「『巣』と言えば…何を想像する?」
研磨先生の突然の質問に、全員が雛鳥のようなキョトンとした目をした。
巣は、動物が生活等のために造る、構造物のこと…だろうか。
「何でいきなり、巣?」
黒尾が代表して尋ねると、研磨先生はスマホを取り出し、何やら入力した。
「こないだの『オメガバース』研究…帰ってからも、調査続行してたんだ。」
ポータルサイトの検索ボックスに、『オメガバース』って入れてみたら、
一番上に出てきた予測検索ワードが…
「『オメガバース 巣作り』なんだ。」
先生はスマホの画面を皆に見せた。
見せられた画面には、確かにそのワードが出ていたのだが…
「僕達の研究では、オメガバースの世界に営巣行動があるかについては、
全く触れられてない…ですよね?」
「資料にも、そんな特徴は記されてなかったと思うよ?」
「資料を作ったのは俺ですが…存じ上げません。」
首を傾げながらも、興味津々の表情を見せる4人に、
研磨先生は重ねて質問をした。
「皆は『オメガバース
巣作り』というワードで、どんな設定を想像する?」
それぞれ目を閉じて…想像してみる。
考察開始前の、予備知識が全くない状態で、まず自由に想像…
『酒屋談義』ではこれまでヤったことのない、斬新な手法だ。
「今回は『αΩ』関係のみに限定。
それから、いわゆる『愛の巣』って解答は、除外して。」
これだと、ただのヤり部屋…『R-18』になるだけだからね。
『結果的に』そうなるのは、ある程度しょうがない部分も…まあいいや。
「じゃあ、生物学と言えば…月島。」
一番手に指名された月島は、嬉しそうに頷くと、朗々と語り始めた。
「何を目的とする巣作りなのか?という前提が違うと、
かなり趣の異なる設定が、数種類出来上がると思います。」
その上で僕が着目したのは、『Ωの成長過程』という視点です。
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京治が学校で倒れた日…病院から帰るやいなや、深い眠りに陥った。
どんなに揺らしても、ご飯の時間になっても、一向に起きる気配がない…
心配して右往左往する僕に対し、
「服を全部脱がせて、このキレイなタオルで包んであげて貰える?」と、
珍しくやや緊張した面持ちで、奥様が僕に『オネガイ』をしてくれた。
僕はそれに従い、大奮闘して(いつの間にかデカく成長してた)京治を脱がせ…
その直後、僕は信じられない光景を目の当たりにした。
「え…っ!?」
京治のカラダが、淡く光ったように見えた、次の瞬間。
白く輝くモノに、京治はすっぽり覆われてしまったのだ。
これは、そう、まるで…『繭』だ。
「これから3日間、京治は『繭』に篭もる。そして…『羽化』するの。」
Ωがαと結合可能になる…『Ω性徴』を迎えると、特殊フェロモン生成を始める。
その体内組織を作るために、『繭』に篭もる必要があるのだ。
『繭』から出た時、Ωは美しく成長を遂げ、αを誘引するようになる。
これが、『Ω変態』と言われる性徴だ。
「それにしても、こんなに美しい『繭』…見たことないわ。」
ウットリとした表情で、奥様が感歎。
身内にたくさんのΩがいる奥様ですら、その美しさに見惚れるなんて…
『Ω変態』のスイッチを入れるのは、α抗体だ。
一番最初に触れたα抗体が、どんなものかによって、『繭』の形態が変わる。
「つまり、京治の『変態スイッチ』を入れたαは…」
「とんでもない『ド変態』…だったりして?」
僕の言葉に、奥様は盛大に吹き出した。
場を覆っていた緊張感が、一気に緩み…奥様にも笑顔が戻ってきた。
「きっと京治は、とんでもなくαを蠱惑しまくるドERO…じゃなかった、
魅力溢れる『美人』Ωになるわ~♪」
その分、京治自身も強烈な発情衝動に苛まれる…ツラい思いをしちゃうの。
一体どんなH…『一番さん』に出逢ったのか、気になってしょうがないわっ!
仕方ないとは言え、京治がツラい思いをするのは、親としては可哀想だ。
いくら類稀な美人になっても、幸せにしてくれる『つがい』と出逢えなければ…
「あ~もう、京治がラクになれるなら、そのスイッチ入れた『ド変態α』に、
いっそのこと『責任』取って貰った方がイイかもね~?」
「抗体の相性はバッチリだから、あとはカラダ…もとい、お互いの意思ね。
もし上手くいけば、これ以上ラクな話はないんだけどね~」
奥様はそう言って微笑んだが、こればっかりは本当に…運任せでしかない。
京治が最高の『当たり』を引けるよう、僕達は祈ることしかできないのだ。
どうかウチの可愛い京治が、Ωに生まれたことを誇りに持ち、
αに限らず、ステキな人と出逢え、幸せな人生を楽しめますように。
僕達の願いは、ただそれだけだ。
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「蛹から成虫へ…その変態時に、自身を守るために篭もる巣を、
一般的に『繭』と言います。」
αΩの結合抗体を作るのにも、ある程度の時間が必要でした。
特殊フェロモンを生成する…『オトナのΩ』に成長するためにも、
そうした時間が必要なのでは?と、僕は考えました。
「『オメガバースの巣作り』とは即ち、『Ωの繭篭り』ではないでしょうか?」
月島の『Ωの繭篭り』説に、全員が驚きと共に、拍手を贈った。
生物学的な筋も通っており、何よりも…物語として美しい。
「やるね、月島。見事だよ。」
「ありがとうございます。」
研磨先生にも褒められ、月島は素直に嬉しさを顔に出した。
「ツッキー凄いや…♪」
感激した表情で賛辞を送った山口…すぐに表情を真顔に戻し、
今度は俺…いいですか?と、研磨先生に了解を取った。
「俺が考えたのも、同じ『巣篭り』なんだけど…αの方なんだ。」
俺が着目した点は、防御のための『殻』としての巣…です。
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「あれ、黒尾は?」
「もう帰った。」
「最近アイツ…直行直帰だな。」
平日は、早朝から朝練で、夜も遅くまで練習。その後はヘロヘロになって帰宅。
休日の練習時は、さすがにそんなにバレー三昧というわけでもなく、
夕方練習が終わった後は、週末の休息…と言いつつ、皆でご飯を食べたり、
ちょっと遊びに行ったりと、部活以外で楽しむ時間があった。
だが、ここ最近の黒尾は、「俺は…帰るわ。」と、付き合いが悪くなった。
最初は「可愛い恋人に逢いに行くんだよな~?」と、冷やかしていたのだが、
どうやらそうではないらしい…本当に帰宅し、家から出ないようなのだ。
「おい研磨、まさか黒尾…アイツと上手くいってない、のか?」
「梟谷のΩ…赤葦と、喧嘩でもした?」
あんなに『お似合い』な二人なのに、もうダメ…だったら、ちょっと悲しいぞ。
いや、もしそうなら、もっと落ち込んでるはず…それはない、よな?
部員達は心配そうに顔を寄せ、ひそひそ声で研磨に尋ねた。
「いくら俺でも、クロ達がどうのこうのって、細かいことなんて知らないし。
っつーか、そんなに興味ない。」
でも、クロが何考えてんのかは…大体予想はつくけどね。
「クロは、人が多いトコを避けてる…それだけだと思う。」
いきなり『一番最初』に、超ド級の『ドンピシャ合致』に出逢ったとは言え、
『それ以上の合致率』の相手と出逢う可能性だって、ゼロじゃない。
宝くじの一等前後賞を全部当てるより難しい確率でも、あり得るんだ。
ここは東京都内…一日でどれだけたくさんのΩとすれ違うか、わからない。
ほとんど『つがい確定』な相手がいて、他のΩにほとんど『反応』しなくても、
『赤葦以上』と出逢う確率は、人が多ければ多いほど高くなる…
「じゃあ黒尾は、そんなΩと出逢わないためだけに…?」
「赤葦以上のΩに当たらないように、引き篭ってんのかっ!?」
一途というか、馬鹿というか。
さっさと『つがい』になってしまえばいいものを、律儀に筋を通す…
「すっげぇ…黒尾っぽい。」
「αΩでプラトニックとか…むしろ拷問じゃねぇ?」
それだけ黒尾は、赤葦のことを『個人』として大切にしている…ということだ。
何とも不器用で、何とも切ない…そんな黒尾を、心から応援したくなった。
「ホンット、馬鹿だよね。」
「ったく、一体どこの王子様だよ。」
しょうがねぇから、俺らが…黒尾んトコに遊びに行ってやるか!
アイツの気が紛れるまで、練習に付き合って…構ってやるっきゃねぇよな♪
音駒の部員達は、大量のおやつを買い込んで、黒尾の『巣』へと突撃した。
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「Ωの特殊フェロモンにあてられたら、抵抗できないα…」
抗α薬を予防的に使ったとしても、完全にその本能を抑えることはできない。
だから、『つがい』の確定していないαは、『危険な場所を避ける』ため、
防衛手段として、自分の『巣』に閉じこもる…
αβΩに関係なく、『大切な相手』がいるαだからこそ、
物理的にシャットアウトする手段が、必要になってくると思ったんです。
「『オメガバースの巣作り』とは、『αの巣篭り』…
αの愛情の現れじゃないかなって、俺は考えました。」
月島とは逆に、αの方に視点を置いた、山口の『αの巣篭り』説…
こちらはこちらで、狂おしいまでに切なくて、純粋な…愛の物語だ。
「『大切な人』を守るための巣…ステキなお話ですね。」
「αはツラいだろうが、俺は山口の説…凄ぇ好きだな。」
俺が考えたのも、α側の視点なんだが、もっと現実的で…腹黒い話だよ。
苦笑いして言い澱む黒尾に、「それでも全然構わない。」と、研磨先生。
その視線に促され、黒尾は自説を披露し始めた。
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③へGO! -
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2017/06/02 (2017/05/29分 MEMO小咄より移設)