※『御題初雪』~研磨先生ミニシアター



    夏之初雪






この連休は、ミッチリと梟谷グループの合宿。
さすがに最終日の夜ともなると、誰しもが疲れ果てて『夜の部』で遊ぶ奴もいなくなり、
体育会系男子高校生が密集して転がっているとは思えない程、合宿所は静寂に包まれていた。

   (まるで、初雪か…オーロラが降る、夜。)

その妙な静けさと限界を超えた疲労で、逆に寝られなくなってしまった俺は、
耳慣れた音に触れようと、ゲーム機をポケットに忍ばせて部屋を出た所で、監督に捕まった。
クロに頼みたいことがあるから、探して来い…って、何で俺が?めんどくさっ!

お腹を抑えて「トイレだからムリ。」と言ったら、たまたまトイレから夜久さんが出て来て、
そのキョトン顔に一瞬足が止まった隙に、二人で行け!と厳命…監督は去って行った。

「夜久さんのせいで…チッ!」
「どう考えても、巻き込まれたのは俺だろ!」

「全部、クロのせいだ。」
「それについては、全くの同感。」

…と大文句は言いつつ、俺と夜久さんは同時に頬を苦笑いの形に歪め、ゆっくり歩き始めた。
多分クロは、いつもの第三体育館。用具室あたりで、まだ片付けに勤しんでいるだろうから、
『探す』手間は、さほどあるわけじゃない…けども。

   (いつも、こんな時間まで…冗談キツっ。)
   (監督も当然のように、この時間に頼み事…)

何があっても、俺は絶対に次期主将なんかにはならないと、夜空の月に固く誓い、
主将にならなくてホントよかった~顔の夜久さんと共に、第三体育館へ向かった。


*****


「…ん?あそこに居るのって…」
「お~い!お前ら、ナニして…」

「っっっ!!?バカっ!ウルサイぞっ!!」
「一番ウルサイのはお前だっ、バカヤロ!」

目的地に着くと、入口扉に貼り付きながら中を覗き込む、不審な二人を発見。
月明りをキラキラ反射する、淡く薄い色の髪×2…梟谷の木兎さんと木葉さんだった。
俺達が何気なくやや小声を掛けると、お互いにしがみ付いて5cmくらい盛大に飛び上がり、
そこそこな声でダメ出しをしつつ、木兎さんは俺、木葉さんは夜久さんを全身で抑え込んだ。

「ちょっと、痛い…木兎さん、やめて。」
「ウルセェってば!シーーーだぞっ!!!」

「ぅわぁっ、どこ触って…離せっ、木葉!」
「夜久も、シーーー!もっと触るぞっ!?」

   いいから黙って、ナカ…見てみろっ!
   用具室の前…ホラっ、アソコだよっ!


木葉さんに促されるまま、入口扉の隙間から木兎さんの指先を視線で辿った先。
薄暗く静かな体育館の隅っこに、ぴったり寄り添う…二つの影が見えた。

「あれは、クロと…」
「ウチの、赤葦だ。」

「あんなトコで、ナニやって…?」
「寝てる…みたいなんだよ。」

その言葉に、俺と夜久さんは隙間に片目を押し付け、必死に目を凝らして二人を観察した。
内部は仄かな月明りしかなくて、なかなか暗さに目が慣れず、もどかしくて堪らなかったが…

   投げ出されたモップと箒、そして四本の脚。
   崩れ落ちそうな身体を支え、頭を預け合い。
   白と赤の上着を広げ、二人のお腹に掛けて。
   静かに、ただ穏やかに…寝息を立てていた。


「う…そ、でしょ。」
「マジ、か…」

自分が見たものを信じられず、思わず声を漏らした俺と夜久さんに、木兎さん達も頷いた。
音を立てないように一歩一歩後ずさり、下駄箱に背中を付けて腹の底から息を吐き出し…
四人でガッチリ円陣を組んでから、出来る限りのヒソヒソ声で、驚きを共有し始めた。

「なんつーか、赤葦も…寝るんだな~」
「そりゃ寝るだろ!そうじゃなくて…俺ら、赤葦の寝顔?寝姿?を、初めて見たんだよっ!」


アイツ、「俺より先に寝て下さい。俺より後に起きて下さい。」って、逆関白宣言(命令)…
もし赤葦が部屋に戻って来る前までに寝てないと、『寝かしつけ』をされちまうんだよ!
『よいこのどうわ』とか言って、寝物語を淡々と…これが、怖いのなんのって!!!

「目ぇ閉じて、想像してみてくれよ…」

夜中に電気点けずにヘッドフォンでバイオハザード…この扉を開けたら、絶対ゾンビ来る!!
わかってるけど…よしっ、ちょっと深呼吸してから…あ、その前にトイレ行って来よっと。
そう思い、手汗で湿るコントローラーを置いた瞬間、TVから緊急地震速報!みたいな衝撃。

それか、同じように暗闇&ヘッドフォンで弟切草…この先は断末魔の叫び!と構えながら、
恐る恐る襖を開けるボタンを押した瞬間、おどろおどろしいBGMがフッと消え、無音に…
そのぐらい、心臓と息が止まりそうな『寝かしつけ』を、強制的に聞かされるんだよ!!!

「赤葦以外の梟谷メンバー…合宿中はツレションしかできねぇカラダになっちまった。」
「俺なんか、隣の布団の奴と必ず…手ぇ繋いで寝て貰ってるからな。」

ってなわけで、今日は俺と木葉がおててつなぎ&ツレション相棒…それはいいとして!
俺らがココに居ることが赤葦にバレたら、合宿中どころか一生ツレションするしかなくなる…
だから絶対、アイツらを起こしちゃダメだっ!

…でもなくて!
とにかく俺らは、赤葦より先に死ぬほど息を殺しながら布団に潜り込み、
赤葦が万全の準備を整えてから、『秘技・死者の目覚め』発動よりも前に、起きてるんだよ。

「だから俺達…アイツが寝たとこ、見たことないんだ!」
「これが『見るなのタブー』…正直、お前んとこの優しい黒尾と、替えっこして欲しい。」

ガタガタ震えながら、涙目で訴えるツレションペアの話に、俺と夜久さんは顔を見合わせ、
その『寝かしつけ』テクの師匠こそ、ウチの優しい誰かさんだよ…と、心の中だけで謝罪。
せめてものお詫びに、替えっこは絶対にやめとけという助言を贈ることにした。


「俺らも、黒尾の寝顔…見たことない。できれば、あの寝姿も…二度と見たくない。」

知ってると思うけど、あの昇天系ヘアは特殊な寝相による『寝癖』なんだ。
枕だかクッションだかで頭を両方から抑えながらのうつ伏せ寝…これだけで若干ホラーだろ。
あまりに苦しそうだし、何か気持ち悪ぃから、「何で?」って当然ツッコミたくなるよな?
だから、俺達もホントに何気なく、イジる気満々で聞いてみたんだよ。そしたら、アイツ…

「『こうでもしねぇと、寝られねぇから。』って…虚空を見つめて呟いたんだ。」
「何から目を背け、耳を塞いでいるのか…これが音駒の『聞くなのタブー』だよ。」


『暗闇に鮮血』ならぬ、ホラーな漆黒&深赤コンビには、絶対に逆らわないようにしよう。
四人はガタガタを増幅共鳴しながら、小指をしっかり絡めて固く『おやくそく』を…

「…って、これも違…わないけど、違うっ!」
「どどどっ、動揺のあまり、つい…っ」
「しょうがないじゃん、あんなの見たら…っ」
「か、怪奇現象と、ほぼ同じだし…っ」

   そうじゃない、そうじゃなくて…!
   今俺達が共有すべきことは…コレ!

「赤葦は、どうやら黒尾に対しては『寝かしつけ』をしてねぇ…ってことは!?」
「俺らも黒尾と一緒に寝れば、赤葦の技を封印できる…次の合宿から、二校で相部屋決定!」
「クロは、赤葦の横に寝ると『うつ伏せ寝』にならない…そうする必要がないってこと?」
「つまり、黒赤ホラーペアをセットで置くと、強烈な魔除け効果…俺らも安全ってことだ!」

   そうか、これこそが『魔除け』の正体。
   魔を以って魔を封じる、というやつだ。
   組ませた二人のそばに、俺達も居れば…
   梟谷&音駒全員の、安心&安全を確保!

ぃよっしゃぁ~!
黒赤に山ほど仕事を押し付けて、俺らより先に寝させない『事前準備』をした上で、
相部屋の入口に黒赤の寝床を配置…『魔除け』の効果を部屋全体に発動させちまおうぜ!

窮地で編み出した策に、四人は喜びのハイタッチ…の手を握り合い、静かに下ろした。
コレも、違う。本当に俺達が語り、誓うべきことは、ホラーとは真逆のコトだ。


もう一度、扉の隙間から二人を眺める。
まるで、初夏に降る初雪か、赤く輝くオーロラを見たかのような、現実感のない光景。
だがそれは、決して怪奇現象と呼ぶべきものではなく、奇跡と言うに相応しい美しさだった。

   (黒と赤が、一緒に居ると…)
   (ただ一緒じゃなくて、二人っきりの時に…)
   (その時だけは、穏やかに…)
   (心から安心して、寝ることができるんだ…)

きっと…いや絶対に、二人はまだその『奇跡』に気付いていない。
片付けの途中に力尽きてしまう程の疲労と、無意識に感じていた互いへの安心感が相まって、
ついうっかり居眠りしてしまった…ただそれだけの『何気ないひととき』という認識だろう。
自分達の寝姿が『初夏の初雪』であることを、鈍感な二人は全く自覚していないはずだから。


「今は、そっとしといて、やりてぇな…」

らしくなく、木兎さんがそう囁いた。
あまりにも穏やかな二人の寝顔に、さすがの木兎さんでさえ…俺達も静かに頷き同意した。
でも俺は、あえて「それも、ちょっとだけ…違う。」と囁き返し、三人の手を引いた。

「『今だけ』は、そっとしとこう。」

でも、このままそっとし続けといたら、アイツらは自分のキモチに気付かない。
万が一、奇跡的に気付いたとしても、前に進もうとはしない…キモチを封じると思う。

「アイツらにとっても、俺らにとっても、そんなの…ダメ。」

ちゃんと『奇跡』に気付かせて、魔以外のものは封じ込ませないように…俺らが助けなきゃ。
『二人っきりの時間』をもっと作れるように、今まで以上に仕事を分け与えてあげたり、
監督とかから邪魔が入りそうだったら、屁理屈捏ねて阻止してあげたり(手伝いはしない)、
相部屋合宿中は、寝相の悪さを装って…入口付近で強制密着ソフレ状態にしてやったり。
ありとあらゆる手を使い、梟谷&音駒の全員で『お節介返し』をし、さっさとくっつけて…

「黒赤コンビに、安らぎの夜を…あげよう。」


もう一度、四人で肩を組んで。
声を出さないまま、静かに月を見上げ…固く誓い合った。



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「…行った、か?」
「えぇ…恐らく。」

   身を寄せ合い、目を閉じたまま。
   吐息だけ…寝息だけで呟き合う。

「ったく、とんでもねぇ…お節介だ。」
「文字通り…いらぬお節介ですよね。」

   正確に言えば、いらぬお節介に『なった』…
   たった今、『必要ないもの』になっただけ。
   あんなに大騒ぎして、気付かぬわけがない。
   静寂を破る胸の音を、気付かぬフリなんて…


「今、もし目が覚めて、瞳を開いたら…?」
「白の上に、赤のジャージが重なって…?」

   それじゃ…ない。

   白い初雪を、赤いオーロラが照らす様に、
   白く清らかな頬が、真っ赤に染まりゆく…
   奇跡のような光景が、間近に見えるはず。

「そんな赤雪を、黒雪が覆い隠す…?」
「そんな俺を、腹黒が…覆い尽くす?」

   そう…それだ。
   それで…いい。


「二人で、初夏の初雪を…」
「一緒に、眺めましょう…」

   重なり合う初雪とオーロラに隠れながら、
   互いの手をそっと握り…強く惹き合った。




- 終 -




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ドリーマーへ30題 『20.初雪』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。


2020/05/21

 

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