天網快解③







「なぁ。もし突然、俺に唇を奪われたら…どうする?」
「緊急指名手配発令!総員、被疑者を捕縛!」


音駒高校バレー部、練習後の部室。
いつも通り、各々のんびり帰り支度を済ませ、三々五々部室から出て行こうとしていたら、
独り残業の手を止めた黒尾が、ぼんやりと月を眺めつつそう呟いた。

ここ数日、な~んかちょっと妙な空気を醸していた(が、全員スルーしていた)、我らがボス。
気付かぬフリをしてやるのが、猫のマナーだと思っていたが、これはもう手遅れ…
全員が一瞬で背中の毛を立て臨戦体勢を整え、あっという間に麻縄で黒尾を締め上げた。

「なっ!?怪我人相手に、何しやがる…って、恐ろしく見事な手際だなぁ、おいっ!」
「ウルサイよ、この…ケダモノ。」
「ついに黒尾にも、発情期が来たか。」
「それか、もしや…月を見て狼に?気高い猫を捨て、イヌになり下がったか!?」

   いずれにせよ、白状してもらうからね。
   クロを『手負いの獣』にした奴は…誰?


「どこのニャンコ様に釣られて…フェロモンに誘引されて、乗っかって来た挙句…っ」
「手痛いしっぺ返しを食らった…唇以外も、ちゃ~んと奪ってきたんだろうなぁっ!?」
「その代わり、全治一週間の手首捻挫&ほっぺに爪痕を残した…それは名誉の負傷だよな?」
「もし奪ったのが唇だけだったら、お前は猫じゃねぇ…ただの負けイヌだぞっ!?」
「No!の言えるタカだかフクロウだかは、羽毛で爪を隠すつもりは毛頭ねぇってか!?」

牙をむき出し、爪を光らせて怒りを露わにする仲間達に、黒尾は慌てて待ったをかけ…
事の次第をふわ毛でやんわりと包みながらも、隠すべきところはしっかり隠して弁明した。


「アイツは悪くねぇ。悪いのは全部…俺だ。」

俺にとって、都合の良い勘違いをしたんだ。
お前ら、ちょっと目を閉じて…こんな場面を想像してみてくれねぇか?


*****

今までは、多めに見積もっても、何となく気になる…という程度の相手だった。
ただ、似たような境遇で、似たような性格で、何となく一緒な機会がちょいちょいあって。
尻尾の先が触れ合う程度だけど、何故かそれが嫌じゃなくて、逆に居心地が良い相手…
そんなアイツと、ちょっとしたアクシデントから、おひげが触れ合うくらい急接近した。

   愛の女神の御導きか、恋の天使の悪戯か。
   それはまるで、天から放られた魔法の網。

お世辞にもカワイイ~♪とは言えねぇ不愛想。慇懃無礼どころか、礼節すら猛毒に見える奴。
そんなトコが実はすげぇ面白くて、俺は嫌いじゃなかったりするんだが…それはいいとして。
パイセンをアゴで使うと見せかけてココロの中でリスペクトな奴が、魔法の網で…激変した。

   何かに囚われ、絡まり合い。
   組み敷いた俺の下で、不意に見せた…笑顔。


思わずほっぺを抓ってやりたくなる『不敵な笑み』なら、網越しに何度も見たことはある。
でも、力みの解れた『素の微笑み』に、今度は俺の中の何かが…ギュっと音を立てていた。

そんな俺の呆けた顔を見て、アイツは通常通り失礼極まりない的確な感想を寄越しやがった。
そして俺の内心を見透かすように、「コチラはどう見えるか?」と問い掛け、再び…ふわり。

   何にも捕らわれない、快晴のような天網。
   その穏やかな笑顔に解され…捕らわれた。

気が付いた時には、おひげどころか鼻の先…唇と唇が、触れ合っていた。


*****


予期せぬ事故、予想だにしない笑顔。
たとえそれらが神々の罠…不可抗力だったとしても、ヤって良いことと悪いことがある。
自分でも何であんなことしたのか、よくわからねぇんだが…はっきりしていることは、一つ。

「俺の蛮行に驚いて咄嗟に突き飛ばし、その拍子に負った怪我も含め、全部俺が悪いんだ。
   この件は他言無用…もし優しいアイツが知ったら、責任感じてしまうだろうからな。」

相手の了解も得ず、 「何となく…」と言って、大事な唇を奪ってしまうようなケダモノは、
ガッチリ縛られたまま、ここで一晩猛省…頭もココロも、キンキンに冷やした方が良いよな。

「お前らはもう帰っていいぞ…家に着いたら、うがい手洗い毛づくろいを忘れんなよ~」

そう言うと、黒尾は大あくび…そして、コテンとその場に転がって目を閉じた。
聞き分けが良いようで、これは完全に不貞寝。こうなったら、紐でもじゃらしでも動かない。
大人しく黒尾のミニシアターを聞いていた猫達は、光る視線を交わし深々と頷き合った。


「トラ…ちゃお☆ちゅ~る持って来い。」
「『毛玉配慮』のやつにしとくか?」
「それじゃなくて、『下部尿路配慮』だろ。」
「それも違う。とりあえず…引っ立てぃ!」

夜久の号令に、リエーフ達は『ちゅ~るちゅ~る♪』と明るく手拍子を始め、
それに合わせて、海がフテ猫を抱き起こし、リズムに乗せて背中をポンポンとあやした。
その優しい温もりと、激レアなチヤホヤ歓待に驚き、黒猫は伏せていた顔を少しずつ上げた。


「クロは、あんまり…悪くないよ。」

そんな乙女ゲーム顔負けのシチュで、ナニもヤらない方がおかしい…大顰蹙モノだよ。
清廉潔白な聖職者が赦しても、二次創作を愛する貴腐人からフルボッコ確定だし、
聖職者が称えてる、愛の女神やら恋の天使ご一行様方が、実は一番怒ってるはずだから。

最初に発情するのはいつも、メス猫の方…オスはそれに抗うことなんてできないんだし、
アイツが本能で誘惑する気満々(ムンムン)なのは、クロ以外のみんながわかってるんだから。

「むしろ、女神だか天使だかは…ユルい。」
「網を放るなら、もっとがんじがらめに…目の細かいやつでギチギチに絡んで欲しいよな~」
「腹黒&冷淡なのはフリだけで、実態は人畜無害な子猫&小鳥なんだから…頼むよ神様!」

まぁ、キスした理由が『何となく』ってのは、言い方として大問題かもしれないけど、
そこは俺らにはカンケーない…マジでどうでもいいから、アンタらでどうにかすればいいし。
クロがダメなのは、ニャンと鳴く…『何となく』がアウトなワケに気付いてないとこかな。

「反省するなら、そこだから。」
「これを教えてやった俺ら全員に、後で…ちゃお☆ちゅ~る3本ずつ奢れよ。」


ま、それはともかく。
『相手が誰か?』なんて下世話な直球は、品性溢れる猫は聞かないというか聞く必要ないし。
だからその代わりに、確認がてら…この点だけを包み隠さず俺らに教えてくれるよね?

「『コチラはどう見えるか?』を、実際はどう言われたのか…セリフを一字一句再現して。」
「えーっと、確か…
 『俺がどう見えてるか…ご参考までにお聞かせ下さいませ。』…だった、かな?」


黒尾のド直球かつ予想を裏切らないゴテイネイな口調(回答)に、猫達はスっと立ち上がった。

「さて…と。」
「俺らのボスをキズモノにしたオトシマエ…」
「きっちり付けて貰おうかな。」


   行くぞ…夜襲だ!




- ④へGO! -




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2020/02/12

 

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