物々交換







「何のゲーム?」
「テトリス。」

「…そっちは?」
「野球…あ、ホームラン。」


合宿中の昼食後…休憩時間。
ちょっと喧騒から距離を置きたい…と思って向かった先に、
同じタイミング・同じ目的で、逆方向から『別の客(先客ではない)』が来た。

この場所を譲るのも癪だし、わざわざ移動するのも面倒だし、
とりあえず煩くてお節介な奴じゃないから…居ても邪魔にはならないだろう。

きっちりと一人分の距離を開けて、芝生の上にゴロリと横たわり、
各々スマホを取り出して、まったり休息タイム…漫然とゲームを始めた。


二人とも、ゲームの音は出さない。
お互いに『我関せず』のまま、ただ淡々と、自分のヤりたいことをヤるだけ…
過干渉と過保護の傍にいる時間が多いせいか、この絶妙な距離感…悪くない。

同じ学年。同じポジション。
ライバルチームだからと言って、お互い過剰な競争心を持ったこともなく、
かと言って、全く意識していないかと言えば、そういうわけでもない…
むしろ、お互いに『意識しない』ように意識している状態だった。


別に、相手が嫌いなわけじゃないし、一緒に居て不快でもない。
でも、変に仲良くしすぎるのも妙…実に難しい距離感を必要とする相手なのだ。

   (二世帯住宅の隣世帯に住む…兄嫁?)
   (若干ブラコン気味の…旦那様の妹?)

お互いの関係を喩えてみるなら、大体そんな『至近距離でも遠い』カンジ…
全く『喩え』じゃなくて『そのまんま』なのが、赤葦と研磨の距離である。

   できる限り、関わらない方向で。
   その方が、お互いのためになる。

この共通認識が、静かで干渉されないという、合宿中には貴重な時間を創出し、
他人だけど、全くの他人じゃない…そんな『親戚以上身内未満』さが、
奇跡的に居心地の良い空間となり、二人はいつになく『ご機嫌』だった。


沈黙が耐えられないとか、場が持たないという感覚は一切なく、
揺蕩うような静寂の延長として、二人は意識しないまま会話をしていた。

「孤爪、『横たわる』って英語で…」
「『get laid』…だっけ?こないだテストに出た。」

「『play Tetris』…テトリスで遊ぶも、『Home run』も同じ意味らしい。」
「何で?…あ、『隠語』ってやつ?」

あとは…『put the devil into hell』もだったかな。
『put A into B』って、音駒も英語構文で習った?『AをBにイれる』って…

「悪魔を地獄にハメる…?ヒントは?」
「テトリスは『I型ブロック』限定。4列をズドンと一気に消すカンジ。」

悪魔を地獄へ…は、近い視覚的表現だと、『fill the cream donut』で…
ドーナツの中にクリームをたっぷり注入してある、あの甘いやつ…

「悪魔だけど…天使のクリーム的な?」
「そう。そんな『極楽系』の雰囲気。」

…大体わかった。
もし二人がこの後、服に芝生をいっぱいつけたまま皆の所へ戻ったら、
『green goun』…緑色のガウンか?と言われて、冷やかされるやつだ。
いや…『Have fun!』したと思われたら、兄夫婦(新婚)に離婚の危機到来だ。

つまり、赤葦が出した英語は、全て暗闇での秘め事(act the dark)を表すもの…
ド直球構文だと『go to bed with』の隠語ばかりということになる。


「何で、そんな卑猥語に詳しいの?」

当然ながら出てきた疑問に、赤葦は脈絡のなさそうな『身の上話』を始めた。

「赤葦家は、父親の給料日が『お小遣い日』なんだ。」


ただし、お小遣いを貰うためには、先月分の帳簿(お小遣い帳)提出が義務で、
きっちり収支報告しないと、今月分の支給を受けられないシステム。
この制度は、お小遣いを初めて貰った10歳ぐらい?から、ずっと続いてて…

「赤葦のことだから、同時に『裏帳簿』もスタートしたんじゃないの?」
「当然。」

赤葦の両親は、息子の教育のためにそのシステムを採用しているんだろうけど、
きっと親の期待以上に、息子は『賢く』成長しているみたいだ。
末恐ろしいが、コイツに任せといたら家計は大丈夫かな…と、研磨は安堵した。


「裏金の捻出方法は…コストダウン?」
「そう。『親の義務』に相当する部分から…少しずつ。」

親の義務とは即ち、子に教育を『受けさせる』義務である。
義務教育はもう終わっているが、学費に相当する部分は『お小遣い』範囲外…
必要に応じて、家族会議もしくは稟議書(物品購入申請書)を提出している。

「領収証は添付しなくていいの?」
「必須。でも1000円以下の『おつり』に関しては、返却不要のルール。」

つまり、上手く『やりくり』しろ…これも赤葦家の教育の一環なのだろう。
不法行為は赦さないが、ルールに抵触しない範囲で智慧を使え、ということだ。

「ゲーム性があって…面白いじゃん。」
「うん。凄い…やりがいがある。」

赤葦の性格を熟知した、ご両親の完全勝利…これが『参謀』を育てた教育か。
この『赤葦京治操縦法』を、赤葦の『ダンナ』に売却して一儲けするか…
研磨がそんなことを画策していると、赤葦の(ためになる)話の続きが始まった。


「昨年度の終わりに、木兎さんに呼び出されて…」

教室の机と部室のロッカーに置きっ放しの教科書類…その片付けを手伝えって。
渋々やらされたんだけど、教科書には折り目も全く付いてない『新品』状態。

俺、もう3年になるし、2年のキョーカショとかいらねぇんだよな~
手伝ってくれた駄賃に、俺の超~キレイなやつ…赤葦に『おさがり』やるぞ!

「要するに、家に持って帰るのが面倒なだけ…木兎さんらしいね。」
「要りませんって言ったら、じゃあ処分頼むな!って…迷惑千万。」

…と見せかけて、指紋も付いてなさそうな教科書類を全部頂いて、
一週間後の年度明けに、教科書購入費を例年通り申請…結果上々。

「領収証は…その辺のやつのを、貰えば良いだけか。やるね、赤葦。」
「初めて木兎さんが『使えるな。』と思った…こき使われはしたけど。」


処分を依頼された『不要品』は、本当に新品そのものだったけど、
唯一使った形跡が残ってたのが、英和辞典だった…所々マーカーが。

「全部『猥褻系』のばっかり。」
「それで…詳しくなったんだ。」

それは半分だけ正解かな。
マーカーしてあったとこは、『モロ』なのばっかり…センスないなって。
だから、一見普通に見える構文とか単語で、『ウラ』の意味を持つものを…
マーカー部分とは絶対被らないものを探してるうちに、自然と覚えた。

「おかげで、授業に集中できない。」
「だろうね…ご愁傷様。」

でも、綺麗な『おさがり』は…かなり羨ましいかな。


研磨がポソリと呟くと、赤葦は無言で続きを催促した。
口煩く急かさず、ペースを乱すことなく気持ちよく喋らせてくれる…さすがだ。
研磨はいつになく饒舌に、あまりしたことのない『身の上話』を返した。

「俺も、今年の教科書は半分ぐらいクロの『おさがり』だけど…」


アイツさ、授業中にノートはほとんど取らないんだよ。
板書を写すために労力を使うのは勿体無いって…ま、そうなんだけどさ。
ノートの代わりに、重要点だけを教科書に直接書き込んであるんだ。

「教科書の中で、一番書き込みの多いページ…どこだと思う?」
「え…?試験頻出ポイントとか…?」

「違う。目次に…数字の羅列。」
「は?何かの…暗号?」

最初、俺も意味不明だったんだけど…最近やっと判明したんだ。
目次に立ててある項目に、教師がどのくらいの時間をかけて説明したか…
その時間配分?比重?割合?そういう計算を、事細かくメモってた。

「まさか…授業の構成から、重要度を判別して…っ!?」
「そうみたい。要するに『オッズ表』を作ってたんだ。」

あとは、ヒマを持て余したのか、古語辞典とかに、マジで暗号作ってた。
何ページ目の何行目、上から何文字目…みたいな乱数表?が目次にあって、
それを辿って行くと、物語?和歌?みたいなのができあがるシステム…

この暗号解読がクソ忙しすぎて、全然授業にならないどころか、
クセの強い殴り書きで…文字の解読が既に難問。書くなら読める字で書けって。

「テスト範囲が絞れるし、暗号付プレミアム『おさがり』…超羨ましい。」
「俺は、一周目は攻略見ない派だから、むしろネタバレでイラっとする。」


お互いに、お互いの『おさがり』が羨ましく感じる…ないものねだり。
だがここで、利害が完全に一致した。

「重複して無駄に買った古語辞典…ウチに新品が一つ余ってる。」
「それ、暗号付のと交換。あとは、『オッズ表』作成見本付の教科書は…」

「コピー取らせて。こっちは、試験と人生に役立つ英語集(例文付)でいい?」
「マジ助かる。試験より人生が大事。」


コイツとは、今後も意外と上手くヤっていけるかもしれない。
普段は家に響く足音で生存確認する程度で、たまにおかずのお裾分け…
そんな『つかず離れず』な、理想的二世帯住宅生活ができそう…かも?

「来週の合宿の後、交換会…ドーナツでも食べながら。」
「わかった。じゃ…また。」


スマホを閉じて、立ち上がる。
一度もお互いの顔を見ることなく…反対方向へとそれぞれ歩き出した。

そう言えば、『仲が深まる』っていう構文…『be intimate with』も、
人生に役立つシリーズにあったような…ま、どうでもいいや。





- 終 -





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※この話の続き →『増々好感

※green goun →芝生の上で、くんずほぐれつ…なイメージ。


2017/10/14    (2017/10/12分 MEMO小咄より移設)

 

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