不器用人







「なーんで、こうなるんだよ…」
「それは、コチラのセリフです。」
「盃九学園の、七不思議ですよね~」


盃九学園執事学科の実習系科目は、その人数の少なさから全学年合同で行われるが、
対主人戦を主眼としたもののため、出席番号順にペアを組んでの実習が基本となっている。

第1班は、出席番号1&2…赤葦&岩泉ペア。
だが、家業が激務を極める執事達は、やむなく欠席するケースも多く、
その際は、出席番号ラストの山口が、欠席者の代わりにペアの相方として駆り出される。

「クソ!今日に限って赤葦が出席かよ…山口と組みたかったのに。」
「俺だって、岩泉さんより山口君の方が…」
「まぁまぁ、二人ともケンカしないで…俺、今日は第1班にヘルプで入りますからっ!」


人数が奇数だったり、やんごとなき事情がある場合には、特別編成を組むことになるが、
そのほとんどが、『赤葦&岩泉双方が出席している調理実習』という危機的状況の時だ。

「執事学科の主席&次席コンビ。何をやらせても超一流で、器用なお二人なのに…」

赤葦さんは、飲み物や汁物を作るのだけはやたら巧いのに、固形になると壊滅的…
ドリンク以外では、お出汁だけは絶品な『具無しのお吸物』ぐらいしか、マトモに作れない。
対する岩泉さんは、やればちゃんとできるはずなのに、やたらと器にこだわってしまう…
具無しの絶品お吸物が引き立つ『木彫りの碗』を作っちゃうとか、器用甚だしいでしょ!

確かに器用の器は『入れ物・容器』のことで、用は『有用・使える』こと…
つまり『役に立つ容器』→『才能がある』って意味になったそうですけど、
マジで使える器を、調理実習中に作っちゃうのは、器用だけど…器用の無駄遣いですよね?


「要するに岩泉さんは…器用貧乏?」
「赤葦にだけは言われたくねぇよ!」

「自分…不器用ですから。」
「健さんかっ!何でモノマネのクオリティは、無駄に高ぇんだよ!痺れるだろっ!」

他の実習は文句のつけようがないのに、何故か調理実習になった途端、二人は大暴走…
限定的かつ理解不能な『不器用』を、本人達も無意識の内に発動してしまうらしい。
二人は『渋い健さんごっこ』をしながら、早々に実習を自粛…優雅なお茶タイムに入った。


「お、これは…いい感じの渋味があるが、随分スッキリした、飲みやすいコーヒーだな。」
「自家製コーヒー…その名も『たんぽっぽや健さん』です。」
「えーっと、タンポポから作ったコーヒー…ってことですか?凄いですねっ!」

片付けを終えた山口も、お茶会に参戦。
岩泉がその場で削った(先端にタンポポの飾りが付いた)木製マドラーを受け取り、
少しだけ砂糖をコーヒーに溶かし込みながら、自宅で焼いてきたクッキーを全員に振る舞い、
タンポポは別名『鼓草』…タンもポポも、鼓の音らしいですよ~と言いつつ、舌鼓を打った。


「不器用な人…不器用人。これを『不器用な用人』と読み換えると、大問題ですよね~」
「用人(ようにん)は、江戸時代の武家の職制…主君の傍に仕え、庶務を司る『御用人』だ。」
「まさに俺達と同じ、執事的な役職。あらゆる任務を器用に熟すプロフェッショナルです。」

『不器用な人』は、そこらじゅうにいるし、普通の人が不器用なのは、特に問題ない。
(ただし『自分、不器用ですから。』という渋いセリフが特別似合う人は、そうそういない。)
だが、器用貧乏ならぬ器用繁盛のために存在する用人だけは、不器用であっては許されない…

「…と、普通はなりますよね。」
「『執事は完璧であってはならぬ』…これが、盃九学園執事学科に伝わる『心得』だよな!」
「ちょっぴり不器用なぐらいの『お茶目』こそが、デキる執事に必要な『隙』ですよね~♪」

全てを器用に、完璧にこなす執事が欲しいのなら、AIや分野毎に専門家を雇えばいい。
しかし完璧すぎては、四六時中『傍に仕え』られる主人が、精神的に参ってしまうのだ。

「武道もそうだが、『イイ具合のヌき』があれば、心身に余裕が生まれるんだな。」
「『イイ具合のヌき』をご提供するのも、我々執事の大事な(夜の)お務めですね。」
「赤葦さん、ソレはちょっと違…わないかもですけど、お茶を濁して下さいよっ♪」


『執事は自分を責めてはならぬ』…自分の欠点も『可愛げのある愛嬌』だと笑う余裕を持て。
だいたい悪いのは全部主人だし、責任を取るのも組織のトップたる主人の仕事である。
自分の失敗や不器用なところを認め、愛せるぐらいでなければ、主人にイライラが募るだけ…

「『神輿は軽い方が良い』って言うもんな!」
「『頭スッカラカン即熱』とも言いますね。」
「頭寒足熱…下の方に熱♪ってコトですね~」

…じゃなくて!
巨大な組織を動かすことになる、我らが主人。その背に負うべきものは、途方もない大きさ。
だからこそ、完璧であってはならない…ゆとりという名の『隙』が必要不可欠であり、
その『隙』を巧く使うことが、執事の責務…存在意義であり、生き甲斐でもあるのだ。


「完璧な主人なんて、つまんないですよね?」

ウチのツッキーなんて、『何事をも巧みにやりとげる』という意味では、超ハイスペック。
仕事の能力的には、執事より遥かに有能だし、容貌良しという意味でも器用ここに極まれり!
手先だって俺よりずっと繊細…執事への溺愛っぷりも『巧みにヤり』とげまくりですから。

でもその反面、『文句などを言わないで、素直にすること』という意味では、不器用な人…

「おい。『不器用』ってレベルじゃねぇよ。」
「過少申告甚だしい。スッキーだらけです。」
「『隙だらけのツッキー』の略ですか?それとも…『好き好き大好きツッキー』だったり?」

真顔で『好き』だらけを曝ける山口…その潔さも、『器用』の意味のひとつかもしれないが、
山口のチャームポイント『エンドレスツッキーデレ』を、岩泉と赤葦は容赦なく遮断した。


「俺の黒尾さんは、完璧に最も近い主人…」

『良い器』というに相応しい包容力。深みのあるお人柄は、敬愛する健さんにも通じる渋さ。
そして、知略に富んだ腹黒さは、『要領よく、抜け目なく立ち回る』…器用のお見本ですね。
こう言っては何ですが、執事不要だと俺を一年も拒絶し続けたのも、納得せざるを得ません。

これは、逆に言いますと、俺という不器用執事に落ちたことこそが、黒尾さん最大のスキ…
最愛の執事の存在そのものが、黒尾さんのチャームポイントに他なりません!!

「というわけで、『健さんごっこ』用の鉄道員風衣装を…黒尾さんに裁縫して頂きました。」
「うっわ~!黒尾さん、凄いっ!あっ、でも、これじゃぁ、その…」
「『不器用ですから』とは、到底言えねぇ…ごっこ不成立じゃねぇか?」

山口と岩泉からの指摘で、痛恨のミスにようやく気付いた赤葦は、撃沈…
ぽっぽや衣装(制服&帽子)を握り締め背を震わせる赤葦を、山口はぽっぽっん♪と慰めた。


「天才肌で才知に優れる月島や、大器を持つ高潔で巧者の黒尾に比べたら、
   ウチの名ばかり主人・及川は、『器』の四隅の『□』が全部隙間にしか見えねぇ奴だが…」

あんなんでも一応、武家…サムライの歴史を背負って立つ大将だからな。
容貌…は、チャラついて軽薄だから、好みはわかれるだろうが、まぁ整った部類だろうし、
殺陣は下手くそだが、太刀…立ち回りは悪くねぇから、誰とでも巧くやる『世渡り上手』だ。
本職の武芸は俺の足元にも及ばなくとも、本職じゃない芸事は、何だかんだで及第点は取る…

「自分が器用じゃねぇことを、アイツ自身が一番わかってるからこそ、努力を怠らねぇ…
   そんだけ努力しても使えねぇから、俺ら家臣達が仕えてやるっきゃねぇな~って…何だ?」

岩泉はいつものように、コンビ相方こと主人・及川を明け透けにディスっているようだった。
山口と赤葦も、最初はいつも通りの辛口評価を苦笑交じりに聞き流していたのだが、
『器用じゃない』と落としているように聞こえる言葉の節々に、真逆のものを敏感に察し…
二人は岩泉をじっと見つめた後グっと顔を近付けて、内緒話風にヒソヒソと尋ねた。


「あの~、岩泉さん。今みたいな評価を、及川さん御本人には…」
「…言うわけ、ねぇだろ。」

「年に一度、お誕生日祝とか理由付け、言って差し上げれば…及川さんはすぐ調子に乗って、
   もっともっと『使いやすい』主人になる…そのぐらい、岩泉さんならわかってますよね?」
「まぁな。でも、俺は…言わねぇよ。」

   いや、正直なとこ…
   俺には、言えねぇよ。

岩泉は二人にだけ聞こえるように、ポソリとそう呟くと、
赤葦の手元から帽子を拝借し、それを目深に被って二人に背を向けた。


「自分…不器用、ですからっ!」




- 終 -




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※やんごとなき調理実習 →『
赤子之飯
※健さん →名優・高倉健。



ドリーマーへ30題 『12.不器用』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。


2020/04/15

 

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