寝夢恋落(前編)







   (マズいな…眠れない。)



合同合宿、真っ只中。
肉体的にも精神的にも、疲労は溜まりに溜まっている。
布団に入る前は、一秒でも早く体を横たえ、寝落ちしてしまいたいと思っていたのに、
いざ待望のお布団に包まれた途端、何故か眠気がどこかへ去ってしまった…疲労だけ置いて。

   (早く、寝なきゃ…明日も、あるのに…)

ついさっきまで、残業。
周りの面々が、既に夢の中に入っているのを確認して、一番最後に床に就いた。
この時点で、誰よりも睡眠時間が少ないことが確定しているのに…何故だ。


   (俺、要領…悪いんだな。)

役職柄、雑多な仕事が多いのは仕方ない。
でも、それをサクっとこなせず、結局残業してしまうのは、俺の能力が足りないせい。
不器用で融通も応用も効かないし、不愛想で可愛げもない…

   (睡眠すら、自律できない…ダメダメ、だ。)

俺は今、就寝直前まで仕事をしていたせいで神経が昂り、思考がネガティブに偏った状態。
誰にでも起こり得る、ごくありきたりな現象…脳では、その理屈だってわかっている。
だけど、『寝たいのに寝られない』状態は、理性ではどうにもならない不安を誘い、
『寝なきゃいけない』という、強迫観念に近い焦りを感じ…自己嫌悪に陥ってしまうのだ。

   (そんなこと、わかってるけど…)

ぐるぐる、ぐるぐる。
時計の針が回るように、自分ではどうにもできない心配事や過去の失敗が、浮かんでは消え。
周りを起こさぬように殺した息が、逸る鼓動を大きく全身に響かせ、不安を更に煽っていく。


   (トイレでも…行って来ようかな。)

何となく気分が悪いように感じてきたし、出すものを出してスッキリすれば、落ち着くかも?
あ、でも…今、起き上がってしまったら、せっかく間近まで訪れていた睡魔が、逃げるかも?
いや待て。俺が起きたら、やっと夢に落ちた人を、起こしてしまうかも…それは絶対ダメだ。

チラリ…
枕元からそっとスマホを取り出すと、時刻は…丑三つ時?起床まで3時間ちょっとしかない。
さっき見た時は、まだ日付が変わったあたりだったのに…これは、本格的に、マズいやつだ。

   (俺だけ、寝れない…早く、寝なきゃ…)


不安と焦り、そして…孤独感。
それらに堪え切れなくなり、殺していた息を恐る恐る布団に隠しながら。
意を決して寝返りを…打とうとした瞬間、俺より一瞬早く寝返り?を打った『お隣さん』が、
ゴロリと俺の布団に越境&枕を半分占領し、バサリと俺の顔に布団を被せてきた。

「ーーーっっ!!?」

驚きで飛び出しそうになった声は、お隣さんの布団…ではなく、手のひらに抑え込まれた。
突然触れた温かい感触に、もう一度驚きの声を上げそうになったけど、
耳元に当たった柔らかい呼気と微かな声に、それをゴクリと飲み込んだ。


「寝られねぇ…みてぇだな。」
「っ!?す、すみません…っ」

「謝らなくていい。特に合宿中は…よくあることだからな。」
「あ、はい、すみま…っ、お気遣いありがとうございます。」

今日の『お隣さん』は、俺と同時に『一番最後に床に就いた』組…残業仲間の黒尾さんだ。
大部屋で雑魚寝な合宿の際は、仲の良い梟谷と音駒がいつも相部屋になるが、
その時は大抵、部屋の入口付近に残った僅かなスペースに、深夜残業組の俺達が隣り合う。


「相変わらず…ホラーな寝相ですね。」
「その点は…謝っとくべきだろうな。」

「俺を『頭挟み用』の枕にするおつもりで?」
「一人一個しか枕を貸して貰えねぇからな。」

「おやつに…梅おにぎりと、ジャスミン茶。」
「了解。って、これもある意味…枕営業か?」

「俺のカラダ…おにぎりとお茶程度ですか。」
「じゃあ俺は…『おかず』でも担当するか。」


しょーもないやりとりに、クスクスと笑みが零れてしまう。
二人分の揺れる吐息で、二重の掛布団が擦れ合い、慌てて口を塞ぎ肩のピクピクを堪える。

   (…あれ?いつの間にか…)

ガチガチだった全身が緩み、息もスッキリ楽になっている。
頬と頬が密着し、腕は胸の上に置かれ、布団も二重で暑苦しいはずなのに。

   (ぽかぽか…あったかい。)


ふわぁ~。。。
笑みの代わりに零れた、久しぶりの欠伸。
ぴったり引っ付いた頬の動きにつられて、黒尾さんの頬もふわりと緩んだ。
俺の欠伸で温もった、口元を柔らかく覆っていた手のひらで、俺の頬を…ふにふに。
少しずつその手を上へ滑らせていくと、ゆるゆると俺の髪を撫で始めた。

「寝られない時は、無理に寝なくていい。」

   睡眠は、しようと思ってするもんじゃない。
   いつの間にか自然と…『落ちて』いるもの。

「それって…恋愛と、少し似ていますね。」

俺の呟きに、黒尾さんは「成程…確かに。」と更に頬を緩め、
「よくできました。」とでも言うかのように、俺の頭を優しく…なでなで。

そのごくごく穏やかなペースに、無意識の内に呼吸を合わせていると、
ぽわぽわ…頭の中も、だんだんスローになってきた。


「寝つきが悪い時…呼吸法が良いらしいな。」
「色んな説があって…よく、わかりません…」

例えば、478呼吸法。
4秒吸って、7秒息を止めて、8秒かけて吐く。
他には、右の鼻を押さえ左から吸い、左を押さえ右から吐く、片鼻呼吸法や、
舌をストロー状に丸め、口笛を吹くように唇を小さく尖らせて吸い、鼻から自然に吐く等々。
一時間程前に、思い付く限り、色々と試してはみたが…良い結果には落ち着かなかった。

「特に、478法は…語呂が、悪、すぎて…」

呼吸数を数字でカウントする代わりに、呪文…言葉遊びを考えてみたけれど、
日本人向けじゃないリズムに当惑し、余計に頭を使ってしまった。
『おにぎり・サンマしおやき・なばなからしあえ』…しっくりこないし、眠気もこなかった。

「頭を、使わない…寝落ちできる、呪文を…」


うつら、うつら…
温かい手から伝わる、心地良いリズム。
それを肌で感じながら、落ちそうな意識の中、黒尾さんに良案がないか尋ねてみた。

「それなら、馴染み深い…577はどうだ?」

例えば、そうだな…
『みそしるに・のりのつくだに・あつあつごはん』とか、語呂も組み合わせも完璧だろ。
『フクロウと・ネコのあいべや・けだまモフモフ』なんかも、仲睦まじくて微笑ましいよな~

あとは、『今』の夢見心地を、後からほんわり思い出す…『今後』落ちるために、
『くろとあか・くんずほぐれつ・おちてみようか』なんてのも、
ヤマもオチもイミもなくて、アタマを使わねぇ呪文…かも、しれねぇ…よ、な。


「それ、『何』に、落ちる…呪文、ですか…」


   瞼と意識が落ちきってしまう寸前。
   俺はその呪文を一度だけ唱えると、
   たぶん、夢…?に、落ちていった。




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2021/04/29

 

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