ご注意下さい!

この話は、BLかつ性的表現を含みます。
18歳未満の方、性描写が苦手な方は、閲覧をお控え下さいませ。
(閲覧により不快感を抱かれた場合、当方は責任を負いかねます。)


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    寝夢恋落(後編)







「お痒いところは、ございませんか~?」
「はっ、はい!結構な、オテマエです…」


片手が使えない状態だと難儀する日常動作は、食事よりもむしろ、入浴だろう。
服の脱ぎ着ぐらいならば、まぁ何とかできなくもないけれど、一番厄介なのが洗髪だ。

フワフワ夢見心地のまま、黒尾さんと一緒に貸切状態の大浴場へやって来た俺は、
最初のうちは遠慮しまくっていたものの、幼子をあやすような手練手管にアッサリ陥落…
ではなく、黒尾さんのふわっふわな『手八丁』に、早々と大人しくなっていた。


「世の中に、こんなにも気持ちイイものが、あったんですね…」

大きな手のひらで、しっかり頭全体を支えて包み、指の腹で力強く揉み込んでいく。
ウォッシングというより、マッサージに近い黒尾式洗髪法に、頭皮も脳内もトロットロ…

「うなじのあたり…頸の付け根とか、凄ぇ凝ってるんだよな~」

なるほど~髪を洗うだけじゃなくて、ガッチガチの頭を解すことも大事なんですね~
理屈や知識では解っていても、入浴時の動作はほぼフルオートかつルーティン。
合理的(必要最低限)な手法を確立してからは、それ以外の動きを試すこともなく、
『無駄に考え込む隙』を作らないため、湯船に浸かる時間もキッチリ計っていた。

そんな俺にとって、『お風呂でリラックス』というのは、自分とは無関係の話だったが…

「入浴介助…サイッコーです♪」
「お気に召して…よかったぜ。」


もう、とにかく…超絶気持ちイイ。
特に、最後に泡を流す時、耳の後ろを親指の腹でキュキュキュっと強めに擦ってくれる仕種!
脳内に停滞した血液だかリンパ液だかを、心臓へ戻すように、耳裏から首、そして肩へ…

「『みみうらを・フミフミなでる・ねこのにくきゅう』…自分でもやってみるといい。」
「その呪文と一緒に、黒尾さんの肉球の感触を覚えて…ルーティンに採用決定、です。」

とは言え、この極上肉球マッサージを、自分の指で完全に再現できるとは、到底思えない。
記憶に刻み込んだ黒尾さんの手の感覚と、自分との違いに、これじゃない感だけが溜まり…

「合同合宿の度に、残業終了間際に全治数時間の負傷。要介助認定(入浴サービス必須)を…」
「おーい。脳内から疲れと策謀が、一緒に流れてるぞ。怪我(仮病含む)だけは、勘弁…な?」


   頼むから、いつも赤葦は…
   お前だけは、元気でいてくれ。

散歩中にもかけてくれた、労いの言葉。
さっき聞いた時は、「怪我すんじゃねぇぞ。」という意味にしか受け止めなかったけれど、
湯音に掠れつつ真後ろから聞こえてきた声と、湯気に霞む真正面の鏡に映る表情、
そして、全身の肌を滑る熱い熱い手指を通じ、直接伝わってくる『何か』から、
先程とは全く違う『意味』を、アタマとココロが敏感に察してしまった。

   黒尾さんは、俺のことを本当に想い…
   俺をいっぱい、満たしてくれる人だ。


「おっと、落ちるぞ。しっかり捕まって…」

フワフワと全身の力が抜け、フラフラ…黒尾さんに寄り掛かる。
椅子から摺り落ちそうになった俺を抱き止めながら、泡にまみれた体と体を…ぴとり。
背中の全面に触れた、滑らかな肌の温もりに、思わずため息が零れ…
未だはっきりと指の感触が残る耳元に掛かった吐息に、背筋の内側がゾクリと泡立った。

「今まさに、『落ちて』いるとこ…です。」

原因はただの寝不足。きっかけは軽い怪我。
だけど、寝落ちと同じで、しようと思って故意に落ちるものじゃなくて、
結果的に、いつの間にか自然と、素直に落ちていくものなんだろう…こんな風に。

   俺も、黒尾さんだけは、いつも…
   そんな風に、優しく笑っていて欲しい。


「多分、これが…恋に、落ちる。」
「きっと、そう…なんだろうな。」




********************




   (恋に、落ちる…黒尾さん、とっ!?)


導かれた『結論』に、ようやく思考が追いつきはじめた途端、
俺は正気を取り戻し…にわかに焦り始めた。

   (この状態で落ちて、自覚するとか…っ)

ドキドキ、どころの騒ぎじゃない。
ワクワク、とも全く違う。
正確に表現する擬音は、ワタワタ…だ。


「お元気!そう…で、何よりだ。」

俺の内心を知らない?(熟知した?)黒尾さんの、何気ない?(狙い澄ました?)一言と、
鏡に映った自分自身(分身)の『お元気そう』な姿に、動き始めたばかりの思考は緊急停止。
常に『お達者!』な口だけが、泡を吹くほど上滑りを続けた。

「コレはっ、こんな、はずじゃ…」

えーっと、これはですね、その…っ
しようと思って故意に、というものではなく、いつの間にか自然と、素直に、ですからして…
へそ曲がりな俺自身とは違って、へそ下の分身『けいじ君』は、実に素直…みたいで…っ

お察しの通り、合宿前から寝不足ですし、疲労やら何やらも溜まりまくってましたけど、
寝落ちすらロクにできない状態では、落ちるどころか起つこともままならなくて、ですね…

この歳にして『けいじ君終了のお知らせ。』かもしれないって、夜な夜な心配になりつつ、
ついつい不安を紛らわせようとネット検索し、怖い病名を見て余計に不安になってしまう、
サイバー心気症に陥りかけてた自覚も…要するにその、すっごい『ご無沙汰』な状態で…

「『永遠に寝落ち』かと思っていた俺のけいじ君が、今まさに…オハヨウゴザイマス。。。」


あぁ…俺、何言ってんだ。
ワタワタのあまり、誰にも相談できず独りで抱えていた『積もりに積もったお悩み』を、
よりによって、不意に『落ちた』相手に対し、ぶちまけてしまうだなんて…っ

「けいじ君に代わって、お詫び申し上げ…っ」

鏡の中の黒尾さんに、思いっきりペコリ…くっついていた背中とお腹を、まずは引き離した。
そして、腿にかけたタオルを押し上げるけいじ君に、できるだけ早く寝落ちしてもらうべく、
使えない(ことになっている)右手で、タオルの上から抑え込もうとした…が、
昨夜と同じく、俺よりも一瞬早く動いた黒尾さんがそれを封じ、昨夜と同じセリフを囁いた。


「謝らなくていい。特に合宿中は…よくあることだからな。」

寝られない時は、無理に寝なくていいのと同じで、
起きられない…起たない時は、無理に頑張らなくても、いいんだ。
赤葦自身も、分身けいじ君も、ナニゴトも頑張り過ぎ…独りで気負い過ぎだ。

「俺も、お前と…似てるから、な。」

めちゃくちゃ焦る気持ちも、不安になっちまうのも、俺にはよ~~~っく解る…
俺自身も、分身てつろう君も、どうやら揃って『似た者同士』だったみてぇだからな。

「俺の方も『てつろう君終了のお知らせ。』じゃなくて…マジで、よかったぁぁ…っ。。。」

激務と疲労で撃沈だった、てつろう君の仇…部活って労災認定下りるのかな~とか、
起たねぇのに窮状を訴え出る『起訴』なんて、できんのかな~とか、夜な夜な脳内訴訟。
仕事が片付かねぇのも、てつろう君が落ちたのも、俺が『不能』なせいなのかも…って。

「不安と焦りと、孤独感…凄ぇ、怖かった。」

   はぁぁぁぁぁ~~~
   お前と同じ状況で…
   お前に話せて、ホッとした。。。


黒尾さんは深ぁぁぁぁく安堵のため息を吐きながら、俺の鎖骨におでこを着地。
再び密着した背中…腰の裏側にも、実に『お元気そう』でナニよりな、ナニが…寄り添い…っ

「ははっ、初めまして!て、つろう、くん…」
「おっ、おう!こちらこそ…けいじ、くんっ」

羞恥と焦り。独りじゃなかった…安堵感。
それらが全部ごちゃまぜに入り混ざった、『初めて』落ちる感覚に、
ワタワタとドキドキを超えたワクワクが、じわじわせり上がってきた。


「ど、どどどっ、どうしましょう、か…!?」
「えーっと、とりあえず、落ち着こう…っ!」

「な、なるほど!では例の呼吸法…呪文を…」
「くろとあか・くんずほぐれつ…逆効果…!」

他には、右の鼻を押さえて…コレもダメ。俺は右手が使えないし、左手は…
いつの間にか俺をムギュっと抱き締めていた黒尾さんの両腕に、ガッチリと絡めてあった。
『何か』に落ちてしまいそうなのを、互いにしがみ付いて、必死にガマンしているような…

   (いやいや、これこそ…逆効果っ!)
   (つーか、とっくに…手遅れだろ!)

マズい…アタマが全然、回らない。
このままだと、ヤマもオチもイミもなく、昇りつめて…落ちるだけだ。

   (落ち着くための、もう一つの呼吸法は…)
   (舌をストロー状に丸めて、口笛を吹く…)


鏡の中で見つめ合いながら、呼吸のタイミングを同期させる。
そして、同時に口を少し開け、舌を軽く突き出して丸め、唇を小さく尖らせて…

   (っ!?この、表情って、つまり…っ!)
   (このオチにしか、つかねぇやつ…っ!)


黒尾さんが俺の顎に手を添えるよりも、一瞬だけ遅く。
俺は首を逸らせ瞳を閉じ…落ちてきた唇を受け止めた。



********************




どうやら二夜連続、俺は黒尾さんのおかげで、いつの間にか寝落ちしていた…らしい。
けだものムフムフが、あつあつおかずを掻き込み、お互いの口笛を吸う???的なカンジで、
限りなく夢に近い『スッキリ時間』な現実を過ごし、熟睡…した、はず???

でも、もしかすると、現実じゃなくて。
寝不足とパニックが見せた、ただの脳内桃色妄想だった可能性も、無きにしも非ず…

   (まさかの、夢落ち…っ?)

いや待て。そんなはずは、ない。

くんずほぐれつ網に絡まって負傷し、今日の合同練習は強制休養…これは、現実。
皆には怪我を悟られないよう、セッター要らずの練習を監督と黒尾さんが組んでくれて、
俺はのんびりサポートに徹し、呆けたアタマで意識を浮つかせているとこだ(現在進行形)。

   (アレが、夢なわけ…ない。)


そう、ざっくり思い返してみると…

落ちたら危ねぇから…と、腿にかけていたタオルを取り払われ、それを床に敷くと、
そこに黒尾さんは胡坐をかき、腿上に向かい合わせで俺を座らせた。

右手、使わねぇように。そう言って、俺の両腕を黒尾さんの首にかけさせ、抱き合って。
『どうも、初めまして♪』と、ぴったり密着して重なり合った『てつろう君&けいじ君』を、
黒尾さんの大きな手が、揃って包み込んで…
『ひっさしぶり~!ひゃっほぅ~♪』と、お元気に逸る分身達を落ち着かせるように、
例の『呼吸法』でお互いの酸素を交ぜ合い、気持ちヨく落ちていった…以下略。

   (我ながら、なかなかの記憶力。)

全然ざっくりでもないし、略されてもない。
したくて『詳細割愛』したのではなく、『気持ちイイ』しか覚えていないのが、自然の摂理。

脳味噌を全部解すような、あの洗髪方法も。耳裏をキュキュキュと押し流す、あの親指も。
密着した背中とお腹の間で滑った、泡泡あわわな感触も、てつろう君の熱さも…全部。
とても現実とは思えない初体験だけど、夢とはもっと思えないリアルさを、全て覚えている。

昨夜の出来事は、きっと一生忘れない。
夢だ!と思い込もうとしたって、風呂に入って頭を洗う度に生々しく蘇るだろうし、
寝落ち寸前に必ず、『くろとあか・くんずほぐれつ・おちてみました♪』と呪文で唱え、
口笛を吹くカタチを作っただけでも、柔らかい唇と舌の感触を、まざまざと思い出して…

   (もっとずーっと、『落ちて』いくだけ…)


いつの間にか『落ちて』いるものの代表が、恋だと思っていた。
でも実際は、いつから、どんな風に、どうやって黒尾さんに『落ちて』いったのか、
この二日間の記憶を辿れば、時系列ではっきりわかる…俺、わかりやす過ぎだろ。

ついでに言うと、この『落ちた』鮮明な記憶を毎夜のように辿ることで、
自分が『今後』も落ち続ける一方なことも、避けようがない現実だろう。

   (この合宿で、初めて俺は…恋に、落ちた。)

ということは、だ。
もし仮に、百歩譲って、万が一『落ちた』記憶がただの『夢落ち』だったとすると、
俺は全く浮かばれない…オチもつかない悲劇(喜劇?)になってしまう。

   (けいじ君が…俺自身が、不憫過ぎる…っ)


寝落ち、夢落ち、いずれにしても。
俺が恋に落ちてしまった現実は、変わらない。

   (夢とは、自分で叶えるもの!!)

…と、格好付けて『黒尾鉄朗陥落作戦』を練るべく、コッソリ観察しようとするも、
(俺の分も含めた)業務遂行中で多忙な黒尾さんは、アッチコッチに東奔西走。
視界にその姿を捉えることもできず、入ったら入ったで思わず視線を逸らしてしまったり。

結局、「昨夜は寝落ちした俺の介助等等等、大変お世話になりました。」すら言えないまま、
合同合宿はつつがなく終了…音駒さん御一行は校門脇で解散しているところだ。
(ウチの面々はとっくに、コンビニでアイスを買っている最中だろう。)


落ちゆく夕陽と共に、遠ざかる…赤ジャージ。

   (このまま、『終了のお知らせ。』…かな。)

灯りを落とし、鍵を閉めた部室前から、その影をぼんやり眺めていたら、
落ちのつけられない『何か』が、胸の中からせり上がってきた。

「ホントに、夢落ち…だったり、して?」

これっぽっちも残っていない眠気を振り絞り、盛大にあくびするフリをしつつ…目を擦る。
っ!…と、わざとらしく呻き、右手をぷるぷる振って、痛み?と…眠気?の雫を飛ばし、
全てを振り切るように、二日分のアレコレが詰まった鞄を、右手で力一杯持ち上げ…

   それよりも、一瞬だけ早く。
   右手と鞄が…ふわり。


「それだけは、マジで…勘弁してくれ。」

ポカンとする俺から目を逸らしながら、戻って来た赤ジャージ…黒尾さんは、
左肩にかけた自分の鞄に、俺の鞄を重ねて乗せて、「待たせて悪かったな。」と苦笑い。

「それじゃあ…帰るとするか。」
「帰るって…何処へ、ですか?」

「何処って…赤葦家に決まってんだろ。」
「は?俺のウチ、ですか?何でまた…?」

黒尾さんが何を言ってるのか、ホントに…わからない。
未だ回転数の上がらないアタマを真横に倒し、ジェスチャーで『???』だけを飛ばすと、
黒尾さんは昨夜と同じように、コホンと形だけの咳払いをして、右手をそっと差し出した。


「『おウチに帰るまでが合宿です』…だろ。」

昨日、監督と約束したよな?
『合宿中は、俺が赤葦を徹底サポート』しますってな。
だから、赤葦が家に帰るまで、キズモノ…じゃなかった、傷付けた俺が責任取って…

「堂々と一緒に帰ろうぜって策、なんだが…」

   落ち着きなく彷徨い続ける、視線。
   夕陽?にほんのり染まる、紅い頬。
   夢としか思えない、現実の…笑顔。


「全てに惚れ惚れ…見事な完落ち、です!」

宙に浮いた黒尾さんの手を、両手でしっかり捕まえて。
黒い夜空に落ちた赤い太陽に導かれるように、二人並んで歩き始めた。


「『くろとあか・くんずほぐれつ・おちてやったり』…今夜も寝落ち確定、だったりな?」
「『けいじくん・てつろうくんと・おちつかねぇ♪』…おちおち寝られない、ですよね?」




- 終 -




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※床、網、赤、網、黒 →『天網快解』シリーズ
※梟谷合宿所の皆様 →『業務日報』シリーズ


2021/05/09

 

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