寝夢恋落(中編)







睡眠不足って、本当に…恐ろしい。


昨夜は、黒尾さんのおかげで、いつの間にか寝落ちしていた。
けだまモフモフが、あつあつごはんを囲み、口笛を吹く???みたいな夢まで見た気がする。
短時間だったけれど、驚くほどの熟睡。一時間半後に起きた時は、実にスッキリしていた。

だが、絶対的に睡眠が足りていないことには、変わりない。
合同練習中もミス連発。自主練習中は精神力だけで何とか持ち堪えたが、
最後の最後、居残りお片付け(残業)中に、緊張の糸がプツリと切れてしまい…

「ぅわ!危ねぇっ!」
「えっ?わぁっ!?」

畳んだネットを用具倉庫へ持って行こうと、二人が同時に引き合ってしまい、
まるで 昨夜の呪文みたいな『くろとあか・くんずほぐれつ・あみにからまる』状態…
床、網、黒、網、赤の順に重なるように、揃って倒れ込んでいた。


「ぃっ…黒尾さん、大丈夫ですかっ!?」
「あぁ。俺の方は、特に何ともねぇが…」

「よかった…すみません、今、退きますっ!」
「よかった…わけ、ねぇだろ?見せてみろ。」

俺の真下で仰向けになっていた黒尾さんの顔の横に、左手をついて上体を起こそうとしたら、
不自然に宙を彷徨っていた右手を、グっと掴まれた。
思わず眉間にしわが寄り、もう一度「ぃっ…」という声を零してしまうと、
黒尾さんは俺以上に深いしわを眉間に刻みながら、俺を軽々と抱えて立ち上がった。

「…医務室、行くぞ。」
「か、片付けと書類…」

「そんなもん、俺があとで全部やっとく。」
「えぇっ!?もももっ、申し訳ないで…っ」

「…行くぞ。」
「…は、ぃ。」

俺の右手から手を離す前に、腕を組むように左腕をガッチリとホールド。
有無を言う隙を一切くれないまま、人目をとことん避けて医務室へ連行されてしまった。

診断結果は、右手首の軽い捻挫。全治三日。
今晩は極力動かさないようにし、明日の合宿最終日は、念のため見学(強制休養)とのこと。
思った通り、全然大したことない。コレを口実に、明日は堂々とゆっくり休ませて貰おう。

   (…っしゃぁ!)


疲れも溜まり切っているし、眠たいし、最終日の片付け&引率&打ち上げ(飼育委員)も免除!
これは天からの御褒美にちがいない!!と、俺は心の中でガッツポーズをしていた。
そうと決まれば、『赤葦京治負傷』の証人として、黒尾さんも一緒に監督へ報告(説得)をば…

「あの、黒尾さん。お手数ですが…」
「わかってる。全部俺に…任せろ。」

黒尾さん以上に口が達者…じゃなくて、信頼のおける証人なんて、そうそういない。
監督もアッサリ納得し、ついでにパイセン梟達のワタワタも華麗に制御してくれるはず。

   (腹黒尾さんの口八丁に、期待っ!)

思わず零れそうになった『ほくそ笑み』を、わざとらしい生あくびで覆い隠していると、
俺とは対極的な大マジ顔の黒尾さんが、俺の左手を強く握り…ガバッ!!と頭を下げた。

「梟谷さんの大切なセッターを傷付けてしまったのは、全て俺の責任です。
   合宿中は、俺が赤葦を徹底サポートすると、お約束しますっ!!」

「っ!!!???」
「あ、そう?それじゃあ、まぁ…よろしく。」

期待を大きく上回る真剣な黒尾さんに、俺は唖然、監督も呆然。
ナニを大げさな…と顔で言いつつも、俺より1年だけ黒尾さんと付き合いの長い監督は、
こうと決めたら最後までやり遂げる(意外と頑固で強情で融通の利かない)黒尾さんの宣言を、
ごくごくアッサリ了承…本気のあくびをしながら、早く寝ろよ~と俺達を送り出した。


「話が大きくなってしまい、すみません…っ」
「これで、俺も一緒に堂々と休める…だろ?」

「!?そういうこと、ですか。策士ですね。」
「もっと褒めてくれても、苦しゅうないぞ?」

嘘は全然、言ってない。
診断書だってあるし、痛みも若干ある。
やや詐欺っぽい雰囲気は微かにあるけれど、実際問題として、とっくに限界突破…
大怪我をしてしまう前に、ちゃんと休息を取りなさい!という、神からのお達しに違いない。
(監督も、こうでもしないと休めない俺達を熟知しているから、何も言わなかったのだろう。)

「惚れ惚れするような口八丁…御見事です。」

心からの称賛を贈ると、黒尾さんは何故か…キョトン。
そして、わざとらしくコホンと咳払いすると、握っていた俺の左手を、恭しく掲げた。

「次は手八丁の方も…惚れて頂くとするか。」

黒尾さんはそう言うと、「カイジョ~♪介助~♪解除~♪」と、音程ズレズレな鼻歌を開始。
相変わらず俺に質問(ツッコミ)の隙を与えないまま、左手をしっかり繋ぎ直して歩き出した。



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黒尾さんに手を引かれて、まずは食堂へ。
いつも通り、閉店ギリギリにやって来た『残業組』の、いつも通りじゃない様子に、
食堂スタッフさん達は興味津々…黒尾さんが事情を説明すると、何故か大フィーバー。

「万事了解だ!そういうことなら、黒尾君が赤葦君に『あ~ん♪』してあげやすいような…」
「いえ、左手のスプーンで食べられるものか、大好物のおにぎりを作って頂けませんか?」
「何と!おにぎりを『あ~ん♪』してくれるなんて…よかったな~、赤葦君!」
「えっ!?そっ、そういう意味じゃないと思いますけど…おにぎりは正直、嬉しいです。」

梟谷学園合宿所のスタッフさんは、物凄く…ノリがイイ。
全員が木兎さん一族に見えてしまうほど、楽しそうにお仕事をされている。

「コードネーム『C定食』、作戦開始!」と叫ぶと、一斉に持ち場へ散り…ほんの10分後。
一口大に切ったおかずが具として入った、たこ焼きサイズの山盛りおにぎり定食が並んだ。
その仕事の速さと完成度の高さ、そして多大な気遣いに、俺達は大歓声。
スタッフさんの号令に促されるまま、俺は全て『あ~ん♪』して貰って食べ尽くした。


「お手数お掛けし…いっぱいご馳走様です♪」
「おにぎりは、手で食うのが…最高だよな!」

大好物に大満腹。大満足で大感激な俺を、黒尾さんは流れるような仕種でエスコート。
差し出された右手に俺が一瞬躊躇すると、「俺の手…おにぎりのイイ香りがするぞ?」と。
俺は迷わず左手でぎゅっと握り返し、寝静まった合宿所内を二人でゆっくり…食後のお散歩。

   (なんだろう、凄く…楽しい。)

一応、右手首捻挫・全治三日の診断書と、監督からの強制休養指示書は入手したけれど、
既に痛みなんて引いているし、ほとんど仮病に近い負傷でしかない。
それでも、不慣れ極まりない大歓待?チヤホヤぶり?に、ちょっとだけ…悪い気はしない。

「たまには怪我も、いいかもしれませんね。」
「たまに、ならな。普段は元気でいてくれ。」

「それなら、普段から…甘やかして下さい。」
「いいぜ?合宿の度に、『あ~ん♪』して…」

「次の合宿…試しに、怪我してみませんか?」
「お互い、体調管理には…気ぃ付けような。」


本来なら恥ずかしくてたまらないはずの『あ~ん♪』も、手を繋いで方々を歩き回るのも、
『怪我だから仕方ない!』と、スタッフさんや黒尾さんの言葉に踊らされ、乗せられて…
『いつもと違う』このフワフワした状態を、いつしか心地良く感じるようになっていた。

   お腹いっぱい、だけじゃなくて。
   ココロの方も、満たされていく。

どうやらそれは、黒尾さんの方も同じらしく。
ご飯を半分くらい食べて、適温になったお味噌汁みたいな、ふんわりした空気を醸しながら、
どこにも無駄な力が入っていないリラックスした表情で、繋いだ手を自然に…ゆらりゆらり。


「何だか、夢みたいな…現実感のなさです。」
「疲労が見せる幻覚…じゃなきゃ、いいな。」

「こうして黒尾さんと二人で、バレーまたは残業以外のことをするのは、初めて…ですね?」
「それに、仕事モード以外のお互いの姿を目にしたのも、間違いなく今日が初めて…だな。」

『初めて』という言葉に、何故かドキリと心臓が跳ねる。
繋いでいた手にも、同時にピクリと力が入り…それを誤魔化そうと、もっと力強く繋ぎ合う。


「さっ、昨夜も思いましたが、実は意外と…スキンシップを惜しまないタイプなんですね。」
「おっ、おいおい。そこは『意外と優しいんですね』ぐらい…褒めてくれてもいいんだぜ。」

「俺に優しい黒尾さん…悪くはないですよ?」
「素直に俺に甘える赤葦…嫌いじゃねぇぞ?」

   (もしも、もっと素直になれるならば…?)
   (もっとずっと、優しくなれるならば…?)

不意に浮かんできた『ならば…?』という仮定に、今度はゴクリと喉が鳴る。
好奇心?探求心?…いや、違う。
今まで自覚したことない、初めての…ココロ?


そこ、段差。落ちないよう…気を付けろよ。
そう言う代わりに、握り合う手を引き寄せらた勢いに乗って…寄り掛かるように、腕に腕。
とても自分がしたとは思えないスキンシップ…でも、驚きよりも微笑みが溢れてきた。

「俺達、冗談抜きで…疲れ切ってますね。」
「寝不足で…歩きながら、夢を見てるな。」

「睡眠不足って、本当に…?」
「恐ろしいもの、だよ…な?」

   フラフラが、フワフワに。
   意識は飛び、身体は沈み。
   ちょっと怖いけど…不快感はなく。

「何かに、落ちてしまいそうなのに…」
「浮いてるような…初めての感覚だ。」


   歩みを止めて…5、7、7。
   『呪文』を唱えて…深呼吸。

暖簾が外され、照明の落とされた大浴場。
その扉の中へ、二人で同時に踏み出した。




- 後編へGO! -




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2021/05/05

 

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