αβΩ!研磨先生⑤







ここまでの考察で、『オメガバースとは何か』という概論、
『αβΩ』性とはどういうものかを、遺伝学的見地から考え、
そして『オメガバースの世界』が現実になりうる可能性について、
総論的にざっくりと見ていった。

「ここからは、オメガバース各論…特にαΩ関係を詳細に見てみよう。」
研磨先生の言葉に、一同はキラリと瞳を輝かせた。

「つまり…『発情期』と『つがい』システムについでですね?」
「ぃよっ!待ぁ~ってましたっ!!」
「やっとこさ、『わくわくゾーン』に突入だな。」

なぜαΩ間にのみ、『発情期』『つがい』というシステムが存在するのか?
その必要性について、じっくり考えてみようよ。

「というわけで…赤葦。」
「はい、師匠。お任せください。」
指名を受けた赤葦は、意気揚々と資料を捲り、システムの概要を説明し始めた。
総論の生物学は月島のターンだったが、ここはどうやら赤葦のターン…
実に『適材適所』だと、3人は心の中でコッソリ感心した。


「まず、『発情期』についてですが…」

辞書的に言えば、『性的に成熟した動物が交尾欲を発現する生理的状態』…
有り体に言えば、『どうしようもなくヤりたくなっちゃう時期』である。
ヒトを除く哺乳類では、繁殖期にのみ見られる『盛った状態』だ。

『α・β・Ωの特徴について(2)』によると、
Ωは3カ月に一度、1週間程度の発情期が存在するとのことだが、
『3カ月に一度』とは、『年4回』のことである。

「年4回の発情期…ねぇ。」
「猫…ですね。」
「猫…だよね。」
「ネコだけに…猫ですか。」

Ωの発情とは、おそらく(栄養状態の良い)猫のようなものではないか?
頻度と期間から導けるのは、非常に分かり易い『参考例』だった。

「発情期の猫が、どのような状態になるのか?
   飼主さん向けの『対処法』を参考に、ポイントを上げてみました。」
ここではオス猫をα、メス猫をΩと仮に当てはめていることを、
予めご了承ください…概ね間違ってないはずですから。
赤葦はそう言うと、資料の4頁目を開くよう指示した。


《Ωに発情期がやって来たぞ!》

発情期のΩは、そわそわと落ち着きなく転がり回ったり、
いつもと違う鳴き方で、大きな声でαを呼んだりします。
頭をスリスリとこすりつけ、いつもより甘えん坊になったり、
上半身を低く屈め、お尻を高く上げる体勢を取ったりします。


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何か…落ち着かない。
この間の合同合宿から帰って以降、何だかそわそわして…寝付けない。
寒いわけじゃない。むしろ熱っぽいぐらいなのに…布団の中で丸まってしまう。

押入に一旦仕舞っていた、冬用の毛布。昨夜からそれをもう一度出してきた。
クルクル丸めて自分の横に並べ、抱き枕のように…ギュっとしがみつく。

素肌に触れる柔らかい肌触りに、「ふわぁ~」っとした心地良さを覚える。
いや…今の、声に…出てた、か?

「あつ…っ。」

布団に篭り、毛布を抱いていたら、さすがに熱い。芯から火照ってくる。
寝間着を脱いでベッドの下に落とし、下着と半袖シャツだけになる。
脱いだはずなのに、素肌に毛布が触れる面積が増えたせいか、
余計に寒気とは違うゾクリとした震え…さっきより熱く感じるぐらいだ。

あぁ…何だろう、この…渇くような、息苦しいカンジ。
それでいて、もっと『熱』を感じたい…もっと強い圧迫を欲している。

全身で毛布を羽交い締めにし、その中に顔を埋めていると、
じわじわと急かされるような焦燥に、だんだん呼吸が荒くなってくる。

「う…あ、んっ…」

込み上げる情動と声を耐えようと、
毛布を抱えてあっちを向いたり、こっちを向いたり…何度も寝返りを打つ。
そうこうしているうちに、いつの間にか毛布に乗り上げ、腰を浮かせていた。
呼吸でカラダが上下…浮いた部分に毛布が擦れ、その刺激に声が上擦る。

イヤイヤをする様に、頭をスリスリと毛布に擦り付ける。
その感触が、誰かに頭を撫でられているようで…いや、今すぐ撫でて欲しい。

優しい笑顔で。優しい声で。
その温かく大きな手で…触れて欲しい。
そう、こんな風に…今すぐ。

無意識のうちに手を下に伸ばし、浮いた部分の熱を包んでいた。
朦朧としながらその手を動かし、籠る熱を解放しようとする。

頭の中で、この熱を握っているのは…
合宿で初めて出逢った、あの人だ。
毛布に埋もれながら、その人の名を、うわ言のように呼び続けていた。

初対面の挨拶しかしていない、まだ『顔見知り』とも言えない人なのに。
優しい笑顔も、優しい声も、どんな手をしているのかも…知らないのに。

毛布でも抑えきれない程の、大きな声。
自分でそれに驚き…涙が滲んできた。


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「…まあ、簡単に言うとこんな雰囲気でしょうか。
   では、次にいきますね。」

突然始まった赤葦の『ミニシアター』…
呼吸を忘れる程のリアルさに、赤葦以外の全員が絶句。
そして、それは突然終わり…赤葦は何事もなかったかのように、
淡々と説明を続けようとした。

「ちょっ、ちょっと、待ってくれっ!」
「ご質問は後でまとめて受付けます。」

質問じゃなくて、このまま赤葦に『詳細な』説明をさせて…いいのかっ!?
黒尾は視線だけで皆に問いかけたが、返ってきたのは、冷たい目…
「無粋なこと言ってんじゃねぇよ。」と言う、非難の眼差しだった。


「では、その頃のαの様子ですが…」
黒尾の『待った』はスルーされ、赤葦は淀みなく話を再開させた。


《Ωの発情に触発されたαは…?》

αはΩを求めて大声で鳴き、外ばかりを気にするようになります。
家の中にいても、Ωの声やフェロモンを感知し、発情します。
Ωに逢うことばかりを考え…ちょっとした隙に、外に出ようとします。
Ωの発情に反応したαは、いつもは大人しい子でも、気が立ってしまいます。
荒々しい行動と脱走には、充分気をつけましょう。


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「ねぇ、聞いてる?」
「………。」
「ねぇってば!」
「…あ、悪ぃ!何の話、だっけ?」

こないだの合宿から、どうも様子が…おかしい。
授業中もぼけ~っと窓の外を眺め、ミーティング中もうわの空。
さすがに部活の時は集中し、きちんと職務はこなしているが…ミスが増えた。
あまりに『らしくない』姿に、部員達は顔を見合わせ、眉を顰めた。

「来週末の連休、また合同合宿だろ?日程表が欲しいって…監督が。」
まだあっちから届いてないから、すぐに送れって…今すぐ向こうに頼めってさ。

こういった雑務は、俺の…2年の『まとめ役』の仕事だ。
スマホを取り出して、合同合宿する相手方に電話…程なく賑やかな声。

『ヘイヘイヘ~イ!久しぶりだなっ!』
「先週会ったばっかりだろ。」

耳をつん裂くような大音量。相変わらず無駄に元気そうだ。
要件を伝えようとするも、『俺にはわかんねぇから…電話代わるな!』と、
話半分も聞かないまま…『お~い!』と誰かを呼ぶ大絶叫。
キーーーンっ!と鳴る耳を一旦離し、少し待っていると、控え目な声がした。


『もしもし、お電話代わりました。』
失礼ですが、お名前とご用件をお願い致します。

電話越しに聞こえてきた声に、何かがドン!という音を立て、全身を貫いた。
猛烈に突き上げる熱と衝動…頭の中は、たった一つのことに占拠された。

「今から…逢いに行く。」
『えっ…!!?』

ガン!という衝撃音が、耳元から響いてくる。
電話の相手方が、どうやらスマホを落としたらしい。
何やってんだよっ!という声が、遠くから聞こえてくる…

いや、そんなことはどうでもいいのだ。
早く…一秒でも早く…

「行かねぇと…」
「はぁ!?行くって…どこへ!?まさか、日程表取りに行くとか…?」
ナニ意味わかんないこと言ってんの?馬鹿じゃないの?
って…聞いてる!?あ、おい、ちょっと待てっ!!

周りで何か騒いでいるが、それも…どうだっていい。
とにかく今すぐ、アイツの所へ…行かないと。


バっと立ち上がって、部室から走り出そうとしたら、
周りから一斉に抑え込まれ…床に突っ伏してしまった。

「離せっ!何しやがるっ!邪魔するなっ!」
「落ち着けっ!おい…早く、保健の先生を…抗α剤をっ!」
「わっ、わかった…!」

部室の扉が開き、誰かが出て行こうとする。
扉の隙間から入って来た外の空気に触れ、
俺もここから出たいと…必死に抵抗する。
邪魔する奴らを突き飛ばし、跳ね除けようとするが…人数が多すぎる。

「何で、行かせてくれないんだ…っ」


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頼む…行かせてやってくれっ!

思わずそう叫びそうになった黒尾は、何とかその絶叫を飲み込んだ。
これは『発情期のαΩ~猫を参考に~』という、ただの例題…
別に誰かをモデルにしているとは、一言も言っていないのだ。

ここで感情移入して『思わずポロリ』してしまったら、
コイツらの餌食…散々ネタにされるに決まっている。
その証拠に、さっきからチラチラと…研磨&月島&山口の3人が、
実に楽しそうな『ニヤニヤ顔』で、コチラを見ているのだ。

罠に嵌ってたまるか…
これはただのオメガバース研究。俺には(直接的な)関係は…ない。
雑念を振り払い、感情を封印した顔と声で、赤葦に続きを促した。


「どうしようもねぇ衝動に駆られるαとΩ…何か対策があんだろ?」
「勿論です。このままでは…日常生活に支障をきたしますからね。」


《発情期を乗り切る方法~αの場合~》

発情期の間、αもΩも相手のことで頭がいっぱいです。
思うように逢えない状況は、大変なストレスになります。
してあげられることはあまりありませんが、普段好きなことをさせて、
気を逸らせてあげると良いでしょう。

αは『うわの空』状態ですが、大好きなことをして身体を使わせましょう。
ハードな運動に付き合えば、少しは落ち着くでしょう。
ただし、発情期のαは大変凶暴なので、十分注意して下さいね。


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保健の先生に投与された沈静剤…抗α剤は、
Ωの発情に反応したαの情動を緩和し、安定をもたらす薬だそうだ。
これが効いたということは…俺はやはり、『α』だということだ。

思春期の人間が集う高校では、学年に数人程、αΩの本能が発動…
教育や生活指導を含め、対応策がしっかり取られているようだ。
まさか自分が、それのお世話になるとは、思ってもみなかったのだが。

学校からの連絡でやって来た親と共に病院へ。
しばらくは投薬を続けながら、普段の生活に戻ることになった。
だが、薬でも完全に抑えることは不可能…医師からの助言は、
『熱中できることに専念しろ』だった。

だから俺は、授業中はひたすら勉学に励み、
それ以外は限界まで身体を酷使…バレーに打ち込んだ。
俺の練習に付き合わされる羽目になった奴らには、本当に申し訳ないが、
この状況を理解してくれた監督が、ぶっ倒れるまで特訓し続けてくれた。

帰宅したら死んだように寝るだけ…
そうでもしないと、いくら熱を発散しても、全然『足りない』のだ。
逃がしても逃がしても、熱に追われ続け、満たされることはない…
ならば、そんな気力も起こらない程、
『他に熱中できること』で、エネルギーを消費するしかない。


こういった地道な努力が奏功し、ここ数日は普段通り落ち着いている。
周りの仲間に迷惑をかけないよう…『時期』が過ぎるまで、耐え抜こう。


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「うっわ…キツいですね~」
「『他のこと』に専念…これが、αが『優秀』である、本当の理由…?」
「凶暴な獣が近くにいると、周りも大変。」

切なさと息苦しさで、呼吸が浅くなってくる。
そんな俺に、『部外者3人組』は…心からの同情を込めた目。

ただ一人、『説明』を続ける赤葦だけが、ケロリとしていた。
質問や『待った』がないのをいいことに、どんどん先へ進んでいく。


《発情期を乗り切る方法~Ωの場合~》

Ωの場合は、満足するまで撫でてあげ、リラックスさせましょう。
時間はかかるかもしれませんが、とにかく愛されたい欲求を、
スキンシップで補ってあげましょう。
あまりにも酷いときは、湿らせた棒状の物で内部を刺激し、
擬似性交の感覚を与えると、気持ちを鎮めることができます。


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あの電話を受けた後、数時間の記憶は…ない。
気が付いたら保健室に寝ていて、先生から状況を教わった。

電話の途中で気を失った俺は、随分な『高熱』…ということになっているが、
その熱は感冒等ではなく、遺伝的なものに由来する、と。
俺はやっぱり…『Ω』だったのだ。

今は抗Ω剤を服用し、あの耐え難い熱も収まっている。
だが、ふとした瞬間に『電話口の声』が脳内に蘇ると…『発熱』してしまう。
そんな雑念が極力湧かないよう、ひたすらバレーに打ち込み、
周り(特に上級生)に振り回されながら、膨大な雑務に没頭していった。

それでもやはり、気が抜けた瞬間…就寝直前、目を閉じると、
俺以上に熱の籠ったあの声を、思い出してしまうのだ。


『今から…逢いに行く。』

本当に逢いに来てくれたら、どれだけ楽だったか。
恐らくあちら側も、こちら側と同じような苦しみの中、悶えていることだろう。
本能に従ってしまえば、こんな苦しみを抱えることもないのに…
それでも、ほとんど初対面の相手と、『一生』を確定させてしまうのは、
まだ早すぎる…お互いにとって、早すぎるはずだ。

毎晩毎晩、思考は同じルートを辿り…理性で強引に納得しようとする。
だが本能は、俺自身よりもずっと強情…堪え性がないのだ。

「駄目だって、わかってるけど…逢いたい、です…っ!」

毛布に熱い呼気を吐き出しながら、籠る熱を散らそうとする。
でも、こんなんじゃ…全然『足りない』のだ。
もっと深いところから熱が溢れてくる『その部分』に…欲しくて堪らない。

舌で濡らした指先が、浮いた腰の方に伸びていくのを、
俺はもう…止められなかった。

「あっ…んんっ…!」


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「ストーーーップ!!これ以上の説明は、必要ねぇよな!?」

黒尾にしては珍しく、乱暴な手つきで赤葦の口を塞いだ。
あまりに荒々しかったせいか、指先が口の中に入ってしまい、
赤葦はリアルに『んんっ!』と声を籠らせ…

その恐ろしいまでの『リアル』さに、部外者3人組もビクリと身を震わせ、
慌てて『ストップ!』を了承した。


「こっ、ここら辺で少し…休憩にしようか?」
「けっ、研磨先生、お腹空いてませんか!?何か…取りましょう!」
「じゃ、じゃあ…釜飯のデリバリーでも、頼もっか?」

続きは晩御飯&飲みがてら…僕達の部屋でしましょう!
釜飯が届いたら連絡しますから、それまで小一時間程…休憩です!

月島と山口は、赤葦に「お酒セレクト、お願いしますね!」と言うと、
研磨先生の手を引いて、あっという間に2階へ上がって行った。


「俺らも上がって…ちょっと休憩、するか?」
「えぇ。少しだけ…『ご休憩』しましょう。」



- ⑥へGO! -



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<研磨先生メモ>

※これが『BL研究(30冊)』の成果。
※っていうか、何の考察してたかも忘れかけてた。
   さすが赤葦…完璧な仕事ぶりに、本気でビビった。

2017/05/02    (2017/04/30分 MEMO小咄より移設)

 

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