※接続機器によっては、過電流(R-18)の恐れがあります。苦手な方はご注意下さい。



    黒赤二百







ス…と目を開けると、まだ部屋の中は薄暗く、
障子越しに射す薄明かりから、夜明け直後ぐらいだとわかった。

寝起きは悪い方ではない。
長年の朝練生活もあり、早寝早起きが習慣付いている。
だが、今朝みたいなスッキリした覚醒は…久しぶりかもしれない。
ここ数日の激務。その疲れも鬱積していたストレスも、
全て綺麗に消え去った…そんな目覚めだった。


徐々に薄暗さにも目が慣れ、部屋も明るくなりはじめた。
朧気だった周りの様子も見えてきたところ、
一番最初に目に飛び込んできたのが…

    (黒と…赤?)

部屋の入口…居間との境にある襖のすぐ手前に、
黒と赤の何かが絡み合い、折り重なって落ちていた。

    (あれは…俺と、黒尾さんの…ジャージ、ですね。)

昨夜、寝る直前まで羽織っていた、部屋着代わりのジャージ。
黒い方が俺で、赤いのが黒尾さんのものだ。

お互いの名前とは逆の色…
だが、お互いにこの色を纏っているのが、『見馴れた』色彩でもある。

    (俺には黒が、黒尾さんには赤が…似合う。)

何となく、『お似合いの組み合わせ』であるような気がして、
俺は布団を目深に掛け直し、緩んだ頬を隠した。


それにしても、だ。
この『黒と赤』が絡み合った状態は、まるで…

    (数時間前の、俺と…っ)

自分達の姿を、そのまま写し取ったかのようだ。

一体『黒と赤』の二人は、ナニをしていたのか…
その『確定的な証拠』を、目の前に突き付けられたような気分だ。
直接的ではないのに、むしろこっちの方が…生々しささえ感じる。
これはなかなか…正視に耐えない恥ずかしさだ。
俺は再び布団を引っ張り上げ、一人でこっそり赤面した。


昨日の夕方、やっと納品修羅場を抜け出し、心身ともにグッタリ。
その前夜は徹夜だったこともあり、夕食後は泥のように寝る…
という予定で、残り僅かなHPを振り絞り、入浴と食事をしたはずだった。

それがまぁ、あれよあれよという間に、こうなって…
居間から隣室の布団に行くのも待ちきれないとばかりに、
アチコチに脱ぎ散らかしている…という状態だ。

    (どこにそんなエネルギーが、残ってたんでしょうね…)

さすが、超体育会系。
現役ではないにしろ、根性と体力には割と自信がある。
自分で言うのも何だが、『黒と赤』は、
本当にエネルギッシュでパワフルな組み合わせだ。

これに関しては、実に明確な根拠があるのだ。

「『黒と赤』で…200ボルトです。」


「200ボルト…?どういう意味だ?」

背中の向こうから、声が聞こえてきた。
どうやら、黒尾さんも少し前に目が覚めていたようだ。
背中合わせだったが、くるりとこちらに体を向け、
揃って横向きに寝るように、後ろから引っ付いてきた。

首を少し逸らすと、覆い被さるように…軽くキス。
「おはようございます…黒尾さん。」
「ああ、おはよう…赤葦。それで?」

体の前に回された腕に、自分の腕をそっと添えて、
俺は黒尾さんの問いに、ゆっくりと答えた。


「発電所から、各家庭に届けられる電気…そのほとんどが、
   『単相3線』という配電方式で供給されています。」

電柱の変圧器を通し、200ボルトに調整された電気は、
電線を伝って、家庭内の分電盤…ブレーカーまでやってくる。
そこから、家中のコンセントやスイッチに電気が配られていく。

「それらの電気配線に使われるのが、『VVFケーブル』です。」

電線からブレーカーまでは、『VVF-3C』というケーブル…
灰色の絶縁ビニルで覆われた中に、『黒』『白』『赤』の、
3本の導体が並んで入っているものが使用され、
スイッチやコンセント等には、『黒と白』か『赤と白』…
『VVF-2C』というケーブルが使われる。

「家庭内で使用する多くの家電は、100ボルト…だったよな?」
黒尾さんの言葉に、「その通りです」と頷く。
寝起きにも関わらず、興味深そうに聞いてくれるのが嬉しくて、
俺は黒尾さんの手を、しっかりと握り締めた。

「わかりやすく言えば、VVF-3Cの『黒』『白』『赤』3本のうち、
   真ん中の『白』には電気が通っていません。」
『黒』と『赤』にそれぞれ100ボルトずつで、合計200ボルトなのだ。

「成程…それで、ブレーカーから先の主だったコンセントとかには、
   『黒白』か『赤白』のVVF-2Cのケーブルで引っ張り…
   『100+0=100ボルト』の電流が届いているってことだな?」
単相3線方式を、黒尾さんはあっという間に理解した。
よくできました…と、俺は再度首を逸らし、
黒尾さんに『ご褒美』…そして、話を続ける。


(クリックで拡大)

「家電の中には、100Vでは電力が足りないものもあります。
   エアコンやIHクッキングヒーター、電気温水器…」
こうした『電気を食う』ものを設置する場所(コンセント)には、
『VVF-3C』が配線されている。

「ここで、『黒』と『赤』の電線を接続すると、
   『100+100=200V』の電気を使うことができるんです。」
電線3本で、100Vを2つと、200Vの電源を供給できる…
これが、『単相3線方式』という、一般的な配電方法である。




「そうか…だから、赤葦は『黒と赤で200V』って言ってたんだな。」
「はい。『黒と赤』は他に比べて、2倍のエネルギー…なんですよ。」

俺は大学で、建築(住宅環境・設備関係)を専攻している。
授業や課題で電気配線図を見たり、自分で描いたりするたびに、
『VVF-3C』を確認し…一人こっそり、悦に浸っているのだ。
以前は苦手だった電気配線も、この楽しみを見つけてからは、
全く苦痛はなくなり、むしろ得意になったぐらいである。


「お前にとって、『黒と赤』は…エネルギッシュでパワフル、か。」
「『黒と赤』から連想されるものは…大体それが当てはまります。」
この二つを繋げたら、エアコンや温水器のように、
場の『温度』をガラリと変えられるんです。
そのぐらい、エネルギッシュでパワフル…そうでしょう?

まるで、電線同士を堅く繋ぎ合わせるように、
握り締めていた手をずらし、しっかり指と指を絡め合う。
触れ合った手の間から、じわじわと熱が生まれてくる。

「お前に引っ付いてたら、熱くなって、流されちまうのは…」
「もう、自然の摂理と言いますか…熱が流れて当然、です。」

昨夜も…そうだった。
精も根も尽き果て、ぐったりしていたはずなのに、
黒と赤が触れ合った瞬間から、どこからともなく熱が沸き起こり…
いつの間にか、その熱が疲労やストレスを消し去っていった。
こういう効果があるとわかっているから、離れ難くなってしまうのだ。
熱効率の良い、最高の組み合わせ…それが、『黒と赤』かもしれない。


    黒は赤の肩を引き寄せ、赤はそれに抗わず仰向けに。
    赤は黒の首に腕を回し、黒は引かれるまま赤を覆う。

    柔らかい白の上で、手脚を絡め、舌を絡め。
    熱を通し合いながら、その熱を上げていく。

「実は俺…色の中じゃあ、『赤』が一番好きなんだ。」
「そうじゃないかなぁと…実は思っていたとこです。」
では、俺が一番好きな色…何だかわかりますか?

俺の質問に、黒尾さんは悩んだようなフリをした。
「心当たりはひとつあるが…確かめてみてもいいか?」

片目をパチリと瞑りながらそう言うと、
『黒と赤』をより深く…繋ぎ始めた。


周りを温める熱で、段々と明るくなってきた部屋。
視界の隅にはっきりと、折り重なった『黒と赤』が見えた。




- 完 -






**************************************************

※挿入図は『単相3線方式』を、ごく簡略化して書いております。
   (また、200V必要な高機能オーブンも、結構あります。)
※『黒と赤』に関する考察(by月山) →『王子不在

※当サイト名『VVF-3C』は、この『黒赤』が由来です。


2016/11/22UP

 

NOVELS