※『増々好感』の続き。



    甘々交歓







「全員、行ったか…?」
「はい…大丈夫です。」


梟の群れが『パトロール』と称して街中へ羽ばたいて行くのを、
彼らの獲物…黒尾と赤葦の二人は、校門の影にじっと隠れて観察…
梟が一匹残らず飛び立ったのを確認してから、逆をついて学校へと戻った。

ここなら安心…鍵管理者は俺ですから。
そう囁きながら、赤葦は黒尾の手を引いてバレー部の部室へといざなった。
しっかりと鍵を掛け、念のため部屋の電気は付けず、窓にジャージをぶら下げ、
ロッカーの中に隠すように、小さなペンライトだけを点灯した。

念には念を入れて、開けても安全なロッカーの扉を開いて死角をいくつも作り、
入口から一番奥の壁に背を預けながら、こぢんまりと並んで座り込んだ。

これだけ念を入れとけば、いざという時も安心…なのかもしれないが、
念を入れれば入れる程、やましいコトをする気満々のようにも感じ、
むしろ黒尾の内心は、落ち着かなくなってしまった。


そんな黒尾の『そわそわ』とは裏腹に、赤葦はふぅ~っと安堵の溜息をつき、
表情を緩めながら、小声で黒尾に話しかけた。

「ここに小一時間居たら、完全に追っ手は撒けますよ。」

木兎さんの好奇心が空腹に勝るのは、最大でも30分程度…
そろそろ『パトロール』にも飽きて、甘味を食べて帰るはずです。
あの人達に捕まると、興が尽きるまでひたすらオモチャにされてしまいますが、
逆に30分逃げおおせたら、こっちの勝ちですからね。

「してやったり。」と、赤葦は狡猾参謀の顔でほくそ笑んでから、
「先程は助けて下さり、ありがとうございました。」と丁寧に謝意を述べた。

ペコリと下げた頭を上げると、今度はゆっくりと目を伏せながら、
もにょもにょと早口で、別の謝意…感謝ではなく謝罪の言葉を口にした。


「せっかく黒尾さんが来て下さったんですけど、もうそろそろ約束の時間で…」
「あぁ、確かデートだったか?実に羨ましい話…ショックで寝込みそうだよ。」

黒尾はこれ見よがしに深く嘆息すると、赤葦は大慌てで黒尾の腕を掴み、
ちちちっ違いますっ!と、頭をぶんぶん横に振りながら、必死に弁解した。

「デートなんかじゃ…単語の意味的には合ってるんですけど、違いますから!」

赤葦は鞄から紙袋を引っ張り出し、その中の封筒から紙束を広げた。
ペンライトを当てて数枚捲ると、ここ見てください!と指を指した。


『date』
(加算名詞)…面会の約束。デート。
(米口語)…デートの相手。ただし特定の決まった相手の場合は『steady』。

「これから会うのは、孤爪研磨…辞書的には一番目、ただの面会の約束です。」

もしさっきのハッタリ通り、黒尾さんとお逢いする予定だったのなら、
口語的な方…バッチリ『おデート』ですし、もっと正確には『steady』です。
ちなみに『steady』は本来、足場や基礎等がしっかり安定していることで、
そこから派生して、不変で、堅実で、落ち着いて真面目な『決まった相手』…


「わっわかったから!もういいから!」

黒尾としては(やや妬いてはいたが)、ちょっとからかってみただけだったのに、
誤解を解くために、赤葦は辞書まで持ち出して潔白を論証しようとした。
本人は至って誠実に、説明責任を果たそうとしているだけなのだが、
無自覚に堂々と『steady』宣言されてしまい、黒尾の方が焦ってしまった。

嬉しいが…嬉しくてたまらないが、辞書まで持ち出されると…恥ずかしいだろ。
真っ赤染まり、ニヤけて緩む頬を隠すように(暗くて本当に助かった)、
黒尾も鞄から紙袋を引っ張り出し、ずいっ!と赤葦に突き付けた。


「そっ、そうだ!研磨から預かり物が…これを渡す約束だったんだよな!?」

ほら、コレをお前にって…
それから、この後の研磨とのデー…面会予定も、ナシになったんだよ。
「面倒に巻き込まれそうな気がするから、クロが代わりに行ってよ。」って…

「確かに、あの状況で孤爪が現れたり、電話があったら…大惨事でした。」
「その辺の危機センサーは、さすがっつーか…面倒押し付けただけだな。」

…と言いはしたが、本当は研磨から、
「ドーナツ買ってくれたら、赤葦と会う約束を譲ってあげてもいいけど?」と、
卑怯極まりない交換条件を出され…残り少ないお小遣いを使い切っていた。

だが、「俺としては、棚ぼたラッキーです。」と嬉しそうに呟く赤葦の姿に、
研磨への感謝の気持ちしか湧いてこなかった…実に悔しいが。

「お逢いできて…嬉しいです。」
「あぁ…俺も、凄ぇ嬉しいよ。」


どんなに忙しくても、些細な口実であっても、逢えるなら何としても逢いたい。
だが、お互いの性格上、相手に遠慮し過ぎて、なかなか『逢おう』と言えない。
そのくせ、何で俺には声掛けねぇのに、研磨とはアッサリ会う約束かよ!?と、
自分の不甲斐なさを棚上げして、八つ当たり気味の嫉妬をしてしまう…

そういう俺の情けないところも、全部幼馴染にはバレていて、
更には背中まで押されチャンスまで恵んで貰うとは…つくづくカッコ悪い。
それどころか、やっとの思いで付き合い始めたのに、まるで前進できず…
実際のところ、赤葦と全く『steady』らしいことをしたことがないのだ。

   (とんでもねぇヘタレだな、俺は。)


「黒尾さん…?どうかしましたか?」
「あっ!?い、いや、何でもねぇ…」

勝手に物思いに耽り、落ち込んでため息をついてしまった。
心配そうに覗き込む赤葦の頭をポンポンと撫で、気分を強引に切り替えた。

「…腹、減らねぇか?研磨から、二人で食えって、コレも渡されたんだ。」

何か、天使っぽいドーナツを食う約束してたみてぇだけど、あいにく売切れで、
代わりに…エクレアだっけ?チョコがかかった細長いシュークリームだとよ。
2つ入ってるから…ほら、こっちがお前の分な。

袋から自分の分を取り出し、チョコが溶けない内に口に突っ込んだ。
残った方を袋のまま赤葦に手渡すと、小さな声で「頂きます…」が聞こえた。

予想はしていたが…やたら甘い。
普段こういう洋菓子を食べることがないせいか、モッタリなクリームが堪える。
無理矢理喉の奥に入れ、鞄から緑茶を出して流し込んでいると、
大きく息を吸い、ゴクリと唾を嚥下する音、そして…「ぅわっ!?」という声。


驚いて横を向くと、中途半端に食い付いたエクレアから飛び出したクリームを、
頬や手にベッタリと付けたまま、赤葦は完全に…固まっていた。

「おっおい、早くどうにかした方が…」
「そこのティッシュ、取って下さい…」

わかった!と、自分の指に付いていたチョコを舐めてティッシュを取りながら、
一向に零れたクリームや残ったエクレアを『どうにか』しようとしない赤葦に、
ちょこっとした違和感を覚え…その理由に思い当たった。

「もしかしてお前…クリーム苦手か?」
「はっ、はい、実は、ちょっとだけ…」

俺もクリームは苦手だが、指に付いたのを舐めるぐらいは、耐えられる。
だが赤葦はそれすらしない…ティッシュで拭き取ろうとしているということは、
ちょっとどころか、勢いをつけないと口にできないぐらい、苦手なんじゃ…?


「赤葦、お前なぁ…」
「すっすみません…」

…あぁ、成程!ここにクリームを注入した穴があったんですね。
この穴を塞ぎながら食べる…いや、穴の方から食い付くのが正解ですか?
それとも、この穴からクリームを先に吸っちゃうのが安全かもしれませんね。

そう言えば、エクレアは仏語で『稲妻』という意味だそうですけど、
中のモッタリしたクリームが零れたり、上のチョコが溶けてしまう前に、
稲妻のように素早く食べろっていう、有り難い教訓だったんですね。


…やっぱりな。
赤葦が早口で考察内容や雑学を、ひたすらまくし立てるのは、
物凄く動揺していたり、何かを誤魔化そうとしている時だ。
恐らく、俺から渡されたモノを苦手だと言えずに、無理して食ったんだろうが…
想像を絶する激甘さと、食べ慣れなさ故に粗相をしてしまったことに、
本人は見た目以上に大混乱…実は結構なパニック状態なんだろう。

しっかり者の赤葦が、手や顔にクリームを付けたまま、わたわたしていたり、
本当は苦手なのに、無理してでも食べようとした、いじらしさ…
そんな『らしくない』赤葦の姿に、俺はクリームよりも甘~い気分に包まれた。

「嫌なら嫌って、ちゃんと言えよ。俺に遠慮なんて…しなくていいから。」
「すすすっ、すみません!その、あの、お手数お掛けして…っっっ!!?」


ったく、しょうがねぇな…

エクレアを握り締める手を引き寄せ、まず残った本体を、赤葦の手ごと…口に。
そのついでに、手に落ちたクリームと指先に付いたチョコも舐め取っていく。
綺麗になった手をティッシュで拭いてやりながら、最後の一口に…頬。

いやはや、とんでもない甘さ…だな。
口直しにもう一度緑茶のペットボトルを傾け、残りを赤葦にも分けてやった。

無言のままお茶を受け取った赤葦は、震える手で思い切りボトルに唇を付け…
口から溢れ、頬を伝って零れ落ちていく丸い雫が、妙に可愛らしく見えた。

   (コイツ、意外と不器用なんだな…)


もう一度赤葦の頬に手を伸ばし、微笑みながら水滴を指で掬っていると、
久々に赤葦の声…ごく小さく、掠れた囁きが、ごくごく間近から聞こえてきた。

「あの、ちょっと疑問が…
  『間接キス』と『ほっぺにチュウ』…どっちがより『steady』でしょう?」

言われて初めて、自分が今、赤葦に何をしたのか…やっと自覚した。
手を握り締め、額が触れる程に接近し、頬を染めて見つめ合っている…

自分が無意識のうちにした行為に、今度は俺の方がパニックになりかけたが、
口の中に残る激甘いクリームよりも、甘ったるく絡む赤葦の視線に、
思考もトロリと溶かされ…吸い込まれるかのように、再び顔を近づけていた。

「その答えは、多分…
  両方共そんなに『steady』じゃない…コッチに比べたら、可愛いもんだろ?」


雫はもうついていない部分に、ゆっくり指を這わせると、
赤葦はコクリと頷いてそっと瞳を閉じ…黒尾のシャツの裾を引き寄せた。

初めて味わう、甘い甘い…唇。
蕩けそうなほど甘いのに、時折『稲妻』が落ちたような衝撃が走り抜けていく。
その痺れにビクりとカラダを震わせながらも、夢中でその甘さに酔いしれた。



「激甘クリーム…嫌じゃなかったか?」
「激甘ですが…クセになりそうです。」

だから、もう一口…





- 終 -





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※エクレアは、上下逆さまにして、チョコ面を舌に乗せて食べるのが正解だそうです。


2017/10/25    (2017/10/21分 MEMO小咄より移設)

 

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