助けて!研磨先生(前編)







「折り入ってご相談したいことがあります。」


珍しい奴から、珍しい要件の連絡。
いつもの俺なら…いや、少し前の俺だったら、
こんなのはテキトーな言い訳をして、断っていたはずだ。
だけど、先日の『会議』からちょっとだけ仲間意識?みたいなのが芽生え、
更には『よりによって』コイツが、『よりによって』俺に相談というのに、
物凄く好奇心を刺激されてしまった。

ついでに言うと、『よりによって』この時期に…だ。
聞くところによると、食う・寝る以外は仕事オンリーの年度末ド修羅場だとか。
そんな中、無理矢理時間をこじ開けてまで、こっそり俺に相談…タダゴトではない。
『いいよ。二人で会おう。』と了解の返事をすると、
俺に気を使ったのか、駅裏のゲームセンターを指定してきた。


結構充実しているゲーセンへ着くと、ホールの中央付近にあるプッシャー機…
いわゆる『メダル落とし』の椅子に、見知った顔を見つけた。
この椅子は二人掛けで、しかも店内は物凄くうるさいから、
密着して話していても全く不自然じゃないし、周囲の声などまるで聞こえない。
それに、ゲーム機に向かっていたら、お互いの顔を見なくてすむ。
『世間話風にちょっとだけご相談』には、なかなかいいセレクトかも。

席をチラっと見ると、俺の分のコインも既に準備してくれてるみたいだった。
そういうとこは、さすがは『デキる参謀』…俺はリンゴジュースを2本買い、
黙って隣に腰掛け…ゲーム機に映った『相談者』の顔を見て、若干驚いた。

「…大丈夫、なの?」
「何とか、生きてます…」

この俺が、思わず心配してしまう程、疲れ切った顔をしていた。
こいつがここまで憔悴するなんて、試合中にもお目に掛かったことはない。
お役所絡みの年度末修羅場とは、そんなに恐ろしいものなのか…

焦点の定まらない虚ろな表情で、一つ一つコインを落とす赤葦。
俺は鞄からソーダ味の飴を取り出し、包みを破って口元に差し出した。
赤葦はされるがままそれを口に入れると、コロコロ音を立てて転がし…
やがて、ポロポロと言葉をこぼし始めた。


「最近、夕方は…喫茶店で一息つくことにしているんです。」
そうやって強引に用事を作らないと、机の前から離れられないんで、
休息と晩御飯の買い出しがてら、無理矢理外出しています。

昨日散歩ついでに本屋へ寄った所、もうすぐホワイトデーだと気付いたんです。
先月のバレンタインも修羅場だったんで、適当にその辺の甘味を買って、
「はいどうぞ。」と、カタチだけの贈答をしてたんですが…
律儀に黒尾さんは、「好きなものをお返しするぞ?」と言って下さいました。

何だ、ただの惚気か。心配して損した。
「よかったじゃん。遠慮なく欲しいモノをねだっちゃえば?」
「『何が欲しいか』…今それを考える心的余裕なんて、ないです。」
直ぐに戻ってきた寒々しい返答に、俺は心底心配になった。
本当にコイツら…ちゃんと『人間らしい生活』を送ってんだろうか?

「『今晩何が食べたい?』『何でもいい。』…この答えが一番困るのと同じです。」
正直に言えば、その辺の煎餅でもどら焼きでも、適当に買って来て、
「皆で食おうぜ。」と言って下さった方が、ずっと気が楽だったんですが…

せっかくのご厚意を、そう無下にあしらうわけにもいかず、
それを説明するのも、欲しいモノを考えるのも面倒だったので、
パっと目に入ったモノをテキトーに…半ばヤケクソ気味にお願いしちゃったんです。
「黒尾さんが『気になるタイトル』の…BL漫画を買って下さい、と。」


どこかで聞いたような…懐かしい響きの話だ。
赤葦は、俺がクロに『人生初の乙女ゲーム』を選ばせた時の話を、咄嗟に思い出し、
それと全く同じことを、クロに言ってみた…ってわけだ。
どうなったかは、大体予想はつくけど…無茶苦茶面白い展開じゃんか。
俺は内心の『わくわく♪』を隠し、「それで…?」と先を促した。

赤葦は深くため息をつくと、一気に捲し立てた。
「言った直後、俺は後悔して…謝ろうとしたんです。」

疲れた勢いで、嫌がらせとも受け取れる『とんでもないお願い』をしてしまい、
今のは冗談ですから!と、すぐに撤回しようとしたんですが…
『お願い』から1秒経たないうちに、「いいぜ。」と即答されてしまい、
そのままBLコーナーへ突入…パパパっ!と3冊、選んでしまったんです。

お前が好きそうなタイトルで、絵も綺麗で、キツくなさそうな…って言いながら、
長身の爽やか好青年が、何の躊躇いもなく、BLコーナーを真剣に物色し、
「赤葦、これでいいか?」って…笑顔+明朗な声で俺を手招きして、
それらをバっと、胸の前に並べて見せられたんですよ。

「それはまた、クロらしいというか…ご愁傷様。」
もし俺が赤葦の立場だったら、完全無視…『他人のフリ』して逃走だ。
クロはいつも泰然として、少々のことでは動じない奴だけど、
それが『悪い方』に出てしまった…予想通りの展開だが、赤葦が不憫すぎる。


「妙なお願いをした俺が一番悪いのは、わかってるんですが…」
夕方で若い女性もたくさんいらっしゃるBLコーナーで、
明らかに『浮きまくり』な大柄な男二人が、堂々と購入…
俺なんて、耳に残る『珍しい苗字』で呼ばれちゃいましたし、
颯爽と店内を闊歩…レジでは「黒尾で領収書、お願いします!」と自ら名乗る。
挙句、「おい赤葦~!カバー掛けてもらうか?」って、大声で俺に聞く始末。

恥かしがった方が、余計に恥かしい…そう悟った俺は、
周りの視線を一身に集めながら「えぇ、是非!」と笑顔&大声で返し…
そしてそのまま、黒尾さんの腕を掴み、引き摺る様に店を去りました。

「黒尾さんの大物っぷりを、これほど恨めしく思う日が来ようとは…」
もうオトナですから、どんな本を読んだって、自由です。
妙に恥じらう方が、脳内でイヤラシイ妄想をしているのがバレバレで、
正々堂々と購入する方が、実に爽やかで男らしい…
実際俺も、「黒尾さんはやっぱり凄い。」と再確認してしまいました。

その反動からか、大物感ハンパない黒尾さんに比べ、自分がいかに小物で、
むしろ俺が『超ムッツリ』だと、突き付けられた気分になってしまったんです。

この遣る瀬無い思いを誰かに聞いて欲しくて、つい孤爪師匠に連絡を…
乙女ゲームのネタは、まだ全然練れていないというのに、
こんな些細なことで師匠をお呼び立てしてしまい、申し訳ありません。


チャリン…と、最後の一枚を赤葦はゲーム機に投入した。
それが上手い場所へ転がり…大フィーバー。大量のコインが出てきた。

派手な音を立てるゲーム機と、コインの雪崩を呆然と見つめる赤葦。
その『じゃらじゃら音』に隠れるように、俺は小さな声で尋ねた。

「…どうだった?」
「新しい世界が…見えました。」

最初は、これも新規事業の…『乙女ゲーム(BLモード)』のための研究だと、
自分に言い訳しながら、ページをめくっていたんですが…
美麗なイラスト、キュンとするような切なさ、そして温かいハッピーエンド。
疲れきった俺の心に、じんわりと染み渡り…
「師匠と全く同じ…普通に、感動してしまいました。」

乙女だとか、BLだとか…そんなのはただのオマケです。
良いモノは良い…俺も、やっとそのことに気付きました。
「今の俺は、自信を持って言えます…『BL漫画は面白い』と。」

ですが、まだ俺は修業が足りず、堂々と本屋さんで買う勇気はありません。
経理の都合上、領収書が欲しいので、ダウンロードより『書籍』がいいですし…
とは言え、黒尾さんにまたレジにお願いするのもアレですし、
でもでもやっぱり、続きも気になってしょうがないんです。

「俺は一体、どうすれば…?これが、師匠への相談内容です。」


コインの雪崩がようやく終わった。
俺は店員さんを呼び、箱に詰めて貰ってから、赤葦の肩をポンと叩いた。

「赤葦…よく頑張った。よく俺に…話してくれたね。」

赤葦の気持ち、俺には痛い程よくわかる。
初めて『乙女ゲーム』をクロに買って貰った時、同じ思いをしたから。
堂々とレジに行って、凄いオトナじゃん…って見直した次の瞬間に、
「研磨~!誕生日のラッピング、どうする?」って叫ばれちゃうし、
それだけならまだ『別の誰か用』として、誤魔化しが効いたのに、
「ほら…おめでと、研磨!」…レジ前でそのまま渡してきたんだよ。

本当はその場でブチ切れてやってもよかったけど、頼んだのはコッチだし、
しかも世界観変わるぐらい、めちゃめちゃ面白かったし…
このやり場のないモヤモヤを、ずっと一人で抱え続けてたんだ。

「クロの器のデカさは、裏を返せば…デリカシーがないだけ。」
今後も赤葦は、そんなクロに苦労させられるだろうけど、
俺は…俺だけは赤葦の味方だから。

「とっておきの策を…赤葦に伝授してあげる。」
じんわり滲み出る涙をこらえながら、俺は赤葦にそっと耳打ちした。
俺の策を聞いた赤葦は、その瞳に生気が戻り…明るい表情になった。

「成程っ!さすがは孤爪師匠…っ!ありがとうございます!」
「これなら、誰も傷つかない…試してみるといいよ。」

俺は赤葦と固く握手を交わし、互いの苦労をねぎらった。


「俺…孤爪師匠のこと、ずっと誤解してました。」
「俺も、赤葦とは…仲良くなれそうな気がする。」

長年に渡る、もう一つの『モヤモヤ』が、ようやく晴れた。
乙女ゲームとBL漫画を貸し借りする約束をし、俺は上機嫌で赤葦と別れた。




- 後編へGO! -


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<赤葦京治・覚書>

・黒尾さんが選んでくれたのは、次の3冊だった。
  ①『~ラジオペンチ』という、ロボコンをテーマにした理系漫画。
  ②『~と数学の先生』という、白衣&スーツのスペシャルコラボ。
  ③『~にする課長』という、設計会社技術職リーマン&営業課長。

・あの一瞬でここまで『ど真ん中どストレート!!』をドンピシャとは、
   さすが黒尾さん…この人には隠し事は不可能だと再確認した。
・携帯ゲーム機も、事業に必要な『備品』…経費計上可能とのこと。


2017/03/21    (2017/03/13分 MEMO小咄より移設)

 

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