αβΩ!研磨先生②







研磨先生が応接ソファに着席するやいなや、山口が元気よく挙手…
誰もが疑問に思っていたことを、スパっと訊いた。

「いきなりですけど、研磨先生…質問です!
   いつからオメガバース研究家になられたんですか?」
「約一月前かな。BLコミックデビューと共に。」

一月前…誰かさんと同期デビューか。
最近、妙に仲が良くなったな~と思ったら、『BL繋がり』だったのか…と、
黒尾は何気なく言いかけ、言う前にその文言の威力にダメージを喰らった。

冷たい汗をコッソリ拭うと、柏餅の葉をペロリと剥がしながら、
若干の八つ当たりを込めて、研磨にチクリと一言刺した。


「たった一月で専門家かよ?どんだけ読み込んだんだ?」
「専門家じゃない。研究家。まだ一冊も読んだことないし。」
研究家を名乗るのには、別に資格とかは要らないじゃん。
今はこれで生計立ててなくても、研究だって十分『開業準備』だし。

「何ですか、それ…まるで税務調査の『言い訳』みたいですよ。」
まぁ、乙女ゲーム開発は紛れもなく、ウチの『新規事業』ですから、
その一環としてのオメガバース研究…『参考資料』購入は、経費計上可能です。
ご安心ください…ちゃんと領収書を頂ければ、研究費はお出ししますよ。

月島は自らに「これは新規事業のため…当事務所のため…」と念じながら、
乗り気ではないオメガバースについての考察を、何とか受け入れようとした。
そんな月島に、研磨は表情をほとんど変えず、「安心して。」と言い返した。


「俺だって研究段階。皆とほとんど変わらない。」
俺は赤葦の30冊に加えて、もうちょっとハード系なのを更に20冊…
大分BL慣れしてきたけど、やっぱり特殊設定は敷居が高いよ。
月島と山口が、ちょっとした拒否反応を示す理由には、大して興味ないけど、
その反応自体には、俺も同感なんだ。

「普通に考えれば…そう『すんなり』とは受け入れられないでしょ。」
でも、大して知りもしないうちに、脊髄反射的に拒絶するのも、
あまりに視野狭窄…懐も狭すぎるかなって。
だからまずは、オメガバースについて理性的に研究・考察しようと思ったんだ。
その上で、受け入れられるかどうか…感情的な判断は、それからでも遅くない。

「物事を知ることと、それを受け入れることは…別物ですね。」
「確かに…『食わず嫌い』じゃあ、何の解決にもならないね。」

月島達は、研磨先生の研究主旨に納得したようだ。
ただ『黒歴史』というだけで封印し続けるのも、理性的とは言えない。
ちゃんとオメガバースを知った上で、全力で拒否して『黒歴史』を闇に屠るか、
自分なりに受け入れて、『若かりし頃の思ひ出』としてネタにするか…
決めるのは、それからで十分だ。

二人がコクリと頷くのを確認してから、黒尾は「よし。」と声を上げた。
「今回は研磨含め、全員でオメガバースについて知ろう。」

乙女ゲームも、BLコミックも…知らなきゃ何も判断できなかった。
ただ人気だから、売れそうだから、ゲームのルートに入れておく…
そんな底の浅い考えじゃあ、良いモノは作れねぇし、俺達自身も納得できない。
もし研究の結果、無理だと思えば、このルートは諦めるって手もあるんだ。
そういった商業的な判断も、知らなきゃできないんだからな。

それじゃあ…会議スタートだ。
黒尾の号令に、赤葦は別の資料を全員に配り、研磨が議事を読み上げた。


「まずは…オメガバースとは何か、だね。」

オメガバース(Omegaverse)とは、主に英語圏の二次創作で使用される特殊設定で、
正式名は『alpha/beta/omega dynamics』というそうだ。
原作とは異なる設定や世界観…いわゆる『パラレルワールド』のことを、
英語圏では『AU(Alternate Universe)』と称するため、
『verse』はこの『Universe』のことではないかと思われる。

つまり、『alpha/beta/omega dynamics』とは、
『α・β・Ω間の力学』…三者に強弱関係が存在する、という世界観である。
この世界では、男性・女性という性別に加えて、α・β・Ωの3種類の性別…
全部で5種類ではなく、男性・女性の中に、それぞれ三種の区分がある。
α男性・β男性・Ω男性と、α女性・β女性・Ω女性の、計6種類の性別だ。

これはどうやら、狼社会における個体間の強弱関係を表す呼称…
リーダーから順に、α・β…最下層がΩと格付けされる階級システムを、
ヒト社会にも準用しているものであろう。

「この定義によると、6種類の性別には厳格な力関係…格差がある社会だね。」
「男女二種類の性格差だけでも、納得できないコトが盛り沢山なんだけど…」

定義からオメガバースの社会構造を見ると、現代社会の問題点が浮かび上がる。
この特殊設定を用いた創作を通し、社会構造の是正を促す…
そうした『社会派』小説の設定としても、真面目に利用可能ではある。
『オメガバースから見る性格差社会』とでも題すれば、
もう立派な『社会学』の論文ができ上がってしまいそうだ。

それはそれで実に興味深く、本気で腰を据えて考察したい視点だが、
おそらくその考察は、いわゆる『二次創作』向きとは言い難いし、
我らが楽しい『HQ!乙女ゲーム』にも、使えるとは…到底思えない。
仕事や生活に疲れたアナタを癒したい…それが主たる目的の一つなのに、
現実社会よりも厳しい格差を見せ付けるなど、本末転倒甚だしい。

「とりあえず現段階では、社会学的考察は…スルーだな。」
「では、スルーできない面として…生物学的考察ですね。」


オメガバースは、『男性』『女性』という性別に加えて、
同じレベルで『更に3種類』追加…ではなく、
あくまでも男性・女性という上位性別の、『下位分類』として、
α・β・Ωの3つが存在するという構造になっているようだ。

「タカ科の中に、ハイタカ属・オジロワシ属・トビ属があるみたいな?」
「むしろ、男性の中に、A型・B型・O型…遺伝子の型の差じゃない?」
「いや、血液型と性染色体の型は、分類次元が全然違うもんだろ。」
「そもそもα・β・Ωは、性染色体の違いによる性別なんですか?」

4人の疑問に、研磨はコクコクと首肯した。
単に『性別』と言っても、どういった次元の話なのか…不明確なのだ。
となれば、α・β・Ωの違いを理解するためには、
これについて、しっかり考察しておく必要があるだろう。

「最初に考えるべきは…生物学的にいう『性別』とは何か、だね。」




- ③へGO! -


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<研磨先生メモ>
※俺はてっきり、『バース』は『Birth』…
  『Ωが産む』だと思ってた。
   (端的に言えば間違ってない。)

2017/04/27    (2017/04/20分 MEMO小咄より移設)

 

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