※『本日好日』数年後



    本年好年






「今年も一年、お疲れ様でした。」
「これから年の瀬本番、だがな。」


高校時代、音駒さんとウチの先輩方が共謀。
『勤労感謝の日』と銘打って、俺の誕生日にケーキを贈って下さった。
…俺と、少し前の黒尾さんの、二人分として。

6号サイズの大きなケーキは、甘味苦手の俺達にとっては、苦行以外のナニモノでもなく、
激甘に四苦八苦しながら涙と共に二人で完食した、実に苦々しくも…甘々な想い出だ。

翌年、俺は『前年の返礼』として、黒尾さんのお誕生日にケーキをお贈りした。
初年の教訓から、ひと回り小さな5号サイズ。
その翌年の俺の誕生日には4号、さらに翌年は黒尾さんのお誕生日に…と、
毎年交互にお互いの誕生日に御宅訪問し、円周を狭めながら、一年の労を労い合ってきた。

   (あくまでも名目は…『勤労感謝』のまま。)

   何となく照れ臭くて。
   何となく言い出せなくて。

内側へ年輪を重ねつつ、狭まる円周と共にお互いの距離を徐々に近付けながらも、
甘味と一緒に甘い言葉も飲み込み、お互いに苦笑いを見合わせ…一年が終わってゆくのだ。

   (また今年も、言い出せなかった…と。)


3年前、俺が黒尾さんにお贈りした『◯』は、栗の入った掌いっぱいの大どら焼き。
2年前、黒尾さんは拳大の塩豆大福を下さり…
この丸々まんまるな年中行事も、そろそろ潮時かもな?と、静かに微笑んだ。

大福より小さな『◯』なんて、もうマカロンぐらいしか思いつかない。
マカロンとは、砂糖をさらに激甘くした異次元物質…俺達の許容範囲を遥かに逸脱する。
このぐらいの『◯』の、ファンシーカラーの甘味だけは、頼むから勘弁してくれっ!と、
黒尾さんは指先で作った『◯』と『×』、そして両掌を合わせて俺に伝えると、
俺も視線だけで「万事了解」と返し…1年前、甘味贈答行事に『。』…終止符を打った。

   (これで、もう…終わりにしよう。)


2年目に俺がお返したことで年中行事と化し、漫然とズルズル続けているだけ。
変化させる勇気も、核心を聞く勇気もなく、苦手甘味を食べてダラダラ宅飲み…
『あまい』とは程遠い、『あいまい』な関係のまま、時だけが過ぎた。

一見『◯』は繋がっているようで、実は一部が離れている、視力検査の輪っかみたいな二人。
きっと俺達の『◯』…えんも、多忙の中で離れた部分が広がり、やがて消えてゆくのだろう。

   (それならば、いっそ…)

   始めた俺が、終わらせよう。
   高校時代から秘める想いも、全て。

毎年、宅配業者だとうそぶきながら、お互いの家を訪問して贈り合っていたけれど、
去年俺は、黒尾さんのお宅には行かず、本物の宅配業者さんに頼んで送った。
中身は、拳より小さな『◯』…時の止まった腕時計で、『。』の終わりを告げた。

黒尾さんからは、丁寧な御礼状が届いた。
それから、一切の連絡もなくなり、月1ペースだった飲み会も消え、一年が過ぎた。
毎月会えていたのが不思議なほど、仕事に忙殺され…今年の誕生日も、じきに終わる。

   (本当に、終わるんだ…)


たまたま目につき、初めて買った…マカロン。
黒と赤の2個セットを冷蔵庫から出し、なけなしの勇気を振り絞り、息を止めて。
2個まるごと全部口に入れようとした、瞬間…来客を告げる音が響き渡った。

「どどどっ、どちら様、ですか…ぃっ!!?」

無意識の全速力でインターフォンに飛び付き、舌を噛みつつ何とか応対。
返ってきたのは、驚きよりもやや引き気味の、冷静な声…本物の宅配業者さんだった。

    (何を、期待して…っ)

未練がましい自分の失態が情けなくて、顔を伏せたまま小包を受け取る。
ぼそぼそとお礼を言いかけて…俺はまたしても舌を盛大に噛んでしまった。

「ご苦労様で…ぇっ!!?」

差出人欄を見た俺は、再び猛ダッシュで部屋に戻って包みを開け、その場にへたり込んだ。
送り主は『本人』…俺が一年前に送った終止符を打つ腕時計が、戻って来たのだ。

   (本当に、終わってしまったんだ…っ)


必死に嗚咽を堪えて震える腕を伸ばし、座卓の上に転がっていたマカロン2個を掴み取る。
大きく深呼吸し、何もかも全て飲み込もうとした…その時を狙うかのように、
今度は控えめなノックが2回、玄関ドアを微かに震わせた。

「すみません…
   印鑑とサインを、お願いします。」

…?あぁ、しまった。
荷物だけ受け取って、受領証を…大変申し訳ないことをした。

よろよろと立ち上がり、靴箱から認印を出し、俯いたまま玄関を開けると、
目の前にずい!と、掌に収まるサイズの、小さな白い…箱?


「お、お届け物…いや、贈り物を。」

1年おきに聞いていた懐かしい『裏声』に、慌てて顔を上げると、
逆にあちらは真っ赤な顔を隠すように、恭しく『贈り物』の白い小箱を、高く高く掲げた。

「えーっと、その、つまりこれは、だよ…っ」

腕時計より小さい『○』で、腕時計みたいに一部が離れてない…
ちゃんと繋がった丸々まんまるな『○』は、もうコレしか思い付かねぇというか、
俺達の『○』を…えんをきちんと結んで、二人のえんをみたすのは、コレしかないよな?

   俺からの『○』を、受け取って下さい。
   その上で、こっちの『お届け』用紙に…
   実印とサインを、お願いしてもいいか?

「あと、止まった時計も動かして…
   俺に直接、贈り直して欲しい。」


求められた全てに、『○』のお返事をする代わりに。
握り締めたままだった赤い『○』を黒尾さんの口に差し入れ、
俺は黒い方を、満面の笑みで丸のみにした。


「死ぬほど甘々で…涙が出そうだな。」
「死ぬまで甘々を…はじめましょう。」



- 終 -




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2022/12/05   

 

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