確定乗合







   (ぅわ…っ、ち、近…っ)


数校が集まっての、合同練習試合。
たまたま帰りの電車が同じだった、普段から仲の良い梟谷と音駒の2チームは、
誰も何の違和感を覚えることなく、一番人の少ない先頭車両に、全員揃って乗り込んだ。

こういう時、引率係の俺は、集団の端っこ…
運よく横に長い椅子に座れた時には、座席の端っこにこぢんまりと陣取っている。
俺以外のスタメンは上級生ということもあり、大体隅っこで独り、黙っていることが多い。

   (できれば、静かに…大人しくして下さい。)

ただでさえ大柄な大集団だから、できるだけ目立たないように。公共の場で騒がないように。
それを暗に伝えるため、電車に乗ったらすぐに俺は鞄から本を出し、読書を始める。

   (そっと…しておいて下さい。)


何故だかわからないが、スマホを見ている人には「なぁなぁ!」と比較的話しかけやすいが、
読書中の人には、「邪魔しちゃ悪ぃか?」と、何となく躊躇ってしまう気がする。
普段は横に座る木兎さんでさえ、スマホだと「何見てんだ~?」と興味を示せど、
本だと、そこまで触れて来ない(…話しかけては来るけれども。)

隣に居ても、俺の方に背を向けて、俺とは逆のアッチ側の誰かと話したり、笑ったり。
いつも通りの真横でも、いつもよりずっと、その圧倒的存在感を感じない…それが、電車だ。

   (できるだけ、何も、考えたくない…)

今日みたいに、ハードな試合が続いた時には、その『光』から遠ざかりたい気分に陥る。
肉体疲労が嵩んだ状態で、これ以上の心労を増やさないで下さいませ!という面もあるが、
『光』を上手く輝かせることができなかった己の不甲斐なさから、目を背けたくなる…
反省と自己嫌悪に浸るのは、せめて帰宅してご飯と入浴を済ませた後にしたいから、だ。

   (残業、頑張りますから。今だけは…)

   お願いですから、ほんの少しだけ。
   電車に乗っている間だけ、休ませて下さい。

本を開くことで、言外にそれを伝え…仲間のフクロウ達は、敏感に全てを察してくれる。
言葉では表現しづらいが、その暗黙の『見て見ぬ振り』こそが、先輩方の優しさだと思う。

   (ちゃんと、俺のこと…わかってくれてる。)

「木兎より、お前の方がはるかに理解不能!」等と、意味不明なことを言うくせに。
俺本人よりも俺のことをわかってくれて、そっとしておいてくれる…本当に、優しい人達だ。

   (この『群れ』で、よかった…かも?)

誰にも悟られないぐらい、小さく頬を緩めて。
漫然とページを捲るフリをしながら、文字の間ではなく、仲間達の間に視線を泳がせた。


俺達の他には、車両の反対側に…チラホラ。
閑散とした車内で、少しずつ間を開けながら、仲良し同士で数人ずつ固まって座っている。
車両の先頭、一番端に座って読書を始めた俺の真横には、喜ばしいことに誰も来ない。
最も近いのは、1.5人分開けたアッチ…ここが静かだと気付いてやって来た、音駒の孤爪だ。

   (これが、御猫様の…距離感?)

スマホじゃなくて、わざわざ鞄からゲーム専用機を取り出し、黙々とピコピコ。
なるほど、これが「話しかけないでよね。」という、無言で言いたい放題なオーラか。
こんな自由奔放…生意気な態度を許しているなんて、音駒さんはホントに優し…甘いと思う。

大体、音駒さんの先輩方は、後輩を放置し過ぎじゃないだろうか。管理不行き届き甚だしい。
もっと集団としての躾を…って、そもそもネコは、『群れ』よりも『独り』だったか。

だとしたら、逆に、コイツのことを…


「隙間&研磨発見!あ~、つ~か~れ~た~」
「………」

「無視すんなよ~ちったぁ、労われよ~~~」
「うるさい。コッチ来ないで。」

「ホント、研磨はいつも、つれねぇよな~」
「クロ、ウザい。邪魔。シッシっ」

   (コイツのこと、構い過ぎだろ…っ!)


俺と孤爪の『1.5人分』に割り込んだのは、本来は群れじゃない猫達の、リーダー。
単独行動が基本のはずが、何故だか時折、隙間に挟まるように毛玉同士がモキュモキュ…
特にお疲れがピークを超えた時、その『毛玉スイッチ』が突然入ってしまう生態らしい。

「なぁ、ちょい肩貸せよ~眠てぇ~~~」
「重っ。アッチ行ってよ!」

最初は肘でガードしていたが、そのうちゲシゲシとケリを入れて孤爪の『アッチ』側へ…
『コッチ』側の俺の方へと、黒尾さんを無遠慮にグイグイ押してきた。
モフモフのくせに、存外力が強くて、全力で強烈に『No!』を絶叫…さすが御猫様。
孤爪にしてみれば、本気の『No!』かもしれないけど、傍から見ればただのじゃれ合い。
毛玉同士が仲睦まじく、モキュモキュの限りを尽くしているようにしか見えない。

   (よそで…やってくれっ!!!)


何でこんな疲れている時に、俺が一番『目を逸らせたい』ものを、
真横でじ~~~っくり、これでもか!というぐらい、見せつけられなきゃいけないんだ。
試合中にミスが多かった(当社比2%増量)俺に対する、厳しすぎる天罰か!?
そうだとしても、こんなの…反省する気も自己嫌悪に陥る気分も、逆に吹っ飛んでしまう。

   (クッッッッソ…忌々しいっ!!!)

   よーし、落ち着け…落ち着くんだ、京治。
   できるだけ、心穏やかに…やり過ごそう。
   あと二駅、じっとガマンすればいいんだ…

息を殺して深呼吸し、本と目を同時に閉じる。
俺にとって最悪な『邪念の元』から、強引に意識を離して…『見て見ぬ振り』に徹する。

「痛っ、本気で蹴るなよ…あっ、悪ぃっ!」
「………」

孤爪に圧された体が、コッチに…触れる。
謝罪の言葉が降って来たが、俺は動くことも声を出すこともできず…必死に寝たフリ。
五駅先ぐらいまで飛び出しそうな心臓を、全身全霊で抑え込んだ。


   (ぅわ…っ、ち、近…っ)

近いというよりも、俺用の『1人分』を少しだけ越境し、隙間なく…みみみっ、密着っっ!
その重みと体温に、俺の心拍は急行を追い抜かし通勤快速、いや特急レベルに急加速。
思いがけない超絶ラッキー…あー、えーっと、不測のアレに、手汗で本がしわしわに…っ

   (近い近い近い~~~っっっ!)

「馬鹿、圧すなっ。赤葦が…起きちまうっ!」
「なら、肩借りて寝れば?」

「はぁ!?ちょっ、研磨、何言って…っ」
「うるさい。おやすみ、お二人さん。」

   (えっ、何っ…えっ、えぇぇぇぇ!?)

目の前に、人の気配。
手のひらで頭を掴まれて、わしゃわしゃ…そして、そのままぐいっと、首を横に倒された。

   (貸す方じゃなくて、貸される方…っ!)

ビクリと跳ね上がる、黒尾さんの腕と肩。
普通なら絶対、それで起きてしまいそう…起きた方がどう考えたって自然だったろうけど、
動揺やら何やらで開きそうな頬をどうにかして抑え込もうと、俺はそのまま肩に頭を預け、
世間様から表情を隠すように、二の腕に体重も預けてしな垂れ掛かり、狸に化け切った。

   (こづ…いや違うっ!天からの、御褒美…っ)


降って湧いた僥倖に、フっ…て笑わないように凝固…ぅっ。
…あぁ、ダメだ。蒸気機関車級に沸騰した頭では、言葉遊びも運転見合わせ状態。
何ならもう、この電車も…時間も全部、このまま止まってしまえばいいのに!

   (やっと、近付けた…っ)


だが、俺の内心の願い(&歓喜)も虚しく、もう次が、我が家への最寄駅。
夢のような0.5駅分の時間も、あと僅か…そろそろ、起きたフリをし始めなきゃいけない。

   (ありがとう、ございました…)

空調の音に感謝の気持ちを混ぜ込みつつ、覚悟を決めて身動ぎしようとした…瞬間。
車両全体に響く『ひそひそ(ムフムフ)声』が、俺達の周りを取り囲んだ。


「おぉ!赤葦、寝ちまったか?珍しい~っ♪」
「そいつ、終点までだから…頼んだぞ~っ♪」
「クロ、ちゃんと家まで…送ってあげなよ?」
「俺ら全員、次で乗換だから。また来週~!」

え?はぁ?ちょっ、待て待て待てっ!
お前ら、乗換すんのはまだ先…このまま各停組だって、いるだろうがっ!?
つーか、赤葦こそ、次の駅で降りるんじゃなかったかっ!!?
いやいやっ、『ゴーゴー♪』じゃねぇよっ!こっ、ココロの準備が…じゃなくて、
この状況で、『ぐーぐー…』って、寝られるわけねぇだろうがっ!!不自然すぎるだろっ!

「狼んとこに、羊を置いて行くな…っ」
  (狐に抓まれても、知りませんよ…っ)

…という訴え(囁き)には、『シーッ!』の大合唱と、ドアが閉まる音だけが返って来た。


しん…と、静まり返る、電車内。
のんびりした各駅停車の揺れが、行先のわからないドキドキ感を、増幅させていく。

   (皆さん、俺のこと…わかりすぎっ!)

暫くそのまま固まっていると、ため息を巧妙に隠す、わざとらしい大あくび。
そして、頭の上にコテン…と、『ぬくもり』が降りてきた。


「俺のうるせぇ心音で、寝られなかっ…
   起こしちまったら、ゴメンな。」

まるで返事をするかのように、さらに深く首を垂れて。
俺はピトリ…熱い腕に、熱い頬を寄せた。




- 次の駅(深夜始発)へGO! -




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2021/09/01   

 

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