本日好日






好きで、好きで、好きで。
堪らなく好きな人がいる。
もちろん、俺の…片想い。
胸に秘めたままの、恋心。


頻繁には会える機会もないけれど、
違う街に住み、違う学校に通って、
違うチームに所属している割には、
月2回以上の頻度で、会っている。

当然、特別な『二人きり』じゃなく、
大勢の中の、『一人』と『一人』だ。
強いて言うならば、『役職付』同士…
時折、職務上の打合せをする程度だ。

何でそんな人を、好きになったのか?
その理由を考えても無駄でしかない。
膨大な『無駄時間』を費やしてなお、
答えがまだ、見つからないのだから。


この想いを告げる勇気なんて、一片もない。
好きすぎて、一目見るだけでも、辛いのに。
でも、ただ一時、ほんの一言でいいからと、
一縷の望みを抱きつつ…一心に職務を遂行。

   (木兎さんの側にいれば、会えるかも?)
   (副主将になれば、会話ができるかも?)
   (合同練習の重要性を、監督に説けば…)
   (事務連絡等の窓口として、あの人と…)

純粋な気持ちだけで、仕事してるわけない。
不純とまでは言わないけれど、打算がある。
私事を投げ打って、普段は尽くしますから…
ごく僅かな『役得』を、期待させて下さい。


   (それなのに、それなのに…っ!!!)


どうして今日に限って、何もないんだろう。
いつもなら、休日合宿が終わった後でも、容赦なくアレコレと追加業務が押し寄せるのに、
後片付けが終わっても、部室の掃除までついでにやりながら全力で待機していても、
監督から「これを音駒さんに…」という、業務連絡の『お手伝い』が、一向にやってこない。

いや、それどころか…
「今日ぐらいは、ゆっくり休めよ。」だとか、「今日はいいから、さっさと帰れよ~」とか、
あの木兎さんですら、妙に気を回して、俺から『役得』を奪おうとするのだ。

   (余計な、お世話ですっ!!!)

俺の希望としては、今日の業務連絡は簡単なメールでは済まない、クソ面倒臭いもの…
電話でじっくり、最低でも3分はかかるほど、厄介で冗長な打合せが必須なものがいいのに。
なんなら、書類を直に配達して来い!でも、喜んで残業するのに…(諸手当は別途請求)

   (今日だけは、特別な『口実』を…熱望!)


だが、いくら待っても、あの人と会い、声を聴き、連絡を取り合う口実は、来なかった。
いつの間にか外は真っ暗…先輩達も帰宅し、ピカピカに掃除された部室には、俺独りだけ。

自分から動く努力もせず、向こうから幸運が転がり込んでくるのを、ただ待ち呆け…
そんな怠惰で我儘な俺に、『今日だから特別』なんて都合のいい奇跡が、起こるわけがない。
お手伝いを頑張った、よいこのおチビさんの所に、サンタさんが来てくれるのとは…違う。

   (…もう、帰ろう。)


重い腰と鞄を持ち上げ、暖房器具を消し。
戸締りを確認すべく、漫然と窓に近づくと、外に人影?のようなものが見えた気がした。
一瞬で気を引き締め、ドアの鍵が閉まっていることを確認し、外に聞こえるよう咳払いし…

「…どちらさま、ですか?」

小声で問い掛けるも、返事はない。
だが、人影がビクリと跳ね、ゴクリと息を飲む音が聞こえてきた。

「こんな時間に、どちらさま…でしょうか?」

緊張で震える声を必死に抑えながら、再度、努めて淡々と誰何する。
すると、しばらく経ってから、ポソリ…
あちらも緊張を隠し切れない声で、ようやく掠れた返事が戻って来た。

「くっ、くろねこ、です。お、お届け物を…」

完全なる裏声。黒ではなく、真っ赤な…大嘘。
聴き慣れるほど聴いてないけれど、聴き間違えるはずがない声に、一も二もなくドアを開け…
見間違いとしか思えない『赤い人』の姿に、一言も発せずその場に立ち尽くしてしまった。


「えーっと、その、これはつまり、だな…っ」

何でかわかんねぇけど、遅くなって悪ぃ~な!とか言いながら、
今日になって突然、ウチと梟谷の奴らから、コレを貰っちまって…
もももっ、もちろん、気持ちはすっげぇ嬉しいぞ!?嬉しいんだが、でもな!

「甘味が苦手な俺に、コレはさすがに…」

ネコ達は当然知ってるし、しょっちゅう会ってるフクロウの面々だって、
俺が『おやつは炙ったイカがいい』派なのを、熟知してるはずだよな!?
それなのに、本来くれるべき日には、な~んも音沙汰なく完っ全にスルーしやがったくせに、
3週間近く経ってから、こんなでっけぇのを、丸々まんまるなまま寄越すとか…困るだろっ?

これを俺独りで食えとか、ムチャ言うなよ!皆で一口ずつ食おうぜ!?って言ったら、
今日これを受け取るべき奴がいるから、そいつに届けて…二人で半分こしろよ、と。

つまるところ、これはどうやら、ネコ&フクロウから、俺達への…
2週間近く遅い『勤労感謝の日ありがとう』というか、まぁ、ソレもコミコミなヤツ…だ。

「…おめでとさん、赤葦。」


真っ赤な顔を隠すように、恭しく『お届け物』の白い箱を高々と掲げて差し出し、
いっ、印鑑もサインもいらねぇよ!じゃぁな!と、踵を返そうとした赤いジャージを、
赤葦も真っ赤な顔で俯いたまま、ギュっと掴んでその場に引き止めた。

「俺独りでも…無理です。」

   俺も、同じく…甘味は苦手、なんです。
   コレを丸々全部渡されても、困ります。

   だから、どうか…お願いします。
   今日だけは、俺の我儘をきいて…
   願いを叶えていただけませんか?

「俺も、黒尾さんを…お祝いさせて下さい。」


「今日が終わる迄に…一緒に食べ尽くそう。」

   できるだけ、ゆ~っくり。
   の~んびり、二人きりで…
   好い日を、過ごさねぇか?

黒尾は照れ臭そうに微笑みながら、涙に艶めく赤葦の頬を、指先でそっと拭った。




- 終 -




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2021/12/05   

 

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