夜想愛夢 ~夜の海~






「凄ぇ…」
「綺麗…」

白い砂浜に、大きめのござを敷き、黒尾と赤葦はゴロリと寝そべった。

見上げた空には…満天の星。
昨夜が新月で、月明りがない分、星々がはっきりと浮かび上がっているのだ。
夜空全体を覆い尽くすような星々に、二人は圧倒され、暫し言葉を失った。


「こんなにたくさんの星…俺、初めて見ました。」
「俺もだよ。東京の空じゃあ…見られねぇよな。」

東京以外の場所で夜を過ごしたことは、今まで何度もある。
高校時代の遠征合宿や、月島・山口家絡みの出動要請に、仕事での地方出張…
だが、そのいずれも、のんびり夜空を見上げる余裕など、どこにもなかった。

それに、東京生まれ・東京育ちの二人にとって、田舎の夜は暗すぎる…
外灯もなく店もない暗闇の中、夜を過ごせる場所など、ほとんどない。
明るい室内に閉じ籠り、早い夜に流されるように、夢の世界へ旅立っていた。

だから、人工的な灯りもなく、月明りもない夜が、
こんなに明るく輝いているなんて…全く知らなかったのだ。


「天の川って…実在、したんですね。」

存在することは、当然知っていた。そんなものは常識だ。
でも、実際に自分の目で見たことはなかった…『別世界』のように感じていた。

「そこに在るのに…見えてなかった。」

本当は目の前にあるのに、ないように感じていた…歴史の真実と、同じだ。
灯りに照らされない方が、良く見えてくるものもある…星も、一緒だ。

目が慣れてくると、どうして今まで気付かなかったのか?と不思議に思う程、
じわりと滲み出てくるかのように、さらに数を増やしていく、小さな星々。
一つ一つはほんの小さく見えても、一つ一つに名前があり、意味があり、
それらを繋ぎ合わせることで、新しい意味…姿が浮かび上がってくるのだ。

「どれをどうやって繋いでいけば…星座になるんだ?」
「辛うじてわかるのは…さそり座ぐらいでしょうか。」

さそりの心臓・アンタレスは、本当に赤かったんだ…と、妙に感動してしまう。
東京の空の上にだって、同じ赤い星が瞬いているはずなのに…


ここにちゃんと在ったのに、見えていなかったもの。
頑なに瞳を閉じ、ないと思い込もうとしていたもの。

頭の上だけじゃなく、自分の心の中にも在った、相手を想う…赤い星。
こんなに近くで、こんなに温かく、こんなに眩しく輝いていたのに…
どうしてあの頃の自分達には、それが見えてなかったのだろうか。

   ((ちゃんと気付けて…良かった。))

同じことを考えていたのだろう。
二人同時に、ふわっと頬が緩み、安堵の微笑みが零れる音がした。

見えはしないが、すぐそこにある…互いの手にそっと触れ、繋ぎ合う。


「『ミニシアター』の願い…ホントに叶っちまったな。」

切ないラブソングに乗せて語った、黒尾の『海水浴ミニシアター』の中で、
いつか胸に秘めた想いを伝え合い、共に過ごせる時が来るならば、
二人でずっと、夜中まで海と星を眺めて居たい…黒尾はそう願っていたのだ。

「黒尾さんの…俺の夢が叶って、本当に良かったです。」

あの『海水浴ミニシアター』は、単なる妄想…ではない。
高校時代の自分達が、もうちょっと素直で、超が付かない程度の鈍感だったら、
十分に起こり得た話…『異次元』とも言えないぐらい、至近距離の話だった。

合宿後に強制海水浴引率…計画していた日に雨が降り、実現はしなかったが、
その雨が一日ずれていたら、梟谷と音駒の面々で、行っていたはずなのだ。

もしかすると、サンダルと浮輪を捜索している間に、自分の気持ちを自覚し、
新幹線で黒尾が語った『夢の続き』が、現実になっていたかもしれない…
降水確率程度の僅差で、夢と現が隣り合っていたのだ。


「星座を形作る星が、今とはちょっとだけ違ったかもしれねぇが…」
「結果的に、似たような形になった…そうであって欲しい、です。」

通ってきた道や、選んだ道は違っても、二人が結ばれ、形作られたら…本望だ。
だからこそ、妄想とは言え、リアリティ溢れる『ミニシアター』の中の夢を、
自分達の『現実』として叶えられたことが、嬉しくてたまらなかった。

「夢か現か、境界が曖昧ですが…そのどちらも、俺は同じ結論を願います。」
「どんな『ミニシアター』や『ごっこ』の中でも、俺達は必ず…結ばれる。」

ギュっと力強く赤葦の手を握りながら、黒尾ははっきりと断言した。
その揺るぎない言葉の強さに、星々がじわりと滲み…少し海へと流れ落ちた。


このままだと、全部『流れ星』になってしまいかねない…
そう思った赤葦が、話題を変えるべく、悟られないように深呼吸していると、
赤葦より先に、黒尾が「そう言えば…」と、明るい声を出した。

「お前は『夜の海』で…良かったか?」

俺はまぁ、海で泳ぎたいなんて、あんまり思わねぇから、別に良いんだが…
酒も飲んだし、真っ暗だし、泳ぐのは危険…朝にはアイツらに引き渡しだろ?
赤葦は海に行きたがってたのに、ほとんど楽しむ時間がないんだよな。

俺が勝手に決めちまって…悪かった。
そう謝る黒尾の手を、赤葦はもきゅもきゅっと優しく握り、明るく返した。

「『夜の海』じゃなきゃ…駄目です。」

二人で夜中まで、海と星を眺めること…これが一番、叶えたい夢でしたし、
俺にはまだ、夜の海で叶えたいことが、ありますから。

そう言うと、赤葦は繋いでない方の腕を空へ上げ、2本の指を立てた。

「『キュート』な俺と『セクシー』な俺…黒尾さんは、どちらが好きですか?」


赤葦の質問に、黒尾はゴクリと音を立てて唾を飲み込んだ。
繋いでいた手にも、じんわりと緊張の汗が滲み出してくる。

「それはつまり、『どっちの水着を着るか?』っていう…究極の選択だよな?」


月島父が『バカンス』を勝手に計画していたことなど、全く知らなかった。
その計画(妄想)を知っていたのは、月島父と母、明光と山口の4人だが、
父以外の面々は、冗談(もしくは破綻する)と思い、忘れていたぐらいだった。

月島母への貢物を選びに、父兄弟の3人がデパートへ繰り出した際、
父は「セクシーなのと、キュートなの…忠君はどっちが好きなんだろうな」と、
『何の話』かはしないまま、息子達に尋ね…結局迷った挙句、両方買っていた。
可愛い忠ちゃんのために、セクシーとキュート…二種類の水着を。

今朝、バカンスに出発する間際に、父が忠ちゃんに水着をプレゼント…
父の意味不明な戯言が、重大な選択を迫っていたと、ようやくわかった息子は、
「父さんが選んだ水着なんて…僕は絶対に認めないから!」と激怒し、
「僕のが押入に2つあるから…これはお二人にあげます!」と、押し付けた。


バーテン衣装はあったが、水着はさすがになかったから、有り難く頂戴したが、
青いラッピングを開け、中を見た二人は絶句…そのまま綺麗に包み直していた。

「コレをマジで山口君に着させようとした、月島のおじ様…ドン引きです。」
「むしろ俺は、『悪くない。』って顔してたツッキーに…正直ビビったよ。」

とてもじゃないが、この水着を『明るい所』で着る勇気は、自分達にはない…
『夜の海』を選択せざるを得なかった一番の理由は、コレだった。


「本来なら、月島君と山口君の二人が、究極の二択を楽しむべきですけど…」
「ただのギャグにしかならねぇからな。代わりに俺らが…楽しんでやるか。」

ま、楽しむと言っても、真っ暗でほとんど見えねぇ…贅沢な無駄だよな。
ひとしきり声を上げて笑うと、黒尾も2本の指を立て、赤葦に話を促した。

「『キュート』か『セクシー』か…水着を選ぶってだけじゃねぇんだろ?」
「さすが黒尾さん…よくお分かりです。選ぶのは『どちらの俺か』です。」

1つは、『キュート』な俺…がお送りする、『ミニシアター』コース。
もう1つは、『セクシー』な俺に溺れてしまう…『快酔欲情』コースです。

「さぁ黒尾さん、お好きな方を…お選び下さいませ♪」


「これは…とんでもねぇ『究極の選択』じゃねぇか。」

さっきよりも大きく喉を唸らせ、緊張の塊を飲み下し、必死に頭を動かす。
『キュート』な赤葦…なかなかお目にかかることができない、俺専用の赤葦だ。
対する『セクシー』は、いつも通りの赤葦だが…俺限定にしたい姿である。

2泊3日のバカンスを2分割し、プライベートビーチも2分割。
その上更に、二者択一を迫られるとは…俺と赤葦も2分割したくなった。

「ご安心ください。どちらのコースを選んでも、俺達は…幸せな結末です。」
「それがわかってるから…めちゃくちゃ迷っちまうんだよ。困ったことに。」

ご参考までに申し上げますと、『キュート』の方は別名『夜陰之夢』で、
『セクシー』は『想望之海』というタイトル…そういう内容です。

「それでは…お答え下さい。」


黒尾は目を閉じて大きく息を吸うと、瞼を下ろしたまま赤葦の指を1本掴んだ。


   →「『キュート』で頼む。」

   →「『セクシー』が良い。」




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※究極の選択を迫るラブソング
   →松浦亜弥 『ね~え?』


2017/08/23

 

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