「前と後ろ、どっちがいい?」
蓄積疲労その他諸々で、我慢の限界突破。
合同合宿自主練後のお片付け中、珍しく轟音と共にプッツリとイってしまった黒尾さんは、
『普段できないけど、やってみたいこと』暴露大会で、まさかの(仮)退部宣言。
予想外の自暴自棄?いやいや、それこそ『まさか』だ。全ては計算し尽くされた自作自演。
その策略にまんまと嵌った俺は、『共謀犯』として音駒&梟谷両監督に(仮)退部を直談判。
何のお咎めや叱責、そして引き止めも全くされず、(仮)退部届はごくごくアッサリ受理され、
両監督達も実は共犯もしくは教唆犯だと判明…騙されていたのは、俺だけだった。
…勿論それも、『まさか』だ。
『ウエに付き合わされて仕方なく』風を装うことなんて、鼻をスッキリかむよりも簡単だ。
一緒に無茶や無理をしても、大体木兎さんに振り回されたと勝手に思って貰えるのと同じく、
今回は黒尾さんに嵌められたと認識され…一緒に堂々とサボれると、内心ほくそ笑んでいた。
(おんぶにだっこ『する』係…じゃない。)
俺はいつだって、木兎さんの眩い光に隠れ、おんぶにだっこ『してもらう』係でしかない。
今回も、黒尾さんの深い闇に紛れるだけで、俺自身が自発的に『する』ことは、何もない。
梟光(猫闇?)の威を借り、巧妙に立ち回るだけの…ただひたすら狡い奴だ。
(この性格じゃ、絶対…無理に決まってる。)
自業自得の自己嫌悪に陥りながら、何も持たずに学校を抜け出し、黒尾さん宅へ逃避行。
「そこの角曲がったら、楽園到着だぞ~」の声に生返事をしようとしたら、
続けて聞こえてきた台詞と、思いがけない仕種に、俺はマヌケ面で「…は?」と固まった。
「前と後ろ、どっちがいい?
ま、きっとお前は『後ろ』って言うだろうから…ほら、来いよ。」
大股で数歩前へ進み、俺に背を向けたまま腰を下ろして、しゃがみ込んだかと思えば、
体側に沿わせて下ろした腕の先、お尻の横辺りで掌を上に向けて…『来い来い♪』のサイン。
これは、もしかすると。もしかしなくとも。
「ごっ、冗談、です…よね?」
「俺は約束を守る男…だろ?」
「誰が本当に、おんぶにだっこしろなんて…」
「何だ、だっこの方が良いのか?それなら…」
「おっ、おんぶの方でっ!!」
「了解。ょぃ…しょっと!!」
ひっ、卑怯極まりない二択を…っ!
こちらに向き直って両手を大きく広げ、満面の笑みを湛え『おいでませ♪』のポーズで前進。
俺はその腕と世間様の視線を躱すべく、黒尾さんの裏に回ってしがみ付き…自ら背中の上へ。
(うわっ、ホントに、おんぶ…っ!!)
いつもよりちょっとだけ高いような気がする、視線の位置。
その視線をツンツンふわふわ遮り、時折鼻先を掠める黒猫毛が、くすぐったくて…堪らない。
もぞもぞする何かから逃げつつ、もうちょっとだけ高い位置も見てみようと背筋を伸ばすと、
俺を抱える大きな掌が、やけに遠慮がちに…ぽんぽんとお尻をタッチしてきた。
「できるだけ俺に…重心を近付けてくれ。」
「その方が…腰に負担がかかりませんね。」
「赤葦が理屈のわかる奴で、すげぇ助かる。」
「黒尾さんの屁理屈、わかりやすすぎます。」
「鉄朗さんの逞しい背中、素敵…だろ?」
「京治君の柔らかいお尻、最高…とか?」
「お前には、俺の下心もまるわかりだなよ~」
「本心の方は、まるっきりわかりませんが。」
「俺の本心…知りたいか?」
「知って欲しい…ですか?」
恥かしさと申し訳なさを少しでも減らすため、他愛ないおしゃべりを二人でダラダラ…って、
そこの角を曲がってからだいぶ経つのに、まだ楽園に到着する気配がないのは、何故だ?
だが、その点を(詐欺の疑いを含めて)お尋ねしようとした半瞬だけ先に、
周囲から時折注がれていた『好奇の目』を誤魔化す「…大丈夫か?」という、優しい声。
初めて聞いた…密着した体を通して感じた響きに、俺はゾクリを隠すように、慌ててコクリ。
ガッチリ逞しい背にしっかりと身を預け、肩口に顔を埋めてグッタリ病人のフリをした。
(逆に、『大丈夫』じゃ、なくなりそう…)
「あともうちょっとで…おうちに着くから。」
内心の『揺らぎ』とは裏腹に、抜群の安定感?安心感?で支えてくれる、あったかい背中。
そして、穏やかでゆったりした優しい声と、その声に合わせた『ぽんぽん』に揺られた俺は、
いつしかコクリコクリ…フリじゃなくて、本当にグッスリ寝落ちしてしまっていた。
(おうちに着く前に…落ち?着く、かも。)
誰かさんと一緒だから、落ち着くのか。
誰かさんに落ちる結末に、辿り着くのか。
どんなオチがつくのか…まだ、わからない。
(誰かさんとなら、どこに落ちても、俺は…)
そんな『夢』に落ち始めていた俺を、突如現実に引き摺り上げたのは、
聞いたことないはずなのに、妙~~~な既視感を覚える、ニヨニヨ声だった。
「まさか鉄っちゃんが、合宿サボって、親のいない家に、恋人を連れ込むとは…祝杯~っ♪」
「いっ、いいから早く、鍵開けてくれ!」
「明日朝、赤飯…食べる?差し入れよっか?」
「いらねぇよ!絶対、持って来んなよっ!?」
へぇ~。鉄っちゃんって、こういう子が好みなんだ~、すっごい『っぽい』んだけどっ!
寝たフリ、キめこんじゃって、か~わい~、似た者同士すぎてマジ、ウケる~!カンパ~イ!
「…健闘を祈るっ♪」
「頼むから、黙っててくれ…っ」
「起こさないように?それとも、誰かに?」
「っ…、りょっ、両方!」
合宿所に自宅の鍵も財布もスマホも、何もかも置いてきたせいだろう。
黒尾さんはご自宅…の、隣家のインターホンを鳴らして『お隣さん』を呼び出して、
いざという時用に預けてあるらしい合鍵で、ご自宅の玄関を開けてもらったようだ。
ご陽気に『鉄っちゃん』をイジり倒しまくる、
********************
驚く程『らしくねぇ』訂正ミスに、赤葦自身が一番ショックを受けたのだろう。
人の気配のない自宅へ招き入れて、背中から降ろしてやっても、
俺の背後に張り付いたまま、顔を上げず…それでも律儀に靴を揃え、お邪魔しますを言った。
洗面所に連れて行き、手洗いうがい、顔洗い。
風呂のお湯張りボタンを押しながら、チラリ…鏡に映った真っ赤な顔に、頬が緩む。
鏡越しに俺の『緩み』に気付いた赤葦は、手渡した真新しいタオルで顔を隠したまま、
また俺の後ろに回って背中に額を付け、今度はお借りしますの一言。
居間を抜けて台所へ入り、冷蔵庫から飲物や食糧を取り出す間も、
『他所様のお宅をジロジロ見るのは失礼』とでも言うように、俺の背で視界を狭めて…
俺にずーーーっとピッタリ引っ付いたまま、動悸を逸らせ『そわっそわっ』し続けていた。
(あーーー、もう、何なんだよ…っ!)
独りで『(仮)退部届』を出す勇気も、独りでウチに帰って一晩過ごす胆力も、俺にはない。
(結局そわそわ落ち着かず、寝られねぇオチになるのが、目に見えている。)
とは言え、監督達に言われるよりも先に、無理矢理にでも部活&主将から距離を置き、
できるだけ早く心身を解放する必要性を自覚できるぐらい、ギリギリの状態だったのも事実。
逃げたい。でも、『独り』じゃないように…
自己嫌厭のループに嵌り、這い上がれない程に落ち、地の底に着いてしまわないように、
俺を止めてくれそうな『共犯者』として、唯一頭に浮かんだ顔が…赤葦だった。
(赤葦なら、絶対…大丈夫。)
木兎が言う『あかーしなら、ダイジョブ!』とは勿論、全然違う意味で。
俺と同じ匂いのする『似た者同士』だからこその、理屈抜きな『大丈夫感』があった。
だから、梟谷の闇路監督から、頭に描いた通りの共犯者を提案された際、俺は即時快諾。
赤葦も同じく落ちぬよう、連れ出して羽を休めさせる策の主犯を、受け入れた…はずだった。
だが、予定していたのとも全く違う意味で。
俺は今、全っ然『大丈夫』な状態じゃない。
(赤葦『に』、落ちて、しまいそう…っ)
赤葦となら、普段の『お片付け残業』の時みたいな、
マッタリのんびりした『束の間の休息』を、気兼ねなく過ごせるんじゃないか?と考え、
一緒に茶ぁでもシバきながら、ゴロゴロとダベって、惰眠を貪ってやろうと思っていたのに。
いつも『らしく』いようと必死に振る舞うことが、かえって『らしくなさ』を強調し、
『らしさ』と『らしくなさ』のギャップが、強烈に『そわっそわっ』煽り立ててくるなんて…
(こんな、想定外の、計算ミスは…っ)
マズイ…マズイマズイマズイっ!
背中越しに伝わってくる『そわっそわっ』が、何かもう、めちゃくちゃツボるというか、
『落ち着く』の真逆の状態に『ふわっふわっ』と浮足立たせてくるというか、その…
あ、あれ…?
赤葦って、こんな…
可愛い奴、だったっけ…???
俺達の『現状』を、第三者的に表現するなら、さしずめ…
親のいない家に、初めて恋人を連れ込んだ時みたいな、期待&羞恥の渦に飲み込まれ中?
(…って、孤爪母がいらんこと言うからっ!)
イカンイカン!おっ、落ち着け、鉄っちゃん!
のっ、脳に血液を回して…考えろ!
このまま居間に留まり、のんびりお茶する?
それとも、俺の部屋に上がって…何、する?
(何って、そりゃ…赤葦の、したいことを…)
思い出せ。用具倉庫で赤葦が言っていた『普段できないけど、やってみたいこと』は?
俺のやってみたかった(仮)退部に付き合ってもらったんだから、今度は俺がお返ししねぇと…
(今、一番…思い出しちゃマズいやつだろ!)
そう気付いたのとほぼ同時に、背中から響いてきたのは、ほんの小さな…くしゃみ。
だけど、この微かな『くしゃみ』が、冷蔵庫に向かって立ち尽したまま逡巡し続けていた、
俺の理性や迷いを粉々に吹き飛ばした上、硬直した心身をグラリと傾け…落としてしまった。
(落ちたら、逆に…落ち着いてきたな。)
「悪ぃ。ここ、冷えるよな?熱い茶ぁでも…」
背中に当たるおでこが、左へ、右へ。
『お茶は結構です』のサイン…それならば。
「風呂が沸くまで、俺の部屋で…温もるか?」
背中に返事が返ってくるより前に、『もうすぐお風呂が沸きます』の給湯器アナウンス。
そして、お風呂完成の軽やかなメロディを最後まで聞き届けてから、おでこが…下へ、上へ。
「ズルい男で、ホントに…呆れちまうだろ?」
「約束を守る、優しい男…訂正して下さい。」
********************
「ほら、今度はこっち…」
トイレを済ませ、1階の戸締&消灯を確認し、黒尾は赤葦の手を握って2階へといざなった。
自室に入ると、黒尾はおもむろにベッドへ大股で向かい、後ろはここで終わり…とばかりに、
壁に背を付けてベッドに足を延ばして座り、両腕を前へ広げ『カモン♪』のポーズを取った。
突然目の前の壁がなくなり、ポツンと佇んだ赤葦は、一瞬だけ迷いの表情を見せたが、
黒尾からのまっすぐな視線に堪え切れず…ベッドの足元へとそそくさと歩を進め、
お邪魔します…と、ためらいがちに片膝をベッドに乗せたところで、強く手を引かれた。
「ぅ、わぁっ!?ちょっ、ちょっと!」
「はい、ようこそいらっしゃいませ♪」
「今度は、前…『だっこ』の番、ですか?」
「寒いから…お前で暖、取らせてくれよ。」
驚き戸惑う赤葦を腿上に引き上げて座らせた黒尾は、そのまま腕の中にしっかり抱き込むと、
赤葦の背に薄手の毛布を掛け、温もりが逃げていかないよう、二人ですっぽり包まった。
そして、赤葦の『わたわた』を鎮めるように、ゆっくり背中を『とんとん』し始めた。
「『おんぶにだっこ』を、ホントにして頂けるなんて…」
「赤葦の『してみたいこと』…これでほぼ、叶ったか?」
全身を預けることに、やや慣れてきていた赤葦は、黒尾の問い掛けに答える代わりに、
この方が顔を見られることもないから…と、自分に言い聞かせながら、
黒尾の肩口に顎を乗せ、おずおずと自分から腕を黒尾の背に回した。
「お?俺も赤葦にだっこ…して貰えるのか?」
光栄だな~と黒尾は感嘆、お礼とばかりに更に強く抱き締めた。
すると、赤葦は逆に腕の力を緩め、指先だけで黒尾の背に『とんとん』を返しながら呟いた。
「して貰うばかりでは、…と、言えません。」
「『イチャイチャ』は、双方向の擬音…?」
「…聞こえなかったフリ、して下さいよ。」
聞こえないように、あえて言わなかったのに。
赤葦は不満を表すように頬を『ぷく~』っと膨らせると、その吐息が黒尾の頸筋を擽った。
黒尾は盛大にビクリと全身を震わせると、お返しとばかりに脇腹付近を大きく撫で上げた。
「ひゃっ!?そこはっ俺の…逆鱗、ですっ!」
「それを言うなら、弱点…俺は、頸筋だな。」
「ほぅほぅ成程。ココですか?ふ~~~ん…」
「やっ、めろ!お前、容赦ねぇな…よっと!」
「ちょっ、くろ、おさ…んっ!あははははっ」
「んんんっ!あか、し…やめ…うははははっ」
ただ単に、弱点をツンツン擽り合って、身を捩ってケタケタ笑っているだけなのだが、
『お互いの弱いトコを曝け出し、それを優しく慰撫し合い、微笑みに変える』と表現すると、
何だか物凄く大切な儀式をしているような…二人の距離が一気に近づいた気分になってきた。
「めちゃくちゃ、くすぐってぇ…な。」
「くすぐったくて、落ちそう…です。」
もう、お互いの弱点を擽ってはいないのに。
身体の表面じゃなくて、もっと深い内側が、くすぐったくて堪らず…蕩けそうなのだ。
「あー、多分、この『トロトロ』感?が…」
「きっと…『イチャイチャ』なんですね。」
「あったかいモンで、満たされていくのに…」
「いろんなモノが、すっと解けていく感じ…」
ネタとして『イチャつきたい』と言い、『おんぶにだっこ』を実践してみたが、
まさかこんなにも、本来の目的を…『羽を伸ばして休む』を実現できるなんて。
(信じらない、けど…)
(この現状が、真実…)
「まさか、ここまで計算して、今回の策を?」
「まさか。何もかもが初体験で、計算外だ。」
赤葦の口から『イチャつく』なんて単語が出てくるとか、この世の誰一人、想像できねぇよ。
その時点で、策は失敗…お前にしてやられた!って、内心は敗北宣言しかけてたからな。
ほとんどヤケクソ、その場のノリで『おんぶ』してみたら、何かお前が…激変?しちまうし、
ついでに『だっこ』にも挑戦したら…巡り巡って、監督達の思惑通りの『休息達成』だろ?
「全てが計算外…俺自身の激変?含めてな。」
あーもう、どうしてくれるんだよ…
黒尾は赤葦の鎖骨に顔を埋め、込み上げてくる熱が混じった、大きなため息を零した。
その熱に当てられた赤葦は、さっきまでとは違うくすぐったさに、小刻みに身を震わせると、
背に回した手で、ジャージをツンツンと引き、「ちょっと…落ち着きましょう?」と促した。
「まさか、これで完了…じゃないですよね?」
俺の希望は、本当に『イチャイチャ』…具体的には『おんぶにだっこ』だけでしたか?
俺のしてみたかったことは、現段階では未だ、半分程度しか叶っていません。
よく思い出して…いえ、あえて忘れたフリをして、『ほぼ』叶ったなんて言ったんでしょう?
折角の機会なので、ちゃんと全部…叶えて下さいませんか?
「思う存分、アレとかコレとかソレを…
おんぶにだっこ等…『等』のとこまで?」
「ちっ、違いますっ!後ろじゃなくて…
もっと前の…『前提条件』の方ですっ!」
おんぶにだっこはまだしも、『等』は…『前提条件』を満たさないとさすがに無理でしょう?
口で言うのが恥かしいなら、こっ、行動で、じじじっ、実践して下さっても、構いませんっ!
「よしわかった。それなら…」
「ちょっと…待って下さい。」
赤葦の求めに応じ、黒尾は何故か片手をポケットに入れようとした。
だが赤葦は、完全にその動きを予測していたのか、黒尾の手を掴んで止め、首を左右に振り…
ようやく顔を上げて正面から黒尾を見据え、朗々と言葉を紡ぎ始めた。
「その紙は、受理致しません。」
(仮)退部届があるんだから、(仮)恋人願もあっていいんじゃないか?とばかりに、
婚約(婚姻予約)に倣い、交約(交際予約)契約書的なものを、提示するつもりだったんでしょう?
普段の俺なら、そういうネタは大歓迎ですし、その紙が実は白紙でしたってオチ…
さっきポストに入っていた、ただの不用品回収チラシなのも、他愛ない笑い話です。
「契約書をしたためる隙なんて、なかった。
もしあれば、多分こんな風に書いたはず…」
赤葦京治の希望通り、(仮)退部中は(仮)恋人として、思う存分イチャイチャしまくります。
その結果、赤葦京治が黒尾鉄朗に落ちた場合には、交際本契約を結んで下さい…と。
俺をベッタベタに甘やかすだけじゃなくて、選択権まで委ねる、ズルくて…優しい策です。
「お前には何ら、損はない策だよな?」
「だからこそ余計、認められません。」
イチャイチャは双方向。俺がして貰うばっかりじゃあ、ダメなんです。
特に、イチャイチャ『等』の部分は、(仮)の付いたお相手とお試しで体験できるほど、
俺も貴方も柔軟ではない…柔軟性が乏しい結果、(仮)退部に至ったんですからね。
その交約には決定的な不備があります。それは、黒尾さんの本心がわからないという点…
貴方にとっても、この策が損ではないものでなければ、絶対にお受けできません。
だから、お願いします。どうか俺に、教えて下さいませんか?
「貴方も、俺と同じ本心なのか?
黒尾さんの本心を…知りたい、です。」
なけなしの勇気を振り絞り、自分の『本心』を告げた赤葦は、
朱に染まった顔を隠すためというよりは、耳を塞ぐために黒尾の胸元に潜り込んだ。
知りたいけど、知るのが怖い…『本心』をそのまま体現した赤葦の背を、
健闘を讃えるかの如く緩やかに撫でてから、黒尾は「降参だ。」と両手を真上に上げた。
「やっぱりお前には、まるわかりだな~」
赤葦には、小細工は一切通用しねぇ。特に、キメるべき時には…な。
ただ、1つだけ…『赤葦京治が黒尾鉄朗に落ちた場合』という、本契約を結ぶ条件の部分を、
一字だけ訂正させてくれないか?
「赤葦京治『も』黒尾鉄朗に落ちた場合…
その時は即行で、俺と交際して下さい。」
黒尾は赤葦の手を掴み返し、その手をポケットに入れて紙を握らせた。
恐る恐る引き出すと、それは赤葦の予想通り、雑に折り畳まれた不用品回収のチラシだった。
震える指先で紙を開くと、裏側にたった一言だけ、歪んだ文字が走り書きしてあった。
【好きです】
「契約書をしたためたり、数寄な言葉を捻り出す隙なんて、全然なかったから…」
気の利いたオチは、何もねぇけど…
受け取って貰えると、凄ぇ助かる。
「この場、この雰囲気、この感情に、落ち着いてオチなんて…つけられません。」
スキしかないラブレターに、オチなんて…
これ以上の『不用品』は、ないですよね?
「これは、俺が『回収』させて頂きま…んっ」
赤葦が言い終わるより、一字だけ早く。
言葉ではなく行動で、黒尾は『等』を実践し、不要なオチが唇から落ちてくるのを封じた。
- 終 -
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2022/04/04
(03/31,04/02,04/04分 MEMO小咄移設)