『天網快解』後日談。



    惚然自室 ~幕が下りた、その後で。~







   はじめてのキスは、絡まり合った網越しに。
   二度目のキスは、黒幕の中に包まれながら。
   それから二人で重ね続けた、数多のキスも…


片付け中のちょっとしたアクシデントをきっかけに、自分達の想いを自覚して。
陸と空の両方からせっつかれ、吊し上げられながら、その想いを伝え合うことができた。

互いにしか聞こえない囁きだったとは言え、猫&梟包囲網の中、舞台上で堂々と公開告白し、
陸からも空からも見えないように、袖幕の中に隠れながらではあったが…互いの唇に触れた。
今思い返しても、とんでもないことを強要した仲間達にも、実行した自分達にも呆れ果て…

「アタマん中に実が詰まってない…『果』から十がなくなったら『呆』、だったりするか?」
「『呆』は年老いた人を背負う象形…最終的には十字架を背負い『果』に逝きつく、かも?」

「実った果実が、終わり…死を意味するのは、なかなか面白いよな。」
「ちなみに、『心の中になにもない』状態を表すのが…『惚』です。」


陸と空の双方から『公認の仲』となった俺と赤葦は、休みの度に互いの家へ行き来している。
「今週末もデートか?イイねぇ~♪」「早く帰ってやれよ~」と、さんざん囃し立てる癖に、
これといって特別な便宜を図ったり、俺達の仕事を減らしてくれるわけでもないのだが、
妙な隠し事をしたり、邪魔をされたりしないだけマシ…と、強引に自分を納得させている。

現に、平日は帰宅後にのんびり会話したり、休日に逢いたい一心で仕事を熟し続けた結果、
両チームの監督達からも、「良いオツキアイをしているな~♪」と太鼓判…嬉し恥ずかしだ。
ついでに言うと、黒尾赤葦両家にも即バレし、各々の家にお泊まりセットが完備されている。

そんなこんなで、信じられないくらい順調かつ祝福されまくりな交際を続けている俺達は今、
俺の部屋に敷いた赤葦専用の布団に寝転がり、それぞれが好き勝手に…読書に耽っている。
まるっきり自室モードで、会話もほとんどないまま、就寝前のリラックスタイムを満喫し、
快適さに身も心も解され、そのまま寝落ち…これ以上にないぐらい幸せな、『休日前夜』だ。


「あと30分以内の…寝落ちを予告致します。」
「過少申告だな。あと…30秒ってとこだろ?」

「では、念のために…おやすみなさいませ。」
「あぁ、おやすみ…多分、俺の方が先だな。」

言外に『このまま寝てもいいのか?』を匂わせて、わざとらしい半生のあくびで急かし合う。
ティッシュで鼻をかみ、ゴミ箱にわざわざ捨てに行き、さっきより僅かに近い所へ戻ったり、
閉じた本を部屋の隅に置くとみせかけて、ジャージの裾で相手の腕を掠めてみたり…
『何となく』そういう雰囲気になりますようにっ!と、目を擦りながら神頼みをし続ける。

   くすぐったいような、じれったさ。
   このじわじわ感が、たまらなく…幸せ。


「何をするというわけでも、気の利いたことを喋るわけでもないですが…」
「何もしなくても、一緒に居ると緩み、心地良い…最高だと思わねぇか?」

「黒尾さんとなら、何もしなくても、逆に何をしても…何だって楽しめると確信してます。」
「俺も全くの同意見だ。『惚』けて『果』てたら、『呆』…明日はお前を背負ってやるぞ?」

「期待してますよ。ではそろそろ…寝ます?」
「そろそろ、それも…『何となく』、だな。」

「寝言は寝てどうぞ…スケベてつろうさん。」
「ムッツリけいじのくせに…よく言うよな。」

スケスケの網で『何か』を覆うように、互いの求める『何か』をアケスケに匂わせる。
そんなしょーもないやり取りが楽しくて、ダラダラと惚気続けた結果、寝落ち…翌朝、呆然。
初めてのお泊まりと、二度目のお泊まりでの『しょっぱいしっぱい』を何とか回避すべく、
陸と空からの援護もない中、三度目からは互いに塩分控え目な『甘々』を…絞り出している。

   (デレデレすんのって…凄ぇ難しいっ!!)


ここが別宅…赤葦の部屋だった場合。
赤葦は本棚に読みかけの本を納めに行き、そのついでにカーテンの隙間から夜空を見上げ、
「今日は…寝待月ですね。」とか、「明日が満月…今宵こそ幾望(きぼう)です。」だとか、
釣師顔負けの月知識を披露し、何かを寝ながら待ち望む…満たされたい希望を伝えてくる。
俺はそれに釣られたフリをして窓辺へ向かい…カーテンの中に赤葦を包み込む。

体育館の舞台上で公開告白をした時と同じように、互いの耳元にそっと想いを囁き合い、
袖幕に隠れた仕種をリプレイするかのように、カーテンの中でキスを交わし合うのだ。

俺と赤葦以外には、誰もいないというのに。陸からも空からも隔絶された場所なのに。
期待と羞恥を必死に包み隠しながら、一生懸命に『何となく』を作ろうとする健気な姿が…

   (どうしようもなく…可愛い。)


そして、今夜のように…俺の部屋だった場合。
『何となく』を演出するのは、部屋主たる俺の役目だと、いつの間にか決まっていた。

   (落ち着け、俺…あの日を、リプレイだ!)

まず、おやすみを言った赤葦の頭までスッポリ覆い隠すように、バサリと布団を掛けてやる。
そして、手元のリモコンで部屋の照明を常夜灯にまで落としてから、おもむろに立ち上がり…
暗さ故におぼつかない足で赤葦を跨ぎ、机の上に眼鏡を置きに行った帰りに道に、
今度は目元がおぼつかずに足を捕られたフリをして、バタンと転び…赤葦の上に跨るのだ。

「悪ぃ、網にかかっちまった…でしたっけ?」
「頼むから、俺のセリフ…とらないでくれ。」

笑いを堪えきれず、布団を震わせる赤葦。
俺の努力を無駄に…許さん!と、照れ隠しに頬を膨らませ、布団を捲り赤葦の顔だけ出すと、
『床(に敷いた布団の上に組み伏せて)ドン』を忠実リプレイ…互いに呆然と見惚れ、落ちる。


「間近に迫る真剣な表情。京治は息を飲み…」
「暗くて俺の顔なんて…見えねぇだろうが。」

「せっかくイイ雰囲気でフォローしたのに…」
「…と、京治は柔らかく微笑み瞳を閉じた。」

「…それも同じく、暗くて見えませんよね?」
「そういう説も…なきにしもあらず、だな。」

クスクス笑いながら緊張を解し、体重を支える両腕からも徐々に力を抜いていく。
鼻先が触れ合うまで近付いてから、いつも通りリプレイ…ではなく、誤りに微修正を施した。


「そろそろ腕が疲れてきた…いいか?」
「っ!?な…なにが、いいんですか?」

「触れてもいいか予告…承諾を貰おうかと。」
「そこはっ何となく、おぉお察し下さ…んっ」

赤葦は了解の言葉を発する代わりに、いつもと違う仕種…両腕を伸ばして俺の頭を引き寄せ、
両掌で作った網で後頭部の髪を絡めながら、触れた唇で「つかまえました…」と形作った。

絡まり合った網目を解き、隠された快感を引き上げるように、
解れた唇の隙間を抜けた舌で「つかまっちまった…」と、深く絡まり果てる姿を『予告』…
二人の間の大きな網を密に絡め直し、隙間を互いで埋め尽くそうと、キスを重ね続けていく。

顔なんて見えていなくても、恍惚と潤む目や、暗幕でも隠しきれない『甘々』が、
キスと共に交ざり合う吐息、そして、絡め合う全身から滲み出す熱で…全部、伝わってくる。

「惚れすぎて…自惚れそうだよ。」
「俺のセリフも…とられました。」


勿論、これらは全て…
布団の中に、二人でスッポリ隠れながら…な。




- 果 -




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2020/02/20

 

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