかそういう暑苦しい話、僕は体育会系と同じぐらい、苦手なんですけど。
どうやら僕は御邪魔みたいなんで、文字通り失礼させて頂きますね~と踵を返そうとしたら、
さっきとは色違いのふわふわが飛んで来て…(いつのまに捕獲したんですかっ!?)

ピンク&グレーのふわふわ二体越しに、思いっきり二人からガンを飛ばされた僕は、
ふわふわを両腕で抱き締めながら、しぶしぶ頭を下げた。

「お久しぶりです…御兄弟?の京谷さんには、平素より大変お世話になっております。」

あ、念のために申し上げますと…
京谷さんと二口さんが、どんな経緯で『義兄弟の契り』的なアレを交わされたのか、
僕はこれっぽっちも興味がないですし、同学年同部活同系統だから、大概は予想がつくので、
詳細な説明だとか、セピア色の回想シーンとかは必要ありません…十分間に合ってますから。

「では、僕はこの辺で。ヤンキー&チンピラ同士、どうぞ仲良く盃を交わして下さ…ぃ!?」


「表へ出ろや…この、クソイケメンっ!」
「いや、裏だな。こっち来いや…月島。」

僕としては、これ以上ないぐらい慇懃に御挨拶してあげたっていうのに、
ヤンキー&チンピラ兄弟なパイセン方のお気には、どうやら召さなかったらしい。
同じ純白のふわふわをひとつずつ片腕で抱え、空いた方の腕で僕の腕と肩をガッチリ抱くと、
慣れた足取りで非常階段を降り、ビルの裏路地へ手際よくキャッチされてしまった。




*****************




   (あークソっ!ムカつくっ!!!)


ほんのちょっと、たった一年早く生まれただけなのに、
パイセンという生き物は、何であんなにエラそうにしやがんだ?
本当に偉い人は、『エラそう』になんて絶対しねぇ…とかいう御託は、どうでもいい。
そんな風に達観できるほど、俺もオトナなわけじゃねぇし、腹が立って何が悪い?

「クソ…失せろ、及川っ!」

何が腹立つって、『パイセンだから』って理由だけでエラそうにしてるわけじゃなく、
コーハイだろうがダチだろうが、チームメイトやコート全体を『制している』感を醸すとこ…
『ぜ~んぶ俺の、手のひらの上だもんね~☆』的な、ヘラヘラ~☆っとしたツラにイラつく!

「チャラチャラしやがって…!」

チャラいならチャラいまま、独りで勝手にチャラついてればいいんだ。
でもアイツは、そのチャラさの下に真っ直ぐなド根性を隠してやがる…それが腹立つ!
芯?根っこ?まぁ、そういう本性?は偉い奴なのに、わざと『エラそう』にチャラつかせて、
それを巧みに隠そうとしてるとこが、ホンットーーーーに、マジで死ぬほどムカつくんだよ!

   (そういう奴が、一番…アブねぇ。)

とにかく、本能で『コイツとケンカしても分が悪ぃ…意味ねぇ!』と悟った俺は、
『みんな~!岩ちゃんがアイス奢ってくれるってさ☆』を振り切り、片付け後にトンズラ…
心の安寧を求め、マイホームことゲーセンへ駆け込んだ。


*****


「んぁ?テメェは確か、鉄壁の下っ端…」
「クソ及川んトコの、子犬野郎だっけ?」

目的地…白いモフモフぬいぐるみの台に、見たことある奴が陣取っていた。
俺と似た匂いの、ハネっ返り…クソ生意気なコーハイがいて、伊達のパイセンは気の毒だな。
よくこんな軟派なチンピラ野郎を調教して、あんな統率の取れた鉄壁を作れるよな。つーか…

「おい。誰が子犬だコラァ?」
「テメェこそ、クソの下っ端だろうが。」

「そのニヤついた顔…クソ及川に似てんぞ?」
「はぁ~っ!?目ぇ開いてんのか?」

ゴン!とデコとデコをぶつけ合い、至近距離からガンを飛ばし合う。
絶対に拳は出さねぇように、互いに両手をポケットに突っ込んだまま、ジリジリ。
俺のメンチにもビクともしねぇのは、正直ちょっと見直したが…負けるわけにはいかねぇ。

だが、ここでこのままインネン付け合うと、ホームの店員さん達にご迷惑がかかっちまう。
オモテかウラに出て、ナシつける手もあるが、誰かに見つかったらサツに通報されかねない。
俺と同じで、コイツも自分のガラの悪さには自覚があるらしく、周りの目を気にしてるし…
んだよ、意外と常識人だなぁ、おい。さすがは鉄壁の伊達工、躾が行き届いてやがる。

   (チッ!どうすべきか…ん?)

   チラリ…と、同時に横に目を流す。
   こちらを見つめる、つぶらな…瞳。
   白いモフモフ達が、ほわほわ笑顔。


「おい二口。テメェ…コレ取りに来たのか?」
「っ!?そうだよ、悪ぃかよ?言っとくけど、妹に頼まれただけだからなっ!?」

「ちょうどいい。俺は姉貴の命令だ。女兄弟に逆らったら殺される…お前んちも同じだろ?」
「っ!?ま、まぁな。京谷んちも…か。それなら、コレで勝負しようぜっ!」

   どっちが先に、モフモフを捕獲できるか?
   男同士の真剣勝負が、今ここに始まった…


「…って、500円(6回)じゃ、ムリポだろ!」
「駄賃200円…あと2回でも、ムリゲーだ!」

どうやってたった6回で、クッションぐらいのでっかいモフモフを取れって言うんだよ!?
ったく、女兄弟ってのはパイセン以上に横暴極まりない…せめて駄賃込で1000円寄越せ!

「ヤベェ。これ、家に帰れねぇパターンだ…」
「だよな。姉貴が寝るまで、時間潰すしか…」

ほんのりと、同じ空気感が漂ってきた。
お互いにそれを察し、ちょっとだけ口元を緩めて、同時に「はぁぁぁぁぁぁ~~」とため息。
モフモフに完敗した俺達は項垂れ、ガックリと筐体の下に座り込んだ…その時だった。


「こんなトコで、何やってんだお前ら。」

グワシッ!!とドタマを掴まれたかと思うと、そのまま強引にガシガシ。
せっかくバッチリとキめたスタイルを、グリグリに崩され、ツラを上げさせられた。

「いっってぇっ!?な、何しやが…っ!!?」
「離せコノヤロ…えっ!い、岩泉さんっ!?」

現れたのは、トンズラした俺を捕獲しに来た、パイセンの中のパイセン・岩泉さんだった。
この人にだけは、何があっても絶対に逆らっちゃダメだ…女兄弟以上に、ダメ、ゼッタイ!!
俺は咄嗟に、噛み付きかけていた二口を抑えたが、それが岩泉さんには喧嘩に見えたのか、
二口と俺は揃って、岩泉さんからドタマに鉄拳を喰らってしまった。

「大人しくしろ!暴力沙汰は…お店にもチームにも宮城高校バレー界にも迷惑だろうがっ!」

いやいや、岩泉さんのゲンコツだって、とんでもない暴力じゃ…いえ、何でもないです!
有無を言わせぬパイセンの圧に、俺達は黙って正座。
すると、岩泉さんは掌を差し出し、「お前らの手の中のモノを出せ。」と目で促した。

「ちょっ、待っ…さすがに、カツアゲはっ!」
「どう考えても、アウト…ダメ中のダメっ!」

まさかの要求に、俺達は慌てて周りを見回し、店員さん達に見られてないか確認。
キョロキョロわたわたしまくる俺らの頭を、岩泉さんはもう一度グワシッ!して、
ちげぇよ馬鹿野郎共!と頭突き…いいから俺に貸せ!と小声で凄むと、不敵に微笑んだ。


「お前ら、コレが…欲しいんだろ?」

岩泉さんは、白いサラサラした粉…じゃなく、白いモフモフ達に視線を送り、
ほら、200円ずつ…俺に貸してみろ!と、俺達の頭を撫でてから、その掌をもう一度広げた。

戸惑いながら、なけなしの200円を乗せると、岩泉さんはポケットからそこに100円足し、
計500円にしてから6回挑戦…あっという間にモフモフを2体捕獲してしまった。

「す…すっっっっっげぇぇぇぇぇぇっ!!?」
「か…かっっっっっけぇぇぇぇぇぇっ!!?」

あまりの見事な職人技に、俺と二口は全身全霊でスタンディングオベーション!!!
頂いたモフモフを抱き締めたまま、岩泉さんに全力で拍手喝采を送った。

「ヤメロ。んな大したことじゃねぇよ。」

捕獲の基本は、アタマか重心をグワシッ!って掴むこと…これだけだからな。
お前らは俺よりずっと器用で、筋がイイ…練習すれば、すぐ上手くなるだろうよ。

「…んじゃ、行くぞ。」


「行くって…どこへ?」
「え、俺も…ッスか?」

キョトンとする俺達を引き連れ、岩泉さんは店の裏へ。
そして、鞄の中からビニール袋を取り出し、俺達に手渡した。

「アイス奢ってやるって、言っただろ?二人で仲良く…半分こしろよ?」

   それ食ったら、晩飯までに…家に帰れよ。
   じゃあな…姉ちゃんと妹ちゃんに宜しく。


そういうと、岩泉さんは夕陽を背負い、商店街の中へと消えて行った。



*****



「それ以来、ゲーセンで会ったら、モナカアイスを3列ずつ半分こ…俺達兄弟のルールだ。」
「今日は特別に、お前にも分けてやる…2列ずつ3ぶんこな。」

「いえ、僕は結構です…というか、セピア色の回想も要らないって、言いましたよね?」


…という僕の丁重な『お断り』には、一切耳を貸すことなく、
京谷さんと二口さんは、あの時の岩泉さんマジかっこ良過ぎだろ痺れる~~~っ!!!と、
『俺達の兄貴伝説』を暑苦しく語り合い、『御兄弟』で延々盛り上がっていた。

ま、まぁ、確かにその岩泉さんは、僕からみても悪くないというか、グっとキますけど。
女兄弟にコテンパンにヤられてたお二人が、ソッコーで憧れの『漢兄弟』に感涙しちゃって、
今日から俺らは『兄弟』だ!とか言って、モナカアイスをちぎって契りを交わした伝説とか、
あ~それ、本当に男兄弟がいない故の、可愛らしい幻想ですよね~なんてことは、
(クソ面倒だから)お二人には絶対に言っちゃダメだと…僕にだってわかりますから。

   (でも、やっぱり…鬱陶しいんですけど。)

意外と単純でピュアピュアなお二人が、勝手にフィーバーしている隙に、僕は…
「ゴミ、捨ててきますね。御馳走様でした。」と立ち上がろうとしたら、
両脇から「逃げんな。」と、再びダブルで『グワシッ!』を喰らってしまった。


「その岩泉さんから…お電話が来たんだよ。」
「頼む。ダチを助けてやってくれ…ってな。」




*****************




「クッソ〜、ふられちまったよ!」
「えっ!?誰に?」


大あくびしながら、のんびり廊下にワイパーをかけていたら、
けたたましい音と共に、既にお客様っぽくない来客者…黒尾さんが玄関から飛び込んできた。
今日は来る予定の日だけど、予定の時間よりも随分早い…まだ俺、風呂も入ってないし。

それよりも、何よりも。
定番中のド定番なボケにも関わらず、黒尾さんは真顔で一瞬固まり、
「誰に…とかじゃなくて、あっ…雨に、ふられたんだよ!悪ぃ、先に風呂借りるぜ!」と、
珍しく強めの語気で言い放ち、俺の横をバタバタと走り抜けて行った。

   (…なるほど、ね。)

玄関に投げ捨てられた荷物は、黒尾さんの鞄と上着だけ。
いつも必ず多めに持ってくるはずのもの…ウチへの『お土産』が、全く見当たらない。

何とな〜く予感していたけど、どうやらその予感は大当たりみたいだ。
ついに、待ち続けていた日が、やって来た。

   (この機を、絶対…逃さない。)


「おーい、先生!いつもの入浴剤は?」
「はいは〜い…って、アレ?どこだろ?」

「自分ちなのに…わかんねぇのか?」
「うぅ…っ、頼りきりで、ゴメンナサイ…っ」

「ぁあー、そうだ!風呂上がりのビールを…」
「それは、頼れる人が冷やしてくれてます♪」

「そっ、そういえば、えーっと…何だっけ?」
「そのセリフを俺が言ったら…お説教かな?」

頼れる『誰か』の話を、無理矢理逸らせようとしているのが、目に見えてわかる。
風呂に入ってお腹を出しているせいか、普段はまるで見えない黒い腹の中まで、スッケスケ。
こんなにわかりやすい人だったんだ…と頬を緩めながらも、追及の手は一切緩めなかった。


「訊かないんですか?『赤葦はどうしたんだ?居ねぇのか?』…って。」
「め、珍しいな?居ない、なんて…」

「珍しいですね?居ないと聞いて、あからさまにホッとするなんて。」
「きっ、気のせい、だろ…っ」

「赤葦さんは、しばらくウチには来てくれないそうです。俺…ふられちゃった、かな?」


トドメの一言を放つと、遂に黒尾さんは黙ってしまった。
そして、ガシガシと頭を洗い、体をシャワーで流す音がいつもより長めに続いた後、
ドボン!と大きな飛沫を上げ、ブクブク…湯船の中に沈んでいった。

「アイツにふられちまった『誰か』は…先生じゃねぇよ、きっと。」

   もう、あらかたのことは察してんだろ?
   気まずい思いをさせて、申し訳ねぇな。
   全ては俺の、不徳の致すところ…だよ。

「アイツがココに戻って来るまでは、俺が先生んちのサポートするよ…極秘でな。
   俺がココに居るってわかったら、余計にアイツは戻り辛くなっちまうだろうから…」

え、マジで?やったぁ~♪
なら、洗濯物たたむの手伝って!あとさ、ちくわにキュウリとチーズ入れたおつまみ作って…
と、思わず言いそうになったのを、すんでのところでググッと堪えて、
俺は脱衣所の壁に背をつけて座り、できるだけ『仕事モード』で淡々と問い掛けた。

「ただの『袖擦り合う同業他社の後輩』という接続点しかなかった、赤葦さんのことを、
  『特別な目』で見るようになった、きっかけ…創作の参考として、聞かせて貰える?」

『不徳の致すところ』そのものじゃなくて、遠い昔話を教えろといった俺に、
黒尾さんは「…は?」と、腑抜けた声を出したが、すぐに沈思黙考…
真剣に高校時代へ意識を飛ばし、湯船から上がりながら、話を切り出した。


「俺自身、自覚したのがつい最近だから、『これがきっかけだ!』って、確証はないが…」

   きっと、今日と同じような、あの日。
   二人で『ふられた』時じゃねぇかな。
   今、思い返してみたら、そんな気が…

「面白くねぇ…ネタにならねぇ話、だぞ?」

冷えたビールと、柿ピーあたりを片手に、しょーもねぇ昔話…聞き流してくれや。


黒尾さんはそう自嘲すると、肉体美を惜しげもなく晒しながら、
洗濯機の上に畳んで置いてあった、黒尾さん専用バスタオルを頭に乗せ、台所へ向かった。



*****



「これは、冗談抜きで…」
「マズいやつ…だよな。」


音駒での合同合宿。
山盛りの雑事を終えて就寝する前に、少しだけ職務からもバレーからも離れたくなった。

合宿所を抜け出し、体育館の脇を通って秘密基地へ…向かう途中、
思いがけない人を前方に見かけ、俺は慌てて襟を正して頭を下げた。

「お疲れ様です、闇路監督。」
「っ!?な、何だ黒尾か…お、お疲れさん!」

何故かコソコソ?ソワソワ?と、気もそぞろな雰囲気を醸していた、敵将・梟谷の監督は、
俺の顔をまじまじと見つめた後、息を飲み込んで柱の陰に俺を手招きした。

「お前を見込んで、一つ頼みがあるんだが…」
「はい。俺にできることでしたら…」

   うわぁ~、また新たな仕事かよ。
   もうホント、勘弁してくれよな…

内心ではゲンナリしつつも、お世話になっている闇路監督に失礼があってはいけない。
できる限り笑顔で頷くと、監督は逆にツラそうな表情で俺を見返し、大きくため息を吐いた。


「ちょっと、おつかいを…頼む。」

あー、今、指導者達で集まって、飲み…ゲフンゲフンっ、『情報交換会』をしてるんだが、
場を和ませるためのアテが、そろそろ尽きかけて…買い出しに行こうかと思っていたんだ。
だが生憎、ここは音駒。私にはあまり土地勘がなく、コンビニの場所がよくわからんのだ。
ついては、の~~~~んびり散歩がてら、た…たこわさ!を買って来てくれないだろうか?

「え?たこわさだけで、いいんですか?」
「ぴっ、ピスタチオでも、いいぞ!」

と、とにかく、懇親会がバレないように、できるだけ遠い店まで、ゆ~~~~っくり行って、
ぷらぷら~~~~っと息抜きしながら、お散歩を…あ、おつりは全部、お駄賃だぞ!
それとだな、荷物が重かったらお前に申し訳ないから、荷物持ちとしてウチの奴を…

「アイツを連れて、一緒にお散歩へ…頼む。」


闇路監督がチラリと視線を送った先、俺の秘密基地こと用具倉庫の陰には、
抱えた膝に茫然と頬を乗せながら、書類の束を指先でツンツンしている…赤葦の姿。
やらなければいけない仕事があるのに、どうしてもやる気がおきない。でも、やらなきゃ…
そんな葛藤が、重苦しいため息の中にジワジワ滲み出していた。

「もう仕事はやめて休んでもいいぞ〜と、俺がいくら言っても…」
「赤葦は聞き入れない…でしょうね。」

『おつかい』なんて、ただの建前。
赤葦の背負う荷物を下ろし、リフレッシュのため散歩に連れ出してやって欲しい…が、本音。
監督自らが声を掛けても、赤葦は余計に責任を感じてしまい、逆効果になるだろうから、
どうすべきか逡巡していたところ…たまたま俺が通りがかった、というわけだ。

   (素晴らしい指導者で、良かったな…赤葦。)


赤葦の頑張っているとこやツラいとこにちゃんと気付き、影ながら見守っていてくれた…
普段は見えない闇路監督の優しさに心を打たれた俺は、笑顔で快諾した。

「そういうことなら、お任せ下さい。精一杯、赤葦を寄り道…させてきますよ。」

だが、俺の答えに、闇路監督はホッと一安心…ではなく、さっきより深く眉間に皺を寄せた。
そして、「そうじゃない。それだけじゃ、ダメなんだよ。」と呟いた…次の瞬間。
ドン!と俺の背を叩き、用具倉庫の方へ突き飛ばした。

「お前の荷物も…下ろして来い。」

   猫又監督からの『おつかい』は…
   チーカマ買って来ておくれ、だ。
   きっと、そう言うに違いないよ。
   だから、頼むから…

「お前も『一緒』に、休んで欲しい。」


まさか、他校の俺まで…見てくれていたのか。
監督の広く深い愛情に気付かされた俺は、込み上げるものをグッと堪えながら、
さも偶然を装って、訝しる赤葦を『おつかい』に連れ出した。



ここが行きつけの書店で、その裏の自販機は最愛の『おつゆ缶』が充実してるんだ。
それから、この公園のベンチでいつも一休み…春先には、白木蓮がすげぇ綺麗なんだぜ。
んで、あのコンビニの雑誌コーナー、科学系を置いてくれてるから…チラっと寄っていいか?

「成程。御猫様のマーキングルートですか。」
「せめて縄張りパトロールと言ってくれよ。」

他愛ない話をしながら、ぶ~らぶら。
すっかり日も落ち切っていたから、景色なんてごくごく一般的な『住宅街』でしかないが、
できる限りバレーの話を避け、日常ネタに徹したことで、赤葦も徐々に肩の力を抜き始め…
「あ!愛する高架水槽(球形)、発見しました!絶滅危惧種…俺、コレクターなんです♪」等、
見知らぬ場所でのお散歩を、(想定外のマニアックな部分で)楽しんでくれたようだった。


「お前も、そんなフツーの顔…するんだな。」
「一字一句違わず…熨斗付けてお返しです。」

「あらヤだ!スッピン…見られちゃった!?」
「鉄面皮こと厚化粧オフの方が…ベッピン!」

「実は優しい黒尾サンの素顔に…惚れたか?」
「どうぞ俺の正面ガラス窓もご覧下さ…っ!」

コンビニで雑誌を並んで立ち読みしながら、馬鹿を言い合っていると、
鏡のように反射する窓に、赤葦の驚きの顔…その向こうに、眩い稲光が走った。
直後、バケツどころか湯船をひっくり返したような、とんでもない大雨が降り出した。

「おいおいおい…暫く待てば止みそう、か?」
「いえいえいえ…これから本番みたいです。」

いつの間にかスマホを手にしていた赤葦は、緊張した面持ちで雨雲レーダーを俺に見せた。
どう見ても、これはゲリラ的なやつじゃなく、明け方まで続く本気の豪雨だった。

チラリ…一瞬だけ、ガラスの中で視線を交わしてから、二人同時に雑誌を置く。
俺はたこわさとチーカマを、赤葦はビニール傘を1本だけ持って、レジ前に集合。
別チーム所属とはいえ、合同練習や合宿の度に一緒に残業する仲…なかなかの連携プレーだ。
ハイタッチする代わりに、いつも通り視線だけで健闘を讃え合う。


「お駄賃…傘代で全部すっとんじまったな。」
「自腹購入のおやつ代…後日請求しますよ。」

自分の電子マネーで肉まんを1個だけ買った赤葦は、コンビニ入口でそれを半分に割り、
傘をさして待機していた俺の口に、いきなりぶち込もうとした。

「待てぃっ!それ、絶対熱ぃやつだろ!!?」
「持ってる手も、熱いんです!早く食べて!」

「せめて、ふ~ふ~♪しろ!ほら、あ~ん♪」
「痛っ!指まで、食いつかないで下さいっ!」

「後日請求なら…2個買ってもよかったな。」
「ついでに…お茶も買えばよかったですね。」

「喜べ、赤葦。俺の人生初の…相合傘だぞ♪」
「追加購入のお茶…人生初の間接キスです♪」

「んじゃ、濡れ濡れランデブー…イくか!」
「地獄…極楽の果てまで、お供致します!」

いつもらしからぬ『大胆さ』を装うことで、無理矢理テンションを上げ、いざ雷鳴轟く中へ。
元々残り少なかった体力。暴風雨で急激に低下する気温。落雷で本能的にビクつく心身。
ここから学校へ戻るまで、ダッシュで約15分…適宜休憩をとるべきか、走り抜けるべきか。
だがその決断をする前…走り始めて3分と経たないうちに、俺達は急停止を余儀なくされた。


「これは、冗談抜きで…」
「マズいやつ…だよな。」

環状線の下を潜り抜ける、アンダーパス。
そこに、排水しきれなかった周囲の雨水がどんどん流れ込み、冠水していたのだ。
暗くてよく見えなかったが、放置自転車のタイヤがほぼ全て水の下…かなりの水量だ。

ここを通らなければ、学校へは戻れない。
しかし、どう考えても、ここを行くのは危険極まりない。
迂回路を検索しようにも、相合傘と雨で手がかじかんでしまい、
スマホまで水没の恐れあり…ここで立ち止まっているだけで、全身が冷えで震えてきた。

   (どう、すべき…最善策は、何だ…っ)

チラリと視線を赤葦に移すと、赤葦は珍しくそれに気付かず、黙ったまま下を向いていた。
その鼻先が、キラリ。どうやら、鼻水が垂れそうなのを、じっと耐えているみたいだ。
ここで鼻を啜ると、自分が寒さに凍えていることが、俺に伝わってしまう…
俺に無用な心配をかけまいと、必死に『いつも通り』を貫こうとしていたのだ。

   (こんな時まで、『ちゃんと』しなくても…)

見当違いな気遣いだが、間違いなく桁違いな優しさに触れ、何だかジワリ…
それを誤魔化すため、俺は全身全霊で『ぶぇっくしょんっ!!』と渾身のクシャミをかまし、
雨やら鼻水やら何やらを全て、濡れそぼったジャージでごしごし拭いてから、
硬く握り締めていた赤葦の手を取り腕を絡め、傘を持ち直してクルリ…踵を返した。


「悪ぃ。手が痺れちまったから…俺の腕、支えててくんねぇか?」
「えっ!?あ、はい!ですが、これだと逆に、俺の腕の重さが…」

「あと5分。俺との腕組みラブラブおデート…もうちょっとだけ、走れそうか?」
「残念。あとたった5分ですか。それに…どこへ連れて行って下さるのですか?」

「俺んちに、連れ込む。心の準備…しとけ。」
「!?ま、まさかの、極楽イき…ですかっ!」

言葉だけは心底驚いた風だったが、その表情には偽りのない安堵の色が見えた。
正直、助かります…と、ゆっくりとした瞬きで伝えると、俺の腕をぎゅっと抱き込んだ。

「人生初、無断外泊…おっ、お手柔らかに!」
「今日、親いないんだ…人生初のキメ台詞!」


舌を滑らせていられたのは、最初の数歩だけ。
足を滑らせないように細心の注意を払いつつ、できる限りの全力疾走をし続けた。
まるで役に立たない傘はすぐに閉じたが、互いにしがみ付くように腕は絡めたまま、
どうにかこうにか、自宅に到着…崩れ落ちそうな赤葦を半ば抱え上げながら、風呂に入れた。

ずぶ濡れの廊下を拭き、赤葦の次に風呂に入って、二人分のジャージ等を洗濯乾燥機にイン。
消耗した体力を補うため、おにぎりを結んで熱いお茶を入れてから自室へ上がると、
ベッドの横に敷いておいた来客用布団の上に、赤葦は正座して待っていた。

「すまねぇ。遅くなっちまっ、た…?」

声を掛けても、赤葦は動かない。
さっきの鼻水と同じように、俺のベッドの方に頭を少し傾げたまま、じっと固まっていた。

「どうした?どっか調子でも、悪いのか…?」

声のトーンを落としながら、恐る恐る近づいてみる。
赤葦から返事はなかったが、その理由に気付いた俺の方が、声を出せなくなってしまった。

「…っっっ!!!」


寝間着代わりに貸した俺のスウェットは、赤葦にはかなり大きめで。
甲がすっぽり袖に覆われた両手で、俺の愛用クッションをむぎゅっと抱き締め、体を支えて。
猛烈に襲い来る眠気を必死に耐えながら、俺が部屋に戻って来るのを待っていたようだ。

   (こんなとこで、我慢しなくて、いい…っ)

いつでも、どんな場所でも、ちゃんと頑張ろうとする健気?頑固?さに、胸が熱くなる。
無表情で外からは分かりにくい、赤葦の隠された努力を心から尊敬すると同時に、
独りでツラさを抱え込み、じっと耐え続ける姿に、熱さよりも苦しさが込み上げてきた。

   (頼むから、無理し過ぎんなよ…っ!!)

微かに震える指先で赤葦の眉間にそっと触れ、深い皺が緩むようになぞってゆく。
少しずつ触れる部分を広げ、おでこを伝って上へ上へ…半乾きの髪を整える。

   (きっと、監督達も、同じ気持ち…だ。)

   リラックスしろ、とまでは言わない。
   ごくごくたまに、だけでもいいんだ。
   誰にも言わない。見て見ぬフリする。
   …だから、頼む。

   (俺の前では、『フツー』でいてくれ…!!)


監督達のように、赤葦を見守り支えてやることなんて、俺には未だ到底できやしない。
だけど、監督達の目の届かない場所…独りで何かを堪え忍んでいるのに気付いた時には、
背と腹と胸に抱え込んだものを、ほんの僅かでも軽くしてやりたい…コッソリと。

   (気付いたら余計…ちゃんとしちまうだろ?)

せめて、眉間の皺が緩むぐらいまで…
クッションを抱き締めたまま、赤葦がコテンと俺の胸に頭を預けるまで、
手のひらいっぱい広げて、赤葦の頭を精一杯優しく撫で続けた。



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「…ま、そんなこんながあってから、アイツが疲れてんな~って気付いた時には、
   無意識のうちに、手が伸びて…『寝癖』を整えたくなってた、ような…???」

これがホントに、特別な感情の自覚?なのか、自分で話しててもあんまピンとこねぇな~
そういやぁ、この時以来、おやつとか差し入れとかに、お互い肉まん買って来るように…

「…な?ネタにはなんねぇ話だったろ?」
「ホンットーに、その通りですねっ!!」


ビール片手に柿ピーを摘みながら、のほほ~んと『しょーもない昔話』を終えた黒尾さん。
聴いている途中から、俺は頭を抱え…フローリングに超重量級のため息を落とした。

   (だってこれ、『恋』バナなんかじゃ…っ)

ドキドキときめく、初恋を自覚した話?
いや、全っっっ然違う。どちらかといえば、監督達に似た種類の、深い深い情…
『恋』をすっ飛ばし、いきなり『愛』って想いの方に、無自覚で繋がってんじゃん!?

   (『好き』とかいう、レベルじゃない…っ!)

このままの状態で、黒&赤の二人を放っておいたら、『冗談抜きでマズいやつ』確定だ。
それだけは、絶っっっ対にダメ。 二人の友人としても…創作者としても。

   (ハッピーエンドに、接続させてみせる!)

決意を新たにした俺は、腹の底に力を入れ、渾身のツッコミ(宮兄弟直伝)をぶちかました。


「は?そこで終わり?寝言は寝て言えやっ!」

今の話、どこぞの敏腕編集者に聞かせたら、涙の豪雨に溺れるぐらい、けちょんけちょんに…
「は?(二次含めて)何年創作やってるんです?こんな小咄、読む人いるんですか?」って、
編集者より厳しい貴腐人の『無評価の評価』をチラつかせ、失意のどん底に落とされますよ!

「むっ、無評価という、評価…っ」
「数字取れなきゃ無価値扱い…それが現実。」

…じゃなくて。
『ゆるゆるの彼シャツ』『彼の枕をむぎゅっ』『彼が戻るまで、眠いのガマン…』なんて、
テメェ萌え殺す気かコノヤローな三連コンボをキめときながら、そこで終わりっ!?
読者アンケートにも何も答えて貰えないまま、閲覧者がいなくなっちゃうパターンでしょ!

最低でも、そう…
   頭を撫でていた手がゆっくりと、下へ下へ…
   眉間を通り過ぎた指先は、顎の縁で止まり。
   硬く食い縛っていた唇を、解すかのように。
   半ば無意識のうちに、唇で熱を送り続けて…


「リアルにヤったら最っっっ低ですけど、創作では最低限このぐらい…ん?どうしました?」
「厳しいリアルな評価に、撃沈しているとこ…イエ、ナンデモナイデス。。。」

さぁ~てと、ちくわキュウリでも作るか!晩飯はキス…あっアナゴ天丼と赤出汁でいいか~?
お~っと、ちょうどいいタイミングで、ピンポ~ン…御客様だ!はいはいお待ち下さい~♪


   (ま、マジで…ピンポ~ン、だったの!?)

隠し切れないぐらい動揺しながら、黒尾さんはインターフォンに飛び付いた。
うだうだてんまつ以下の駄作がまさかのドンピシャだったリアルに、再度頭を抱えていると、
動揺をすっ飛ばすような素っ頓狂な声の後、緊張の籠った固唾の音がリビングに響き渡った。

「なっ!?な、んで、お前…何しに、来た?」


   おやおや~?
   可愛い弟子に対し、随分な言い様ですねぇ?
   そのご様子だと、あの噂は本当なんですね~
   心からの笑顔で励まして差し上げますから…

『さっさと入れて下さい…最愛のお師匠様?』




- ③・後編へGO! -




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2021/12/23
(08/25、09/06分MEMO小咄 結合&移設)


 

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