助けて!研磨先生(後編)







「はぁ~、良い湯だった…」

辛かった年度末修羅場も、あともう少しで明ける。
最後まで気は抜けないが、ゴールの光が見えてきたのは間違いなく、
『ちゃんとゴールがある』とわかっただけでも、随分気が楽だった。

ここのところは、半ば義務と化していた入浴だったが、
久々にゆっくり湯船に浸かった…僅かでも『リラックス』したと思えたことも、
かなり心に余裕が出てきた、紛れもない証拠だろう。
…とは言え、未だ『二人でのんびりお風呂タイム』は、遠い話だが。

風呂から出ると、居間の座卓に赤葦が臥せっていた。
俺より少し先に仕事を上がり、風呂からも上がっていた赤葦は、
座卓に大学の課題等を広げたまま、ぐったり…うたた寝だ。
こんなところで寝てしまうと、風邪を引くし、体も痛いだろう。
かといって、憔悴しきった表情で寝ている姿を見ると、起こす気にはなれない。

とりあえず、ずり下がっていた『とろける』肌触りの毛布をしっかり掛け直す。
まだ少し湿り気のある髪を撫でると、眉間に皺を寄せた。

  (苦労かけちまって…すまねぇ。)

俺も含め、お役所絡みの年度末修羅場は、初めての経験だった。
元請のデベや、明光さんからも、「新年度…必ず生きて再会しよう。」と言われ、
また大げさな…と思っていたが、大げさでも何でもなく、ただの事実だった。

俺はまだ、明光さん達から手助けをして貰えたし、
単位も修得済で卒論もない…『仕事だけ』だった分、かなりマシな方だ。
同時期に確定申告を抱えたツッキーや、俺以上に大量の実務をこなした山口は、
本業の『大学生』…進級のかかった後期試験も重なり、悲惨な状態だった。

そして、一番地獄に近かったのが、赤葦だ。
3年で専門科目もあり、しかも設計や作図等の実技も課される。
月島父が言っていた通り、建築系の赤葦はデベからも重宝され、
赤葦個人が作図算定の仕事を頼まれることも、徐々に増えていた。
俺達以上に、建築関係の年度末は超絶シビア…
こっちはサムライの仕事を手伝って貰ってんのに、俺は赤葦を助けてやれず、
そんな自分が情けなく、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

  (何でもいいから、俺で力になってやれることがあれば…)

そう思い、座卓に広げられた教科書類を見てみるも、
全く意味不明な計算式の羅列…それ以外は、ぐしゃぐしゃの線だらけだ。
本の端に貼ってある付箋を、剥がさなようにするだけで、精一杯だった。


何冊か手に取っていると、それらの専門書とは明らかに違う書籍があった。
見覚えのあるブックカバー…ホワイトデーの『お返し』の、BL漫画だ。
「何も考えないで、ただボ~っと読めるので、気分転換に最適です。」と、
赤葦は口で言う以上に、気に入っている様子だった。
あまり深く考えずに選んだが、喜んで貰えてなによりだ。

よく見ると、その漫画にも数か所…付箋が貼ってあった。
BL漫画が課題に何か関係してんのか?と、興味を引かれた俺は、
パラパラと漫画をめくり…すぐに最初からじっくり読み返した。

  (これ…面白いな。)

俺の勝手なイメージだったが、『BL漫画』は成人向け漫画の女性版…
男性用のものと同じように、ガッツリEROな発散系だと思い込んでいた。
だが実際は、EROはほとんど見当たらない…
いわゆる『濡れ場』は、一冊読み終えても、全然なかった。

EROはないのに、惹き込まれるようなストーリー。
胸の奥がキュンとしたり、じんわり温かくなったり…実に面白かった。
恐らくこれが、先日の『開発会議』で研磨が言っていた、
「乙女ゲームは奥が深い」と同じ感覚…俺にもそれが、ようやくわかった。

赤葦が付箋を貼っている場所も、納得だった。
乙女ゲームに『使えそう』な雰囲気…本当に研究熱心で、頭が下がる。
俺も赤葦を見習って、一緒にBL漫画を読んだ方が良さそうだ。

というよりも、続きが気になってしょうがない。
これが『次回作への期待』ってヤツか…一作目はEROなしの理由も判明だ。
きっと…きっと次回作では、念願のEROが…頼む、是非あってくれ!!

祈るような気持ちで、次回作…2巻の情報を得ようと、本の最終頁を開くと、
出版社等が書かれている部分にも、赤葦の付箋が貼ってあった。
そこには、『第2巻(完結)・3月中旬発売予定』というメモ…

  (さすが、デキる参謀!!)

俺はスマホを取り出し、出版社のサイトを開いてみると、
偶然にも明日が発売日…思わずガッツポーズをしてしまった。
夕方の散歩がてら、第2巻を是非とも購入しよう…今後の研究のために。


勝手に明日の予定を立てていると、ずるりと赤葦の身体が傾いだ。
漫画に夢中で、赤葦は辛い体勢のまま…
慌てて赤葦の身体を支え、そのまま抱きかかえて和室へ連れて行った。

既に敷いてあった布団の上に、静かに赤葦を横たえる。
肩までしっかり毛布を掛け、ゆるゆると頭を撫で続けていると、
少しずつ険しい眉間の皺が緩み…穏やかな呼吸が聞こえてきた。

最近、ただ『体を横にする』だけの休息が続き、
睡眠らしい睡眠は、十分に取れていなかった。
力みの抜けた、安心しきった赤葦の顔を見たのも、随分久しぶりだ。

  (今日はもう…ゆっくり休めよ。)

赤葦に触れていると、俺も瞼が下りてきた。
周りが『ほんわり』とした、温かい空気に包まれてくる。

  (あ…この雰囲気、さっきの『付箋』の…)


俺は髪を撫でていた手を、静かに止めた。
そして、何かに導かれるように…



- 続? -



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<研磨先生メモ>
※この後の、クロの行動(選択肢)。

  ①俺は赤葦に、そっと口付けた。
  ②布団を少し開け、横に入った。

このうちどちらかは、『D』もしくは『Z』対象イベント。


2017/03/21    (2017/03/16分 MEMO小咄より移設)

 

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