接続不動①







「勉強不足で大変申し訳ありませんが…
   今回の核?がどこなのか、教えて下さい。」
「頼むから、はっきり言ってくれよっ!
   今回も全っ然、面白くないですね…って!」


俺は宇内天満。職業・一応プロの漫画家。
現在連載中の漫画の原稿料等で、とりあえずは食っていけるようになったから…プロ、かな?

「これ以外に食っていく手段がないだけ説もありますが、家計は何とか回ってますよね。」
「副業するヒマがないぐらい、鬼担当がガンガン仕事回してくれて…涙が零れそうです。」

「その感涙に全力でお応えできるよう、更なるお仕事をお持ちしましたよ。」
「その眼鏡…度、合ってる?俺の憂鬱極まりない青ざめた顔、ちゃんと見えてますか〜!?」

「勿論です。〆切突破して深夜にネームを送られても大丈夫…ブルーライトカット付です。」
「それ、他人の顔色は見えない仕様ってことですよね…いや、薄々気付いてたけど。」

とりあえず、そのまるっきり徹夜明けな土気色の顔を、あと15分以内に何とかして下さい。
お風呂を沸かしてありますから、さっさと入って…一張羅のジャージも出しておきました。

「顔色…見えてるじゃん。」
「ブルーライトのみ、カットですから。」

口では淡々と毒を吐きながらも、手は優しく俺の皺くちゃフリースを脱がせ、背をトントン。
俺を風呂場に押し込んでから洗濯機を回し、部屋の掃除を始めたのは、担当編集者サマ。
熱望してやまない文芸へ栄転するため、俺を売れっ子にして実績を積もうと、
日夜努力と研鑽と献身を惜しまない…仕事と頭と舌の回転率が完全比例する、凄腕さんだ。


「宇内さん、急須の蓋はどこですか?」
「ぅひゃぁっ!?勝手に開けるなって!」

「まだ湯船に入ってなかったんですか?あと3分後に出る予定なのに…で、蓋は?」
「昨日…割っちゃいました。。。」

「っ!?そういうことは、昨日の内に言って下さいよっ!御客様が来るというのに…っ!」
「ごごごごっ、ごめん!でも、その代わり…御客様が大好きなお煎餅、買っといたからっ!」

「それは当然、俺も買って来てます。もういいですから…湯船で15だけ数えて出て下さい。」
「ら…ラジャーっ!!」


はい、しっかり水分取って…そこの資料に目を通しておいて下さい。
基本的に、宇内さんに拒否権はありませんが、打ち合わせ内容は把握しておくことを推奨…
あとから「聞いてないよっ!」とゴネるのは、貴重な時間と俺の忍耐力の無駄ですからね。

「ところで、髪…かなり伸びてきましたね。邪魔くさいので、縛っておきましょう。」
「いててててててっ!引っ張りすぎ!そんな高い位置で、ポニーテールとかやめて!」

「御客様がじきにお越しですから、きちんと身だしなみを整えて下さい。迅速に。」
「そもそも、あの人はもう…『御客様』ってカンジじゃないでしょっ!?オシャレ不要っ!」

風呂上がりに冷えたジャスミン茶を出し、俺に資料を読ませている間に、
ドライヤーで髪を乾かし、ついでに玉が2つ付いたゴムで縛り上げながら、
これから御客様と打ち合わせする概要を説明…(痛みでほとんど聞いてないけど。)

とにかく、漫画週刊誌の編集者というよりは、秘書だか執事だか…どこかの副主将だか。
二日と開けず俺を見張りに…じゃなかった、公私ともに徹底的にサポートしに来てくれる、
油断も隙もありゃしないし、油断も隙も与えてくれない、途轍もなくデキるスーパー助手だ。


だがこの担当、世話を焼いてくれる割に、実は不器用…なかなか上手く髪をまとめられない。
しかも意外とガサツだしセンスないし、痛さに俺もジタバタ大暴れ。

「じっとしといて下さいよ!もう…時間がありません!あと1分で御客様が来ちゃいます!」
「ヤダってば!下手すぎるしっ!これ以上やったら…大事な御客様に言い付けますよっ!?」

「なっ…何を、言い付ける、おつもりで…っ」
「あれれ?何か言い付けられたら、困ることでも…ありましたっけ?」

「っ!?と、特に、ありませんっ!」
「ですよね〜♪俺が一番、知ってますよ♪」

ここが好機!と、ようやくこじ開けた隙を逃すまいと、俺が反撃に出ようとしたら、
予定より15秒早く、本日の『御客様』登場…大あくびしながらリビングに入ってきた。


「あぁ~、今週も疲れた~」
「あっ!おおおっ、お疲れ様ですっ!!玄関までお出迎えせず、大変申し訳ありませんっ」

「おーおー、相変わらず仲良しだな~。髪に手を挿し込み熱烈抱擁…お邪魔しちまったか?」
「ちちちっ、違いますっ!これはただ、鬱陶しいモジャモジャを絞め上げてるだけですっ!」

モジャモジャこと俺の頭をドンと突き放した担当サマは、御客様にペコペコ頭を下げると、
恐縮???しまくるそのウネウネくせ毛頭を、御客様は優しくナデナデ…っ!!?

「ココ、寝癖で跳ねてるぜ?…お疲れサン。」
「っ!?お気遣い、ありがとうございます…」

寝癖を貴方が語りますかっ!?って、ココはツッコミを入れるトコのはずなんだけど、
そんな余裕は微塵もないらしく、おおおっお茶を入れてきます!と、ダッシュ…その、寸前。


「あ、ちょい待った。コレ…土産だ。」
「いつもすみませんっ!!…って、やけに重たいですね?」

「今日は御茶漬でも御茶請でもなくて、御茶を入れる方…急須と湯呑のセットだ。」
「えっ!!?」

ココに引越してから、そんなに経ってない…食器類も、先生&担当ペアセットしかねぇだろ?
毎週来る俺にも、湯呑とコーヒーカップがバラバラだし、今後も御客様が来た時に困るよな。
今日たまたま、いいカンジの急須&湯呑5個入セットを見かけたから…

「遅くなったが…俺からの引越祝だ。」
「あっ…ありがとう、ございますっ!」
「いっ…いろいろ、すみません。。。」

いやいや、貴方は引越準備から本体まで手伝ってくれたし、御祝に食器棚買ってくれたし、
ウチの家中の照明器具もカーテンも、貴方がぜ~~~んぶ、取り付けてくれましたよねっ!?
っていうか、ウチに打合せに来るたびに、『御祝』を言い訳になんやかんや持って来てるし。

…という、俺の真っ当なツッコミは、口から出せるわけもなく。
「お茶入れるの、俺も手伝うぜ♪」「では、早速このセットで頂きましょう♪」と、
キッチン…対面式カウンターの向こう側に、二人は並んで歩いて行った。


「おぉっ♪俺専用のお煎餅…買っといてくれたんだな。さすが赤葦…ありがとな。」
「いえいえっ♪黒尾さんのお煎餅…今は俺も、すっかり虜になってしまいました。」

俺が買っといた同じお煎餅と、蓋のない急須を布巾で隠しながら…見て見ぬフリしながら、
二人は新品の御茶セットからシールを剥がし、の~んびり、ゆ~っくり…お茶の準備を満喫。

「相変わらず…『仲良し』なことで♪」

俺は二人に気付かれないようポソっと呟き、髪を緩やかに結びながら、ニヤつく頬を隠した。


俺の担当編集者・赤葦京治と、毎週金曜に打ち合わせに来る御客様・黒尾鉄朗。
この二人をじ~っくり観察することこそ、俺の『週末の楽しみ』に他ならない。




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2020/12/11 

 

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