赤子之飯







「はいツッキー、あ~~~ん♪」
「ぁ、あーん…っつ!」


本日、盃九学園執事学科の午前中最後の授業は、調理実習兼授業参観だった。
年内最後の実習ということで、テーマは年末年始に行われる、とあるイベント用のお料理…

「冬休みの一大イベントと言えば、もっちろんクリスマス♪…だと、フツーは思うよね~」
「僕も、クリスマスケーキかローストチキン、もしくは…おせち料理?と予想してました。」
「それはさすがに無理だろ。年越し蕎麦かお雑煮、それか餅つきか?って期待してたが…」

主人達は(結構割高な)観覧料を納付し、嬉々として最愛なる執事達の実習に赴いたのだが、
そこで発表された料理に、驚くよりも不満の声が(朝食を抜いた腹部から)湧き上がった。

    『年明けだ!年度末目前だ!
       胃腸と部長、経理課長を労わろう!』

「クリスマスにお正月、忘年会新年会、○○初め系の祭祀…胃腸はお疲れモードだけどさ~」
「正月早々に春高出場とか、全国の排球部長サン方も、労わってやっては欲しいんだがな…」
「年が明けたら年度末。迫りくる確定申告の足音。経理関係者各位にも労いが必要ですが…」

冬休みの最後、1月7日のお食事系イベント。
執事学科の実習は、まさかの『おかゆさん』作りだったのだ。


「確かに、赤ちゃんの離乳食?とか、おかゆさんって意外と高難度料理らしいよね~」
「僕達は赤ちゃんほど若くないし、胃腸を気にするほど年齢を重ねていないですよね。」
「実習自体は見てて面白かったが、別に風邪引いてるわけでもねぇし、今それを食うのは…」

実習で完成したものは、当然そのまま主人達のお昼ご飯になる。
トロットロのおかゆさんに、不満タラッタラな三主人…及川、月島、黒尾に対し、
ホンット、皆さんぜ~んぜんわかってないんですから~♪と、執事の山口は笑顔でため息…
ではなく、おひとり様用の土鍋からレンゲでおかゆさんをひと掬いし…ふ~ふ~。

「はいツッキー、あ~~~ん♪」
「ぁ、あーん…っつ!」

まるで赤ちゃんに食べさせてあげるように、ふ~ふ~してから月島の口元へ運ぶ山口。
予想(期待)通り『ふ~ふ~&あ~ん』をして頂けた月島は、湯気と熱さと歓喜で目を潤ませ、
同時に念願のソレを公衆の面前で…に、羞恥と口惜しさを雑ぜ、赤子のように顔を染めた。

「もっ、もう、ごちそうさま…だから、ここではやめようよ、山口…ぁっつっ!」
「だーめ!せっかくのイベントなんだから、思いっきり楽しまなきゃ…ね?」


おかゆさんって、『赤子』のご飯っぽいけど、実は『あかご』じゃなくて『せきし』かもよ?
孟子曰く、大人とは其の赤子の心を失わざる者なり(孟子曰、不失其赤子之心者也)。
徳を身につけた立派な大人(だいじん)は、赤子の如く純真な心を失わずに持っている…又は、
君子(組織の長たる者)は、赤子(国民や部下)の気持ちを理解しなければいけないってさ。

「赤子のご飯を、赤子の純真さで、赤子と共に楽しむべし!っていうオミチビキだよ~♪」
「僕達主人は、近々『長』となるべき宿命…おかゆさんでそれを学べってことなんだね。」

執事山口の『四字熟語講座~赤子之心~』に、主人月島はキラッキラと純真な瞳で聞き入り、
傍目から冷静に見て(見せつけられて)いた及川達は、デレッデレな『執事テク』に遠い目…

「ツッキ~たん、うらまやしいでちゅね~♪」
「よかったでしゅね~、おウチでやれよ~♪」

…と、赤子の心を持って、仲良し月山組に盛大なエールを贈り、話を切り替えた。



「…で、俺と黒ちゃんのおかゆさんは、一体どういうことなのさ、コレは?」

及川と黒尾の前にドン!と置かれているのは、シュウシュウと湯気?を上げる…竹筒2本。
出席番号順で第1班・赤葦&岩泉ペアは、他の班がフツーに土鍋や雪平鍋で作っている中、
なぜかデカい寸胴で大量のお湯を沸かし、そこへ竹筒を豪快にドボン!していた。

おそらく岩泉定番の『手作り弁当(箱)』シリーズなんだろうが、それにしても独自路線過ぎ…
ウチの子はナニやってんだ!?と、授業参観中の主人はドキドキハラハラしっぱなしだった。

「ただでさえ、料理音痴の赤葦ちゃんとペアってだけで胃が痛いのに…
   まさか、またまた黒ちゃんの入れ知恵?もうホント、勘弁してよね~」
「入れ知恵っつーか、まぁ…アイツらがナニやってたのかについては、心当たりがある。
   多分、小正月に執り行われる祭祀…『筒粥(つつがゆ)神事』ごっこだろうな。」

筒粥神事とは、釜の中に27本の葭(よし)の筒と共に、お米&水を入れて粥を炊き上げ、
その年の大麦、米、大豆、大根等の農作物と天候(日・雨・風)、世の中の吉凶について、
引き上げられた葭の筒の中に、どのくらい粥が入っているかによって占う神事だ。
筒の本数や占う農作物の種類は、地域や神社などにより様々なバリエーションがあるが、
神事の後に直会として振る舞われる粥を食べると、その年は風邪を引かないと言われている。


「当初は古式ゆかしい竃を作り、そこに薪をくべるとこから計画してたらしいんですけど、
   お片付けも大変だからって、先生から止められ…寸胴でさえ、まだお片付け途中ですし。」

いやいや、お片付けどころか、竃の土台作りだけでも調理実習の枠に収まらないでしょ。
それに、竹筒を飯ごうにしてご飯を炊くことはできても、おかゆさん作りは無理がある。
お鍋ですら水加減が難しいのに…蓋を開ける前から、『大失敗』の香りが漂っている。

「『竹+おかゆ=筒粥神事』ってだけで、安直に選んだんだろうな…」
「それ、料理する気ゼロじゃん!赤葦ちゃんと岩ちゃんだけ、すっごい大騒ぎだったし…」
「失敗したって、どうせ食べるのは主人のお二人…完全に遊んでましたよね。」

いずれにせよ、執事の失敗は即ち主人の失敗。
意を決し、何とも言い難い薫りを放つデンプン質が変容したモノを口に運ぼうとした瞬間、
後ろから伸びてきた二本の手が、竹筒を主人達の前から引き上げた。


「あー、これは俺らが責任持って食うから。その…恥かかせて、悪かったな。」
「こちらに、新しいおかゆさんをご用意致しましたので…というのは大嘘で、
   あらかじめ山口君に頼み、多めに作って頂いていたものですから…ご安心下さいませ。」

「黒尾、あのさ…今回のこと、俺が赤葦を無理矢理誘ってやったことなんだ。
   赤葦はド下手なりに、一生懸命火加減とか頑張ったから…怒らないでやってくれ。」
「いえ、大見得切ったくせに、いい煮え具合が判別できなかった、俺の責任は重い…
   及川さんもどうか、ここぞとばかりに岩泉さんで遊ばないであげて下さいね。」

珍しく素直に謝罪し、シュンとしおらしくなった岩泉と赤葦。
皆から少し離れた席に座ると、テーブルの上に置いてあった調味料のボトルを手に取り、
おかゆさん(もどき)にドバドバとかけて、一思いに全部いっきに掻き込んだ。

「うっわ、凄い…漢ですね~!」
「だっ、大丈夫…なんですか?」
「岩ちゃん…カッコイイっ!!」

「こ…っ、このぐらい、屁でもねぇよ…っ!一生に一度の味…二度と、忘れ、ねぇっ!
   じゃぁ俺と赤葦は、実習のお片付けの残りをやってくるから…山口っ、ありがと、なっ!」

必死に涙を堪えながら、岩泉は震える声でゴチソウサマでしたっ!と合掌。
岩泉とは対照的に、いつもと変わらずケロリとした赤葦の腕を掴んで、立ち上がろうとした。


「おい…ちょっと待て、赤葦。」
「…?何でしょう、黒尾さん。」

岩泉とは逆側から、赤葦の腕を掴んだ…黒尾。
普段通り淡々と…いや、微塵も熱がこもらない返事をする赤葦に、黒尾は眉間に皺を寄せた。

「何で…黙ってた?」
「…何のことやら?」

赤葦の冷え切った返答…しらばっくれに、黒尾からは赤葦以上に凍えた空気が放たれた。
岩泉はその冷気にゾクリと背を震わせ、咄嗟に赤葦から腕を放して黒赤組から距離を取り、
月島達もらしくなく怒気を纏う黒尾に固唾すら飲めず、二人を見守ることしかできなかった。


「お米を無駄にしなかったことは、まぁ良しとしよう。だが…見過ごせねぇことがある。」
「では、それは帰ってから…んんんっ!!?」

何かしら言い掛けた赤葦の口を、黒尾は掌で封じ込め、「反論は許さねぇ。」と重低音。
驚いて瞬かせた目を、赤葦ははっきりと黒尾から逸らし…黒尾の温度が更に下がった。

「俺の目を、誤魔化せると思ってんのか?」

実習中の大騒ぎ…やけに高めのテンションに、ちょっと引っかかってはいたんだが、
LOVE米を公言する赤葦…桁違いに敏感な鼻を持つお前が、この臭いに気付かなかったのか?
いつものお前なら、お米がほど良いおかゆさんに変わった瞬間の香りも、わかるはずなのに。

「炊飯器の湯気だけで炊き上がりを判別する赤葦が、こんな失敗を犯すはずがねぇだろ。」

決定打は、さっきの失敗作掻き込みだ。
岩泉は醤油を、赤葦は塩をふりかけて食い切ったが…どうだった?

「ベタっと潰れた、おにぎり風…岩泉さんのは焼きおにぎり風かもしれませんけど。」
「実際にかけたのは、岩泉がウスターソース、赤葦は…砂糖だったはずなんだがな?」

黒尾の罠に、赤葦はらしくなく嵌った。
口を塞がれているとは言え、何ら反論しようとしない赤葦に、他の面々も違和感を覚え、
赤葦の表情を窺うが…その瞳は虚ろなままで、誰とも視線を合わせずただ茫然としていた。


「ちょっ、黒ちゃん!それ…息、止まってるんじゃ…?」
「違ぇよ。」

心配そうに尋ねる及川に、黒尾はようやく表情を崩して苦笑い。
そして、全く喋ろうとも動こうともしない赤葦を、赤子のように軽々と抱き上げた。

「こいつ、大風邪引いてやがる。」

見た目じゃ全っっっ然わかんねぇが、触るとすっげぇ熱いし、鼻も完全に詰まってる。
これじゃぁ、匂いも味もわかるはずがねぇし…反論せず大人しいのも、らしくなさすぎだろ。

「…ったく、手のかかる赤子だぜ。」

岩泉と及川は実習の片付けを、山口は担任に早退届を、ツッキーはここの後始末を頼む。
俺は、赤葦がちゃんと一人で飯を食えるぐらいに回復するまで…


「有無を言わせず…『ふ~ふ~&あ~ん』しまくってやるよ。」





- 終 -




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※岩泉の手作り弁当(箱) →『月一之日


彼に強引にされる5題④
反論はさせねぇよ、と
   口を塞がれ息もできない



2019/12/09    (2019/12/05分 MEMO小咄より移設)

 

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