ス…と目を開けると、まだ部屋の中は薄暗く、
障子越しに射す薄明かりから、夜明け直後ぐらいだとわかった。
寝起きは悪い方ではない。
長年の朝練生活もあり、早寝早起きが習慣付いている。
だが、今朝みたいなスッキリした覚醒は…久しぶりかもしれない。
ここ数日の激務。その疲れも鬱積していたストレスも、
全て綺麗に消え去った…そんな目覚めだった。
徐々に薄暗さにも目が慣れ、部屋も明るくなりはじめた。
朧気だった周りの様子も見えてきたところ、
一番最初に目に飛び込んできたのが…
(黒と…赤?)
部屋の入口…居間との境にある襖のすぐ手前に、
黒と赤の何かが絡み合い、折り重なって落ちていた。
(あれは…俺と、黒尾さんの…ジャージ、ですね。)
昨夜、寝る直前まで羽織っていた、部屋着代わりのジャージ。
黒い方が俺で、赤いのが黒尾さんのものだ。
お互いの名前とは逆の色…
だが、お互いにこの色を纏っているのが、『見馴れた』色彩でもある。
(俺には黒が、黒尾さんには赤が…似合う。)
何となく、『お似合いの組み合わせ』であるような気がして、
俺は布団を目深に掛け直し、緩んだ頬を隠した。
それにしても、だ。
この『黒と赤』が絡み合った状態は、まるで…
(数時間前の、俺と…っ)
自分達の姿を、そのまま写し取ったかのようだ。
一体『黒と赤』の二人は、ナニをしていたのか…
その『確定的な証拠』を、目の前に突き付けられたような気分だ。
直接的ではないのに、むしろこっちの方が…生々しささえ感じる。
これはなかなか…正視に耐えない恥ずかしさだ。
俺は再び布団を引っ張り上げ、一人でこっそり赤面した。
昨日の夕方、やっと納品修羅場を抜け出し、心身ともにグッタリ。
その前夜は徹夜だったこともあり、夕食後は泥のように寝る…
という予定で、残り僅かなHPを振り絞り、入浴と食事をしたはずだった。
それがまぁ、あれよあれよという間に、こうなって…
居間から隣室の布団に行くのも待ちきれないとばかりに、
アチコチに脱ぎ散らかしている…という状態だ。
(どこにそんなエネルギーが、残ってたんでしょうね…)
さすが、超体育会系。
現役ではないにしろ、根性と体力には割と自信がある。
自分で言うのも何だが、『黒と赤』は、
本当にエネルギッシュでパワフルな組み合わせだ。
これに関しては、実に明確な根拠があるのだ。
「『黒と赤』で…200ボルトです。」
「200ボルト…?どういう意味だ?」
背中の向こうから、声が聞こえてきた。
どうやら、黒尾さんも少し前に目が覚めていたようだ。
背中合わせだったが、くるりとこちらに体を向け、
揃って横向きに寝るように、後ろから引っ付いてきた。
首を少し逸らすと、覆い被さるように…軽くキス。
「おはようございます…黒尾さん。」
「ああ、おはよう…赤葦。それで?」
体の前に回された腕に、自分の腕をそっと添えて、
俺は黒尾さんの問いに、ゆっくりと答えた。
「発電所から、各家庭に届けられる電気…そのほとんどが、
『単相3線』という配電方式で供給されています。」
電柱の変圧器を通し、200ボルトに調整された電気は、
電線を伝って、家庭内の分電盤…ブレーカーまでやってくる。
そこから、家中のコンセントやスイッチに電気が配られていく。
「それらの電気配線に使われるのが、『VVFケーブル』です。」
電線からブレーカーまでは、『VVF-3C』というケーブル…
灰色の絶縁ビニルで覆われた中に、『黒』『白』『赤』の、
3本の導体が並んで入っているものが使用され、
スイッチやコンセント等には、『黒と白』か『赤と白』…
『VVF-2C』というケーブルが使われる。
「家庭内で使用する多くの家電は、100ボルト…だったよな?」
黒尾さんの言葉に、「その通りです」と頷く。
寝起きにも関わらず、興味深そうに聞いてくれるのが嬉しくて、
俺は黒尾さんの手を、しっかりと握り締めた。
「わかりやすく言えば、VVF-3Cの『黒』『白』『赤』3本のうち、
真ん中の『白』には電気が通っていません。」
『黒』と『赤』にそれぞれ100ボルトずつで、合計200ボルトなのだ。
「成程…それで、ブレーカーから先の主だったコンセントとかには、
『黒白』か『赤白』のVVF-2Cのケーブルで引っ張り…
『100+0=100ボルト』の電流が届いているってことだな?」
単相3線方式を、黒尾さんはあっという間に理解した。
よくできました…と、俺は再度首を逸らし、
黒尾さんに『ご褒美』…そして、話を続ける。
(クリックで拡大)
「家電の中には、100Vでは電力が足りないものもあります。
エアコンやIHクッキングヒーター、電気温水器…」
こうした『電気を食う』ものを設置する場所(コンセント)には、
『VVF-3C』が配線されている。
「ここで、『黒』と『赤』の電線を接続すると、
『100+100=200V』の電気を使うことができるんです。」
電線3本で、100Vを2つと、200Vの電源を供給できる…
これが、『単相3線方式』という、一般的な配電方法である。
「そうか…だから、赤葦は『黒と赤で200V』って言ってたんだな。」
「はい。『黒と赤』は他に比べて、2倍のエネルギー…なんですよ。」
俺は大学で、建築(住宅環境・設備関係)を専攻している。
授業や課題で電気配線図を見たり、自分で描いたりするたびに、
『VVF-3C』を確認し…一人こっそり、悦に浸っているのだ。
以前は苦手だった電気配線も、この楽しみを見つけてからは、
全く苦痛はなくなり、むしろ得意になったぐらいである。
「お前にとって、『黒と赤』は…エネルギッシュでパワフル、か。」
「『黒と赤』から連想されるものは…大体それが当てはまります。」
この二つを繋げたら、エアコンや温水器のように、
場の『温度』をガラリと変えられるんです。
そのぐらい、エネルギッシュでパワフル…そうでしょう?
まるで、電線同士を堅く繋ぎ合わせるように、
握り締めていた手をずらし、しっかり指と指を絡め合う。
触れ合った手の間から、じわじわと熱が生まれてくる。
「お前に引っ付いてたら、熱くなって、流されちまうのは…」
「もう、自然の摂理と言いますか…熱が流れて当然、です。」
昨夜も…そうだった。
精も根も尽き果て、ぐったりしていたはずなのに、
黒と赤が触れ合った瞬間から、どこからともなく熱が沸き起こり…
いつの間にか、その熱が疲労やストレスを消し去っていった。
こういう効果があるとわかっているから、離れ難くなってしまうのだ。
熱効率の良い、最高の組み合わせ…それが、『黒と赤』かもしれない。
黒は赤の肩を引き寄せ、赤はそれに抗わず仰向けに。
赤は黒の首に腕を回し、黒は引かれるまま赤を覆う。
柔らかい白の上で、手脚を絡め、舌を絡め。
熱を通し合いながら、その熱を上げていく。
「実は俺…色の中じゃあ、『赤』が一番好きなんだ。」
「そうじゃないかなぁと…実は思っていたとこです。」
では、俺が一番好きな色…何だかわかりますか?
俺の質問に、黒尾さんは悩んだようなフリをした。
「心当たりはひとつあるが…確かめてみてもいいか?」
片目をパチリと瞑りながらそう言うと、
『黒と赤』をより深く…繋ぎ始めた。
周りを温める熱で、段々と明るくなってきた部屋。
視界の隅にはっきりと、折り重なった『黒と赤』が見えた。
- 完 -
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※挿入図は『単相3線方式』を、ごく簡略化して書いております。
(また、200V必要な高機能オーブンも、結構あります。)
※『黒と赤』に関する考察(by月山) →『王子不在』
※当サイト名『VVF-3C』は、この『黒赤』が由来です。
2016/11/22UP