夜想愛夢 ~想望之海~






「『セクシー』が良い。」
「勇気ある選択ですね。」


確かに、勇気を振り絞って『セクシー』コースを選びはした。
だが、荘厳な声と神々しい笑顔で、その勇気を称えられ…寒気が走った。

しまった…しくじった、か?
いやいや、『究極の選択』と言うのは半分冗談だし、要は水着を選ぶだけだろ?
それに、水着じゃなくて『赤葦』のタイプを選んだのだとしても、
『セクシーな赤葦』は、いわば『いつも通り』…ド定番を選んだはず、だよな。

暗闇で顔は見えないのに、赤葦がどんな表情をしているのか、俺にはわかる。
迂闊に目を合わせてしまうと、魂ごと海に惹き摺り込まれる…
いつもなら、それは『快楽』という名の海だから、喜んで飛び込むのだが、
今は目の前に、ホンモノの海…本能的な恐怖で、何となく背がゾワゾワする。

まずは、そう…情報収集だ。
赤葦が何を策謀しているのか、その『腹の内』を探る必要がある。


「参考までに、聞いてもいいか?」
「構いませんよ。聞くだけなら。」

今のやり取りで、確実にわかったことが一つある。
質問には答えるが、異議や選択変更は一切認められない…ということだ。
だとしたら、聞かない方がいいという説もあるが、聞かないままは余計に怖い。

俺はさっきの『究極の選択』の時より、なぜか多めに勇気を出して、
当たり障りのなさそうな質問を、慎重に言葉を選んで投げ掛けてみた。

「もし『キュート』コースを選んでいたら、赤葦が『キュート』な水着を…?」
「当然ながら、残った『セクシー』を、黒尾さんが着る…そうなりますよね。」


コレを着る?装着?するぐらいなら、全裸の方がマシな気もしますけど、
ご一興として、惚れ惚れするような黒尾さんの肉体美を、独占的に愛でる…
そういう『オタノシミ♪』も、たまにはイイかな~と、一瞬だけ思いました。

ですが、さすがの俺も、コレを黒尾さんに装着しろと強要はできません。
そもそも、こんな『ない方がマシ』な水着なんて、俺は全然グっとキません。

「エロスの神髄とは、日常とのせめぎ合い…即ち『夢と現の境界線』です。」

爽やか好青年スマイルの下に隠された、均整の取れた筋肉質な肉体!
ピッチリ着込んだスーツのネクタイを、ボタン一つ分だけ緩めるっ!
質実剛健さを表すワイシャツを捲ると、黒い欲望がじわり滲み出す…

「おカタさとエロさの両立…『境界線上のチラリズム』こそ、俺の理想です。」


ウットリするようなカラダを、他人様に曝したら、『人タラシ』暴発です。
そして、俺も暴発…『ヤキモチ♪』なんて、キュートなもんじゃないですよ。
皆さんは俺のことを、放射性猥褻物だとか言って、劇毒物扱いしてますけど、
俺自身の自己評価は、常温性爆発物…取扱注意の可燃物ですから。

「無駄にスゴいカラダを、敢えてビッチリ隠す…贅沢の極みでしょう?」

それに、黒尾さん程の『大物』は、こんな小さな器に納まるはずありません。
あなたには、あなたを受け止められる『相応しい器』が、ちゃんと在る…
まぁそれ以前に、『後からチラリ』こそ最上級のエロスなんですから、
最初からモロ見えなんて…ただの興醒めです。俺は絶対認めません。

「以上のような理由から、『キュート』コース選択時には、水着は不使用…
   ピュアピュアしっとり系な『ミニシアター』をお届けする予定でした。」


俺が聞きたかったこと…より、はるかに膨大な回答が返ってきた。
しかも、全然役に立たない情報ばかり…むしろ熟知している『赤葦のツボ』だ。
最低限わかったことは、どちらのコースを選んでいたとしても、
俺は『セクシー』水着の装着を回避できた…その程度でしかない。

「ということは、この『セクシー』コースも、水着ナシの話…だよな?」
「まさか。それだと『トロピカ~ル☆』とは…全く言えないですよね?」

まぁ、詳細は待っていればわかることですから、今は…寝ましょう。
しばらくは、満天の星空を満喫して…夜明け前にスタートです。
黒尾さんは、しっかり酔いを醒まし…体力を温存しておいてくださいね。

「それでは…おやすみなさい。」

赤葦はそう言うと、タオルケットを二人のお腹にふんわりと掛け…
すぐに隣からは、穏やかな寝息が聞こえてきた。


「寝られるわけ…ねぇだろっ!」

水着アリな『トロピカ~ル☆』で、体力が必要…一体ナニをさせる気だろうか。
しかも、このコースを選択した俺は、勇気を称えられている…怖すぎだろっ!

やっぱり、聞くんじゃなかった…
後悔するも、時既に遅し。ここは腹を据えて待つしかないのだ。


不意に見つけた流れ星に、「どうか良い夢が見られますように!」とだけ願い、
俺は無理矢理目を閉じ…来るべき『セクシー赤葦』に備えた。





********************




「黒尾さん…そろそろ起きて下さい。」
「お、はよ。今日は…もえるゴミか?」

それで合ってますけど、今は旅先です。シャキっと起きて…着替えて下さい。
あくび交じりに主婦発言を繰り出す黒尾を、赤葦は微笑みながら立たせ、
寝ていた場所よりも少し海に近い所…駐車場脇の物置小屋に連れて行った。

小屋の中には、ジェットスキーの他に、海で使うものから、様々な備品類等、
雑多なものが綺麗に整頓され、棚に収納されていた。

「はい、これが黒尾さんの『キュート』な水着です。」
トイレを済ませて着替えたら、水分補給後、小屋の前…海側に出て来て下さい。

赤葦はテキパキと指示を出すと、黒尾を置いて先に小屋から出て行った。
粛々とその指示に従い、赤葦の後を追うと、係留されている小舟の向こうから、
赤葦が「こっちです。」と手招きをしていた。

呼ばれるがままに、小舟の傍へ寄り、赤葦の方へ回ろうとしたら、
「そこでストップです。」と、小舟にカラダを隠しながら、顔だけ覗かせた。

今はまだ夜明け前…ほんのり空が明るみ始めてきてはいるが、
それでもまだ、かなりの星が見えるぐらいの暗さ…赤葦の様子はよく見えない。

   (あ…、そういうコト、か。)

黒尾が『キュート』水着なら、赤葦は…隠れたくなる理由もわかる。
ここは無益な詮索やツッコミは禁物。黒尾は赤葦の出方を、黙って待った。


「二人で海へ行く機会があれば、夜遅くまで一緒に海と星を眺めたい…」

その願いは、めでたく実現しました。昨夜は本当に素敵な夜…幸せでした。
ですが、あともう一つ、海でヤりたいことがあります。
つい先日、俺は黒尾さんにお約束したはずです…覚えていらっしゃいますよね?

「もし万が一、海に行くような機会がありましたら、俺が手取り足取り…」
「いいいっ、いらないっ!覚えてない!俺は…帰るっ!もうウチへ帰るっ」

黒尾が八岐大蛇の親族…『カナヅチ』だとバレた時に、
「俺が教えます♪」と赤葦は一方的に約束(宣言)し、黒尾はスルーしていたが…
『勇気ある選択』とは、『セクシー赤葦と水泳の練習』のことだったのだ。

夜目にも分かるほど、真っ青な顔で『帰る!』と駄々を捏ねる黒尾。
クルリと『回れ右』をして、その場から逃走しようとしたが、
赤葦は黒尾をガシリと羽交い絞めにし、「絶対逃がしません。」と断言した。


「た…頼むっ!泳ぐのだけは、無理だ!教えてくれなくていいから…帰ろう!」

練習とか、そういうレベルの話じゃなくて…本能で海が怖ぇんだよ。
いくら赤葦が『セクシー』水着で手取り足取り腰取り…でも、無理なんだっ!
海で泳ぐなんて、『勇気』でどうにかなる話じゃねぇから…帰るっ!!

らしくなく…どころか、同一人物か!?と疑ってしまうほど、
本気で取り乱し、「ヤダヤダ!」とべそをかく黒尾…

多少は嫌がるだろうけど、まさかここまでとは全く予想していなかった赤葦は、
何が何だかわからないぐらい、「きゅ~~~んっ♪」と心を鷲掴みにされた。
腕の中で暴れまわる黒尾を宥めながら、当初の計画を即時に全面修正した。


「ご安心下さい。泳ぐ練習なんてさせませんし、海にも入りませんから…ね?」

よしよし…イイ子イイ子…大丈夫。
黒尾さんがイヤがることなんて、俺は絶対にしません…約束しますよ。

   (黒尾さんが…『キュート』っっ!)

悶絶キュン死しそうなココロと、緩んでしかたない口元を引き締めながら、
赤葦は黒尾の震えが止まり、呼吸が落ち着くまで、優しく撫で続けた。


黒尾(と、自分のココロ等)が大人しくなったところで、
赤葦は柔らかく静かな声で、黒尾にそっと語りかけた。

「誰にだって、怖いものや苦手なものはある…それを責めたりしません。」

黒尾さんがカナヅチでも、俺はあなたを嫌いになったりしませんし、
俺はドSでもないので、黒尾さんを必要以上に苛めるつもりもありません。
むしろ、信じられないくらい可愛い黒尾さんを、ベッタベタに甘やかしたい…

「海を眺めるのは…?」
「別に嫌いじゃない…」

「水が怖いわけじゃないですよね?」
「あぁ。風呂も温泉も、平気だよ。」

海が怖いのは、泳げねぇってのと、ザッパ~ン!っていう波と潮騒、
あとは、『見渡す限り海!』なこと…島とか対岸がないのが、怖ぇんだ。
もし強い波に流されたら、どこまでも逝ってしまいそうで…

その言い分は、少し納得できる。
目の前が海という場所で生まれ育ったのに、大きな波や島のない海にビビる…
琵琶湖より波がなく、島だらけの海しか知らない瀬戸内人も、そう言っていた。
ここは東北の東海岸…穏やかな入り江とはいえ、時折太平洋の荒波が見える。
カナヅチの黒尾どころか、おそらく海育ちの瀬戸内人も、恐怖を感じるだろう。


赤葦は背後から黒尾を「きゅっ♪」と抱き締めると、耳朶を唇で挟んで囁いた。

「それなら…海を楽しみましょう。」

海に対する恐怖を、ほんの少しでも和らげるためには、
「海って楽しい♪」という印象を、新たに上書きするしかありません。

「のんびりと海を望みながら、俺とステキな想い出を…作りませんか?」

こっちに…来て下さい。
赤葦は黒尾の向きを変えさせると、小舟の向こう側へと、軽く背を押した。
そこには、直径150cm程の、やや大きめの青い丸…ビニールプールがあった。

「海を望みながら、プールで水遊び…これなら怖くないでしょう?」

ウチの風呂よりは大きいですが、ラブホのジャグジーよりは小さい…
水深だって30cm足らずで、どうやっても泳ぐことはできませんし、
黒尾さんは溺れることもない…『赤葦京治との快酔欲情』以外には、ね?


「黒尾さん。今、俺がどんな格好してるのか…ちゃんとわかってますか?」
「赤葦の、格好?例の、『セクシー』水着…だけじゃ、なさそうだよな。」

背後から黒尾を抱き締める赤葦の腕は、サラリとした布に包まれている。
薄い水色の、シャツ…この肌触りと色には、覚えがあった。

「『バーテンと常連客』ごっこで、黒尾さんが着ていた…ワイシャツです。」
「つまり、俺の長年の夢…『彼シャツ』を、赤葦は着てるってことかっ!?」

黒尾から身を離した赤葦は、プールの中に立ち、艶やかに微笑んで手招きした。
自分のワイシャツだけを羽織っている…ように見える、最愛の人。


いつの間に密かな夢がバレていたのか…いや、そんなことは、どうてもいい。
長年の夢が叶った喜びに震えながら、黒尾は赤葦の手を握り…プールへ入った。




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ちゃぷん、ちゃぷん…と、プールの水が揺れる度に、辺りに甘い香り。
いつも使っている潤滑剤が、水に落ちて溶けた分、香りが立っているのだろう。

「これは…バニラ、か。」
「えぇ…そう、ですっ。」

プール脇から小瓶を取ると、赤葦はたっぷりと中身を掌に取り、
ワイシャツの上から、それをトロリと垂らした。
濡れたシャツ越しに、はっきりと形を透かせる、赤葦のカラダ…
自分のシャツの上から、潤滑剤を塗り込めながら、指を這わせて形を確かめる。

直接でもなく、ただのシャツ越しでもなく、濡れて滑る布の微妙な刺激に、
赤葦の唇からも、プールからも、甘い吐息が漏れ出してくる。

ビクリと跳ねるカラダが、水も跳ね…その音と水量が、快楽の大きさを表す。
そのあからさまな『証拠』が恥かしくなったのか、赤葦は黒尾に激しくキス…
舌を絡めながら、黒尾の『キュート』な水着についたリボンに、指を絡ませた。

水着のサイドを、編み込むように飾るリボンを引くと、
はらり…と水着の前側が捲れ、チラリ…と『セクシー』な部分が顔を覗かせる。
赤葦はわざと全てを出さないように、指先だけをそこに差し入れ、
ゆるゆると蠢かせ…黒尾が大きく波音を立てる姿に、喉を鳴らした。


「『完璧な愛』…パルフェ・タムールにも、バニラの香りが、入ってます。」
「あぁ…確かに、この香りだった。名前に相応しい、溶けそうな甘さだな。」

甘い甘いバニラアイスを食べるように、溶け合うくらい甘いキスを味わう。
明るみ始めた空が、周りを白く霞ませ、白いバニラの花に包まれているようだ。

「バニラも、月下美人と同じ…一日しか花を咲かせないんです。」

それなのに、花言葉が『永久不滅』なのは、長く残る甘い香り…
これが、『永遠の愛』に繋がるから、媚薬や潤滑剤に好まれるんですね。

「バニラはツル性…甘く絡んで俺を蠱惑する、お前みたいだな。」

甘い囁きに促され、赤葦は黒尾に腕も脚も絡ませ、熱い視線を絡ませた。
水の中では、赤葦の花を綻ばせようと、黒尾は蕾に指を絡め、熱を与える。
指を動かす度に、水と甘い声が上がり、バニラが黒尾に、強く巻き付いてくる。


「バ、ニラの、語源、は…んっ、『小さなさや』です…っ」

『さや』は、勿論…『タチ(太刀)』を、納める器、ですよね。
黒尾さんの『太刀』を…あなたを受け止めるに相応しい『さや』は…?

「赤葦こそ…俺をしっかり納める、甘い甘い…バニラだ。」

ココにしかコレは納まらない…とでもいうように、慣れた腰つきで溶けていく。
柄の部分まで全て沈めると、赤葦は眩しそうに目を細め、視線を海に投げた。


「黒尾さん…朝、です。」

空を白く染め、水面を輝かせながら、海の中から少しずつ…太陽が昇ってきた。

海から生まれる日の出…その幻想的な光景に、熱いものが込み上げてくる。
太陽がせり上がるように、じわじわと…歓喜にも似た感動が、全身を包み込む。

「最高に…美しい海だ。」


あなたと一緒に、海と星を眺めて夜を過ごし…一緒に朝日を見たかったんです。
『夜の海』の夢…これで全部、叶いました。

赤葦の言葉に、突き上げる情動を抑えきれなかった。
狂おしいほどの愛しさで、赤葦を強く抱き、深く深く溶け合っていく。


この美しい海を…俺は一生、忘れない。
二人で結ばれながら眺めた海…永遠に。





- 完 -





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※二人のラブソング(情事詩)
   →Gackt 『Vanilla』


2017/08/25

 

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