新宿・歌舞伎町、札幌・すすきのに並ぶ、日本三大歓楽街…博多・中洲。
那珂川と博多川に挟まれた中の島に位置するその場所を、
黒尾と赤葦の二人は出張で訪れていた。
博多での仕事は、かなり大きなものだったこともあり、
1週間程の滞在のうち、3日程徹夜を余儀なくされたのだが、
その激務に見合うだけの報酬を手にすることができた。
遠隔地での出張修羅場明け。しかも相当な高額報酬。
輝くネオンサインと街の雰囲気に、二人は浮かれずにはいられなかった。
「本当に、今回の仕事は…なかなかの重量級でしたね。」
「毎度ながら、明光さんはとんでもねぇのを寄越すな…」
月島兄・明光の下で、行政書士修行中の黒尾。
突然事務所にやって来て、「じゃ、これから福岡ね~」…ちょうど1週間前だ。
実務部隊として、山口と月島は、明光と共に事務所に残り、
交渉部隊として、黒尾と赤葦は福岡に飛んで来ていたのだ。
相変わらずの振り回されっぷり…文句を言う間もなく修羅場突入だったが、
それも今日で終わり…やっと解放されたのだ。
「今夜は…豪遊するぞっ!」
「えぇ…食べまくりです!」
やっぱり博多と言えばコレ食うしかねぇだろ!…と、
二人はもつ鍋屋に飛び込み、そこで腹いっぱい食べた後、
腹ごなしに川沿いを散歩しつつ、今度は焼鳥に食い付いていた。
二人とも、まだ食べ盛り…元々が超体育会系ということもあり、
地酒…焼酎片手に、目に付いた『美味そう!』に、片っ端から飛びついていた。
「話には聞いていましたが…福岡で焼酎を頼むと、瓶で出てきましたね。」
「誰も『グラス一杯』なんかで注文しねぇってか…さすが本場だよな~!」
瓶とともに、水の入ったボトルに氷、更にはお湯の入ったポットまで付いてくる。
店内にズラリと並ぶ珍しい酒に、赤葦はいちいち歓喜しつつ、
首都圏では見たこともない銘柄を(勝手に)注文し、黒尾に酌をし続けた。
「っつーか赤葦、嬉しいのはわかるが…酒を注ぐペースが速すぎだ。」
「すみません、つい…そう言う黒尾さんだって、いいペースですよ?」
お前と一緒にいたら、酒がススム…いや、ススメられまくりだな。
ウワバミ王・山口の足元にも及ばねぇが、俺もかなり『イケるクチ』に…
大の酒マニアで、酒を心から愛して止まない…が、
その愛が完全に『一方通行』の赤葦は、自身が全く飲めない分、
黒尾達に全て『味見』をさせ、いちいち感想を述べさせていた。
その『教育の成果』もあり、黒尾は年齢不相応な『利酒能力』と表現力、
そして周囲からは『酒豪』の称号を得ることとなった。
「お、これは、さっきのよりも口当たりがまろやかだが、
しっかりした麦の香りが、舌に…ん?ちょっとクラクラするな。」
「飲んではいないものの、黒尾さんにお酌をし続けたり、
街中に溢れる焼酎の薫りに…俺もちょっと、クラクラしてます。」
つまるところ、二人とも…相当酔っていた。
「さすがに…飲み過ぎたか?」
「少し…休憩しましょうか。」
珍しく足元がおぼつかなくなる程飲んだ(飲まされた)黒尾は、
赤葦の肩を借りながら、大通りの人波を避け、ビルとビルの間…
裏道に抜ける狭く暗い路地に入った。
非常階段の脇、エアコンの室外機に腰を掛けると、
冷たいミネラルウォーターの入ったペットボトルを、赤葦は手渡した。
「これ…少し飲んで下さい。」
「おぉ…さんきゅー、赤葦。」
ごくごくと喉を鳴らして飲み、蓋もせずそのまま赤葦に返す。
赤葦は黒尾の手から蓋を取りながら、自分もボトルに口を付けた。
あ、ちょっとだけ…焼酎の薫りが…
ボトルの口から黒尾の『残り香』を感じ、赤葦が無意識に頬を緩めると、
傾ける角度が強かったせいか…少し、溢してしまった。
顎を伝って滴る水を、手の甲で拭っていると、
不意にその手を強く引かれ…黒尾の腕の中に囚われてしまった。
「ちょっ…んっ!!」
突然の抱擁に、ボトルを落としてしまった。
だが、それを拾う間もなく、口端の水滴を舐め取られ…唇を塞がれた。
酒のせいか、いつもよりずっと高めの体温。
触れる唇も、温かいを通り越して、熱ささえ感じる。
背面に当たるビルの外壁と、前面を覆う黒尾の体温。
その温度差を埋めるかのように、赤葦は黒尾の首に腕を回した。
差し込まれる舌を通して、強いアルコールが赤葦に浸透する。
舐める程度でも酔ってしまう、絶望的下戸な赤葦は、
黒尾の舌に口内を弄られるだけで、顔が火照り…脳が痺れて来た。
「これ以上キスし続けたら…俺、ココで…」
酔って、寝ちゃうかも、しれません…
既に酒にあてられたかのように、艶めく視線で訴える赤葦。
黒尾はその表情にゴクリと喉を上下させ、
こちらも蕩けるような視線を絡ませながら唇を離し…
少し顔を傾げ、今度は頸筋にその唇を押し当てた。
吐息の熱さとくすぐったさに、赤葦は身を捩って逃げようとする。
そんな赤葦に構わず、黒尾は赤葦のネクタイに人差し指を掛け、
結び目を少し緩め…シャツの釦を上から2つだけ外した。
そして、露わになった頸筋に、柔らかいキスを落とし続けた。
ゆっくり、ゆっくり。何度も何度も、同じ場所に唇を這わせる。
黒尾が動く度に、髪の毛が敏感な部分を掠め、
その度に赤葦は、ぴくぴくと小さく体を攣らせた。
「くろお、さんっ…くすぐったい、です…」
ぴくりと体が跳ねるのを抑えようと、黒尾にしがみ付く。
じわじわと熱が籠ってくるカラダ…それも伝えようと、わざと強く。
このままココで…は、マズいですよ…と、その熱で語る。
だが、黒尾から返ってきたのは、予想しなかった言葉だった。
「懐かしいな…こういうコト、前にもあったよな。」
ほら…見てみろよ。
チラリ、と路地の奥に向けられた黒尾の視線。
通りのネオンも届かない場所で、闇とともに…蠢く恋人達の陰影。
どうして今まで気が付かなかったのだろうか?と、逆に不思議なぐらい、
はっきりとした嬌声と息遣い、そして肌と肌の当たる音が響いてくる。
そう…確かに、以前にも同じような場面に出くわしたことがある。
高校時代、夏合宿の最中。
4人で『酒屋談義』をし、黒尾とカラオケで『二次会』をした帰り道。
繁華街で指導者組と遭遇するのを避けるため、身を隠した路地裏で。
二人でこんな場所に居ることを見られてはマズい…と、
咄嗟に『木を隠すには森の中作戦』を開始し、
傍に居た恋人達を真似て、『街中でイチャつくカップル』の『フリ』をし…
何とかその場をやり過ごしたのだ。
「あの時は…『フリ』とは言え…かなりドキドキしました…ね。」
「今思えば…すげぇ思い切った作戦というか…若気の至りだな。」
もし『その状態』でバレていたとすれば、作戦失敗どころの騒ぎではない。
合宿中、『音駒の主将と梟谷の副主将』という『信頼』の下で、
『特例』として密かに外出&外食を認めて貰っていたのに、
まさかその『優等生』が、繁華街の路上で…など、大スキャンダルだ。
本当は『そういう仲』じゃありません…という言い訳が通用するはずもなく、
軽くて謹慎、最悪の場合は『不祥事』として処分を受ける…
部として連帯責任を取らされ、公式戦出場不可…という可能性も、
全くのゼロとは言い切れなかったのだ。
「我ながら…恐るべき豪胆さです…」
「バレなくて…ホントよかったな…」
自分達の若さと大胆さ、そして運の良さを再確認し、
二人は安堵のため息…ではなく、ふてぶてしくニヤリと笑った。
「ま、そんなヘマは…俺らは絶対しなかっただろうけどな。」
「もしバレていても…『穏便に』済ませた自信があります。」
「全く恐ろしい…腹黒主将ですね。」
「この狡猾参謀が…よく言うよな。」
額と額を付け、クスクスと笑い合う。
あの時は、まさか自分達が『恋人ごっこ』ではなく、
本当に『こういうカンケー』になるなど…夢にも思わなかった。
いや、心の奥底に、『夢』としては…あったかもしれないが。
額を付けたまま、ほんの少し顎を上げただけで、
こうして…熱い唇同士が触れてしまうのだ。
「たったこれだけの距離を埋めるのに…随分かかりました。」
「この『一線』を越えるのが、どんなに大変だったことか…」
お互いのことを憎からず想っていたのに、その本心を隠し続け、
『友人』としての距離を保つために、『ごっこあそび』をし続けた。
よくぞあの時、雰囲気と勢いに流され…この唇に触れなかったものだ。
「俺の自制心…高校生ながら大したモンだったよな。」
「その頃はまだ…俺の『色気』も発展途上でしたし?」
あの頃より遥かに蠱惑的な雰囲気を纏い、黒尾に囁く赤葦。
まさか赤葦が、ここまで煽情的な色気を放つようになるなど…
本当に、夢にも思わなかった。夢じゃなくて…よかったが。
黒尾は音を立てて赤葦の唇にキスをすると、
再び頭を下ろし、シャツの襟を広げながら、頸筋に唇を這わせた。
そっと触れるように。熱い舌を滑らせて。ほんの少しだけ、吸い付いて。
その一点だけを集中的に…そこだけにキスし続ける。
耳元に直接響き渡る、黒尾の唇と自分の肌が立てる音。
路地のひんやりとした空気を伝ってくる、恋人達の音。
キスを通して体内に入ったアルコールも、それらの音に相乗して、
益々二人の熱を上げ、抱き合う力を強くしていく。
冗談抜きで、このままでは…
この『場所で』というのも困るが、
頸筋の一か所…この『場所だけ』というのも、困る。
「黒尾さん、ここじゃ…嫌、です。」
「ここ『だけ』じゃあ、嫌…だろ?」
わかってるなら、早く…ホテルに戻りましょう。
黒尾の頭を撫でながら赤葦が促すと、黒尾はようやく顔を上げ…
今まで自分が触れていた場所を見下ろし、そっと掌で撫でた。
「結構…はっきり付いたな…」
「え…?ま、まさか、痕を…」
慌てて黒尾を引き剥がすも、既に遅し。
白い頸筋に、黒尾が残した赤いしるし。
きっちりと釦を止め、ネクタイを結ぶが、
襟からほんの少しだけ…その赤がチラチラと見え隠れする。
「キツく吸わなくても、付くんですね…キっ、吸引性皮下出血。」
「照れ隠しだろうが…『医学用語』の方がヤらしく聞こえるぜ?」
思い切り吸い付かれていたら、赤葦もすぐに気付いて、止めただろう。
だが、まさかあんなに優しく、ゆっくりとしたキスでも付いてしまうとは。
優しくとも、同じ場所を何度も何度も吸えば…ということか。
仕事が終わったからいいものの…いや、そうじゃない。
誰かにこの『赤アザ』を見られてしまったら、どうするのか。
抗議の視線を黒尾に送ると、心配そうな表情で黒尾は尋ねた。
「鮮やかな赤アザ…痛みは?」
「っそれは、ないですけど…」
そうか…ならよかった。
ホッとした顔で微笑む黒尾。
そんな顔をされたら…怒るに怒れなくなってしまう。
「本当にあなたは、ズルい…ろくでなしです。」
「まぁな。俺はロクじゃなくて…クロだしな。」
この酔っ払い…しょーもないことを…
悔しいが、こちらも酔っ払い…少し笑ってしまった。
「そんな真っ黒な俺でも…嫌いじゃねぇんだろ?」
「本当に悔しいですが…むしろ好きです、かな?」
酔いのせいなのか…素直に好意を返した赤葦。
その言葉に、黒尾も…素直に頬を赤く染めた。
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「お前、その首…一体どうしたんだっ!?」
「どうしたって…黒尾さんのせいですよ。」
翌日、眠りから覚めた黒尾は、
頸筋に大きな湿布薬を貼り付けた赤葦を見て…少々驚いた。
「そんなに首を痛めるような…無理させたつもりは…」
修羅場明けの酔っ払い…かなり『発散!!』した自覚はあるが、
まさかそこまで無理をさせていたとは…
すまねぇ…と、頭を下げた黒尾に、赤葦は「違いますよ。」と笑った。
「これ、例の『赤アザ』を隠してるだけですから。」
昨夜、中洲の路地裏で、戯れに付けた痣…
それを隠すにしては、デカすぎやしないだろうか?
黒尾の疑問に、赤葦はシャツの襟元を広げ、苦笑しながら説明した。
「こんな場所に、『ちょうどいい』大きさの絆創膏…
『痣』を隠してるのが、バレバレでしょう?」
隠すどころが、逆に目立ってしまい…むしろ『あからさま』だ。
「成程…それよりはるかにデカい湿布薬を貼ることで、
『寝違えました。』とか…違和感のない言い訳ができるってことか!」
それだけではなく、湿布薬は『内出血』の治療としても役立つため、
早く『痣』を消すという効果も期待できるのだ。
「念のため、内出血用の軟膏も塗っておきましたし、
シャワーを当ててマッサージもしましたから…早々に消えるはずです。」
内出血の治療には、血行促進が一番ですからね。
はぁ~やれやれ…と、肩や首を回す赤葦に、黒尾は再び頭を下げた。
昨夜ホテルに戻る前に寄ったドラッグストアで、
アレやらソレやらと共に買っていたのは…コレだったのか。
申し訳ない気持ちになり、黒尾は頸筋の湿布を恐る恐る撫でた。
「その…せめて、肩揉み…させてくれ。」
「おや、それは…嬉しい申し出ですね…」
それなら、ついでに…
赤葦はシャツの釦を上から順に外しながら、黒尾の首に腕を回した。
「他にもイロイロと、マッサージして頂きたいトコ…お願いできますか?」
- 完 -
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中洲でキスし撫で、クロは見た。いざ、赤葦…!
「赤アザ…痛みは?」「ろくでなし…好きです、かな?」
(なかすできすしなでくろはみたいざあかあし
あかあざいたみはろくでなしすきですかな)
※『木を隠すなら森の中作戦』
→『事後同伴』
※痣 →あざ。しるし。『鮮やか(あざやか)』と同源の言葉。
※戯る →あざる。ふざける、たわむれる。好色めいた振る舞いをする。
※吸引性皮下出血 →肌に強く接吻した際にできる痣。通常4~7日で治癒。
(『キスマーク』は和製英語で、正式には『hickey』)
2016/10/01UP