長い人生の中で、人は何度、この台詞を吐くんだろうか。
自分としては、何の気なしにやったことが、思いもよらない結果を招いてしまった時。
え、これって、俺が悪いのっ!?無茶言うなって!誰にもわかるわけ、ないじゃん!!
「まさか、こんなことに、なるなんて…っ」
*****
事の発端は、唯一無二のオン友…『けいじ。』こと、赤葦京治からの依頼だった。
全然関係ないけど、俺は『けいじ』は『鮭児』だと、勝手に思っていた。
鮭児はロシアのアムール川(黒い河)生まれのシロサケ(白鮭)で、
日本生まれの鮭の回遊に紛れ込んでしまった、『迷子の子』なんだとか。
まだ性的に未成熟だから、精巣や卵巣に栄養を取られていない分、身に脂がノリノリ。
1万匹に1~2匹しか獲れないレアさと、大トロのような美味さで、とんでもない金額…
切り身の1切れが3,000円、半身で40,000円、一尾で70,000円以上する『幻の鮭』だって!
同じ高級鮭シリーズに、けいじ…鮭時ならぬ『時鮭(ときしらず)』ってのもいるらしい。
こっちも黒い河出身だけど、秋に産卵のため南下してくる普通の鮭とは違って、
餌を求めて春~初夏にやって来る『季節外れ』の鮭…ハラスに脂がのった『霜降り』だ。
鮭児も鮭時も、絶対に『おにぎり宮』に握られることはない、高嶺の花ならぬ高値の具。
鮭は紅鮭しか知らなかった俺…トラウトサーモンが実は鮭じゃなくてニジマス(虹鱒)だとか、
黒とか白とか紅とか虹とか、色がイロイロありすぎてわけわからん挙句、結論は赤かよっ!
まあ、そんな色っぽい『けいじ。』とは、そこそこ長い付き合いが続いている。
ただしそれは、オンライン限定…高校時代には大会で袖擦り合ったかもしれない?程度で、
最初は俺が握るネタ・宮ツインズの情報目当てで、フォローしてくれただけ。
リアルに二人で会ったこともなければ、声を聞いた覚えすらない…文字だけの繋がりだった。
きっかけはどうあれ、今や俺達『すなリン』と『けいじ。』は、相互フォローし合う仲…
困った時や辛い時には、お互いリアルに全力で助けてやりたい『マブダチ』だ。
『けいじ。』となら、最愛のチューペットを半分こして食べてもいいぐらいの、お気に入り。
(何なら、『持つ方』を…譲ってもいい。)
すっごいしっかりしてんのに、何か妙なトコでヌけてるというか、ピュアというか。
ツッコミ属性に見えて、ツッコミどころ満載というか…ほっとけない。
安心感と同居する、染まってなさ?浮世離れ感?のギャップに、惹かれてやまないのだ。
(ちょっと、あの人に…似てるかも。)
だから、初めての電話が、いきなり対談のオファーだったのには、心底ビックリした…けど、
幻の存在に近いオン友『けいじ。』に、オフでリアルに会ってみたい一心で、快諾した。
(それなのに…それなのにっ!!!!)
いざ対談会場?のマンションに来てみれば、いきなり背後から『握られ』てしまった。
お前はいつから、『おにぎり』だけじゃなくて『おいなりさん』まで握るようにっ!?…と、
『けいじ。(刑事?)』に『プロの犯行』を示すダイイングメッセージを残す間もなく、撃沈。
起こしてくれたのは、『けいじ。』からの二度目の電話…俺を心から案じる労りの声。
もう、その優しさにちょっぴりウルっとキてしまい、今すぐ会いたくなっちゃったけど、
切羽詰まる『けいじ。』の救難要請に、全てを察した俺はソッコーで動いた。
『北さんと、俺を…繋いで下さいっ!!』
まるで『二礼・二拍・一礼』の如く、北さんに『ツムサム・対談乱入・へるぷ』と、
『けいじ。』の連絡先を添えて『神頼み』すると、すぐさま『任せろ。』の返事。
ここで俺の意識はプツンと途絶え…気が付いた時には、北さんの膝枕だった。
「何で、ここに…?」
「倫太郎から電話貰った後すぐ、新幹線乗って来た。無事…みたいやな。」
「俺は、何とか大丈夫、の、はず…ぅっ!?」
「ケツは、俺が持つ。ちゃんとケジメつけてやるから…安心せぇ。」
久しぶりに見た北さんの『激オコ』に、俺は半分意識をトばして脳内で念仏を唱えながら、
対談が終わって帰って来る前にツム宅から退散し、安心安全?な場所へ北さんを保護した。
「ここが、かの有名な…はじめて、来たでっ」
「あっちこっちキョロキョロしないで下さい。俺、『けいじ。』に電話してくるんで…」
「ここですればえぇ。というより…」
『けいじ君と、俺を…繋いでくれ。』
あー、何かめっちゃデジャビュる。
やっぱり、ちょっと…似てるかも。
会ったことないけど、間違いない。
この二人…同じ『匂い』が、する。
ふかふか&ひろびろなベッドの上に、靴下を脱いで正座しつつ、ちらちら部屋を観察。
そんな(初々しさ満点な)北さんを横目に、俺は『けいじ。』に無事を報告し、
明日の晩、北さんを含めた三人で、飲みに行く約束を取り付けた。
まぁ、当然といえば当然の流れ。
こうなってしかるべし、だよね。
ガッチガチにおカタい二人と飲んで、会話が続くのかな?とか、二杯目は日本酒かな?とか、
場が盛り上がらなかったらマジでどうしよう?とか、実はかなり不安だったけど、
『ちゃんとした人ランキング』で、堂々一位の『けいじ。』と、殿堂入りの北さんだから、
初顔合わせ&飲み会でも、常識的な範囲内(2時間コース)で終わるだろうと、疑ってなかった。
それが、まさか…
「こんなことに、なるなんて…っ」
********************
「はじめまして。週刊少年ヴァーイ編集部・梟谷学園高校出身、赤葦京治と申します。
この度は、わざわざ東京くんだりまで急遽御足労いただき、ありがとうございます。」
「こちらこそはじめまして。『ちゃんと』米生産農家・稲荷崎高校出身、北信介です。
以前よりウチの角名が、またこの度は、宮侑治兄弟が大変お世話になっております。」
『けいじ。』が指定した飲み屋は、いわゆる居酒屋じゃなくて、割烹?みたいなとこだった。
多分、作家先生達を接待したりする、隠れ家的な場所…二階の奥座敷に通された。
俺達がお座敷に入ると、先に到着していた『けいじ。』は、すぐさま立ち上がり、
床の間の前の上座…だっけ?に、北さんをいざない、立ったまま二人は自己紹介&名刺交換。
社会人のマナーとか、一般常識の本に載ってそうな『お見本』のご挨拶を…延々。
「北さんのお話は、こちらの、すなリ…角名さんから常々お伺いしておりました。
角名さんが心から尊敬してやまないという、貴方にお会いできて…大変光栄に存じます。」
「こちらこそ、貴方にぜひお会いしたかった…念願叶って、大変嬉しく思います。
これ、ウチのもち米『キタキネツキ』を使った揚げ餅です。こんなものしか用意できず…」
「揚げ餅…っ!大好物です!ありがとうございます!」
「それはよかった…っ!お口に合えば、幸いですっ!」
えーっと、いつまで続くの、コレ?
俺、そろそろ疲れてきたし、喉も乾いたんだけど。さっさと座って、乾杯しない?
…という、俺の『ごく当たり前』な訴え(視線)は、当然のようにスルーされ、
この度はウチのアホ共がご迷惑を…いえいえ、助けて頂いて本当に助かりました…うんぬん、
『ちゃんとした常識人』の会話が、ひっっったすら続いていた。
(この二人…クッッッソ面倒くさっ!!!)
初対面の相手だから、失礼の無いようにっていう、オトナな対応なんだろうけど、
常識+常識(もしくは、常識×常識)は、ただの非常識…埒が明かないまま、夜が明けそう。
(二人を会わせたのは、大失敗かも。。。)
折角の初飲みが、こんなガッチガチにおカタくなっちゃうなんて、冗談じゃないんだけど。
何とかして、この二人から『ちゃんとした常識人』という外面を、剥がしてしまわないと、
話が全っっっ然進まないし、場の空気も弾まないし、2時間もたない(俺のメンタルが)。
(他に、話したい…話すべきことが、ある!)
「あのさ。お料理、冷めないうちに…」
「あっ!そ、そうですね。すみませんっ!」
「気が回らず、申し訳ありませんっ!」
二人の会話が途切れた瞬間を見計らい、俺はいの一番に腰を下ろして瓶ビールを掲げ、
この場に最もふさわしいご挨拶…『乾杯』の準備をするよう、二人に盃を促した。
「では、俺達の出会いに…乾杯!」
「かかかっ、かんぱいっ!」
「かっ、かん、ぱーいっ!」
乾杯…してからも、真面目が取り柄な二人は、どうでもいいことばっかり喋り続けた。
『お通し』と『突出し』はどう違うのか?こういう懐石料理で出てくる『先付』って何です?
俺、どんなおかずも、ご飯と一緒に頂きたいので…最初から出して下さいませんでしょうか?
うんぬん、かんぬん。。。
「懐石料理の順序を破ってしまうのは、大変心苦しいのですが…これだけは赦して下さい。」
「いえ、お米をそれだけ愛して下さる方を、誰が咎められましょう。俺にもお願いします。」
「俺達、凄く気が合いそうですね。」
「えぇ。とても居心地が良いです。」
え~、そうか?
せっかくの料理&お酒を前にして、何の役にも立たなそうな雑学?とか…楽しいか???
もっとほら、バレーの話とか、高校時代のこととか、共通の友人の近況とか、
『すなリン』と『けいじ。』のマブさとか…そういう面白い話を、聞いてくれてもよくない?
(二人が楽しそうなのは、喜ばしいけど…)
っていうか、今日この場に集まってから、『けいじ。』は一度も俺と目を合わせてくれない。
ずっとオンで喋りまくってたけど、いざオフでリアルに面と向かったら、
何を話していいのやら、どんな顔すればいいのやら、悩んでしまう気持ちは、よ~くわかる。
俺の方だって、あ~んなコトも、こ~んなコトも、全部ぶっちゃけまくってるから、
ちょ~っとだけ気まずいというか、こそばゆいカンジはある。あるけど、それ以上に…
(数年越しに、や~っっっと会えたじゃん?)
俺と目が合いそうになった瞬間、あわてて北さんに話を振ったりして、
恥ずかしそうにちょっぴり頬を染めて、わざとらしく視線を横に流すとか…何なのっ!?
(めっちゃ…可愛いんですけどっ!!!)
んでもって、北さんは北さんで、飲み会初心者マーク…「そわっそわっ」しまくってる。
しかも、初対面の『けいじ。』とのおしゃべりが、思いのほか盛り上がったことに、
驚きと嬉しさを隠し切れず、妙~~~に「もじもじ」しちゃってる…何ソレっ!?
(北さん、ピュアすぎでしょっ!!!)
宮ツインズ大暴走という偶然(必然かも)で、予期せず出会った『けいじ。』と北さん。
今回は不測の事態でしかなく、ただの『双方お詫び会』だったはずなのに、
会ってみたら、気が合うというか…自分と『同じ匂い』を感じちゃった、ってとこかな。
つまり、必死に『ちゃんと』しようと奮闘し続けてるのは、全て…照れ隠しってコトだよ。
(この状況…アレに、似てるんじゃない?)
二人の間を介したはずの俺が、若干ハブられ気味なのは、ほんの少しだけ寂しい。
でも、二人が仲良くなりそうな気配に、ジェラシー感じるより…ほっぺが緩んでしまうのだ。
(飲み会というより…『お見合い』みたい!)
延々続く二人の『ちゃんとわたわた』な会話を聞き流しながら、俺は一人でムフムフ。
『突然お見合い!?でも、悪くない…かも?』なシチュを、脳内で楽しく妄想しつつ、
もうちょっとだけ、二人の距離を近付けてみたら、一体どうなるんだろ…
『ちゃんと』し過ぎて、同年代の友達が少なそうな二人を、マブにしてあげたくなった。
(意外と可愛いコンビに…なったりして。)
とは言え、ガッチガチな二人が『ゆるゆる~』になることは、ほぼありえないだろう。
だからせめて、『けいじ。』から敬語が時々抜け、北さんが関西弁に戻るぐらいを目指して…
「ねぇ。次は、何飲む?日本酒いっとく?」
「えっ!?あ、はい…いただきます。」
「それじゃ、俺も同じので…」
ささっ、はいどうぞ。
滅多にない機会なんだし、ぐい~っと…ね!
たまには、肩の力抜いてもいいんじゃない?
いつも、ちゃんと…頑張り過ぎなんだから。
(今日ぐらいは、ハメを外してよ。)
どうやったら真面目の枠から出られるのか、きっとまだわかってない二人。
オトナになるって、『ちゃんと』を上手く付け外しできるってことかもしれないし…
…ん?そういえば、枠とか型にハマってるはずなのに、何で『ハメ』を外すんだろ?
『ハメ』は、馬を制するため口にかませる『馬銜(はみ)』から転じたと言われてるらしい。
馬銜を外すと、馬が自由に走り回って手がつけられなくなる…調子に乗って度を越すこと。
でもさ、『ハメ』は漢字で『羽目』って書く…羽目は『蛇の目』ってコトになるよね?
羽目を外す=蛇から目を抜く?画竜点睛を欠く的なこと?
(蛇の目…あ、ココにあるじゃん!)
てのひらに収まる、白い『蛇の目』猪口。
透明な日本酒を通して、底に青い二重丸。
もしこの猪口から、『蛇の目』を抜くと…
「底なしの酒…そりゃぁ、ハメ外すよね!」
ねぇ『けいじ。』…俺の説、どう思う!?
独りで楽しく、どうでもいいことを妄想し、(あ、やっぱ、考察って楽しい…かも?)
偶然思い付いた『これもアリじゃね?』な答えを、みんなに聞いて欲しくなった俺は、
『蛇の目』から目を外し…目を剥きながら我が目を疑った。
「…は?」
俺としては、適度なお酒でちょっとだけリラックスして欲しいな~程度のノリで、
ごくごく常識的な『ほろ酔い』レベルの量(猪口に1、2盃)を、注いであげただけ。
それなのに、不慣れさ(と、遺伝的な要因?)のせいか、俺が妄想して遊んでる間に、
二人はまさかの、デロンデロン状態…畳に寝っ転がって、腹を捩って笑い合っていた。
「ホンマ、けいじくんは、かわえぇな~♪」
「しんすけさんには、かないませんよ~♪」
「え、おれが、かわいく…みえるん?」
「いかのみみぐらい…かわいいです~」
あのー、まだ、お刺身までしか食べてない(イカは耳なしのソーメンでしか出てない)よねっ!?
メインが出てくる前に、ゆるっゆるに出来上がっちゃうとか、弱すぎにもほどがあるでしょ!
「すなリン~、おれのとまと、あげますよ~」
「りんたろ~、おかわりはよぅ、いれてや~」
勧められたお酒を、無理してちゃんと全部、頑張って飲みきらなくたっていいのにっ!!
高校時代から『けいじ。』は、パイセン達にも『ノーですね。』って言える子だったよね!?
北さんも、『ちゃんとした自分』が保てなくなる危険は、徹底回避するはずなのに…何で!?
「何で、こんなことに…っ」
いや待て、落ち着け倫太郎。
いくら北さんが飲み会慣れしてなくても、初対面の相手にガード緩すぎなのは、絶対に異常。
それに『けいじ。』の方も、昨日ツムサムに振り回されて、お疲れ気味かもしれないけど、
とんでもない人に振り回されるのは、日本酒以上に慣れっこのはず…何かが、おかしい。
(そう。それを聞こうと、俺はしてたのに…)
二人共、らしくなさすぎる。
だって、だって…こんなの、違うでしょ!?
「聞いてや~、けいじくん!昨日な、安全安心なトコに…とか言って、りんたろ~は…何と!
かぶきちょ~の、稲荷神社の…すぐ近くの…らららっ、らぶほに、俺を連れ込んだんで!」
「んなっ!?安全安心とは、なんぞやっ!すなリンも、ケダモノ…だったんですねっ!!
物事には、じゅんじょ、ってもんが、ある…ちゃんと、ひひひっ、ひにん…しました!?」
「んなっ!?違っ!ちょっ…言い方っ!!」
世間に名の知れた宮兄弟(特にツム)の『北さん捜索』から逃れるには、目が多い所が有効だ。
それに、歌舞伎町という(ある意味)パワースポットと、北信介…繋がりがなさすぎて盲点!
突然の上京で、泊まるとこもない状態(俺のウチはとっくにツムサム占領下)だったから、
予約なしで泊まれて、秘密保持もできて、安全安心なバブル方式?な風呂のあるトコに…
「俺も、ついに、じゅんけつを…けけけっ、けっこん前に!?って…寝られへんかったわ!」
「寝られなかった…つまり、寝てない、ですかっ!?すなリン、すえぜん、食べてない!?」
「俺の、一夜を…かえして、ほしいっ!」
「睡眠、不足…ひがいじんだい、です!」
被害甚大なのは、俺の方なんだけど。
メインの『マグロのカマ焼き』が来たから、席について下さいってば!
ほらほらっ、くんずほぐれつグデグデとぐろ巻いてないで、シャキっと起きてっ!
(マジで…クッッッソ面倒くさっ!!!)
「ゃだ。けいじくんと、このまま寝るんゃ…」
「俺達を、ゆ~っくり寝させてくださぃょ…」
あー、もうっ!目ぇ閉じはじめちゃたし!
目も当てられない状況とは、まさにコレ。アンタらが『マグロ』になってどうすんのっ!?
二人で手ぇ繋いでおねむとか、めちゃくちゃ可愛くて眼福というか、目に毒ーーーっ!!
「お願いだから…『ちゃんと』してっ!!」
********************
(…ん?いま、なんじ…)
微かな物音を聞いたような気がして、重い瞼を片方だけ持ち上げる。
ここは…宇内さんちの、リビング…じゃない?
そうだ。北さん&角名さんとの御食事会。気持ちよ~くカンパ~イして、それから…
(そこで、俺は…っ、ま、まさか…っ)
「あの…その身に覚えがありまくりなナレーション、とめて頂いても宜しいですか?」
「あ、起きた?おはよ。」
よっぽど寝不足だったらしい『けいじ。』と北さんは、お酒と人肌で気持ちよ~く大爆睡。
あまりにも無防備な『安眠♪』っぷりに、俺は起こすことをアッサリ諦め、
その代わり『ちゃんと』寝させてあげるべく、お店の人に毛布を借りて二人に掛け、
食べきれなかったお料理を、全部お弁当に詰めて貰って…暇つぶし(妄想)をしてたとこ。
ほんの小一時間だったけど、しっかり熟睡できた『けいじ。』は、スッキリ顔。
寝起きでちょっぴり、ほっぺが桃色なのも可愛いな~と思って眺めていたら、
寝落ち前の状況整理&現状把握が終わった瞬間から、その顔が一気に蒼ざめてしまった。
(酔いも、さめた…かな?)
「すすすっ、すみま…っ!い、今すぐ、おおおおっ、起き上がりますから…っ!!!」
「待った!起き上がらないで…そのまま。」
指先を『けいじ。』の胸元へゆっくり動かし、こんもりした毛布の山へ注意を向ける。
規則的に上下する毛布…『けいじ。』にぴとりと寄り添って眠る、北さんが中に居るのだ。
「典型的な『9時5時』の人…夜9時に寝て朝5時に起きる、ちゃんとした農家さんなの。」
「いつもなら、もうじき就寝…俺、時間設定までも、完全にミスってしまってたんですね。」
すなリ…角名さんに、何とお詫びを…っ
重ね重ね、申し訳ありません…
北さんを起こさないよう、小声を震わせて謝罪する『けいじ。』に、
俺はできるだけ淡々と「気にしないで。」と返し、極力大げさに「ふわっ」と力を抜いた。
「それも、そのままで…漢字で書いて『角名りん(たろう略)』で、いいよ。」
「リアルの場で、(音的には)ハンドルネーム呼び…恥かしくないんですか?」
「今まであんだけ晒しまくっといて、今更よそよそしく『赤葦』って呼ばれたい?」
「せっせめて、脳内変換だけは漢字の『京治』にして、そのまま…お呼び下さい。」
「わかった。じゃ、あらためて…初めまして、京治?」
「こちらこそ、初めまして。やっとお会いできましたね…角名りん?」
うあぁぁぁ〜、何コレっ。
すっごい、くすぐったい!
オン友とオフ会…ハズい!
どんなに引き締めようとしても、「ふにゃっ」と緩みそうになってしまう口元。
こんな『らしくない』俺を、北さんに悟られるわけにはいかない(こっちはもっと恥かしい。)
俺は『こんもり』に送った指先を動かし唇に当て、「しーっ!」しながら頬に力を入れ直し、
俺よりもずっと『らしくない』方に、話をようやく持っていくことができた。
「…で?何があったの、京治。」
*****
「なっ…何が、とは?何の、ことです?」
「俺が気付かないと、ホントに…思う?」
リアルでは、さっき会ったばっかり。
お互いの顔色も声色も、全然知らない。でも…誰よりも、お互いの『内側』を知ってる。
『言葉』にして口からなかなか出せなくても、『文字』にして伝え合ってきたよね?
「京治が食べたごはんとおやつの内容を、毎日把握してんのは、俺だけでしょ。」
「俺も、角名りんのスマホと同じぐらい、貴方のスケジュールを熟知してますね。」
「何で昨日の晩は、肉まんだけ?過重労働のツムサム対談後…炙り豚トロ丼、必須じゃん?」
「成程。角名りんのお夜食がピザだったのは、ラブホでデリバリーしたから…ですね?」
「聞いてよ京治。北さんってば、朝起きたら…窓と入口扉を開けて、換気しようとしたよ!」
「あっ、明け方の歌舞伎町の空気&音なんて、できるだけ、取り込まない方が…っ」
いやもう、ほんとソレ!あやうく『御精算』しなきゃいけないとこだった…じゃなくて。
しらばっくれようとしても、ムダだから。
「今夜もこの後、宇内先生んトコに泊まり?」
「っ!!!」
はい、ビンゴ。
いつもなら、対談の後はゲストと一緒に飲んだくれコースか、身内でガッツリ丼飯じゃん?
そうでもしないと、エネルギー補給&メンタル回復ができませんから…って、言ってたよね。
んで、そのまま先生んトコに泊まって、朝は御三方でのんびり『のりトースト』でしょ。
お泊まりの翌朝だけは、きまって洋食。
それなのに今朝は、コンビニのおにぎり1個だけ。しかも梅じゃなくて、具なしの塩むすび。
これは絶対に、対談『後』に『何か』があった証拠じゃん。
そう、例えば、宇内先生とケンカ…は、ありえないか。(ケンカになりえない力関係だよね。)
だとすれば、残った可能性としては、宇内先生『じゃない方』との…
(遂に、進展アリ…っ!!?)
京治は自覚してない(もしくは、自覚してからまだ俺とのんびりダベってない)けど、
京治には、唯一無二の『特別』な人がいる。
それは、高校時代の全てを捧げたスターでも、リーマンとして尽くし中のスターでもなく、
高校時代から現在に至るまでずっと、同病相憐れむ的な…どっちかというと輝かせる側の人。
あれほどまでに才気あふれる賢人なのに、
どうしてあんなにも自己評価が低いのか。
計算された謙虚さ?…いえ、違いますね。
自分自身を…『見ない』ようにしてます。
え?それ…『けいじ。』自身のことじゃない?
思わずそうツッコミそうになったぐらい、京治とは(北さんとは別の意味で)ソックリ。
だからこそ、無意識のうちに『見て』しまい…惹かれてやまない人なんだろう。
俺は『けいじ。』の言葉の節々から、スター達へ向ける『眩しさ』とは全く違う視線を、
かなり早い段階から察し…対談プロジェクトが始まると聞いた時、思わずガッツポーズ!
(キューピッドさん、ありがとーーーっ!!)
打合せや対談、宇内先生を含めた御三方での飲み会…それらの(無自覚惚気な)話を聞く度に、
俺は一人でニヨニヨしつつ、『けいじ。』が恋バナを投下して来る日を心待ちにしていた。
数年にわたる『状況証拠』から、アッチが京治のことを『どう見てるか』も、わかってるし。
(『けいじ』を…『敬慈』って、想ってる。)
だから、京治の結婚式では、宇内先生とか、木兎さんとか、アッチの幼馴染とかと一緒に、
「な~んで延々、お互い気付かなかったんだろうね~♪」と、俺も一緒に大笑いした後、
俺が一番、京治のコトをわかってるんだから…って、まるで父親の如く新郎に詰め寄って、
ガツンと一発殴る…と見せかけて、京治を宜しくお願いしますの涙を流す計画を立てている。
(最大のライバルは、隠れた俺…的なやつ!)
…というわけで、そのエンディングに到るロードマップは、こんなカンジを想定(妄想)。
あのツムでさえ恐れ慄き、日本バレー界を影から牛耳る腹黒い奴が、
密かに(いや、多分アッチもバレバレ?)想い続けた京治と、遂に…!?ってとこで、
まさかの伏兵・角名倫太郎登場!そうカンタンに大事な京治を渡してたまるかよ!ムギュっ!
アンタは身に覚えがないだろうけど、アンタと京治を繋いであげたのは、この俺なんだから。
「まずはこの俺を納得させてから…京治に想いを伝えに行けよ。」←コレだよ、コレ!
この痺れるセリフを放つ日を、俺がどれだけ待ち望んできたことか…待たせすぎだろっ!!
(数年越しの妄想が、やっと現実に…っ!!)
独りで(先走りの)喜びを噛み締めながら、俯く京治が口を開くのを待っていると、
思わぬところから『まさかの伏兵』が現れ…京治を『ムギュっ!』としてしまった。
「言いとうなかったら、何も言わんでえぇ。」
「えっ…!?」
「でも、けいじ君が聞いて欲しいんやったら…いくらでも俺が聞いたるで。」
「しっ、しんすけ、さん…っ」
ちょっ、待って待って待って。
それ…俺が言いたかったやつ!
いつの間にか目をさました北さんが、こんもりからもぞもぞ這い上がってきて、
惑い揺れる京治を、あつ~く抱擁…「アカン、泣いてまうやろ!」なヤツを放った。
この奥義を喰らったら、どんなハネっ返りでも完オチ…稲荷崎名物『北さんの御威光』だ。
(京治には…威力絶大っ!!)
チヤホヤとか、誰かに優しくされるという免疫は、京治にはこれっぽっちも備わってない。
自分が誰かに大切にされる経験は…って、あーあー、もうウルウルしちゃったよっ!!
北さんは何も言わないで、ただただ静かに京治の背中をポンポン。
その温もりに絆された京治は、ウルウルを隠すかのように北さんの胸の中に埋もれ…
ポンポンのリズムに呼吸を合わせて、ポソポソと言葉を紡ぎ始めた。
「お慕いしていた方に、寝込みを、襲われ…唇を、奪われて…しまい、ました。」
(っ!?おおおおおーーっ!!キタキタっ♪)
くぅ〜っ!こういうの、待ってたぁ〜!
で?で?で?どうなった?ん?ん?ん?
「好いとる人から…なのに、何でけいじ君、泣いとるん?イヤやったん?」
「イヤ…じゃ、なかったから…っ」
(イヤなわけないじゃん!何言ってんの!)
ホントは、『ひにん』をしなきゃ…
単なる『人違い』で、されただけ。
でも、俺は…できなかったんです。
自分のエゴを、優先してしまった…
「状況証拠から察するに、あの人が想いを寄せているのは、俺ではなく…宇内先生、です。」
だから、宇内先生のトコには、
もう俺は、お泊まりできない。
好き合う二人の、邪魔なんて…
(はぁぁ〜っ!?んなわけ、あるかーーい!)
京治の大ボケに、俺は脳内で盛大にツッコミ。
宇内先生は、どう見たって俺と同じ立ち位置…京治達を眺めて『ムフムフ妄想族』でしょ!
(そんなの、うだうだてんまつ名義の『薄い本』読めば、モデルが誰かなんて一目瞭然だし。)
一体どんな『状況証拠』から、勝手に悪い妄想に走ったの?とんでもない『読み違え』だよ!
(それ、間違いなく、京治の『勘違い』っ!)
チラリとこっちに視線を寄越した北さんに、俺は指で小さく『×』マークを送り、
そのメッセージを受け取った北さんは、コクリと頷き…『まかせろ』と唇を形作った。
「けいじ君。想い人のキモチ…本人から直接聞いたんか?」
「いえ、そういうわけでは…」
(そうでしょ?だから、ちゃんと本人に…っ)
「せやったら、けいじ君が勝手に、その人のキモチを決めつけたら…アカン。」
「それは…そう、です…けどっ」
そうそう!そうなの!
だから、ちゃんとキモチを確かめようよ!
さっ、そういう方向に、上手いこと京治を、
導いてあげて下さい…どうかお願いします!
(北さん…GO!)
「なら、ちゃんと…聞きに行こ?」
百歩譲って、万が一、仮に、その人と宇内先生が『エェ仲』やったとしても、
相手の了解も得ずに寝込みを襲って、勝手に唇を奪うやなんて、言語道断や。
ましてや、単に『想いを寄せてる』だけ…まだ『エェ仲』になってなかったなら、
とんでもない暴挙…らぶほ連れ込みりんたろ〜と同じレベルの『ケダモノ』っぷりやな。
告白→合意→お付き合い開始→おててを繋いでみる→→→(中略)→→→(割愛)→→→御挨拶…
…みたいな、『順序』は、ちゃーーーんと守らな、ぜーーーったい駄目やろ。
「たとえ御天道様が許しても、縁結びガチ勢の御稲荷様は赦さへんからな。」
ホンマは、今すぐカチコミに行ってやりたい。
せやけど、俺も『順序』の詳細も知らんし、経験もないから、エラそうなこと言われへん。
アチラさんのアクションに、コチラもどう反応したらエェか…俺もけいじ君もわからんやろ。
「そういう時は…予行演習や。」
「シミュレーション…大事です!」
(まあ、それは、そう…かな。)
「なら、まずは俺と…付き合うてみよ?」
「…え?」
(…は?)
な…っ、
何言ってんの、この人…
きっ、聞き間違い、だよね?
『北信介』とはなかなか繋がらない、色っぽいワードの登場に、俺の思考は完全停止。
そんな俺を置き去りにして、北さんと京治はガンガン…話を爆走させて行く。
「未経験なら、経験してみて、ひたすら練習。そしたら、本番で失敗せぇへん。」
「全くもって、おっしゃる通りです。入念な事前準備あってこその、本番です。」
「唯一無二の、特別な相手や。失敗、しとうない…まだ、諦められへんのやろ?」
「…はい。望みは、薄いですけど…これ以上、惨めな思いは、したくないです。」
「二人目に付き合うた人と結婚するのが、一番幸せや…農業の御師匠様方も、言いよった。」
「離婚専門のオサムライ様も、似たようなことを…失敗から学んだ奴は優しくなるぞって。」
「別に、けいじ君を『練習台』に…やないで?けいじ君となら、一緒に頑張れそうやから。」
「わかってます。俺も、しんすけさんとなら…安心して身も心も預け、切磋琢磨できます。」
よし、そんなら…
たった今から、俺とけいじ君は…
北信介と赤葦京治は、恋人同士や。
「不慣れなもん同士…仲良ぅしていこうな!」
「はい!こちらこそ…宜しくお願いします!」
(は…はぁぁぁぁ~~~っ!!!???)
ちょっと、ちょっとっ!!
二人共、自分がナニ言ってんのかわかってる?しっかり目ぇさまして…あっ!!
(まだ…酔いは、さめてない…っ!!?)
よく見たら、この二人…『告白→合意』の前からず~っと、おてて繋いだまんまじゃん!
それどころか、ムギュっと抱き合って一つの毛布にくるまり、寝物語…寝言は寝て言えよっ!
まだ酔ってんなら、さっきみたいにグデグデ…『ちゃんと』酔っ払いのままでいてよねっ!
(メンドクサイにも、程がある…っ)
声にならない俺のツッコミは、炊き立てほやほやの新米カップルに届くはずもなく、
あれよあれよという間に、綿密な『恋人練習計画(案)』が、着々と策定されていく…
「ちゃんと恋人がおるのに、それ以外の人と…りんたろ~とらぶほは、もうダメやな。」
「でしたら、今夜以降は…ウチに来ませんか?明日から連休なんで、ご案内しますよ。」
「それ、めっちゃ助かるし、嬉しいわ!東京観光、してみたかったんや~♪」
「あ!訂正します!観光案内じゃなくて…おおおっ、おデートでしたね~♪」
「そうと決まれば、コインロッカーに荷物を取りに行ってから…けいじ君ちにゴー!」
「それでは、角名りん…おやすみなさいませ。皆様にどうぞ宜しくお伝え下さいね。」
熱烈抱擁…じゃなくて、覚束無い足元を支え合いながら、二人はよろよろ立ち上がると、
北さんは毛布と座布団をきちんと片付け、京治は全員分のお会計とタクシー2台を手配。
ちゃんとすべきところは、きっちりちゃんとしてから、二人は夜の街へと消えて行った。
「宜しくお伝え…できるわけないじゃん!」
付き合った当日、そのまま自宅にお持ち帰りとか…『順序』が裸足で逃げ出すよ。
つーか、酔った勢いで付き合うのも、相当なレベルのケダモノっぷりじゃないの?
あとさ、今日のお会計を『宇内天満』で領収書切っちゃうのは、アウトなんじゃ…
いや、そんなことは、どうでもいい。
つーか、俺はどうすればいいんだよ…
「まさか、こんなことに、なるなんて…っ」
目も当てられないような現実ならば、
いっそのこと、目を瞑ってしまおう。
そう悟った俺は、3つの盃と徳利に残ったお酒を全てあおり、
京治が呼んでくれたタクシーに、フラフラの頭を抱えながら乗り込んだ。
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②へGO! -
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※『羽目を外す』の意味については、
ごく個人的な考察(妄想)です。
2021/07/07(06/16、24、07/07分MEMO小咄移設)