同床!?研磨先生⑥







「久しぶりだな~、研磨と寝るの。」
「ちょっ、やめてよクロっ!離せっ…」

黒尾は会場に入るやいなや、いきなり布団を捲り上げ(赤葦と同じだ)、
慌てて身を守ろうとする研磨先生の腕を掴むと、クルリと身体を回転させ、
研磨先生を背中から抱え込むように、ピッタリとくっ付いて寝転がった。

これは、赤葦の時と同じ『背後から抱え込み型』だが…先程とは逆に、
研磨先生は背後から『抱え込まれる側』に、チェンジしたことになる。

拘束から逃れようと、ジタバタ騒ぐ研磨先生だったが、黒尾はビクともしない。
「こら、暴れんなよ~」と笑いながら、二人の上に布団を掛けた。
そして、『いつも』のように、上から抱え込んでいた手を、固定しようと…

「ヤだ…それだけはやめてよっ!」
「何でだよ?ここに手ぇ突っ込むと、すげぇ楽だし、何か落ち着くだろ?」

「ココは『ソファの隙間』じゃないんだけどっ!?ヤダヤダ…離せって!」
「ちょっと前まで、こうやって一緒に寝てたじゃねぇか。つれねぇなぁ~」

「それ、『俺がオムツ替えてやったんだぞ~』って親戚の主張と、同じっ!」
「さすがの俺も、研磨のオムツは…あ、オネショの証拠隠滅はしてやったか?」

ただの親戚のオッサン&嫌がる思春期の子…のような、幼馴染のお戯れ。
恥かしい過去をバラされた先生が、本気で肘鉄を入れようとした瞬間、
バンッ!!と襖が破壊音と共に外れ、布団がどこかへ吹き飛ばされた。


「うおっ!!?びっくりしたっ!!…って、赤葦どうした…ヒィィッ!!」
「孤爪師匠が嫌がっておいでです…強制わいせつ罪の現行犯…逮捕です。」

絶対零度の微笑みを湛えながら、赤葦は黒尾の両手をタオルで縛り上げた。
孤爪師匠、怖かったですよね?もう大丈夫ですから…ご安心ください。
それでは、どうぞごゆっくり…『ソフレ体験会』をお楽しみ下さいませ。

コレは師匠をお守りするガードです、と赤葦は言いながら、
『YES/NO枕』を黒尾と研磨の間にギチギチと割り込ませ、布団を掛けた。
そして、やたら丁寧な手つきで外れた襖をレールに戻してから、
音もなく隣室へと下がって行った。

(なぁ…赤葦、怒ってねぇか?何でだ?)
(何でだ?は、クロの方だよっ!バカ…)

コソコソと内緒話をしていたら、隣室からゴホンっ!!という咳払い…
研磨先生は盛大に背中の毛を震わせ、いそいそと『本題』のレールに戻した。


「で、クロが考える『ソフレの問題点』ってのも…こういう話でしょ?」
「あぁ、そうだな。このカンケーは、法的に実に危うい問題を抱えている。」

瞬時に『真面目モード』に切り替えた黒尾は、理路整然と説明を始めた。

「ソフレには、恋愛感情は御法度…これの有無を証明することは、困難だ。」
赤葦のミニシアターの本旨は、朝勃ち…ではなく、実はこの点である。

ソフレの解消事由となる、恋愛感情が『ある』ことの証明は、
外見からわかるもの…おそらく『性的興奮』を客観的に判断せざるを得ない。
これは、『殺すつもり』の有無で、殺人罪と過失致死罪が分かれるのと同じで、
人の『内心』を、客観的事実から判断する…実に難しい問題なのだ。

「どんな場合にソフレを解除できるのか…すべきなのか。
   普通の恋人同士や夫婦の離婚よりも、厄介な事態になりかねないんだよ。」


例えば、思い余って『据え膳』を食ってしまったようなケースだ。
ソフレは恋愛だけでなく、性交渉も御法度…『ヤらない』のが大前提の関係。
だが、『愛情に変わり易い』というソフレの性質上、当然あり得る事態だ。

「約束が違う…ソフレだから、こういうコトしないって、信じてたのに…」
「食われた側に『ソノ気』がなければ、裏切られたショックは計り知れない。」

しかし、この『ソノ気』だって、人の内心…なかったことの証明は不可能だ。
こうした『不測の事態』も、添寝するなら当然予測できたはずだと言われれば、
これを覆すことは、困難を極める…『同意の下だった』とみなされてしまう。

「つまり、ソフレ中に無理矢理触られたり、ヤられちゃった時には…」
「それを強制わいせつだとか、強姦だとかの証明は…無理かもしれねぇ。」


そうそう、ついでに補足しとくが…と、隣室にも聞こえるように、
黒尾は声を張り上げ、大切な補足説明を開始した。

「つい最近…2017年7月13日から、改正刑法が施行されたんだ。」

この度の改正で、性犯罪に関する規定が大きく変わり、厳罰化された。
改正前は、強姦罪の対象は『女性への姦淫』のみだったのが、
改正後は性別の枠は撤廃され、強姦罪は強制性交等罪へ名称変更…
男性も性犯罪の被害者として、保護されることになった。

「『姦淫』は、陰茎を膣内に挿入すること…これが『性交等』に変わった。」
「要するに、『後ろ』や『おクチ』に挿れるのも、処罰の対象になったんだ。」

「あと、無理矢理自分のトコに入れさせるのも、『性交等』に含まれるんだ。」
「女性も加害者になり得る…極端な『襲い受け』も、性犯罪ってことか。」

これでようやく、男性への性暴力も重大犯罪だと、法が認めたことになる。
性暴力に性別など関係ないという時代が、ようやく来たのだ。

「ま、相手が誰であれ、法律がどうであれ…無理矢理はサイテーだよな。」
それでも、かなり大きな変革には違いないから、その点は俺も評価しているが…
今回の改正でも、不十分な部分が残っている。


例えば、異物(オモチャ)や手指を挿入しても『性交等』には当たらない。
そして、新設された『監護者わいせつ及び監護者性交等罪』は、
親などの『監護者』による、家庭内性暴力を、更に重く処罰するものだが、
『監護者』にあたらない者からの性暴力は、これには含まれないことになる。

「つまり、教師と生徒、社長と社員、顧問と部員…そういう関係は除外だ。」
「『逃げられない』っていう権力・上下関係は、親子と同じなのに…」

まだまだ性犯罪に関する法整備は、現状に追い付いているとは言えない…
被害者の傷の大きさを考えると、今後も拡充していく必要があるだろう。


とまぁ、ごく簡単な補足説明はこの程度にしておいて…と、
黒尾は縛られた手を頭の下に敷き、天井を見上げながら話を戻した。

「ソフレは、性暴力を受ける可能性が高いにも関わらず、
   それを立証することが難しい…非常に危険な関係なんだよ。」

危険と言えば、盲点とも言うべき、もう一つ大きな『危険』が潜んでいる。
それが、ソフレの利点とされている、人肌による『カウンセリング効果』だ。

「癒しだとかヒーリングだとか、安易に使われてるけど…これが実に危ない。」
カウンセリングは本来、極めて高度な専門知識を要するものである。
心理学や医学、または宗教学等、教育や修業を受けた専門家が担うべきもの…
精神に影響を与える治療行為であり、素人判断で行うのは、非常に危険である。

「『自我の解放』だとか、簡単に自己啓発してるけど…本当は怖い話なんだ。」
もし解放しすぎた等、治療が行き過ぎた場合に、素人では対処できない。
専門家の指導や監視が必須…『いざという時』にガードとなる者が必要なのだ。

「ココロは繊細…本当に『癒し』かどうか、素人にはわからないよね。」
「ストッパーのない自我の解放って、クスリでトぶのと同じだからな。」


これは、俺達法律家にも言えるんだが…人の『癒し』に繋がる職業は、
カウンセリングについて、もっともっとしっかり学ぶべきだと思うんだ。
捜査や裁判中の心無い一言で、セカンドレイプ…赦されることではない。

それに、『癒す側』の精神だって、守っていく必要がある。
毎日毎日、夫婦がいがみ合う話を聞き続けるってのは、相当堪えるんだよ。
人を癒す行為は、マイナスを一部引き受けること…相応の心的リスクを負う。
それをうまく『分散』する技術がなければ、続けられるものではない。

「法律相談…カッコ良く聞こえるけど、凄いしんどい仕事だったんだ。」
「恐らく、法律家に一番必要な適正は…『適度な鈍感さ』だろうな。」

人のマイナス感情に影響されにくいこと…適度に鈍くないと、壊れてしまう。
かと言って、鈍感すぎると、被害者や相談者に寄り添えない…加減が難しい。


「お節介な鈍感…クロは確かに法律家向きだけど、間違いなく危険だね。」
世話焼きまくりの、人タラシ…それでいて、他人の感情に鈍感だなんて、
ヤキモチ焼きまくりな『誰かさん』の逆鱗に触れて、こっちが危険だよ。

「…何の話だ?」
「クロ一人で焼かれてろって話。」

とばっちりを受けるのは御免だから、そろそろクロの結論を聞かせてよ。
研磨先生が促すと、黒尾はふぅ…と一呼吸置いてから、話を継いだ。


「現状のやり方では、ソフレは非常に危険…オススメできない。
   だが、使い方さえ工夫すれば、ソフレにも十分『使い道』がある。」

まず、必ずやっておくべきことは、解消事由を明確にすることである。
どういった場合に、ソフレをやめるのかについて、予め決めておくのだ。
例えば、『唇へのキス』は愛情表現とみなしたり、
『意図的に服の中に手を入れ素肌を触る』のは、性交に繋がるものとして、
即時解消事由にする…等、具体的に『これはアウト』というルール作りをする。

「念には念を入れるならば、『ソフレ契約書』を交わすべきかもしれないな。」

将来的に、カウンセリング知識を持った『ソフレ専門家』が出現し、
『業』としてソフレを行う者が出てくる可能性だってある。
その場合には、業界団体でひな形となる契約約款を作るのが、手っ取り早い。

「ソフレ専門派遣業…登録免許制にすると、安全に利用できそうだよな。」
「デリヘルのソフレ版…風俗よりも介護とかに近い感覚?」

ソフレに対して、本当に有効なカウンセリング効果を求めるのであれば、
こうした『ソフレ専門家』の養成及び基盤整備は、将来性のある試みだろう。

「ソフレによるカウンセリングを、きちんと体系立てていけば、
   比較的ライトな治療の一形態として、十分利用可能なんじゃないかな。」
「疲れた者同士が傷をなめ合うんじゃなくて、ちゃんとした技術を持った人に、
   寝ながらリラックスして治療してもらう…それなら、安心かも。」


もう一つは、そこまでの治療効果は求めないもの…
『性交渉に代わる手段』として、ソフレスタイルを利用するケースである。

「ここで鍵となるのが…『コレ』だ。」
「…成程ね。」

二人の間に挟まる『YES/NO枕』を、黒尾はポンポンと叩き、
その仕種だけで、研磨先生は幼馴染の意図することを、瞬時に把握した。


「クロの提案する『ソフレの利用法』…ミニシアターにすると、こうかな?」


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「ん…くろお、さん…っ」
「あかあし…んっ…ふっ」

夕食後、居間でゴロゴロしながら、のんびりTV観賞。
いつもの添寝ポーズ…互いの後ろ半分と前半分をピタリと付け合って横寝し、
他愛ないことをお喋りし、笑い合う…我が家の『憩いの時間』だ。

ほぼ毎日流し観をしている、プロ野球のナイター中継。
御贔屓チームの試合でない時は、純粋に野球を楽しめ、空気も穏やかだ。
試合は7回裏が終了…グランド整備の間は、CMに切り替わる。


腹部を覆い、腿に挟まった手。
赤葦はその腕に自分の指を沿わせ、首を少しだけ反らせる。
その動きに呼応して、黒尾は頭を前に倒し、背後から赤葦に口付けた。

キスが深くなるにつれ、赤葦は天を仰ぎ始め、黒尾はその上を覆い始める。
7回裏の休憩は、3分程…CMも終わりマウンドには交代した投手が登板。
ナイター中継が再開しても、二人は目を閉じたまま、キスを続けていた。

他球場の状況が聞こえてくる…どうやら御贔屓チームは、接戦をモノにした。
これでもう、本日の懸案事項はなくなった…あとは気持ちヨく寝るだけだ。


腿の間から手を抜き、黒尾がリモコンでTVを消すのと同時に、
赤葦は上体を起こし、黒尾の腕を引いて隣室へ誘った。

居間の電気を消し、和室の襖を閉め、折り重なるように布団に…
だが赤葦は、真上から自分を見下ろす黒尾の前に、柔らかいものを差し出した。

「今日は…コチラでお願いします。」
「俺も今日は…ソッチの気分だよ。」

赤葦が掲げたのは、『YES/NO枕』…その『NO』を黒尾に見せたのだ。
黒尾は枕を受け取ると、赤葦の枕の横に並べ、微笑みながら頭を乗せた。


今度は向かい合わせに横になり、お互いの背をゆっくりと撫でていく。

「今日も一日…お疲れさまでした。」
「毎晩言うが…幸せな一日だった。」

特に何をするわけでもない。ただ一緒に添寝して、『イイ子イイ子』するだけ…
互いの体に触れ、緩やかに撫でる…文字通りに『手当て』するだけだ。
この『触れて撫でるだけ』が、全身から強張りを抜き、眠気を誘うのだ。

トロトロと微睡み始めた二人は、閉じかけた瞳を片目だけ僅かに開き、
ほんの少し、ほんの一瞬だけ唇を合わせると、
手を繋いだまま天を向き、夢の世界へと旅立って行った。


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「新婚夫婦だからって、毎晩『YES』なわけじゃない。」
「『NO』が示すのは、拒絶やゴメンナサイじゃないってことだね。」

『ヤるかヤらないか』を尋ねるのではなく、『どちらをヤるか』…
性交と添寝のどちらにするかという選択を、この枕で示そうというのだ。

今は若くて、しかも新婚…『ヤりたい時にヤれる』状況だが、
仕事や体調、年齢を重ねること等によって、それはだんだん難しくなっていく。

『あるかないか』と同じく、『ヤるかヤらないか』という白黒二択の場合、
『ヤらない』が続いた際、セックスレスという重大な問題に繋がっていき、
どんなに仲が良くても、夫婦関係に大きなひずみを生じかねない。

だが、『ヤらない』ではなく、『今日はソフレにしよう♪』であれば、
妙な心配に心を痛めることもなく、性交に囚われない関係を築くことができる。


「回数だけを『数値』で見れば、完全にセックスレス認定でも、
   毎晩必ず手を繋いで寝る…そんな仲良し老夫婦も、世の中に居るんだぜ?」
「ケガや病気だけじゃなく、奥さんが妊娠初期なんかにも…使えるね。」

つまり、他人同士が恋愛感情や性交渉を禁じた上でソフレをするのではなく、
恋愛感情や性交渉もある関係の二人が、『夜の過ごし方』の一手段として、
『ソフレ』を利用しようという提案だ。

オメガバースだからって、妊娠出産しなくて良いのと同じで、
恋人や夫婦であっても、必ずしも性交する必要はない…
お互いを尊重し、柔軟性のある関係を続けるために、枕とソフレを使うのだ。


黒尾の提案に、研磨は内心驚いていた。
恋人ならヤって当然。夫婦なら毎晩ヤりたい放題…何気なくそう思っていた。
だが、性交渉に囚われすぎなのは、御法度!だというのと同じくらい窮屈で、
セックスレス→離婚原因という、シャレにならない問題を引き起こしかねない。

お互いを労わり合い、愛し合う方法は、性交だけじゃない…
添寝するだけでも、愛を確かめ合うには十分すぎるぐらいなのだ。

「恋人や夫婦にこそ、『ソフレの日』が必要…愛のある話、だね。」


ちょっとだけ、クロのこと見直したよ…と言いかけた瞬間、
黒尾は照れ臭そうに笑いながら、明るい声で場の空気を転換した。

「いくら赤葦が猥褻オーラ撒き散らしても…『毎晩』はカラダがもたねぇよ。
   勃ってもヤらねぇ日があってもいい…じゃないと、俺が枯れ死ぬ。」

ほんわか空気を台無しにする、黒尾の『照れ隠し』…
「クロ、サイテー!」と、研磨先生が枕で叩こうとするより前に、
再びスパーーーンっ!!と襖が音を立てて吹き飛び、枕が3つ飛んで来た。


「黒尾さん、あなたという人は…
   前々から言おう言おうと思ってましたが、そういう『オチ』は要りません!」
「毎度毎度のことですけど、一瞬でも『黒尾さんカッコイイ♪』って…
   そう思った自分が、恥ずかしくてたまりませんっ!トキメキを返してっ!!」
「俺のERO具合も、まだまだってコトですね…よーーーく、わかりました。
  『死なない程度』で赦してあげますから…ご覚悟のほどを。」

赤葦だけでなく、月島と山口からも猛抗議を受けた黒尾…だが、
「何でだよ…?」と、納得いかない様子で、首を傾げていた。
研磨先生はその首をむんずと掴むと、転がる枕の上に押し付けた。

「ウチの幼馴染が…マジすみません。」
一緒に深々と頭を下げ、謝罪した研磨先生は、自分の枕を持って立ち上がった。


「超真面目な考察の後の、超素敵なミニシアターだったのに…
   最後の最後に、『しょーもないこと』でシメるの…今後は御法度。」

あと、今晩は俺達4人で夏合宿…クロはこっちで独り、反省会だから。
「ちゃんと反省するまで…俺達が赤葦と毎晩交代でソフレをし続ける。」

「はぁっ!?反省って…俺はどうすりゃいいんだよ、研磨…先生っ!?」
「そんなこともわからないなんて、ホントにクロは…どうしようもないね。」

それじゃ、オヤスミ!
鼻先で襖をピシャリと閉められ、居間に取り残された黒尾は、
独り寂しく『YES/NO枕』を抱え込み、めそめそと布団に潜り込んだ。


「ソフレなんて…大嫌いだ…」




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※改正前の性犯罪概要 →『優柔甘声



2017/07/19    (2017/07/15分 MEMO小咄より移設)

 

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